狼独り占め日

レオナ×ジャック



 王宮に戻って来て建前のように行われる誕生の宴。ついでに行われる各国の資産家や王侯貴族の令嬢の紹介。彼女たちの中にはなるほど素晴らしい人もいる。でも、レオナにはすでに余計なおまけ付きであるが最高の恋人がいるので全て断っている。ちなみに、賢い者はすぐに引き下がり、賢くない者は食い下がる。そういう者にはしっかりと脅して金輪際目の前に現れないようにする。

「チッ。あの親子どこから湧いて来やがったんだ」

 年々愚か者が減る中、最大級の蛆虫親子とかち合ってしまいレオナの機嫌は最高に悪かった。もう宴も終盤に差し掛かっている。挨拶なんぞ兄である国王に放り投げて泊まるために用意された離宮に戻ろうか。そんなことを考えて隣にいるジャックに声をかけようと横を見るが――。

「あァ?」

 いなかった。二メートル近い立派な体躯に成長したがとても可愛い恋人兼護衛がいない。先ほどまでしっかりとあった気配が何故か数分足らずに消えていなくなった。

「なに護衛がいなくなってんだ」

 チッと柄悪く舌打ちしながら視線を会場に向ける。その中にラギーが離れたところで誰かと離していが一瞬レオナに視線を向けてスッと別の方角を向けた一回目を瞬く。そのアイコンタクトでジャックの居場所に検討を着けたレオナはもう一度舌打ちをする。

「まったくあの犬っころはいつになったら成犬になんだ」

 二十歳超えてんじゃねぇのか。レオナは苛立たしげに尻尾を振りながら踵を返し宴会場を後にした。



 何度か引き留められそうになったのを振り切って歩き続ければ庭にあの大きな影があった。その傍には小さく華奢な存在が儚げに立っていた。一部の男の心を擽りそうな存在に苛立ちが込み上げながらレオナは物陰に隠れて耳を動かし会話を聞き取る。

「流石にこれ以上は俺も困る。もう何度も断っているだろ」

 女性に優しい紳士的なジャックにしては剣呑とした声音。苛立ちも隠してない様子からどうやら随分前から言い寄られているんだろう。ならば、あの女だろう。

 レオナはジャックに言い寄る存在を男女ともに覚えている。ちなみに、同じくジャックの恋人であるラギーもバッチリ……というか調べているがラギーでその報告を聞いているのがレオナだ。よって、お互い知ることになる。

「あの女まだ諦めてなかったのか」

 自分たちが知らないところでどうやら粘着質に付きまとわれていたようだ。あの女の匂いもしなかったから用意周到にジャックが隠していたんだろう。無駄なところは成長したようだ。こういう処分はレオナたちに任せてほしいものだがジャックも男だ。自分で解決してやると思ったのだろう。全く可愛い子犬だ。

 とはいえ、ここまで来たならばもうレオナやラギーの範疇だ。物陰から窺いながら毛を逆撫でするジャックを見て限界だなとレオナは足を一歩踏み込むと――マジカルペンを取り出す。そして、構わず攻撃系魔法を放つ。同時にジャックもマジカルペンを取り出して女の背後に向けて攻撃系魔法を放っていた。

 その俊敏性にレオナは口角を上げて悠然とした足取りでジャックに近づく。その間に拘束魔法を四方に放つのも忘れない。

「成長したなジャック」
「その言い方あんまりっす」

 女に拘束系魔法をかけて掴みながらジャックがガルルと牙をむく。それをするのは周りにいる野郎共だろう。というか、こんな奴らに侵入を許して王宮の警備のざる具合に眩暈がしてくる。

「はぁ。実力行使か?」

 ジャックが拘束する女を睨めば同じく睨み返される。随分と度胸のある女だ。それを他に役立てればよかったものを。いや、そもそもジャックに惚れなければよかったものを。勿体ない女だ。

「この騒ぎだ。すぐに警備がくる。受け渡したら抜けるぞ」
「は? いや、レオナさん、そんな無理な――」
「ジャック。今日は何の日だぁ?」

 自分も行くと言いたげなジャックの言葉を遮って随分高くなった金の瞳を見上げる。その瞳は責任感に輝いていたがレオナの視線を受けて僅かに緩む。そういうところは生真面目さが僅かに抜けて来た。それとも恋人の一人であるレオナに対して弱くなったとも言えるのかもしれないが。

「部屋、戻んぞ」
「警備兵が着てからな」

 女に見せつけるように腰を抱きジャックの身体に張り付いて見上げる。それを見下ろすジャックの僅かに甘やかさの滲む眼差し一身に受けた。



   ◆ ◆ ◆



 言った通りすぐに騒ぎを聞きつけた警備兵に女と雇っただろうゴロツキを引き渡して離宮に戻った。警備兵の隊長に引き留められたが王弟特権を遺憾なく発揮し明日聴取を受けることにした。明日の朝、聞き取りに応じられるかわからないが。

「レオナさん。お誕生日おめでとうございます」
「ん」

 律儀に頭を下げるのはいまだに後輩だった頃の癖が抜けないから。以前ジャックはそう言って抜けないらしい。そろそろ抜けてくれとレオナは思う。けれど、あの頃のただの後輩だったジャックも可愛かった。だから、あと数年我慢してやろう、と寛大な心でジャックの今の状況を許している。
 さて、とレオナはジャックの手首を掴んでクイーンサイズよりも大きいのではと思うベッドへと向かう。以前だったら引き留めたジャックも慣れたのか大人しく着いて来る。あの初心な反応も好きだったがな、と惜しく思う。
 ベッドまでやって来て座る。そしてジャックも座って向き合う。

「ラギーの誕生日のときは何したんだ」
「またそれっすか?」
「あたりめぇだ」

 ラギーがして自分がしていないのはなし。ちなみに自分がしてラギーがしていないのは良し。ラギーとは抜け駆けし合うのがもう癖になっているし楽しい。一体どんなことをラギーがジャックに仕掛けたのか聞き出すのが面白いし楽しい。そして出し抜けたときは最高の気分になる。

「ジャック」

 その口から一体ラギーと何をしたか言ってみろ。有無を言わせず金の瞳を見つめれば観念したように一度伏せて開いた。

「キスと、その……セックスです」
「ふぅん……本当にそれだけか?」
「他に何があるんすか……」

 怪訝に凛々しい眉を潜ませるジャックにレオナは歪な笑みを向ける。瞬間、ジャックの肩が揺れるのを見逃さなかった。

  ――何かしたなこいつ。いや、ラギーがしたのか?

 まじまじと見れば学生の頃と変わらない癖で視線を逸らすジャック。こういう時は何か言っていないことがある合図。まだこうした嘘がつけないのか。もう治せない癖なのか。どっちにしろレオナからすればありがたい癖である。

  ――まぁ、何をしたかなんてどうとでも聞き出せる。

 よっぽどの秘密でなければ案外すぐに吐くジャック。誕生日であることや、さっきの出来事を持ちだせば簡単に吐くに違いない。それかジャックが勝手に素直に話すだろう。
 レオナは後者だな、と一人ほくそ笑みながらジャックの項に手を回し引き寄せた。それに抗うことなく屈んで来るジャックの従順ぶりにやはり笑みが深くなった。

「本当に利口になったな」

 その従順さが怖いとさえ思う。薄い唇に噛みつきながら頭の中に浮かんだがすぐに消えていった。だが、その反骨精神がまたジャックらしく懐かしく思うから自分も変わったのだとしみじみしてしまった。
 合わせるだけの唇を離れると名残惜しそうに見つめてくる満月の瞳。その笑みが愛おしく砕きたく欲しくなる。

「ジャック。今日の夜は長いな」
「そうっすね」

 言って積極的に唇を寄せてくる狼にまた噛みついて今度こそむさぼることにした。




 出勤日、ラギーは一人ぶすっとしながらスマホ画面を突き出してきた。

「あ? んだよ」
「嘘つきッス!」
「王弟に向かって無礼だぞ」
「今さらッスよ!」

 ガルルと唸りながら青筋を浮かべるラギーにレオナは余裕の笑みを向ける。

「新作は渡しただろ」
「これ! ジャックくんの寝顔じゃないッスか!」
「何だ。可愛い事後の顔だろうが」

 こうしてまたくだらない喧嘩が始まったのだった。そして、そのくだらない喧嘩にジャックが介入するまで後数十分後のこと。


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