シグナル・シグナル
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ときめきシグナル
四年生に進級して早々研修先へ向かうことになった。
私が選んだ研修先は故郷である薔薇の王国ではなく輝石の国。見聞を広げるためにとはいえやっぱり薔薇の王国とは勝手が違う。共通言語を基本話すけれどやっぱり輝石の国の言葉で交わされる言葉で話されるときもある。文化もやっぱり近くて違う。その違いを知っていても改めて現地で見ると感動する。様々な人種や種族が集まる魔法士養成学校に通っているとはいえ現地での直接交流はまた違う発見があって面白い。
選んだ研修先である世界有数の博物館も色々勉強できて楽しい。まぁ少し面倒くさいのは同じ研修生にロイヤルソードアカデミーとナイトレイブンカレッジの学生がいることくらい。先生もこの学校を一緒にしちゃいけないって分かっているのかあまり一緒のことをさせないけれど。どっちともコンビを組まされる私はたまったもんじゃない。
そんな面倒臭い要素があるとはいえ中々充実した研修の日々を送っている。
先生の古代魔法の解析の手伝いが終わり一人昼食を食べているときだった。
「あら。珍しい」
珍しい子から電話がかかってきた。何かしら、何かしら、とコーヒー片手に電話に出る。
「ケイトから電話なんで珍しいじゃない」
『アリアちゃんせんぱぁい』
「ちょ、なによ。いきなり情けない声なんて出して」
一年前に〝友達〟になった年下の男の子。名前はケイト・ダイヤモンド。ナイトレイブンカレッジに通う今は二年生。ハーツラビュル寮に所属している。最近は新しく寮長となった私もよく知っているリドル坊やを副寮長になったトレイくんと一緒になってお世話しているとか。さて、その彼が何とも情けない声で電話をかけてきた。
「どうしたのよ」
『助けてぇ~』
「は?」
何いきなりと眉を顰める。情けない声で電話をしてきたと思ったらいきなり〝助けて〟なんて心臓に悪い。
私は耳を澄まして電話の奥の音を拾う。聞こえる音は生徒たちの声も聞こえない。静かな場所で電話をかけているのか。誘拐されたとか、悪漢に襲われている感じではない。誰かに追われている感じでもないから特に何も問題無さそうだ。
「……試験勉強なら先輩に聞いた方がいいわよ」
『ちがうってぇ』
「じゃなに?」
先を促すように訊けばケイトがしょぼくれた声のまま『実はさ』と話し出した。
彼の話に最初は真剣に耳を傾けていたけれど最後には頭を抱える羽目になった。手に持っていたコーヒーをベンチに置いて「あの」と私から切り出した。
「まさか私に恋人役をしてほしいなんて言わないでしょうね」
『その〝まさか〟だよ』
「ちょっと!」
無理と言おうとして『平気だよ!』と無邪気で明るい声が遮る。この声からすでに私が引き受けると思っている。最初の情けない声は一体何だったのよ。こめかみに青筋を浮かばせながら「研修があるの」と言う。
『お願いするのはウィンターホリデーだよ』
「あんた私が実家に帰られないからってね」
『へへ。でもさ、ほら、オレ一度彼氏候補してあげたでしょ』
それは一年前の話だし。そもそも相手の意表をつくのに年下という年齢の都合がよかっただけ。けど、今回は勝手が違う。そもそも私の懸念事項をケイトは分かっていない。
「はぁ。年齢が釣り合わないでしょ」
『たった二つ違うだけじゃん』
チッ。私は心の中で舌打ちをする。これはちゃんと言わないと分からない。正直、コンプレックスではないけれど度々言われること。
「あ゛~見た目! あんた、私の見た目が年相応じゃないのは知ってるでしょ」
『そんなことないって』
「あんたも似たようなこと言ったわ」
『あれぇ? そうだっけ?』
調子がいいんだから。それでもどんな格好をしても私服のときは制服のときより年上に見られる。年相応の男子高校生であるケイトと並んだ自分を想像してみる。完全に傍から見たら大人の女に買われている男子高校生。若い男の子を飼っている悪い女。犯罪者よ。
「犯罪者みたい」
『そんなことないって、あ、じゃあ! 頑張って去年みたいになろうよ!』
「は?」
『平気、平気、たった一年前のことだし!』
「ちょ、ケイト」
何だか勝手に話を進め出した。私は焦って名前を呼ぶけれどケイトは聞く耳を持たない。何とかこっちの話を聞かせようとするけれど「大丈夫!」の一点張り。何が大丈夫なのか。
『じゃ、まず打ち合わせしようね』
「は、はぁ? ちょっと! ケイトッ!」
ブツと切れた電話に呼びかけるのは意味がない。すぐにかけ直すけれどもう出ない。クソと悪態をつきながらメッセージを入れてスマホをジャケットに仕舞った。
「もうあの子ったら!」
絶対に無理、無理よ、とコーヒーを飲みほした。
* * *
あの後、何度も断ったけれど結局最後はケイトの押しに負けてしまった。そして、あっという間に打ち合わせする日になってしまった。
私は研修先の寮から出て最寄り駅の電車から三つ目の駅で降りた。その駅はアミューズメント施設があるためかウィンターホリデーも相まって家族連れなどが多い。なんでこんなところでと思いながら指定された待ち合わせ場所のモニュメント場所に立つ。
周りには私と同じように待ち合わせしている人ばかり。その中で多いのは恋人同士。さっきからひっきりなしに男女が共に去っていく。
もしかしたら傍から見たら私もケイトと恋人同士に見える可能性があるのかしら。もしかして、これも何か作戦の内なのかしら。ぐるぐる不安の渦が出来ていく中ケイトが来るのを待っていると――。
「お姉さん、ひとり?」
ナンパが来た。こういうときはシカトが一番。私は顔を見ることなくスマホを見続けると「あれ? 無視?」とまた軽薄な男の声がした。
どっか行けって念じるが男は結構根性がいいらしくめげずに話しかけてくる。それを延々と無視し続けるとスマホをぐいっと横にずらされた。流石にこれには苛立って男を睨む。そこには何も声と同じく軽薄な顔立ちの男だった。
「やっと見た。ね。俺と一緒に遊ばない?」
「遊ばない。私、これから彼氏とランチなの」
「あれ。男待ち」
嘘でしょと言いたげな顔に苛立つ。どうせ声をかけた目的なんて身体だろう。ケイトと会うから露出のある服も着ていないのにどうして。あれか。顔かしら。派手な顔かしら。メイクだって今日は派手に見えないようにしたのに。
「そう。男待ちだから他を当たって」
「じゃ、本当に男が来るか俺も待つ」
「は?」
なにこの男。怪訝な視線を向ければにんまりと笑い返された。腹立つ顔。私はもういいやと無視した。ついでにケイトに変な男に絡まれているからすぐに来るようにメッセージを送った。すると、いつも以上にすぐ返事が来た。しかもとても簡素な「すぐいく」というもの。
「お姉さん、すごく綺麗だし相手もすっげぇカッコイイんだろうなぁ~」
自信過剰な男の態度。もしかして彼が着いたときに「俺の方がかっこいよ」ってナンパを続けるつもりなのかしら。性格悪いというか今までにないタイプのナンパ。よほど自分に自信があるみたい。まぁ、自信過剰な態度取っているんだからそうなんでしょう。
さっさと離れたい。もういっそ別のところに行こうかしら。それもいいかもしれない。それっぽいやり取りをした感じにしようとスマホを見ようとした手が止まる。
「ケイトッ!」
視界の端に見えた鮮やかなオレンジの髪に一年前のように名を呼んで私は駆けだす。後ろで男が喚くのも無視して手を上げる彼に向かって手を振り返す。
「アリア、遅くなってごめん」
呼び捨てされた名前に少しだけソワっとした。たぶん、付き纏っている男がいるっていうからそれっぽい関係に見える対応をしてくれたんだと思う。
気の利く子と一瞬だけ起きたソワソワした気持ちを誤魔化す。
「大丈夫。遅れていないわ」
言いながらさらに後ろの男を誤魔化すためにケイトの腕に両腕を絡ませる。傍から見ればあそこにいた恋人たちと変わらないやり取り。
何だかさっきまで恋人同士に見られたらと考えていた人間がする行動じゃないな。自分の行動に内心で笑ながらギュッと腕を絡める。
「ね。なんか言いたげに見ている人いるけど、あの人?」
「そ。さ、無視して行きましょ」
私は男を一瞥することなく腕を引く。ケイトも「りょ~かい」とすぐに歩き出してくれた。雑踏の中に入りながら男が後ろから追いかけてくることがないので安心した。
「ハァ。やっと離れられた」
「アリアちゃん先輩、ほんとにごめんね」
見上げるといつもの可愛いケイトに戻った。さっきの少し大人っぽい雰囲気の彼も思わずソワソワしてしまうほど良かった。けれど私はやっぱりこのちょっと甘い男の子な感じが好き。ま、とはいってもケイトの素はこれとは違うと思うけれど。私は可愛いから別に構わない。そもそも彼が私に素を見せる義理もないし。
「で、アリアちゃん先輩このまま行くの?」
「そうよ」
何か問題でもあると言いたげに見る。すると、若葉の瞳が少し揺れた気がした。なに、と思うけれどすぐにそれを覆うようにへらっと瞳が笑う。
「役得だね」
「あら。言うようになったじゃない」
八重歯を見せて笑う彼の可愛い笑み。これ以上踏み込むのはやめよう。彼が隠すのなら探ってほしくないのだろう。私は可愛い彼の笑みにつられて頬が緩ませて微笑んだ。
「で、打ち合わせって何をするの?」
レストランでの昼食も終わってデザートが来るのを待つ間わたしは本題を切り出す。ケイトはスマホを弄るのをやめて「まず情報を共有しようと思うんだよね」と言い出す。
「そうね」
確かに私が知っていることは少ない。ケイトが私に恋人のふりを頼んだのは執拗に迫って来るマジカメフォロワーの女の子を完全に振るためのもの。どうやら家を特定されたというか友達の友達だったらしくあっさり家がばれてしまったらしい。
「で、そんなにしつこいの?」
「まぁ、だいぶ絡んで来るし、いいねくれた子にも絡んで来るしねぇ」
言葉を濁しているけれど僅かに眉を顰めた感じは余程なのだろう。そもそも私の力を借りることになるのが意外。マジカメやっているだけにこういう煩わしいことに対応できそうなのに意外。というか、ブロックするなり警告するなりすればいいのに。
「何度も告白してくるの?」
「告白っていうかもうメッセとかでスキとか」
思い出したのかずぅんと暗くなるケイト。後で何か奢ってあげた方がいいのかしれない。よしよし、とでも言ってあげようかと思うけれどそれは違うかな。にしても、相手の子もなんて粘着力は称賛にしたいけれど犯罪者に片っぽ踏み込んでいるから称賛できない。
「もうマジカメやめたら?」
「オレの生きがいだし、オレなにもしてないしぃ」
ケイトが「他人事すぎない」って言うけれど実際他人事ではある。けど言わずにデザートが運ばれて来た。甘いものが苦手なケイトはコーヒーのみ。
「で、その子に付き合い始めた恋人がいるとか言ったの?」
「そう。絡んで来て面倒くさくてさ。でも、ナイトレイブンカレッジで出会いなんてないでしょとか言い出してさ」
「ふふ。粘着系フォロワー」
「すぐバレたって思ったけど――アリアちゃん先輩いるじゃんって思ったらつい」
なるほど。上手く言い逃れができずに悪手に手を出したということか。
「けど、私で納得する? おばさんじゃないっとか言われそう」
「大丈夫! 去年みたいな感じにすれば大丈夫だよ」
それは遠回しに老けたと言われたような気がするんだけど。私のちょっとショックを受けているのに気付いたのかケイトが「あ、えっと、綺麗だよ」とか言い出す。
「そんな取って付けたような言い方やめてよ。いいわよ。老けているのは知ってるから」
「あ、あ~、今は年相応だから!」
「もういいから。でも、そうね。つまりちょっと学生らしくしたらいいのよね」
「そう! それだよ!」
調子よく答えるケイトに呆れながらスマホを取り出す。それから一年ほど前の写真を見る。どんな感じだったらいいのかしら。
「ねぇ。その子はどんな雰囲気の子」
「えっと、ちょっと待ってね」
トントンとスマホを操作してケイトは写真を一人の女の子を見せてくれた。その子は流行りを上手く取り入れた綺麗よりの女の子だった。派手系でもギャル系でもない。清楚系と言うにはちょっと遊び心がある着こなし方。自分のことを上手く把握している。さりげなく見えて美意識の高い系とみた。
「流行に敏感そうな子」
「たしか最初やり取りしたときはそんな感じだった」
今は違うけどね、と素っ気なく写真を引っ込める。
ふいに見えた新緑の若葉なの瞳は沈んでいた。よほど煩わしいのね。何となくだけれどケイトは人間関係に希薄というか執着心を持っていない。マジカメも人間関係作りとかそんな感じでもないし。いちフォロワーに粘着されるのは大分イラついているんじゃないかしら。
「私もその子に似たような感じに合わせた方がいい? それとも派手系にする?」
「んー。そもそもこの子どんな人が恋人でも面倒くさいと思う」
「ネットでの報復が怖いわね」
「あ。そこはもう大丈夫」
「え」と首を傾げれば「何でもない」と言ってくれなかった。どうやらネット上での対策は万全らしい。ならこれはどんな意味があるのかしら。いや、でも家を特定されたなら今度はそっちが面倒臭いのかもしれない。分からない。
「とりあえず、服を選びながら考える?」
「え。服買うの?」
「買うわよ」
言えば「リッチ~~」とか言い出す。そもそも研修先に私服を大量に持ってきているわけないじゃない。実家から送ってもらうのも面倒だし買った方が早いじゃない。そもそも恋人の振りをするならそれらしい服を着ないと合わないじゃない。
「この近くに好きなブランドの支店があるから行くわよ」
「はぁい」
サッサとデザートを食べて私たちは揃ってレストランを出た。
* * *
「これどうかしら?」
私にしては清楚に見える可愛い系のワンピースを着てみた。メイクも派手なわけではないけれどちょっと今は似合わないかも。それにしても肝心のケイトの反応はない。
振り返って「ねぇ。聞いてる?」って聞くと呆けた顔をしていた。
「ちょっとケイト」
「あ、ごめん。その聞いてるんけど……アリアちゃん先輩が改めてお嬢様なんだなぁって認識したかなぁ」
ハハと笑うケイトに首を傾げて「ああ」と自分がしたことを思い出す。
「VIPルームくらいで驚いてる?」
「ただの一般人のオレは十分驚くってば!」
すごく驚く挙動をするケイトにやっぱりわからなかった。だって、熱砂の国とかの大富豪だったらVIPルームとかじゃなくて気に入ったら購入くらいするのに。だから、私くらいの実家だったらVIPルームとか別にたいしたことじゃない。けど、この話はもうおしまい。さっさと服を決めないと。
「で、どうする? どういう感じにする? というか、あんたは当日どうする?」
「えっと、いつも通り? こんな感じかなぁ」
「そう。なら、あんまり高い服着るのも問題ね」
「だから、やっぱり初めて会ったときくらいの感じでいいって!」
「あれ、ね」
フードつきのパーカーにデニムって流石に恋人のふりにそれはどうかと思う。でも、それくらいシンプルないで立ちがいいのね。了解。なら下手に着飾らなくメイクも派手にせず行こう。
「わかったわ。それで用意してみせるわ。あ、ちゃんと会う前に写真送るから」
「ん。サンキュー!」
ならこの服はもういいかな。サッサと脱ごうとドレッシングルームに入ったときだった。ケイトが「あ、待って」と声をかけてカーテンを閉める手が止まる。
「なに?」
「ねぇねぇ。せっかくだし色んな服着ているアリアちゃん先輩見せてよ」
さっきの驚きは何処へ。ケイトはスマホを片手に嬉々とした姿を見せる。コレクションの発表でもないのに私のファッションショーの何が楽しいのかしら。
「別に買わないのよ。これだって私に似合わないし」
「そうだね。その服はアリアちゃん先輩には甘すぎて似合わないかも」
でもさ、と言って店員に持って来てもらった服を手にして近寄って来た。
私は「やらないわよ」という目で見るけれどケイトは今日一番表情が輝いていた。その可愛い顔のまま服を渡して来た。
「ね。これ着ているところ見せてよ」
「……この服好きなの?」
「んー。それよりは似合うかなぁって思う」
それはそうだ。私の派手な顔立ちによく似合う派手な服だもの。この愛らしいワンピースよりも似合うはずだ。
「ハァ。何が楽しんだか……」
いいわよ、と服を受け取る。すると「じゃいってらっしゃい」と私の代わりにカーテンを閉めてくれた。受け取った服は明らかにただの服じゃない。
「これドレスよね」
何で店員はドレスを持って来たのかしら。まぁいいや、とハンガーをかけて似合わないワンピースを脱ぎ捨てた。
それからケイトが次々に服を持って来て中々ファッションショーは終わらなかった。
いつまで続けるのか、と思って一度入ったふりをして除けばケイトは店員とグルになっていた。店員と揃って「これも似合いそう」となんと新しく服を選んでいたのだ。
「こら! ケイト!」
「あ、バレた」
可愛い八重歯を見せてももう終わりよ。
「まったくこの子ったら」
「へへ。でも、ほらいい買い物できたじゃん」
「そうかもしれないけれど誤魔化さない!」
帰宅の道ショッパーを肩にかけながらへらへらするケイトを睨む。けれど全然利かない。甘くしていたら付けあがってこの子ったら。なら、と私は彼に一泡吹かせてやろうとひとつの意地悪を思いつく。
「ケイト。恋人の振りするなら完璧にやりきりましょうよ」
「え。なに突然」
へらへらした笑みを引っ込めて首を傾げる。可愛い仕草だけれど今の私には効かない。私はフフと笑みを零しながらケイトに手を差し出す。
「恋人らしく手を握って帰るわよ」
「え゛」
嫌そうに顔を歪めるケイトにちょっと傷付く。そこまで嫌がらなくてもいいのに。私はケイトの答えを聞く前にジャケットのポケットに入っている手を出させようと手首を掴む。そのまま引っ張って手を出させる。そして、するっと手を滑らせてギュッと握る。
「本当は指を絡めたいけどこれでいいわよ」
ハハンと笑いながらケイトを見て今度は私が目を見開いた。色白の顔が真っ赤になった。一体ちょっとの間に何があったと思ってハハンと意地悪な私が思いつく。
「まさか照れてる?」
「や、その、だってさぁ」
忙しなく視線を動かすケイトに悪戯心が芽生える。ギュッと握って意地悪く笑いながら肩を寄せる。
「可愛い坊やね。これくらいで照れていたら当日が思いやられるわ」
ニヤニヤ笑っているとケイトも私がからかっていることに気づいた。眉を顰めて拗ねたような不機嫌な顔をしだす。
「あら怒った」
「別に……でも、アリアちゃん先輩の言うことは一理あるし」
言うとまだちょっと赤みの残る頬のままケイトが私を見る。なにって思うと握っていた手がもぞっと動いた。何かしらって手を見るついでに緩めると――。
「わ、ちょっと」
「……恋人つなぎの方がいいんでしょ」
少し乱暴にぶっきらぼうなケイトらしくない言い方。けれどそんな珍しい彼のことよりも先ほどよりピッタリとくっついた手のひらの方が気になる。
思っていたより大きい。さっき自分から握った手よりも手のひらは大きく感じた。
ドっと汗が額に滲むし頬が熱くなっていく。ケイトを煽って起きながらまるで甘酸っぱい恋をしている少女のように自分はなり果ててしまった。
恥ずかしい。煽って起きながら自分も初心な女の子みたいな反応をしてしまって恥ずかしい。しかし、そこへとんでもないものが放り込まれた。
「あ。なんなら名前の呼び方も変えないと」
「アリア」と続けられた呼び捨てにまた身体の中心がソワッと浮いた気がする。モゾモゾする。ゾワゾワじゃなくてなんか落ち着かない。
「ま、まぁ、いんじゃないの」
「そう? じゃ、当日は呼び捨てでいい?」
「もち、もちろん」
動揺が声に出過ぎている。ケイトの完全勝利みたいな顔が腹立たしい。何より年下男子にあっさりとしてやられた自分が情けない。
「か、帰りましょう!」
「はーい!」
やけくそに叫んで私は最後までしっかりとケイトと手を握って帰った。
寮に帰ってからも手のひらの感じや、呼び捨てで呼ばれた名前が耳に残り悶え続けた。
四年生に進級して早々研修先へ向かうことになった。
私が選んだ研修先は故郷である薔薇の王国ではなく輝石の国。見聞を広げるためにとはいえやっぱり薔薇の王国とは勝手が違う。共通言語を基本話すけれどやっぱり輝石の国の言葉で交わされる言葉で話されるときもある。文化もやっぱり近くて違う。その違いを知っていても改めて現地で見ると感動する。様々な人種や種族が集まる魔法士養成学校に通っているとはいえ現地での直接交流はまた違う発見があって面白い。
選んだ研修先である世界有数の博物館も色々勉強できて楽しい。まぁ少し面倒くさいのは同じ研修生にロイヤルソードアカデミーとナイトレイブンカレッジの学生がいることくらい。先生もこの学校を一緒にしちゃいけないって分かっているのかあまり一緒のことをさせないけれど。どっちともコンビを組まされる私はたまったもんじゃない。
そんな面倒臭い要素があるとはいえ中々充実した研修の日々を送っている。
先生の古代魔法の解析の手伝いが終わり一人昼食を食べているときだった。
「あら。珍しい」
珍しい子から電話がかかってきた。何かしら、何かしら、とコーヒー片手に電話に出る。
「ケイトから電話なんで珍しいじゃない」
『アリアちゃんせんぱぁい』
「ちょ、なによ。いきなり情けない声なんて出して」
一年前に〝友達〟になった年下の男の子。名前はケイト・ダイヤモンド。ナイトレイブンカレッジに通う今は二年生。ハーツラビュル寮に所属している。最近は新しく寮長となった私もよく知っているリドル坊やを副寮長になったトレイくんと一緒になってお世話しているとか。さて、その彼が何とも情けない声で電話をかけてきた。
「どうしたのよ」
『助けてぇ~』
「は?」
何いきなりと眉を顰める。情けない声で電話をしてきたと思ったらいきなり〝助けて〟なんて心臓に悪い。
私は耳を澄まして電話の奥の音を拾う。聞こえる音は生徒たちの声も聞こえない。静かな場所で電話をかけているのか。誘拐されたとか、悪漢に襲われている感じではない。誰かに追われている感じでもないから特に何も問題無さそうだ。
「……試験勉強なら先輩に聞いた方がいいわよ」
『ちがうってぇ』
「じゃなに?」
先を促すように訊けばケイトがしょぼくれた声のまま『実はさ』と話し出した。
彼の話に最初は真剣に耳を傾けていたけれど最後には頭を抱える羽目になった。手に持っていたコーヒーをベンチに置いて「あの」と私から切り出した。
「まさか私に恋人役をしてほしいなんて言わないでしょうね」
『その〝まさか〟だよ』
「ちょっと!」
無理と言おうとして『平気だよ!』と無邪気で明るい声が遮る。この声からすでに私が引き受けると思っている。最初の情けない声は一体何だったのよ。こめかみに青筋を浮かばせながら「研修があるの」と言う。
『お願いするのはウィンターホリデーだよ』
「あんた私が実家に帰られないからってね」
『へへ。でもさ、ほら、オレ一度彼氏候補してあげたでしょ』
それは一年前の話だし。そもそも相手の意表をつくのに年下という年齢の都合がよかっただけ。けど、今回は勝手が違う。そもそも私の懸念事項をケイトは分かっていない。
「はぁ。年齢が釣り合わないでしょ」
『たった二つ違うだけじゃん』
チッ。私は心の中で舌打ちをする。これはちゃんと言わないと分からない。正直、コンプレックスではないけれど度々言われること。
「あ゛~見た目! あんた、私の見た目が年相応じゃないのは知ってるでしょ」
『そんなことないって』
「あんたも似たようなこと言ったわ」
『あれぇ? そうだっけ?』
調子がいいんだから。それでもどんな格好をしても私服のときは制服のときより年上に見られる。年相応の男子高校生であるケイトと並んだ自分を想像してみる。完全に傍から見たら大人の女に買われている男子高校生。若い男の子を飼っている悪い女。犯罪者よ。
「犯罪者みたい」
『そんなことないって、あ、じゃあ! 頑張って去年みたいになろうよ!』
「は?」
『平気、平気、たった一年前のことだし!』
「ちょ、ケイト」
何だか勝手に話を進め出した。私は焦って名前を呼ぶけれどケイトは聞く耳を持たない。何とかこっちの話を聞かせようとするけれど「大丈夫!」の一点張り。何が大丈夫なのか。
『じゃ、まず打ち合わせしようね』
「は、はぁ? ちょっと! ケイトッ!」
ブツと切れた電話に呼びかけるのは意味がない。すぐにかけ直すけれどもう出ない。クソと悪態をつきながらメッセージを入れてスマホをジャケットに仕舞った。
「もうあの子ったら!」
絶対に無理、無理よ、とコーヒーを飲みほした。
* * *
あの後、何度も断ったけれど結局最後はケイトの押しに負けてしまった。そして、あっという間に打ち合わせする日になってしまった。
私は研修先の寮から出て最寄り駅の電車から三つ目の駅で降りた。その駅はアミューズメント施設があるためかウィンターホリデーも相まって家族連れなどが多い。なんでこんなところでと思いながら指定された待ち合わせ場所のモニュメント場所に立つ。
周りには私と同じように待ち合わせしている人ばかり。その中で多いのは恋人同士。さっきからひっきりなしに男女が共に去っていく。
もしかしたら傍から見たら私もケイトと恋人同士に見える可能性があるのかしら。もしかして、これも何か作戦の内なのかしら。ぐるぐる不安の渦が出来ていく中ケイトが来るのを待っていると――。
「お姉さん、ひとり?」
ナンパが来た。こういうときはシカトが一番。私は顔を見ることなくスマホを見続けると「あれ? 無視?」とまた軽薄な男の声がした。
どっか行けって念じるが男は結構根性がいいらしくめげずに話しかけてくる。それを延々と無視し続けるとスマホをぐいっと横にずらされた。流石にこれには苛立って男を睨む。そこには何も声と同じく軽薄な顔立ちの男だった。
「やっと見た。ね。俺と一緒に遊ばない?」
「遊ばない。私、これから彼氏とランチなの」
「あれ。男待ち」
嘘でしょと言いたげな顔に苛立つ。どうせ声をかけた目的なんて身体だろう。ケイトと会うから露出のある服も着ていないのにどうして。あれか。顔かしら。派手な顔かしら。メイクだって今日は派手に見えないようにしたのに。
「そう。男待ちだから他を当たって」
「じゃ、本当に男が来るか俺も待つ」
「は?」
なにこの男。怪訝な視線を向ければにんまりと笑い返された。腹立つ顔。私はもういいやと無視した。ついでにケイトに変な男に絡まれているからすぐに来るようにメッセージを送った。すると、いつも以上にすぐ返事が来た。しかもとても簡素な「すぐいく」というもの。
「お姉さん、すごく綺麗だし相手もすっげぇカッコイイんだろうなぁ~」
自信過剰な男の態度。もしかして彼が着いたときに「俺の方がかっこいよ」ってナンパを続けるつもりなのかしら。性格悪いというか今までにないタイプのナンパ。よほど自分に自信があるみたい。まぁ、自信過剰な態度取っているんだからそうなんでしょう。
さっさと離れたい。もういっそ別のところに行こうかしら。それもいいかもしれない。それっぽいやり取りをした感じにしようとスマホを見ようとした手が止まる。
「ケイトッ!」
視界の端に見えた鮮やかなオレンジの髪に一年前のように名を呼んで私は駆けだす。後ろで男が喚くのも無視して手を上げる彼に向かって手を振り返す。
「アリア、遅くなってごめん」
呼び捨てされた名前に少しだけソワっとした。たぶん、付き纏っている男がいるっていうからそれっぽい関係に見える対応をしてくれたんだと思う。
気の利く子と一瞬だけ起きたソワソワした気持ちを誤魔化す。
「大丈夫。遅れていないわ」
言いながらさらに後ろの男を誤魔化すためにケイトの腕に両腕を絡ませる。傍から見ればあそこにいた恋人たちと変わらないやり取り。
何だかさっきまで恋人同士に見られたらと考えていた人間がする行動じゃないな。自分の行動に内心で笑ながらギュッと腕を絡める。
「ね。なんか言いたげに見ている人いるけど、あの人?」
「そ。さ、無視して行きましょ」
私は男を一瞥することなく腕を引く。ケイトも「りょ~かい」とすぐに歩き出してくれた。雑踏の中に入りながら男が後ろから追いかけてくることがないので安心した。
「ハァ。やっと離れられた」
「アリアちゃん先輩、ほんとにごめんね」
見上げるといつもの可愛いケイトに戻った。さっきの少し大人っぽい雰囲気の彼も思わずソワソワしてしまうほど良かった。けれど私はやっぱりこのちょっと甘い男の子な感じが好き。ま、とはいってもケイトの素はこれとは違うと思うけれど。私は可愛いから別に構わない。そもそも彼が私に素を見せる義理もないし。
「で、アリアちゃん先輩このまま行くの?」
「そうよ」
何か問題でもあると言いたげに見る。すると、若葉の瞳が少し揺れた気がした。なに、と思うけれどすぐにそれを覆うようにへらっと瞳が笑う。
「役得だね」
「あら。言うようになったじゃない」
八重歯を見せて笑う彼の可愛い笑み。これ以上踏み込むのはやめよう。彼が隠すのなら探ってほしくないのだろう。私は可愛い彼の笑みにつられて頬が緩ませて微笑んだ。
「で、打ち合わせって何をするの?」
レストランでの昼食も終わってデザートが来るのを待つ間わたしは本題を切り出す。ケイトはスマホを弄るのをやめて「まず情報を共有しようと思うんだよね」と言い出す。
「そうね」
確かに私が知っていることは少ない。ケイトが私に恋人のふりを頼んだのは執拗に迫って来るマジカメフォロワーの女の子を完全に振るためのもの。どうやら家を特定されたというか友達の友達だったらしくあっさり家がばれてしまったらしい。
「で、そんなにしつこいの?」
「まぁ、だいぶ絡んで来るし、いいねくれた子にも絡んで来るしねぇ」
言葉を濁しているけれど僅かに眉を顰めた感じは余程なのだろう。そもそも私の力を借りることになるのが意外。マジカメやっているだけにこういう煩わしいことに対応できそうなのに意外。というか、ブロックするなり警告するなりすればいいのに。
「何度も告白してくるの?」
「告白っていうかもうメッセとかでスキとか」
思い出したのかずぅんと暗くなるケイト。後で何か奢ってあげた方がいいのかしれない。よしよし、とでも言ってあげようかと思うけれどそれは違うかな。にしても、相手の子もなんて粘着力は称賛にしたいけれど犯罪者に片っぽ踏み込んでいるから称賛できない。
「もうマジカメやめたら?」
「オレの生きがいだし、オレなにもしてないしぃ」
ケイトが「他人事すぎない」って言うけれど実際他人事ではある。けど言わずにデザートが運ばれて来た。甘いものが苦手なケイトはコーヒーのみ。
「で、その子に付き合い始めた恋人がいるとか言ったの?」
「そう。絡んで来て面倒くさくてさ。でも、ナイトレイブンカレッジで出会いなんてないでしょとか言い出してさ」
「ふふ。粘着系フォロワー」
「すぐバレたって思ったけど――アリアちゃん先輩いるじゃんって思ったらつい」
なるほど。上手く言い逃れができずに悪手に手を出したということか。
「けど、私で納得する? おばさんじゃないっとか言われそう」
「大丈夫! 去年みたいな感じにすれば大丈夫だよ」
それは遠回しに老けたと言われたような気がするんだけど。私のちょっとショックを受けているのに気付いたのかケイトが「あ、えっと、綺麗だよ」とか言い出す。
「そんな取って付けたような言い方やめてよ。いいわよ。老けているのは知ってるから」
「あ、あ~、今は年相応だから!」
「もういいから。でも、そうね。つまりちょっと学生らしくしたらいいのよね」
「そう! それだよ!」
調子よく答えるケイトに呆れながらスマホを取り出す。それから一年ほど前の写真を見る。どんな感じだったらいいのかしら。
「ねぇ。その子はどんな雰囲気の子」
「えっと、ちょっと待ってね」
トントンとスマホを操作してケイトは写真を一人の女の子を見せてくれた。その子は流行りを上手く取り入れた綺麗よりの女の子だった。派手系でもギャル系でもない。清楚系と言うにはちょっと遊び心がある着こなし方。自分のことを上手く把握している。さりげなく見えて美意識の高い系とみた。
「流行に敏感そうな子」
「たしか最初やり取りしたときはそんな感じだった」
今は違うけどね、と素っ気なく写真を引っ込める。
ふいに見えた新緑の若葉なの瞳は沈んでいた。よほど煩わしいのね。何となくだけれどケイトは人間関係に希薄というか執着心を持っていない。マジカメも人間関係作りとかそんな感じでもないし。いちフォロワーに粘着されるのは大分イラついているんじゃないかしら。
「私もその子に似たような感じに合わせた方がいい? それとも派手系にする?」
「んー。そもそもこの子どんな人が恋人でも面倒くさいと思う」
「ネットでの報復が怖いわね」
「あ。そこはもう大丈夫」
「え」と首を傾げれば「何でもない」と言ってくれなかった。どうやらネット上での対策は万全らしい。ならこれはどんな意味があるのかしら。いや、でも家を特定されたなら今度はそっちが面倒臭いのかもしれない。分からない。
「とりあえず、服を選びながら考える?」
「え。服買うの?」
「買うわよ」
言えば「リッチ~~」とか言い出す。そもそも研修先に私服を大量に持ってきているわけないじゃない。実家から送ってもらうのも面倒だし買った方が早いじゃない。そもそも恋人の振りをするならそれらしい服を着ないと合わないじゃない。
「この近くに好きなブランドの支店があるから行くわよ」
「はぁい」
サッサとデザートを食べて私たちは揃ってレストランを出た。
* * *
「これどうかしら?」
私にしては清楚に見える可愛い系のワンピースを着てみた。メイクも派手なわけではないけれどちょっと今は似合わないかも。それにしても肝心のケイトの反応はない。
振り返って「ねぇ。聞いてる?」って聞くと呆けた顔をしていた。
「ちょっとケイト」
「あ、ごめん。その聞いてるんけど……アリアちゃん先輩が改めてお嬢様なんだなぁって認識したかなぁ」
ハハと笑うケイトに首を傾げて「ああ」と自分がしたことを思い出す。
「VIPルームくらいで驚いてる?」
「ただの一般人のオレは十分驚くってば!」
すごく驚く挙動をするケイトにやっぱりわからなかった。だって、熱砂の国とかの大富豪だったらVIPルームとかじゃなくて気に入ったら購入くらいするのに。だから、私くらいの実家だったらVIPルームとか別にたいしたことじゃない。けど、この話はもうおしまい。さっさと服を決めないと。
「で、どうする? どういう感じにする? というか、あんたは当日どうする?」
「えっと、いつも通り? こんな感じかなぁ」
「そう。なら、あんまり高い服着るのも問題ね」
「だから、やっぱり初めて会ったときくらいの感じでいいって!」
「あれ、ね」
フードつきのパーカーにデニムって流石に恋人のふりにそれはどうかと思う。でも、それくらいシンプルないで立ちがいいのね。了解。なら下手に着飾らなくメイクも派手にせず行こう。
「わかったわ。それで用意してみせるわ。あ、ちゃんと会う前に写真送るから」
「ん。サンキュー!」
ならこの服はもういいかな。サッサと脱ごうとドレッシングルームに入ったときだった。ケイトが「あ、待って」と声をかけてカーテンを閉める手が止まる。
「なに?」
「ねぇねぇ。せっかくだし色んな服着ているアリアちゃん先輩見せてよ」
さっきの驚きは何処へ。ケイトはスマホを片手に嬉々とした姿を見せる。コレクションの発表でもないのに私のファッションショーの何が楽しいのかしら。
「別に買わないのよ。これだって私に似合わないし」
「そうだね。その服はアリアちゃん先輩には甘すぎて似合わないかも」
でもさ、と言って店員に持って来てもらった服を手にして近寄って来た。
私は「やらないわよ」という目で見るけれどケイトは今日一番表情が輝いていた。その可愛い顔のまま服を渡して来た。
「ね。これ着ているところ見せてよ」
「……この服好きなの?」
「んー。それよりは似合うかなぁって思う」
それはそうだ。私の派手な顔立ちによく似合う派手な服だもの。この愛らしいワンピースよりも似合うはずだ。
「ハァ。何が楽しんだか……」
いいわよ、と服を受け取る。すると「じゃいってらっしゃい」と私の代わりにカーテンを閉めてくれた。受け取った服は明らかにただの服じゃない。
「これドレスよね」
何で店員はドレスを持って来たのかしら。まぁいいや、とハンガーをかけて似合わないワンピースを脱ぎ捨てた。
それからケイトが次々に服を持って来て中々ファッションショーは終わらなかった。
いつまで続けるのか、と思って一度入ったふりをして除けばケイトは店員とグルになっていた。店員と揃って「これも似合いそう」となんと新しく服を選んでいたのだ。
「こら! ケイト!」
「あ、バレた」
可愛い八重歯を見せてももう終わりよ。
「まったくこの子ったら」
「へへ。でも、ほらいい買い物できたじゃん」
「そうかもしれないけれど誤魔化さない!」
帰宅の道ショッパーを肩にかけながらへらへらするケイトを睨む。けれど全然利かない。甘くしていたら付けあがってこの子ったら。なら、と私は彼に一泡吹かせてやろうとひとつの意地悪を思いつく。
「ケイト。恋人の振りするなら完璧にやりきりましょうよ」
「え。なに突然」
へらへらした笑みを引っ込めて首を傾げる。可愛い仕草だけれど今の私には効かない。私はフフと笑みを零しながらケイトに手を差し出す。
「恋人らしく手を握って帰るわよ」
「え゛」
嫌そうに顔を歪めるケイトにちょっと傷付く。そこまで嫌がらなくてもいいのに。私はケイトの答えを聞く前にジャケットのポケットに入っている手を出させようと手首を掴む。そのまま引っ張って手を出させる。そして、するっと手を滑らせてギュッと握る。
「本当は指を絡めたいけどこれでいいわよ」
ハハンと笑いながらケイトを見て今度は私が目を見開いた。色白の顔が真っ赤になった。一体ちょっとの間に何があったと思ってハハンと意地悪な私が思いつく。
「まさか照れてる?」
「や、その、だってさぁ」
忙しなく視線を動かすケイトに悪戯心が芽生える。ギュッと握って意地悪く笑いながら肩を寄せる。
「可愛い坊やね。これくらいで照れていたら当日が思いやられるわ」
ニヤニヤ笑っているとケイトも私がからかっていることに気づいた。眉を顰めて拗ねたような不機嫌な顔をしだす。
「あら怒った」
「別に……でも、アリアちゃん先輩の言うことは一理あるし」
言うとまだちょっと赤みの残る頬のままケイトが私を見る。なにって思うと握っていた手がもぞっと動いた。何かしらって手を見るついでに緩めると――。
「わ、ちょっと」
「……恋人つなぎの方がいいんでしょ」
少し乱暴にぶっきらぼうなケイトらしくない言い方。けれどそんな珍しい彼のことよりも先ほどよりピッタリとくっついた手のひらの方が気になる。
思っていたより大きい。さっき自分から握った手よりも手のひらは大きく感じた。
ドっと汗が額に滲むし頬が熱くなっていく。ケイトを煽って起きながらまるで甘酸っぱい恋をしている少女のように自分はなり果ててしまった。
恥ずかしい。煽って起きながら自分も初心な女の子みたいな反応をしてしまって恥ずかしい。しかし、そこへとんでもないものが放り込まれた。
「あ。なんなら名前の呼び方も変えないと」
「アリア」と続けられた呼び捨てにまた身体の中心がソワッと浮いた気がする。モゾモゾする。ゾワゾワじゃなくてなんか落ち着かない。
「ま、まぁ、いんじゃないの」
「そう? じゃ、当日は呼び捨てでいい?」
「もち、もちろん」
動揺が声に出過ぎている。ケイトの完全勝利みたいな顔が腹立たしい。何より年下男子にあっさりとしてやられた自分が情けない。
「か、帰りましょう!」
「はーい!」
やけくそに叫んで私は最後までしっかりとケイトと手を握って帰った。
寮に帰ってからも手のひらの感じや、呼び捨てで呼ばれた名前が耳に残り悶え続けた。