愛の献身
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◆ 夢主視点
昨日からずっと身体がソワソワしてしかたなかった。あんまりにも落ち着きがないから一緒に食事をしていた両親に窘められるほどだった。だって、だって、今年のウィンターホリデーは違うんだもの。
チラッと部屋の外の窓を見る。外はおびただしいほどの白い粒が降っていた。曇天の空から降り続ける白い雪の粒。故郷の輝石の国とは違う雪の質。とはいってもわたしの故郷は輝石の国でも首都だからここまで降らない。ただ、祖父母の屋敷が北部の雪深い場所にあるから。だから、わたしは色々な雪を知っている。今年は別宅が薔薇の王国で新年を迎えることになった。なんて、なんて、運のいいことなんでしょう。
ページの進まない本を置いて窓に近づく。触れると冷たい窓ガラス。それでも落ち着かない身体にはちょうどいい。
「明日は止んでくれたらいいな」
せっかくのデートなんだから。またそわそわする身体を落ち着かせるように掻き抱く。でも、そんなことしたって身体は一向に落ち着かないのを知っている。明日、わたしはデートをする。もうずっと前から楽しみしていたデート。初めて出来た恋人とのデート。あの素敵な男の子とわたしはデートする。これが落ち着いていられるでしょうか。
「できないわよ」
今日眠ることができるほど落ち着けない。
ほぅと零した吐息が窓ガラスに当たり曇る。曇った窓ガラスはゆっくりとまた冷たくなっていく。それを見つめて時間の緩やかさを感じる。
「早く明日にならないかしら」
もう一度雪降りしきる外を窓越しに見て囁く。身体はやっぱり落ち着かなかった。
* * *
別宅のある街から電車で五つ目の薔薇の王国の中心部。年末と新年を迎えることから中心街はとても賑わっていた。色とりどりのイルミネーションは魔法工学で作られているためか通常の明かりよりも一層輝いているようにも見える。
そのイルミネーションが一等鮮やかな並木通り。家族連れの人々、友達同士でスマホを向けて取る人々。その中でわたしが目を引くのは腕を組んでいたり、手を繋いでいる恋人たち。いつも通りのフランクなデートの恋人もいれば、めいいっぱいオシャレをしている恋人もいる。わたしは後者だろう。
だって、初めてのデートなんだもの。この日のために買ったお気に入りブランドの服を見下ろす。コートや靴は流石にお小遣いの使い過ぎになるから諦めたけれど、服だけは絶対に新しいのって決めていた。
恋人の彼はとてもおしゃれだから緊張する。どれほどおしゃれかって言われると制服を着ていてもオシャレ。身に着けているアクセサリーや靴もいつも品がいい。メイクだってとても上手くていつも教わってばっかりだ。ほんとうにわたしが知る人の中で一番のおしゃれ。
好きな人だからっていう欲目もあるとは思う。ああ、それに外見ばかり素敵なわけではない。中身もとても素敵――ちょっとたまに気になる単語を口にするし、猫かぶりも上手いけれど。それでも今まで告白された男の子の中で一番素敵な人。
その彼に見合う人になりたくておしゃれに磨きをかけたし、勉強もいつも以上に頑張った。どうかしら。あの人に見合う女の子に近づけるかしら。
今日がその証明。メイクも、服も、全てが答え合わせの日。恋人の彼に相応しい女の子なれたら嬉しい。嬉しい。
認められたい。恋人だ、と認められた。そう胸を張って言えるように言える自信が今日こそ根付きますように。おかしなことだけれどわたしはまだ言えないのよ。貴方に相応しい恋人って。だから、今日こそ言えるようになれる力を手に入れたい。
決して自信がないわけじゃない。でも、どうしたって恋人が素敵過ぎるから。今の自分よりもっと良くなりたいと思うのは必然じゃないかしら。きっと誰でもそう思うわ。だから、誰よりもその人に認められたい。
わたしはお気に入りの靴に包まれたつま先から視線を上げる。まだ目の前にある時計の時間はあと少しで待ち合わせの時間を指し示す。心臓の鼓動が早くなっていく気がする。そして、緊張がピークを迎えようとしたときだった。
「待たせたな」
かけられた声に身体が一瞬跳ねた。出そうになった情けない声を込み込んで身体ごと向きを変える。
「デイヴィス」
黒髪の美しい人。今日もとても素晴らしいセンスある服に包まれた身体。それに前に会ったときと香りが違うから香水も変えているのかもしれない。まるで特別な日と意識させられているようでさっきよりもドキドキして、頭がクラクラしてくる。ついでに視界もなんかグラグラしているような――瞬間ガクンと膝が抜ける感覚がした。
「え」と思ったのも束の間視界からデイヴィスが消えていき身体が倒れそうになって――。
「おい!」
「あっ」
倒れゆく身体をデイヴィスが受け止めてくれた。ギュッと抱きしめられる感覚と温かさが身体に包まれるけれど視界がぐるぐる回っていくし何だか頭が痛い。身体の力も向けていくし何なんだろう。
「お前! 熱があるじゃないか!」
「ぇ? ねつ?」
触れたデイヴィスの手がとても気持ちよかった。もともと体温が低いからなんだろうけれど今日はより一層冷たいのかもしれない。
「きもちぃ」なんて気持ちよさに目を細めているとまた身体が動いた。さっきよりもしっかりと抱かれて頬に布の感触がする。どうやら抱きしめられているようだ。
温かさといつもと違うデイヴィスの香りに瞼が重くなる。これからやっとのデートなのに何で、どうして、こうなるのか。
そう考えながら遠くの方でデイヴィスの優しさをたっぷりと孕んだ声がした気がする。でも、それさえも遠すぎてもう聞こえなかった。わたしはそのままデイヴィスの腕の中で意識を深く落としてしまった。
パチと目が覚めたときに映ったものは全く見知らぬ真っ暗な天井だった。そして、急速に覚醒していく身体を動かそうとするとまだ重く上手く動かせない。よく意識すれば喉も痛い。鼻も詰まっているようだ。完全に風邪の症状だ。
ふぅと口の中の熱を逃すように吐息を零して唯一自由に動く目を動かす。チラ、チラ、チラ、と見ても真っ暗でやっぱり見知らぬ部屋のようだ。
「うっ、ぅうん」
何とか起き上がろうと熱の籠った重い身体を動かすけれど横を向くのがやっとだった。横を向いた先にあるのは空のコップとミネラルウオーター。それにタオルに桶もある。看病してくれたという痕跡がありありとわかるのを見て思い出す。わたしが最後に誰といたかを。
「で、デイヴィス……」
ガラガラの声で彼を呼ぶ。でも、現れない。どこか別の場所に行っているのか。誰かにわたしを託して帰ったのか。なら、ここはどこ。病院にしては薬品の匂いもない。
「や、やだ」
突然煽られる不安は風邪のせいだろうか。わたしは風邪を引くととても寂しくなる。だから、こんな見知らぬ場所に一人でいるとなると十七歳でも心細いし怖い。
「へや、でる」
幼い子どものように途切れ途切れに言って何とか身体を起す。それだけで精いっぱいなのにここから出る事なんてできるのか。
ふぅふぅ、熱い息を零しながらベッドから降りようとしたときだった。扉の奥から足音が聞こえる。ちょっと忙しないようなでも優雅に歩こうとしている足音。それに不安が僅かに解消される。だって、この足音はとても馴染みがあるんだもの。
地面を踏もうとしていた足を布団に引っ込め枕を背に置いて扉を眺める。足早な足音が扉の前で泊まるとパッと自動扉のように開いた。そして、廊下の柔い明かりが暗い部屋を仄かに照らし、人型を作り出した。
「デイヴィス……?」
ほんの僅かな明かりすら慣れない目を凝らして人の形をした影を呼ぶ。その影が僅かに跳ねてせかせかした足どりで近づいて来る。
「起きたのか?」
カタンとカチャという音がすると同時に「明かり点けるぞ」と言われる。わたしは頷くと柔らかな明かりがほわりとついた。優しいオレンジ色の明かりに目が滲む。
「辛いか」
いつも黒い皮手袋に包まれている手が宥めるように触れる。優しい触れ方に身体の緊張が解けていく。冷たいけれど温かい最愛の人の手のひらに身体が癒される。不思議。魔力も何も感じないただの手のひらなのに。
撫でる優しい手に頬を擦りつける。頬に触れる温度を感じながら答える。
「ん。だいじょぶよ」
「そうか。喉乾いたか」
いつもより数段落とされた穏やかな声。いつも自信に満ち満ちた声を聞いているせいかとても新鮮な気持ちだった。
「ぅん、のむ」
「わかった。そのままの体勢が楽だろうな」
離れていく手のひらが恋しいけれど喉を潤したい欲の方が上だった。はぁと口の熱を吐き出しながら水が来るのを待つ。
「持てるか?」
「ん」
差し出されたコップにストローが刺さっている。その配慮に心の中で感謝しながら重い腕を動かす。彼が僅かに下げて持ちやすいようにしてくれたけれど難しかった。
「無理そうだな」
「ごめんなさい」
いい、と言った彼の腕が動くのを見ていると――コップが丁度いいところまで上がる。ついでにストローがしっかりと節だった長い指で固定される唇に向けられる。
わたしは目を瞬かせてからデイヴィスを見る。彼はいつもと変わらぬ表情でなんだというように見つめ返してくる。
「これでいいだろ」
「ぅん……」
ほら飲めと言わんばかりのデイヴィスにわたしは何も言えず首を伸ばした。ストローを唇で挟んだ。そのままちゅと水を吸ったけれど――中々恥ずかしい光景だなと思った。熱とは別の羞恥心からくる熱が上がって来る。
それでもカラカラの身体は水分を求めるので飲むことをやめられない。暫く飲んでストローから口を離す。
「あ、ありがとう」
「……たいしたことじゃない」
僅かな間が気になるが彼はやはりなんてこのない顔で片づける。それから「食欲は?」と訊ねて来る。わたしは食欲や空腹を今まったく感じなかった。小さい頃からそうだった。風邪を引くと空腹とかより水分の枯渇の方が酷かった気がする。
「いらない」
「薬が飲めない」
少しだけでも食べた方がいい。忙しい時間を縫ってお見舞いに来てくれた父を思い出す。そのとき出されたのがオートミールのミルク炊き。最初出されたときなど戻すほど酷い味だった。それ以来父は作ることはなかったのは申し訳なかったかもしれない。ただ、その代わりに父と同じくらい忙しい母が作ってくれた米をミルク炊きした菓子が好きだった。ちなみに、砂糖をはじめ子どもが好きな材料が入っていたし食べ慣れていたので風邪を引いても食べられた。父は何が違うと険しい顔をしていたが全然違う。
その母が作った菓子がいつも定番だったけれどあれは輝石の国の定番おやつだ。薔薇の王国の彼はわからないだろう。
「お米を、ミルクで炊いたやつなんだけど……輝石の国のおやつで、あってね」
言ってすぐに口をつぐむ。流石に恥ずかしい十七歳を迎える女の子が母の味を求めるなど。
「米をミルクで炊くか……砂糖も入っているのか」
「ぇ、あ、うん、そう」
「他は?」
淡々と訊ねて来るデイヴィスに戸惑いながらレシピを思い出しながら答える。それに彼はうん、うん、と相槌を打ちながら聞いていく。もしかして、もしかして、だけど、作ってくれるのかしら。
できるの。器用な人だって知っているけれど料理もお手のものなのかしら。どこまで完璧な男なのと凝視していると片眉を上げて「なんだ」と訊いて来る。
「りょうり、おかし、つくれるの? できるの?」
「菓子は経験ないが料理は簡単なものは可能だ。凝ったものは時間がないと作れない」
「へぇ、すごいわ」
思わず感嘆の声と称賛が口から零れる。わたしはまだ料理もお菓子作りも苦手。薬の調合とかできるのに料理とかになると難しい。どうしてかわたしにさえわからない。
「お前だって薬草学の応用で出来るだろう」
「それができないのよ」
はぁ、と溜息をつく。これは呆れとかではなく疲れからくる溜息。どうやら話すだけで体力が削られるようだ。重くなる身体に最後に、とわたしはデイヴィスに「ここどこ?」と訊ねる。
「俺の家だ」
「……おれの、いえ?」
「俺の実家」
「じっか……」
数回のやり取りをしてやっと飲み込めた。わたしは重い身体で動けない身体の代わりに「う゛ぞっ」とガラガラの声を出す。デイヴィスは眉を下げて「誰が嘘だ」と言い返してくる。いや、だって、嘘でしょう。
「ごりょ、う、しっ、は?」
「明日の夜まで二人で旅行だ」
「でも、貴方は?」
「俺は……留守番だ」
僅かに視線を逸らしたデイヴィスの頬を淡くランプの灯りが照らす。それでもはっきりと彼の白い頬が赤く染まっているのがわかる。
わたしの身体は風邪からくる震えではなく歓喜に身体が震える。こんな嬉しいことがあるなんて誰が想像していた。いや、でも、家族との時間を奪ったのはいけないことではないかしら。ああ。それでも、どうしようもなく嬉しい。だって、家族よりまだ恋人になって日も浅いわたしを選んでくれたことが嬉しい。心の底から嬉しい。
「ふふ。ありがとう……それとごめんね」
「感謝も謝罪もされるようなことをした覚えはない」
ツンとしたいつもの彼の声。でも、感謝もしいたいし謝罪もしたい。だって、デート初めに倒れてしまったのだから。
「気にするな。それよりゆっくりと休め」
「ぁ、でも、両親に」
両親は最後の最後に支部のパーティーに出席すると出かけて明日の昼まで戻らない。でも、一応と夕方には帰ることを伝えていた。でも、カーテンの隙間から感じられる外の気配は夜を感じる。
「連絡してある」
「悪い、携帯を見た」と謝罪するデイヴィスに目を瞬かせ――顔から火が出るほど恥ずかしくなった。携帯にはしっかりとロックをしてある。普段なら不規則な数字で組んでいるけれど最近ちょっと浮かれて好きな人の誕生日とかランダムに変えていた。そして、今はデイヴィスから聞いた学年クラスと出席番号にしてある。顔から火が出そう。
「わ、わかったの?」
「わかったから連絡が取れたんだ」
視線を彷徨わせるデイヴィスにわたしも恥ずかしくなる。だって、だって、そうでしょ。誰だって恥ずかしいじゃない。現にデイヴィスも恥ずかしがっているし。
「わ、わすれて、かえるけれど、わすれて」
「……ぇ、ああ」
一瞬目を丸くしてからデイヴィスは頷き返してくれた。ちょっと残念そうなのは気になるけれど今は自分の羞恥心が先だった。
「ふぅ。ありがとう。両親は?」
「戻ったら迎えに来るそうだ」
「そう……」
なら意外と早く戻ってくるかもしれない。なら、この時間も結構あっさりと終わってしまうのかもしれない。なら、寝たくないのだけれどやっぱり眠気がやって来る。
「もう寝たらいい」
「ん。でも、」
優しく前髪を整える手のひらに甘えるように頭を動かす。それに応えるように頭を撫でられる。それに身体は徐々に眠るように促される。魔法でも使われているのかしら。
「デイヴィス、手にぎって」
言って差し出せば彼は握り返してくれた。冷たいけれど温かい手。その何とも矛盾した温度が手から徐々に身体に馴染んでいくような感じがした。そんなわけないのに、と笑いながら瞼の重さに耐えきれず目を閉じる。そして、デイヴィスの気配を感じながらすぅっと意識が温かい何かに抱かれるように落ちていった。
昨日からずっと身体がソワソワしてしかたなかった。あんまりにも落ち着きがないから一緒に食事をしていた両親に窘められるほどだった。だって、だって、今年のウィンターホリデーは違うんだもの。
チラッと部屋の外の窓を見る。外はおびただしいほどの白い粒が降っていた。曇天の空から降り続ける白い雪の粒。故郷の輝石の国とは違う雪の質。とはいってもわたしの故郷は輝石の国でも首都だからここまで降らない。ただ、祖父母の屋敷が北部の雪深い場所にあるから。だから、わたしは色々な雪を知っている。今年は別宅が薔薇の王国で新年を迎えることになった。なんて、なんて、運のいいことなんでしょう。
ページの進まない本を置いて窓に近づく。触れると冷たい窓ガラス。それでも落ち着かない身体にはちょうどいい。
「明日は止んでくれたらいいな」
せっかくのデートなんだから。またそわそわする身体を落ち着かせるように掻き抱く。でも、そんなことしたって身体は一向に落ち着かないのを知っている。明日、わたしはデートをする。もうずっと前から楽しみしていたデート。初めて出来た恋人とのデート。あの素敵な男の子とわたしはデートする。これが落ち着いていられるでしょうか。
「できないわよ」
今日眠ることができるほど落ち着けない。
ほぅと零した吐息が窓ガラスに当たり曇る。曇った窓ガラスはゆっくりとまた冷たくなっていく。それを見つめて時間の緩やかさを感じる。
「早く明日にならないかしら」
もう一度雪降りしきる外を窓越しに見て囁く。身体はやっぱり落ち着かなかった。
* * *
別宅のある街から電車で五つ目の薔薇の王国の中心部。年末と新年を迎えることから中心街はとても賑わっていた。色とりどりのイルミネーションは魔法工学で作られているためか通常の明かりよりも一層輝いているようにも見える。
そのイルミネーションが一等鮮やかな並木通り。家族連れの人々、友達同士でスマホを向けて取る人々。その中でわたしが目を引くのは腕を組んでいたり、手を繋いでいる恋人たち。いつも通りのフランクなデートの恋人もいれば、めいいっぱいオシャレをしている恋人もいる。わたしは後者だろう。
だって、初めてのデートなんだもの。この日のために買ったお気に入りブランドの服を見下ろす。コートや靴は流石にお小遣いの使い過ぎになるから諦めたけれど、服だけは絶対に新しいのって決めていた。
恋人の彼はとてもおしゃれだから緊張する。どれほどおしゃれかって言われると制服を着ていてもオシャレ。身に着けているアクセサリーや靴もいつも品がいい。メイクだってとても上手くていつも教わってばっかりだ。ほんとうにわたしが知る人の中で一番のおしゃれ。
好きな人だからっていう欲目もあるとは思う。ああ、それに外見ばかり素敵なわけではない。中身もとても素敵――ちょっとたまに気になる単語を口にするし、猫かぶりも上手いけれど。それでも今まで告白された男の子の中で一番素敵な人。
その彼に見合う人になりたくておしゃれに磨きをかけたし、勉強もいつも以上に頑張った。どうかしら。あの人に見合う女の子に近づけるかしら。
今日がその証明。メイクも、服も、全てが答え合わせの日。恋人の彼に相応しい女の子なれたら嬉しい。嬉しい。
認められたい。恋人だ、と認められた。そう胸を張って言えるように言える自信が今日こそ根付きますように。おかしなことだけれどわたしはまだ言えないのよ。貴方に相応しい恋人って。だから、今日こそ言えるようになれる力を手に入れたい。
決して自信がないわけじゃない。でも、どうしたって恋人が素敵過ぎるから。今の自分よりもっと良くなりたいと思うのは必然じゃないかしら。きっと誰でもそう思うわ。だから、誰よりもその人に認められたい。
わたしはお気に入りの靴に包まれたつま先から視線を上げる。まだ目の前にある時計の時間はあと少しで待ち合わせの時間を指し示す。心臓の鼓動が早くなっていく気がする。そして、緊張がピークを迎えようとしたときだった。
「待たせたな」
かけられた声に身体が一瞬跳ねた。出そうになった情けない声を込み込んで身体ごと向きを変える。
「デイヴィス」
黒髪の美しい人。今日もとても素晴らしいセンスある服に包まれた身体。それに前に会ったときと香りが違うから香水も変えているのかもしれない。まるで特別な日と意識させられているようでさっきよりもドキドキして、頭がクラクラしてくる。ついでに視界もなんかグラグラしているような――瞬間ガクンと膝が抜ける感覚がした。
「え」と思ったのも束の間視界からデイヴィスが消えていき身体が倒れそうになって――。
「おい!」
「あっ」
倒れゆく身体をデイヴィスが受け止めてくれた。ギュッと抱きしめられる感覚と温かさが身体に包まれるけれど視界がぐるぐる回っていくし何だか頭が痛い。身体の力も向けていくし何なんだろう。
「お前! 熱があるじゃないか!」
「ぇ? ねつ?」
触れたデイヴィスの手がとても気持ちよかった。もともと体温が低いからなんだろうけれど今日はより一層冷たいのかもしれない。
「きもちぃ」なんて気持ちよさに目を細めているとまた身体が動いた。さっきよりもしっかりと抱かれて頬に布の感触がする。どうやら抱きしめられているようだ。
温かさといつもと違うデイヴィスの香りに瞼が重くなる。これからやっとのデートなのに何で、どうして、こうなるのか。
そう考えながら遠くの方でデイヴィスの優しさをたっぷりと孕んだ声がした気がする。でも、それさえも遠すぎてもう聞こえなかった。わたしはそのままデイヴィスの腕の中で意識を深く落としてしまった。
パチと目が覚めたときに映ったものは全く見知らぬ真っ暗な天井だった。そして、急速に覚醒していく身体を動かそうとするとまだ重く上手く動かせない。よく意識すれば喉も痛い。鼻も詰まっているようだ。完全に風邪の症状だ。
ふぅと口の中の熱を逃すように吐息を零して唯一自由に動く目を動かす。チラ、チラ、チラ、と見ても真っ暗でやっぱり見知らぬ部屋のようだ。
「うっ、ぅうん」
何とか起き上がろうと熱の籠った重い身体を動かすけれど横を向くのがやっとだった。横を向いた先にあるのは空のコップとミネラルウオーター。それにタオルに桶もある。看病してくれたという痕跡がありありとわかるのを見て思い出す。わたしが最後に誰といたかを。
「で、デイヴィス……」
ガラガラの声で彼を呼ぶ。でも、現れない。どこか別の場所に行っているのか。誰かにわたしを託して帰ったのか。なら、ここはどこ。病院にしては薬品の匂いもない。
「や、やだ」
突然煽られる不安は風邪のせいだろうか。わたしは風邪を引くととても寂しくなる。だから、こんな見知らぬ場所に一人でいるとなると十七歳でも心細いし怖い。
「へや、でる」
幼い子どものように途切れ途切れに言って何とか身体を起す。それだけで精いっぱいなのにここから出る事なんてできるのか。
ふぅふぅ、熱い息を零しながらベッドから降りようとしたときだった。扉の奥から足音が聞こえる。ちょっと忙しないようなでも優雅に歩こうとしている足音。それに不安が僅かに解消される。だって、この足音はとても馴染みがあるんだもの。
地面を踏もうとしていた足を布団に引っ込め枕を背に置いて扉を眺める。足早な足音が扉の前で泊まるとパッと自動扉のように開いた。そして、廊下の柔い明かりが暗い部屋を仄かに照らし、人型を作り出した。
「デイヴィス……?」
ほんの僅かな明かりすら慣れない目を凝らして人の形をした影を呼ぶ。その影が僅かに跳ねてせかせかした足どりで近づいて来る。
「起きたのか?」
カタンとカチャという音がすると同時に「明かり点けるぞ」と言われる。わたしは頷くと柔らかな明かりがほわりとついた。優しいオレンジ色の明かりに目が滲む。
「辛いか」
いつも黒い皮手袋に包まれている手が宥めるように触れる。優しい触れ方に身体の緊張が解けていく。冷たいけれど温かい最愛の人の手のひらに身体が癒される。不思議。魔力も何も感じないただの手のひらなのに。
撫でる優しい手に頬を擦りつける。頬に触れる温度を感じながら答える。
「ん。だいじょぶよ」
「そうか。喉乾いたか」
いつもより数段落とされた穏やかな声。いつも自信に満ち満ちた声を聞いているせいかとても新鮮な気持ちだった。
「ぅん、のむ」
「わかった。そのままの体勢が楽だろうな」
離れていく手のひらが恋しいけれど喉を潤したい欲の方が上だった。はぁと口の熱を吐き出しながら水が来るのを待つ。
「持てるか?」
「ん」
差し出されたコップにストローが刺さっている。その配慮に心の中で感謝しながら重い腕を動かす。彼が僅かに下げて持ちやすいようにしてくれたけれど難しかった。
「無理そうだな」
「ごめんなさい」
いい、と言った彼の腕が動くのを見ていると――コップが丁度いいところまで上がる。ついでにストローがしっかりと節だった長い指で固定される唇に向けられる。
わたしは目を瞬かせてからデイヴィスを見る。彼はいつもと変わらぬ表情でなんだというように見つめ返してくる。
「これでいいだろ」
「ぅん……」
ほら飲めと言わんばかりのデイヴィスにわたしは何も言えず首を伸ばした。ストローを唇で挟んだ。そのままちゅと水を吸ったけれど――中々恥ずかしい光景だなと思った。熱とは別の羞恥心からくる熱が上がって来る。
それでもカラカラの身体は水分を求めるので飲むことをやめられない。暫く飲んでストローから口を離す。
「あ、ありがとう」
「……たいしたことじゃない」
僅かな間が気になるが彼はやはりなんてこのない顔で片づける。それから「食欲は?」と訊ねて来る。わたしは食欲や空腹を今まったく感じなかった。小さい頃からそうだった。風邪を引くと空腹とかより水分の枯渇の方が酷かった気がする。
「いらない」
「薬が飲めない」
少しだけでも食べた方がいい。忙しい時間を縫ってお見舞いに来てくれた父を思い出す。そのとき出されたのがオートミールのミルク炊き。最初出されたときなど戻すほど酷い味だった。それ以来父は作ることはなかったのは申し訳なかったかもしれない。ただ、その代わりに父と同じくらい忙しい母が作ってくれた米をミルク炊きした菓子が好きだった。ちなみに、砂糖をはじめ子どもが好きな材料が入っていたし食べ慣れていたので風邪を引いても食べられた。父は何が違うと険しい顔をしていたが全然違う。
その母が作った菓子がいつも定番だったけれどあれは輝石の国の定番おやつだ。薔薇の王国の彼はわからないだろう。
「お米を、ミルクで炊いたやつなんだけど……輝石の国のおやつで、あってね」
言ってすぐに口をつぐむ。流石に恥ずかしい十七歳を迎える女の子が母の味を求めるなど。
「米をミルクで炊くか……砂糖も入っているのか」
「ぇ、あ、うん、そう」
「他は?」
淡々と訊ねて来るデイヴィスに戸惑いながらレシピを思い出しながら答える。それに彼はうん、うん、と相槌を打ちながら聞いていく。もしかして、もしかして、だけど、作ってくれるのかしら。
できるの。器用な人だって知っているけれど料理もお手のものなのかしら。どこまで完璧な男なのと凝視していると片眉を上げて「なんだ」と訊いて来る。
「りょうり、おかし、つくれるの? できるの?」
「菓子は経験ないが料理は簡単なものは可能だ。凝ったものは時間がないと作れない」
「へぇ、すごいわ」
思わず感嘆の声と称賛が口から零れる。わたしはまだ料理もお菓子作りも苦手。薬の調合とかできるのに料理とかになると難しい。どうしてかわたしにさえわからない。
「お前だって薬草学の応用で出来るだろう」
「それができないのよ」
はぁ、と溜息をつく。これは呆れとかではなく疲れからくる溜息。どうやら話すだけで体力が削られるようだ。重くなる身体に最後に、とわたしはデイヴィスに「ここどこ?」と訊ねる。
「俺の家だ」
「……おれの、いえ?」
「俺の実家」
「じっか……」
数回のやり取りをしてやっと飲み込めた。わたしは重い身体で動けない身体の代わりに「う゛ぞっ」とガラガラの声を出す。デイヴィスは眉を下げて「誰が嘘だ」と言い返してくる。いや、だって、嘘でしょう。
「ごりょ、う、しっ、は?」
「明日の夜まで二人で旅行だ」
「でも、貴方は?」
「俺は……留守番だ」
僅かに視線を逸らしたデイヴィスの頬を淡くランプの灯りが照らす。それでもはっきりと彼の白い頬が赤く染まっているのがわかる。
わたしの身体は風邪からくる震えではなく歓喜に身体が震える。こんな嬉しいことがあるなんて誰が想像していた。いや、でも、家族との時間を奪ったのはいけないことではないかしら。ああ。それでも、どうしようもなく嬉しい。だって、家族よりまだ恋人になって日も浅いわたしを選んでくれたことが嬉しい。心の底から嬉しい。
「ふふ。ありがとう……それとごめんね」
「感謝も謝罪もされるようなことをした覚えはない」
ツンとしたいつもの彼の声。でも、感謝もしいたいし謝罪もしたい。だって、デート初めに倒れてしまったのだから。
「気にするな。それよりゆっくりと休め」
「ぁ、でも、両親に」
両親は最後の最後に支部のパーティーに出席すると出かけて明日の昼まで戻らない。でも、一応と夕方には帰ることを伝えていた。でも、カーテンの隙間から感じられる外の気配は夜を感じる。
「連絡してある」
「悪い、携帯を見た」と謝罪するデイヴィスに目を瞬かせ――顔から火が出るほど恥ずかしくなった。携帯にはしっかりとロックをしてある。普段なら不規則な数字で組んでいるけれど最近ちょっと浮かれて好きな人の誕生日とかランダムに変えていた。そして、今はデイヴィスから聞いた学年クラスと出席番号にしてある。顔から火が出そう。
「わ、わかったの?」
「わかったから連絡が取れたんだ」
視線を彷徨わせるデイヴィスにわたしも恥ずかしくなる。だって、だって、そうでしょ。誰だって恥ずかしいじゃない。現にデイヴィスも恥ずかしがっているし。
「わ、わすれて、かえるけれど、わすれて」
「……ぇ、ああ」
一瞬目を丸くしてからデイヴィスは頷き返してくれた。ちょっと残念そうなのは気になるけれど今は自分の羞恥心が先だった。
「ふぅ。ありがとう。両親は?」
「戻ったら迎えに来るそうだ」
「そう……」
なら意外と早く戻ってくるかもしれない。なら、この時間も結構あっさりと終わってしまうのかもしれない。なら、寝たくないのだけれどやっぱり眠気がやって来る。
「もう寝たらいい」
「ん。でも、」
優しく前髪を整える手のひらに甘えるように頭を動かす。それに応えるように頭を撫でられる。それに身体は徐々に眠るように促される。魔法でも使われているのかしら。
「デイヴィス、手にぎって」
言って差し出せば彼は握り返してくれた。冷たいけれど温かい手。その何とも矛盾した温度が手から徐々に身体に馴染んでいくような感じがした。そんなわけないのに、と笑いながら瞼の重さに耐えきれず目を閉じる。そして、デイヴィスの気配を感じながらすぅっと意識が温かい何かに抱かれるように落ちていった。
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