ジャック受

シガーキス



 窓を打ちつける雨粒が獣人の耳には喧しく聞こえる。学園にあったオンボロ寮ほどではないがジャックが今居る場所もオンボロと呼ばれるに相応しい廃屋だ。
 一段と風が強くなる中、窓が壊れたり先ほどからガタガタして屋根が飛びそうだ。外の音に苛立ちながら早く戻って来いと念じ辺りの気配を探る。
 そのときだった。ピンと耳を立てる。僅かに強風に紛れて音がした。じっくりと耳を澄まして探っていると――バンッッと音が響いた。
 暴風か、と音がした方に視線を向けて唸る。音の正体は扉が開いた音だった。けたましい音を出したのはジャックが待っている男の一人だった。
 扉の前に立っている男は外の豪雨の中を移動していたのか濡れ鼠状態だった。それが不機嫌の原因か刺々しい空気を放っていた。
 それでもジャックは舌打ちひとつして「絞めろ」「雨が入る」と続ける。するとバンとまた大きな音を立てて閉める。溜息をついているとフロイドが濡れた状態でこちらに近づいて来る。

「邪魔ぁ」

 彼は濡れた前髪を掻き上げる。不機嫌そうに細めていた目がジャックを捉える。とたん、刺々しい空気がなくなった。そのまま長い足でズンズン近づいて来た。これは来るな、と思わず身構えると想像していた衝撃が来た。

「ウニちゃぁん、つかれたぁ」
「ぐっ、この」

 勢いよく抱き着いてきたフロイドにジャックは文句を飲み込む。どうせ文句を言ったところで聞きやしないし。にしてもこの濡れた状態で抱き着かれるのはそろそろ我慢できない。

「おい。そろそろ離れろっ」
「え~ケチ」

 何がケチだ。こっちは濡れていなかったのに。いまではびしょ濡れ状態の人に抱き着かれて一張羅が濡れてしまった。
 魔法で乾かそうとしたときだった。手首を掴まれてぐいっと引っ張られた。なんだと見ればフロイドが「一本ちょうだぁい」とおねだりをしてきた。

「またか」
「いーじゃん」
「はぁ」

 溜息をついてジャックは手首を振る。すると濡れた皮手袋に包まれた手がパッと離れる。どうやら意味が伝わったようだ。ジャックは自由になった手で彼が所望するモノを取るためにジャケットの裏ポケットを漁り、シガレットケースを取り出す。
 手のひらサイズのケースの蓋を開けて一本取り出し唇で挟みケースを仕舞う。次にジッポを取り出す。ホイールを回すと小さな灯が現れる。その灯に咥えた煙草に火をつける。
 一度吹かしてから指で挟んで唇から離してフロイドにフィルター部分を向けた。

「ほらよ」
「ん」

 フロイドはジャックが向けたフィルター部分をそのまま唇で挟んだ。それを見届けたジャックが手を離す。彼は薄い唇で挟んでいつの間にか皮手袋を外した白く長い指で煙草を挟んで唇から離した。

「ふぅー」
「ぁっ、この」

 ふぅっと薄い唇から吐き出された煙が顔にかかり顔を顰める。獣人の鼻に彼らが吸う煙草の臭いはキツい。顰めた顔をフロイドが横目で見てにっと目尻を下げて笑う。

「まだムリ?」
「これからもずっと無理だし嫌いだ」
「でも吸えるよね、ウニちゃん」

 ニヒッと笑いながらまた煙草を咥えるフロイドに苦虫を潰した顔を向ける。
 彼の言う通り吸えないわけではない。仕事で吸うように命じられたら我慢して吸うくらいは吸える。でも、フロイドたちのように日頃から趣向品として楽しむことはできない。

「あはっ。オレたちと一緒にいて悪いこと覚えたのにぃ。ほんっとに昔のままだねぇ」
「ッ、てめぇッ」

 フッとまた煙草の煙を吹きかけられて顔をさらに顰める。
 もう離れようとフロイドから一歩距離を取ろうとしたときだった。再び強風に紛れて音が聞こえた。それにピンと耳をそばたてる。こういうときはフロイドもちょっかいを出してこないからありがたい。

「帰って来るな」

 音の正体に確信を持ったとき再び凄まじい音が響く。耳を伏せながら唸ると横から笑い声が聞こえる。他人事だから笑えるだろうがジャックにとっては笑い事でもなんでもない。いっそこの聴力を貸してやろうかと扉の方を見ると同時に同じ音がまた響く。どうやらちゃんと扉を閉めてくれたようだ。

「ジェイド先輩。お疲れさまっす」

 フロイドと同じように濡れ鼠状態で戻って来たジェイドに声をかける。それに隣にフロイドが拗ねた声で「ずりぃ~」と言うが無視だ。これを無視し過ぎるのはいけないけれど今日は大丈夫そうだから無視する。
 濡れた状態のジェイドも同じく前髪を掻き上げて鬱陶し気に皮手袋に包まれた手を振る。

「ジェイド先輩も随分濡れてるっすね」
「ええ。まさかこんな早い時間に雨が降るとは思いませんでした」

 「魔法は使えなかったのが大変でした」と言うジェイド。どうやら魔法を使うと察知されてしまうところだったようだ。なるほどフロイドも濡れ鼠状態になるわけだ。
 ジャックは二人の仕事内容は知らない。ただ、アズールに同行してほしいと着いて来ただけだ。にしても、自分はどうしてこうグレーに近いような仕事もしている彼らに着いてきてしまったのか。この先どうなるか分からず最近転職を考えるくらいだ。
 溜息を飲み込んでいる間にジェイドが魔法で濡れ鼠状態から脱却した。それにフロイドも便乗してようやくあの濡れ鼠状態じゃなくなる。ジャックもそれを見て濡れた一張羅を乾かす。

「それにしてもフロイド、あなたいいものを吸っていますね」
「ウニちゃんに貰ったぁ」
「おや。では、僕も一本」

 ピンと指を立てるジェイドにジャックは溜息をついた。これはつまりフロイドと同じことを要求されているときだ。ジェイドも意外にこういうところはフロイドに似て我が儘だ。だが、先ほどのフロイドと同じようにしてやる自分も甘い男なんだろう。
 煙草を唇で挟み後はジッポで火をつけるだけとなったときだった。

「はーい! オレからプレゼント♪」
「ぐっ」

 ネクタイを引っ張られる。無理矢理向けられた顔の先には同じように煙草を唇で挟んだフロイドがいた。そして、彼は首を伸ばして煙草の先をジャックが挟んだ煙草の先に合わせて来る。

「っ、の!」

 何をしようか理解したジャックはすぐに煙草を指で支え煙草の先を合わせてやる。
 ジッという微かな音が聞こえたと同時に咥えていた煙草に火が着いた。

「ん、じょーずになったね」

 火が着いたのを見てフロイドがネクタイから手を離しながら褒めて来る。普段は我が儘の甘えたのくせにこういうときに年上ぶって褒める。けど、その言葉に素直に尻尾が動く自分が嫌になる。この野郎と心の中で悪態をつきながらフロイドから距離を取って唇から煙草を離そうとしたが。

「ジャックくん。失礼します」
「ッ!」

 いきなり傍まで来たジェイドは長い腕を伸ばして来た。その手はジャックのジャケットの裏ポケットに伸びてするっと手際よくシガレットケースが抜き取る。
 何をするんだとジェイドの行動を見ているとシガレットケースから煙草を取り出した。そのまま薄い唇に挟み長い指で支えるとこちらに顔を向けた。


「ジャックくん」

 少し籠った声で呼ばれた。ジェイドが何を求めているか理解をした。ジャックは溜息が出そうになるのを抑えて待っている男の方を向く。
 先ほどと同じように今度はジャックからジェイドの煙草の先に火を移す。
 ジッとまた音がして煙草に火が着いた。それを見てジェイドから離れる。ジェイドは満足げに鋭い目尻を下げて煙草を唇から離して煙を吐き出す。

「確かに上手くなりましたね」
「ねぇ。そうでしょぉ?」
「僕らの教育の賜物ですね」
「だよねぇ」

 ジェイドの傍にぬるりとやって来たフロイドが適当なことを言う。ジェイドもそれに乗っていく。ジャックは面倒くさいと相手をすることなく煙草を唇から離す。それから携帯灰皿を取り出して火を消す。

「あは♪ あいかわらずいー子だねぇ」
「ふふ。いい子ですねぇ」

 ジャックの行動にそう言う二人は同時に煙草を床に落とした。その行動に注意する前に二人は揃ってお気に入りだと言っていた革靴の底で煙草の火を消し潰した。


2022.03.21 リメイク
1/8ページ