最果てまで彼の天
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◆ 夢主視点
第一王子夫妻並びにご子息のチェカ様が事故により命を落としてしまった。
ファレナ様とチェカ様は同じ乗り物にご乗車することはないのだが、まさかどちらも事故を起こすなど誰が思ったか。
これに事故ではないという声が数多上がり調査されることになった。そして、誰もが影で第二王子であるレオナ様を首謀者と声を潜めて言う。
だが、故意によって起こされた事故ではないという調査結果が出たことによりレオナ様の潔白が示された。とはいえ、第一王子を慕っていた者たちは納得する気配はなかった。その後も第三者による調査が行われたが同じ結果となった。
レオナ様は第二王子から王位継承者第1位である第一王子となった。
国王であったお父上は病気療養中であったため摂政を務めていたファレナ様。レオナ様も同じく摂政となることになり、ナイトレイブンカレッジを退学することとなった。それに異を唱える者がいたが国王陛下の体調も悪化したため退学は決定となった。
そして、私の前に神妙な顔をした父と母が座っている。私は何となく両親が何を話したいのか分かっている。分かっているから静かに両親が話し出すのを待っている。
「レオナ様との婚約が内定した」
重苦しく父の口が開いた。私はそれに安堵に胸を撫で下ろす。我が家のことを考えれば権力の集中することから反対されると思ったが杞憂であったのだろうか。
伺うように両親を見れば母は柔らかく微笑む。
「レオナ様は貴方以外考えられないとおしゃってくださったの。他に反対する方々もいらっしゃらなかったわ」
母の言葉にまた胸から安堵すると同時にようやく歓喜する気持ちが込み上げてくる。
「もとから候補であったから今さら問題視することでもないだろう」
「そうですね。今さらよね」
途端に問題ないかと頷く父と、満足げな母に何だか気が抜ける。
だかけど、妃は何も私一人とは限らない。夕焼けの草原の王は王妃以外の女性も妃として迎い入れることができる。かつては10人以上の妃や愛妾がいたとか。時代が経ると共に王妃一人となることが多くなった。実際、レオナ様のお父上も王妃様おひとりだった。そして、亡くなられたファレナ様も他の妃を娶る気配はなかった。
だが、王族が減った今レオナ様は分からない。さらに言えば我がレヴィ家が後ろ盾になるとはいえ盤石な基盤とも言い難い。味方を増やすためにその一族から娘を妃として迎い入れるかもしれない。もしかしたら気に入った娘を迎え入れる可能性だってある。
「とりあえず、明日からあちらの王宮に移ることになった」
「え、もう?」
王族へ嫁ぐ娘は嫁入り前に妃教育が行われる。婚約内定したとはいえまだ公に発表していないのによいのか。
「明日レオナ様と謁見の後、婚約発表会見、半年後に婚礼を挙げることも発表される」
「まぁ。随分と急ぎますね。それほどまでにレオナ様を排除しようとする動きが?」
「ある。同時に傍系共がお前を妻にして箔を着けようと動いている」
「なんと」
直系であるレオナ様がいるというのになんて不敬な。同時に夕焼けの草原がまだまだ安定しない国だということを思い知らされる。
「すでにファレナ様ご一家が亡くなって1年半経っている。慶事があってもいい頃だと判断したまでだ」
調査が行われたためすでにファレナ様ご一家が亡くなられてそんなにも時間が経っていた。その間にレオナ様は摂政として国政を担っていた。元より優秀なお方であるため滞りなく執政を行っている様子ではあった。
第一王子となったレオナ様とは何度か謁見している。その度に手を引かれて奥まったところに連れて行かれたことか。
そのことを思い出して頬が熱くなるのを何とか誤魔化す。
「ジェマ」
「はい」
低い父の声に呼ばれる。両親の顔は真剣なものに変わっていた。空気もどこか硬さを帯びている。
「レオナ様は苦労を見せない。もとから要領もいい方だ」
「そうですわね」
自分とよく似た――いいえ。私が父様によく似たのでしょう。真っすぐな瞳を私もまた真っすぐと受け止める。
「よくよく支えなさい」
「はい。重々承知しております」
「そうでしょうね」
母の寂し気な微笑みに私はもうこの家の人間ではないことを突き付けられた気分であった。
* * *
婚約発表が終わり、半年後に結婚式が行われることも同時に発表された。
その後、レオナ様はすぐに公務があることのため二人で話す時間はなかったと思われたが。出ていく前にレオナ様が私の腕を掴むと声を潜め囁いた。
「今日、夜に部屋に行く」
ぇ、と顔を見る前に頬に柔らかな感触が触れた。周りの騒めきから頬に触れたものがなんなのか理解して身体が熱くなる。
ああ。でも、身体が熱くなるのは頬に触れた唇だけではない。なぜわざわざ夜に来るのか。そもそも。まだ婚約したばかりだというのに。いや、もう別に、一歩手前までのことはしているとはいえ。
「れ、レオナ様!」
「じゃあな」
にんまりと口角を意地悪そうに上げてキファジさんを連れて出て行ってしまった。私は、周りのキラキラと同時に熱の籠った視線に晒されながら部屋を出るはめになった。
レオナ様は宣言通り〝夕食〟を共に取るために、と。それに肩の力が抜けた。あからさまな私の態度にレオナ様はお笑いになった。その表情がここ1年半みなかったので怒る気もなかった。むしろ、笑うお姿に安心してしまった。
夕食も終わりレオナ様をお送りしようとしたのだが――。
「今日はここに泊まる」
「は?」
間抜けに空いた口を慌てて閉じて侍女を見る。彼女たちは微笑むことはないが何故か強く頷かれて「問題ありません」と言った風だった。私はすぐにレオナ様の後ろに控えている侍従たちを見る。彼らも生真面目な表情で強く頷かれた。
「よ、よいのですか」
「問題ねぇだろ」
「で、ですが、その婚礼前ではありますし」
と、言うとレオナ様の尻尾が俄かに苛立つように揺れ始めた。
私はレオナ様の後ろにいる彼らを見ると何度も力強く頷かれてしまった。そこに必死さが滲むことから、本来は多分やはりいけなかったのだろう。彼らの苦労が脳裏に過り私は小さく息をついて「わかりました」と返事をした。
「ではお部屋を用意――」
「お前の部屋でいいだろ」
今度は侍女を見るが彼女たちは涼やかに頷いた。何も問題なし、つまり先ぶれがあってすでに準備万端ということなのだろう。
「わかりました。私の部屋で就寝いたしましょう」
「ん」
苛立っていた尻尾が機嫌よく揺れる。それが可愛いと思う時点で私の負けだ。
妃教育のために王宮に住むことになった初日からまさか身体をこれほど丁寧に清められ、整えられるとは思わなかった。これでは初夜の日なんて、どうなってしまうのだろうか。
想像した内容をすぐに頭を振って忘れる。いま、それを考えることではない。
「ジェマ」
「ッ!」
急に視界いっぱいにレオナ様が現れた。相も変わらず美しい顔をしているが――どこか疲れた印象もある。気だるげな印象はレオナ様らしいがご公務で忙しいのだろう。気だるげというよりも疲労が滲み出ている。
「お疲れのご様子ですね」
「まぁな」
「あら」
ベッドに乗り上げたレオナ様はそのまま横になる。それから「あ゛~だる」と言って天井に向けていた視線を私に向ける。それからご自身の横をポンポンと叩く。
横に来いという仕草に思わず笑みを浮かべながら私も横になると、そのまま身体を引かれた。上半身がレオナ様の上に乗った状態になってしまった。
「レオナ様……重くないのですか」
「別に」
「さようで」
とはいえ、胸が苦しくて体を動かそうとすると逃がさないというように腰を抱かれてしまい――。
「れ、レオナ様、これは」
「なんだよ」
身体が完全にレオナ様の上に乗ってしまった。薄い布越しから熱が交じり合うような感覚がしていく。何だか瞼が重くなっていく。
「ふっ。眠そうだな。まぁ、お前も今日は疲れただろうな」
「ん」
すると背中を撫でられるとそのまま抱きしめられる。自然と頭がレオナ様の首筋に埋まる。いつもよりも私の好きな香りが強くなってより瞼が重くなっていく。
レオナ様が言う通り想像以上に疲れていたらしくそのまま意識が溶けいく。こんな体たらくで私はレオナ様をお支えすることができるのだろうか。
「ま。今日は寝ちまえよ。俺も寝るから」
囁く声は低くてもいつものような気だるさはない。穏やかともいえる声に私の意識はそのままゆっくりと溶けていった。
* * *
月日とはあっという間に過ぎ去っていくもの。半年後だと思っていた結婚式を迎える日となった。結婚前日に行われるバチェロレッテ・パーティーもあっという間だった気がする。ちなみに、レオナ様も一応、バチェラー・パーティーをしたそう。「やるわけねぇ」と言っていたがナイトレイブンカレッジ時代のご友人( ? )の方々が開いて強制参加させられたとか。
何度も打ち合わせとリハーサルを行った結婚式は恙無く終わり、すべての婚礼行事を終えた夜。レオナ様と私は夫婦共同の寝室にいた。
婚約発表し妃教育をするために王宮で住むことになった初日レオナ様と夜を共にした。それからは流石に夜を共に過ごすことはなかった。
「お前は王子妃として早々に子どもを産むことを求められるだろうな」
「はい。承知しております」
そう答えるとレオナ様の吊り上がった眉がキュッと真ん中に寄る。不愉快というわけではないが、何か言いたげな顔で私はつい笑ってしまう。すると、レオナ様の雄弁な尻尾がパシンとシーツを打った。
「笑うことじゃねぇぞ」
「ですが、直系王族の減少を見るにやはりレオナ様と私の子はたくさん望まれるでしょう」
この時代に、と思うだろうが。キングスラー王家の直系は少ない。レオナ様のお父上も弟妹はそう多くなく。またレオナ様もご兄弟は亡くなられたファレナ様しかおられなかった。さらに、ファレナ様のご子息も亡くなられたチェカ様のみ。その中でもすでにファレナ様ご一家がすでにおられなくなったことを考えるとレオナ様と私には多くの子どもが望まれるだろう――ふと、思い出す。
「そういえばレオナ様は他の妃は――」
「ねぇ」
言葉を遮るというよりも食い気味なレオナ様の答えに苦笑してしまう。正直、私一人で何人子どもを出産できるだろうか。それならば他に妃を迎えることも考えねばと思うが。
「俺は種だけふりまけばいいってか?」
「そのようなことは」
「フン。でも、そう考えているバカ野郎共はいるがな」
「もしやすでに妃に、と?」
鼻を鳴らしたレオナ様の不愉快極まりないと言う顔。そうとう数の釣書が送られてきたのかもしれない。それを拒否するのも煩わしいだろうが、処理をする側近たちも大変だったろう。
「これから何かある度に自分を売り込んでくる女が出てくんだろうな」
「でしょうね」
「……随分悠長だな」
「はい?」
レオナ様の深く美しい瞳が私を捉える。いつ見ても魅入られそうな瞳を私は見つめ返す。
「悠長ですか?」
「おう。俺が他の娘に興味を持つとか。気に入るとか」
「貴方様のお眼鏡にかなう娘がいるのならばそれはそれでよろしいかと」
「随分と強気だな」
皮肉気味に口角を上げるレオナ様の柔らかなチョコレートブラウンの髪がさらり流れる。触れたいなと思いながらも私は微笑む。
「強気ではありません。でも、嫉妬もいたしません。もし嫉妬してしまえば心が持ちません」
嫉妬など本来であればそんなこと許されない。でも、何度も考えてもやはり心が苦しくなる。心構えをするのであれば割り切って嫉妬する心など捨ててしまわなければいけない。
「してくれねぇのか?」
「レオナ様は嫉妬してほしいのですか?」
「お前なら、いいかもな。ま、お前以外の妃を迎え入れるつもりはねぇが」
今は、かもしれない。私がレオナ様の子を妊娠しなければきっと妃を迎えいれなければいけない。
いつの時代だって王家は血を残さなければいけない。
妃教育を終えて改めて自分の重大な役割がのしかかる。
「ジェマ」
「はい」
振り返ればレオナ様の大きな手が頬に触れる。そのまま引き寄せられて唇が触れて重なる。触れて、離れて、重なりを繰り返して離れた。
眼前の深緑の瞳は静かに私を見つめる。
「子どもは授かりもんだ。それはどの時代だって変わりねぇよ」
「……ふふっ。そうですね」
慰めるような言葉に笑いが洩れた。レオナ様の目尻が吊り上がったのが見えて私は自分から顔を寄せてキスをした。
ちゅ、と音を立てて離れると今度はレオナ様から噛みつくようなキスをされた。
そのまま押し倒されて結婚式の疲れなど忘れて熱を交わした。
* * *
レオナ様が国王陛下から譲位されることになったのは私が一人目の子どもを出産した後のことだった。
陛下の病状は一進一退を繰り返していた。レオナ様と私に無事に子どもができたことで安心したらしく譲位の話が出た。
産後の私の体調がよくなってから速やかな譲位と即位パレードが行われた。
それから5年ほどの歳月が経った日――レオナ様のお義父上が亡くなられた。
喪に服す王宮の中、レオナ様と私のいる部屋から少し離れたところで子どもの楽し気な声が聞こえる。お義父上が亡くなったときはずっと泣いていたけれどここ数日ようやく元気に遊べるようになってきた。
それに安心しながら思わず腹を撫でる。
「無理はするな」
レオナ様を見れば難しい顔をしていらした。その顔に私は苦笑しながら頬に手を伸ばすと、触れる前に大きな手に取られて握られた。
今、私の中にはレオナ様との〝4人目〟となる子がいる。
最初の子は男の子だった。とても元気な男の子で長らく病気療養中の陛下に初めて顔を合わせした際には泣かれてしまった。厳格なイメージのあった陛下の涙に私だけでなくレオナ様も柄になく戸惑っていたのが新鮮だったのを今も覚えている。そこから速やかな譲位などが行われ忙しくなったが折を見てお義父上に家族で会いに行っていた。
一番初めの子が生まれて2年経った頃に再び妊娠した。二人して「なんか一人目の子よりもお腹が大きい?」と思ったらなんと双子だった。生まれたのは女の子と男の子だった。
お義父上は可愛い孫が一度に二人もできたと喜び。そして、密かに初めての女の子に頬を緩ませていたとか。
双子が生まれて3年後、陛下が亡くなる数日前に4人目の子の妊娠が分かった。近頃、意識が朦朧としていたお義父上に報告すると久々にはっきりとした声で「おめでとう」と祝ってくださった。
その後、意識は回復することなくそのまま亡くなられた。
「お義父上にも会わせたかったです」
「そうだな……」
しんみりとした重い空気が漂うが、パタパタと小さな足音がやって来てその空気を打ち払う。
「何か見せに来たのかもな」
レオナ様の楽しそうな声と同時に私たちを呼ぶ幼子の声が聞こえる。
「ふっ。お前によく似て元気だな」
「そうですわね。ふふ、じゃあ、この子は貴方様に似るかもしれませんね」
「それは……」
嫌そうな顔をするレオナ様。なぜか生まれてくる子は皆私に似ているといいと思っているらしい。私はレオナ様に似ている子も嬉しいのだけれど。
「レオナ様。そろそろ打ち合わせのお時間でありませんか?」
「ああ。そうだな。じゃ、行って来る」
「いってらっしゃいませ」
口づけしてからレオナ様は部屋を出て行った。その最中に子どもたちに会ったのか。戯れるような声と残念そうな声が聞こえる。
その声を聞きながら息をつく。
いまだにレオナ様が即位したことに納得しない者がいる。とくに夕焼けの草原の一部鉱物資源の発掘やそれに伴う開発に根強く反発する者がいるらしい。それでもレオナ様や側近が自然を害さないように開発を進めているというのに。
それにスラム街の解決するために政策も進めているというのに。だが、時折見せるレオナ様の優秀ゆえの頭の回転さが傲慢に映るのかもしれない。
側近の方々もレオナ様の意にすぐ気づくような優秀さがある。先王の時代やファレナ様の時代の人間はそれが憎らしくてたまらないのかもしれない。それでも、レオナ様は若い官僚からも慕われているため何ともいえない。
「過渡期……というやつなのかしら」
ファレナ様のときは緩やかなそれはレオナ様になって急激なものとなっている。その流れに乗れない者も多いのだろう。それはきっと先代からいる者たちだけではなく、国民もそうなのかもしれない。
公務でスラム街や支援施設に赴くがやる気の差の激しさも感じる。同時に市街地に出れば大人と若者でも意識の性ある。おおむねの若者はレオナ様を指示しているが大人はというと半々というところだ。先王やファレナ様を懐かしむ声が聞こえるときもある。
「ヒトの意識を変えるのは難しいものだからね」
まだ分かり辛い膨らみを撫でる。
レオナ様が国王としてこれからどうなるのか。私は王妃としてどうなのか。不安が僅かに胸を過った。
* * *
「ジェマ」
呼ばれた名前に目を開けると疲れが色濃く見えるレオナ様がいらっしゃった。
私はこの方にこんな顔にさせたくはないのに。けれど、こうしたレオナ様のお顔は私がさせているものでもあると思うと胸が痛む。
「レオナさま……もうしわけありません」
「なに謝っていやがる」
そっと手を伸ばすとすかさず大きな手に握られる。
「随分細くなったがちゃんと飯食ってんのか?」
「はい……ふふ、子どもたちも気になっているのか。よく私と一緒に食事をしてくれるんですよ」
最後の4人目の子にあたる男の子を産んでもう10年以上の歳月が流れた。4人目の子は少し産まれたのが早かったがそれでも身体は健康に成長している。今は思春期らしく反抗期であるがそれでも私を心配してくれるとても優しい子。
「公務。大変でしょう。だから、」
「それはない」
「まぁ」
私の言いたいことをすぐに理解して遮る。私は苦笑してため息をつくと瞼が俄かに重くなっていく。ああ、身体が重くて動き辛い。
「疲れたか? もう寝るか?」
「いえ、久々にレオナ様とお話できるのですからもう少し」
「久々ってほどではねぇよ」
「あら。そうでしたかしら……」
ムッと眉を寄せるレオナ様に笑うと少し息が切れる。息を整えているとレオナ様の手が頬に触れる。体温が下がった身体に触れる手は暖かい。
「もう休め。また後で来るから」
「……はい」
離れていく手の平が恋しい。泣きたくなってしまう。それを分かっているのかレオナ様がキスをしてくれる。むしろ恋しさが増すのになんて酷いヒト。
「またいらしてくださいな」
離れていく手に私はやはり泣きたくなった。
第一王子夫妻並びにご子息のチェカ様が事故により命を落としてしまった。
ファレナ様とチェカ様は同じ乗り物にご乗車することはないのだが、まさかどちらも事故を起こすなど誰が思ったか。
これに事故ではないという声が数多上がり調査されることになった。そして、誰もが影で第二王子であるレオナ様を首謀者と声を潜めて言う。
だが、故意によって起こされた事故ではないという調査結果が出たことによりレオナ様の潔白が示された。とはいえ、第一王子を慕っていた者たちは納得する気配はなかった。その後も第三者による調査が行われたが同じ結果となった。
レオナ様は第二王子から王位継承者第1位である第一王子となった。
国王であったお父上は病気療養中であったため摂政を務めていたファレナ様。レオナ様も同じく摂政となることになり、ナイトレイブンカレッジを退学することとなった。それに異を唱える者がいたが国王陛下の体調も悪化したため退学は決定となった。
そして、私の前に神妙な顔をした父と母が座っている。私は何となく両親が何を話したいのか分かっている。分かっているから静かに両親が話し出すのを待っている。
「レオナ様との婚約が内定した」
重苦しく父の口が開いた。私はそれに安堵に胸を撫で下ろす。我が家のことを考えれば権力の集中することから反対されると思ったが杞憂であったのだろうか。
伺うように両親を見れば母は柔らかく微笑む。
「レオナ様は貴方以外考えられないとおしゃってくださったの。他に反対する方々もいらっしゃらなかったわ」
母の言葉にまた胸から安堵すると同時にようやく歓喜する気持ちが込み上げてくる。
「もとから候補であったから今さら問題視することでもないだろう」
「そうですね。今さらよね」
途端に問題ないかと頷く父と、満足げな母に何だか気が抜ける。
だかけど、妃は何も私一人とは限らない。夕焼けの草原の王は王妃以外の女性も妃として迎い入れることができる。かつては10人以上の妃や愛妾がいたとか。時代が経ると共に王妃一人となることが多くなった。実際、レオナ様のお父上も王妃様おひとりだった。そして、亡くなられたファレナ様も他の妃を娶る気配はなかった。
だが、王族が減った今レオナ様は分からない。さらに言えば我がレヴィ家が後ろ盾になるとはいえ盤石な基盤とも言い難い。味方を増やすためにその一族から娘を妃として迎い入れるかもしれない。もしかしたら気に入った娘を迎え入れる可能性だってある。
「とりあえず、明日からあちらの王宮に移ることになった」
「え、もう?」
王族へ嫁ぐ娘は嫁入り前に妃教育が行われる。婚約内定したとはいえまだ公に発表していないのによいのか。
「明日レオナ様と謁見の後、婚約発表会見、半年後に婚礼を挙げることも発表される」
「まぁ。随分と急ぎますね。それほどまでにレオナ様を排除しようとする動きが?」
「ある。同時に傍系共がお前を妻にして箔を着けようと動いている」
「なんと」
直系であるレオナ様がいるというのになんて不敬な。同時に夕焼けの草原がまだまだ安定しない国だということを思い知らされる。
「すでにファレナ様ご一家が亡くなって1年半経っている。慶事があってもいい頃だと判断したまでだ」
調査が行われたためすでにファレナ様ご一家が亡くなられてそんなにも時間が経っていた。その間にレオナ様は摂政として国政を担っていた。元より優秀なお方であるため滞りなく執政を行っている様子ではあった。
第一王子となったレオナ様とは何度か謁見している。その度に手を引かれて奥まったところに連れて行かれたことか。
そのことを思い出して頬が熱くなるのを何とか誤魔化す。
「ジェマ」
「はい」
低い父の声に呼ばれる。両親の顔は真剣なものに変わっていた。空気もどこか硬さを帯びている。
「レオナ様は苦労を見せない。もとから要領もいい方だ」
「そうですわね」
自分とよく似た――いいえ。私が父様によく似たのでしょう。真っすぐな瞳を私もまた真っすぐと受け止める。
「よくよく支えなさい」
「はい。重々承知しております」
「そうでしょうね」
母の寂し気な微笑みに私はもうこの家の人間ではないことを突き付けられた気分であった。
* * *
婚約発表が終わり、半年後に結婚式が行われることも同時に発表された。
その後、レオナ様はすぐに公務があることのため二人で話す時間はなかったと思われたが。出ていく前にレオナ様が私の腕を掴むと声を潜め囁いた。
「今日、夜に部屋に行く」
ぇ、と顔を見る前に頬に柔らかな感触が触れた。周りの騒めきから頬に触れたものがなんなのか理解して身体が熱くなる。
ああ。でも、身体が熱くなるのは頬に触れた唇だけではない。なぜわざわざ夜に来るのか。そもそも。まだ婚約したばかりだというのに。いや、もう別に、一歩手前までのことはしているとはいえ。
「れ、レオナ様!」
「じゃあな」
にんまりと口角を意地悪そうに上げてキファジさんを連れて出て行ってしまった。私は、周りのキラキラと同時に熱の籠った視線に晒されながら部屋を出るはめになった。
レオナ様は宣言通り〝夕食〟を共に取るために、と。それに肩の力が抜けた。あからさまな私の態度にレオナ様はお笑いになった。その表情がここ1年半みなかったので怒る気もなかった。むしろ、笑うお姿に安心してしまった。
夕食も終わりレオナ様をお送りしようとしたのだが――。
「今日はここに泊まる」
「は?」
間抜けに空いた口を慌てて閉じて侍女を見る。彼女たちは微笑むことはないが何故か強く頷かれて「問題ありません」と言った風だった。私はすぐにレオナ様の後ろに控えている侍従たちを見る。彼らも生真面目な表情で強く頷かれた。
「よ、よいのですか」
「問題ねぇだろ」
「で、ですが、その婚礼前ではありますし」
と、言うとレオナ様の尻尾が俄かに苛立つように揺れ始めた。
私はレオナ様の後ろにいる彼らを見ると何度も力強く頷かれてしまった。そこに必死さが滲むことから、本来は多分やはりいけなかったのだろう。彼らの苦労が脳裏に過り私は小さく息をついて「わかりました」と返事をした。
「ではお部屋を用意――」
「お前の部屋でいいだろ」
今度は侍女を見るが彼女たちは涼やかに頷いた。何も問題なし、つまり先ぶれがあってすでに準備万端ということなのだろう。
「わかりました。私の部屋で就寝いたしましょう」
「ん」
苛立っていた尻尾が機嫌よく揺れる。それが可愛いと思う時点で私の負けだ。
妃教育のために王宮に住むことになった初日からまさか身体をこれほど丁寧に清められ、整えられるとは思わなかった。これでは初夜の日なんて、どうなってしまうのだろうか。
想像した内容をすぐに頭を振って忘れる。いま、それを考えることではない。
「ジェマ」
「ッ!」
急に視界いっぱいにレオナ様が現れた。相も変わらず美しい顔をしているが――どこか疲れた印象もある。気だるげな印象はレオナ様らしいがご公務で忙しいのだろう。気だるげというよりも疲労が滲み出ている。
「お疲れのご様子ですね」
「まぁな」
「あら」
ベッドに乗り上げたレオナ様はそのまま横になる。それから「あ゛~だる」と言って天井に向けていた視線を私に向ける。それからご自身の横をポンポンと叩く。
横に来いという仕草に思わず笑みを浮かべながら私も横になると、そのまま身体を引かれた。上半身がレオナ様の上に乗った状態になってしまった。
「レオナ様……重くないのですか」
「別に」
「さようで」
とはいえ、胸が苦しくて体を動かそうとすると逃がさないというように腰を抱かれてしまい――。
「れ、レオナ様、これは」
「なんだよ」
身体が完全にレオナ様の上に乗ってしまった。薄い布越しから熱が交じり合うような感覚がしていく。何だか瞼が重くなっていく。
「ふっ。眠そうだな。まぁ、お前も今日は疲れただろうな」
「ん」
すると背中を撫でられるとそのまま抱きしめられる。自然と頭がレオナ様の首筋に埋まる。いつもよりも私の好きな香りが強くなってより瞼が重くなっていく。
レオナ様が言う通り想像以上に疲れていたらしくそのまま意識が溶けいく。こんな体たらくで私はレオナ様をお支えすることができるのだろうか。
「ま。今日は寝ちまえよ。俺も寝るから」
囁く声は低くてもいつものような気だるさはない。穏やかともいえる声に私の意識はそのままゆっくりと溶けていった。
* * *
月日とはあっという間に過ぎ去っていくもの。半年後だと思っていた結婚式を迎える日となった。結婚前日に行われるバチェロレッテ・パーティーもあっという間だった気がする。ちなみに、レオナ様も一応、バチェラー・パーティーをしたそう。「やるわけねぇ」と言っていたがナイトレイブンカレッジ時代のご友人( ? )の方々が開いて強制参加させられたとか。
何度も打ち合わせとリハーサルを行った結婚式は恙無く終わり、すべての婚礼行事を終えた夜。レオナ様と私は夫婦共同の寝室にいた。
婚約発表し妃教育をするために王宮で住むことになった初日レオナ様と夜を共にした。それからは流石に夜を共に過ごすことはなかった。
「お前は王子妃として早々に子どもを産むことを求められるだろうな」
「はい。承知しております」
そう答えるとレオナ様の吊り上がった眉がキュッと真ん中に寄る。不愉快というわけではないが、何か言いたげな顔で私はつい笑ってしまう。すると、レオナ様の雄弁な尻尾がパシンとシーツを打った。
「笑うことじゃねぇぞ」
「ですが、直系王族の減少を見るにやはりレオナ様と私の子はたくさん望まれるでしょう」
この時代に、と思うだろうが。キングスラー王家の直系は少ない。レオナ様のお父上も弟妹はそう多くなく。またレオナ様もご兄弟は亡くなられたファレナ様しかおられなかった。さらに、ファレナ様のご子息も亡くなられたチェカ様のみ。その中でもすでにファレナ様ご一家がすでにおられなくなったことを考えるとレオナ様と私には多くの子どもが望まれるだろう――ふと、思い出す。
「そういえばレオナ様は他の妃は――」
「ねぇ」
言葉を遮るというよりも食い気味なレオナ様の答えに苦笑してしまう。正直、私一人で何人子どもを出産できるだろうか。それならば他に妃を迎えることも考えねばと思うが。
「俺は種だけふりまけばいいってか?」
「そのようなことは」
「フン。でも、そう考えているバカ野郎共はいるがな」
「もしやすでに妃に、と?」
鼻を鳴らしたレオナ様の不愉快極まりないと言う顔。そうとう数の釣書が送られてきたのかもしれない。それを拒否するのも煩わしいだろうが、処理をする側近たちも大変だったろう。
「これから何かある度に自分を売り込んでくる女が出てくんだろうな」
「でしょうね」
「……随分悠長だな」
「はい?」
レオナ様の深く美しい瞳が私を捉える。いつ見ても魅入られそうな瞳を私は見つめ返す。
「悠長ですか?」
「おう。俺が他の娘に興味を持つとか。気に入るとか」
「貴方様のお眼鏡にかなう娘がいるのならばそれはそれでよろしいかと」
「随分と強気だな」
皮肉気味に口角を上げるレオナ様の柔らかなチョコレートブラウンの髪がさらり流れる。触れたいなと思いながらも私は微笑む。
「強気ではありません。でも、嫉妬もいたしません。もし嫉妬してしまえば心が持ちません」
嫉妬など本来であればそんなこと許されない。でも、何度も考えてもやはり心が苦しくなる。心構えをするのであれば割り切って嫉妬する心など捨ててしまわなければいけない。
「してくれねぇのか?」
「レオナ様は嫉妬してほしいのですか?」
「お前なら、いいかもな。ま、お前以外の妃を迎え入れるつもりはねぇが」
今は、かもしれない。私がレオナ様の子を妊娠しなければきっと妃を迎えいれなければいけない。
いつの時代だって王家は血を残さなければいけない。
妃教育を終えて改めて自分の重大な役割がのしかかる。
「ジェマ」
「はい」
振り返ればレオナ様の大きな手が頬に触れる。そのまま引き寄せられて唇が触れて重なる。触れて、離れて、重なりを繰り返して離れた。
眼前の深緑の瞳は静かに私を見つめる。
「子どもは授かりもんだ。それはどの時代だって変わりねぇよ」
「……ふふっ。そうですね」
慰めるような言葉に笑いが洩れた。レオナ様の目尻が吊り上がったのが見えて私は自分から顔を寄せてキスをした。
ちゅ、と音を立てて離れると今度はレオナ様から噛みつくようなキスをされた。
そのまま押し倒されて結婚式の疲れなど忘れて熱を交わした。
* * *
レオナ様が国王陛下から譲位されることになったのは私が一人目の子どもを出産した後のことだった。
陛下の病状は一進一退を繰り返していた。レオナ様と私に無事に子どもができたことで安心したらしく譲位の話が出た。
産後の私の体調がよくなってから速やかな譲位と即位パレードが行われた。
それから5年ほどの歳月が経った日――レオナ様のお義父上が亡くなられた。
喪に服す王宮の中、レオナ様と私のいる部屋から少し離れたところで子どもの楽し気な声が聞こえる。お義父上が亡くなったときはずっと泣いていたけれどここ数日ようやく元気に遊べるようになってきた。
それに安心しながら思わず腹を撫でる。
「無理はするな」
レオナ様を見れば難しい顔をしていらした。その顔に私は苦笑しながら頬に手を伸ばすと、触れる前に大きな手に取られて握られた。
今、私の中にはレオナ様との〝4人目〟となる子がいる。
最初の子は男の子だった。とても元気な男の子で長らく病気療養中の陛下に初めて顔を合わせした際には泣かれてしまった。厳格なイメージのあった陛下の涙に私だけでなくレオナ様も柄になく戸惑っていたのが新鮮だったのを今も覚えている。そこから速やかな譲位などが行われ忙しくなったが折を見てお義父上に家族で会いに行っていた。
一番初めの子が生まれて2年経った頃に再び妊娠した。二人して「なんか一人目の子よりもお腹が大きい?」と思ったらなんと双子だった。生まれたのは女の子と男の子だった。
お義父上は可愛い孫が一度に二人もできたと喜び。そして、密かに初めての女の子に頬を緩ませていたとか。
双子が生まれて3年後、陛下が亡くなる数日前に4人目の子の妊娠が分かった。近頃、意識が朦朧としていたお義父上に報告すると久々にはっきりとした声で「おめでとう」と祝ってくださった。
その後、意識は回復することなくそのまま亡くなられた。
「お義父上にも会わせたかったです」
「そうだな……」
しんみりとした重い空気が漂うが、パタパタと小さな足音がやって来てその空気を打ち払う。
「何か見せに来たのかもな」
レオナ様の楽しそうな声と同時に私たちを呼ぶ幼子の声が聞こえる。
「ふっ。お前によく似て元気だな」
「そうですわね。ふふ、じゃあ、この子は貴方様に似るかもしれませんね」
「それは……」
嫌そうな顔をするレオナ様。なぜか生まれてくる子は皆私に似ているといいと思っているらしい。私はレオナ様に似ている子も嬉しいのだけれど。
「レオナ様。そろそろ打ち合わせのお時間でありませんか?」
「ああ。そうだな。じゃ、行って来る」
「いってらっしゃいませ」
口づけしてからレオナ様は部屋を出て行った。その最中に子どもたちに会ったのか。戯れるような声と残念そうな声が聞こえる。
その声を聞きながら息をつく。
いまだにレオナ様が即位したことに納得しない者がいる。とくに夕焼けの草原の一部鉱物資源の発掘やそれに伴う開発に根強く反発する者がいるらしい。それでもレオナ様や側近が自然を害さないように開発を進めているというのに。
それにスラム街の解決するために政策も進めているというのに。だが、時折見せるレオナ様の優秀ゆえの頭の回転さが傲慢に映るのかもしれない。
側近の方々もレオナ様の意にすぐ気づくような優秀さがある。先王の時代やファレナ様の時代の人間はそれが憎らしくてたまらないのかもしれない。それでも、レオナ様は若い官僚からも慕われているため何ともいえない。
「過渡期……というやつなのかしら」
ファレナ様のときは緩やかなそれはレオナ様になって急激なものとなっている。その流れに乗れない者も多いのだろう。それはきっと先代からいる者たちだけではなく、国民もそうなのかもしれない。
公務でスラム街や支援施設に赴くがやる気の差の激しさも感じる。同時に市街地に出れば大人と若者でも意識の性ある。おおむねの若者はレオナ様を指示しているが大人はというと半々というところだ。先王やファレナ様を懐かしむ声が聞こえるときもある。
「ヒトの意識を変えるのは難しいものだからね」
まだ分かり辛い膨らみを撫でる。
レオナ様が国王としてこれからどうなるのか。私は王妃としてどうなのか。不安が僅かに胸を過った。
* * *
「ジェマ」
呼ばれた名前に目を開けると疲れが色濃く見えるレオナ様がいらっしゃった。
私はこの方にこんな顔にさせたくはないのに。けれど、こうしたレオナ様のお顔は私がさせているものでもあると思うと胸が痛む。
「レオナさま……もうしわけありません」
「なに謝っていやがる」
そっと手を伸ばすとすかさず大きな手に握られる。
「随分細くなったがちゃんと飯食ってんのか?」
「はい……ふふ、子どもたちも気になっているのか。よく私と一緒に食事をしてくれるんですよ」
最後の4人目の子にあたる男の子を産んでもう10年以上の歳月が流れた。4人目の子は少し産まれたのが早かったがそれでも身体は健康に成長している。今は思春期らしく反抗期であるがそれでも私を心配してくれるとても優しい子。
「公務。大変でしょう。だから、」
「それはない」
「まぁ」
私の言いたいことをすぐに理解して遮る。私は苦笑してため息をつくと瞼が俄かに重くなっていく。ああ、身体が重くて動き辛い。
「疲れたか? もう寝るか?」
「いえ、久々にレオナ様とお話できるのですからもう少し」
「久々ってほどではねぇよ」
「あら。そうでしたかしら……」
ムッと眉を寄せるレオナ様に笑うと少し息が切れる。息を整えているとレオナ様の手が頬に触れる。体温が下がった身体に触れる手は暖かい。
「もう休め。また後で来るから」
「……はい」
離れていく手の平が恋しい。泣きたくなってしまう。それを分かっているのかレオナ様がキスをしてくれる。むしろ恋しさが増すのになんて酷いヒト。
「またいらしてくださいな」
離れていく手に私はやはり泣きたくなった。