世界はこうしてみたされる
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世界はこうしてみたされる
「ああ。そうでした。お伝え忘れていましたが、ジェマ様も帰省していらっしゃいますよ」
去ろうとしたキファジが今まさに思い出したと言わんばかりに告げた。
やられた、と思うより早く耳が彼女の名前を拾い反応してしまった。それに合わせて周りの奴らも「ジェマ?」と反応した。
「ジェマ……ジェマ……どこかで~~あ! レヴィ家のお嬢さんだ!」
「レヴィ家とは、なんと。久しい一族の名だな」
「ああ。アタシも聞いたことあるわ」
カリムが思い出した名前とリリアが一族の名を思い出す。つられてヴィルまで思い出したことに舌打ちをしてしまう。この流れが来たら異世界からやって来た監督生に世間に疎いグリムが興味を示すのは想像できる。
「ジェマ・レヴィさん? 一体どんな人なんですか?」
「ジェマ様はこの夕焼けの草原でも指折りの名家のご令嬢です」
そして、とキファジが意地悪く口角を上げて俺を見る。意趣返しと言わんばかりの男の顔に止められないと悟り背を向け歩き出す。そして、一人、オフロードカーに向かう。最中、背後で数多の叫び声が聞こえたが耳を伏せて無視する。
――こいつら置いてくか?
めんどくせぇ、と思いながら先に車に乗り込んで馬鹿どもを待つ。数分もすればバタバタとせわしない足音が複数する。そして、その足音の次は騒々しく車に乗り込む音。
あまりの煩さに耳を伏せて喉をうならせる。
「てめぇらやかましいぞっ」
「悪い! でも、まさかレオナに婚約者がいたなんて驚いちまった」
「うむ。しかもレヴィ家は他国でもその名を響かせる名門一族」
「ということはジェマさんとは政略結婚になるんですか?」
カリム、リリアに始まり監督生の言葉に凄まじい嫌悪感がこみ上げる。
「おい。監督生。今度そんなこと言ったら叩き落すぞ」
「うっ。すいません……」
隣に座る監督生が青い顔をする。舌打ちをして車を発進させようとしたときだった。
「ということはジェマさんとは相思相愛の恋人同士ってこと?」
ヴィルの言葉がさらに出発を後らせた。今、この空気が読めねぇのか。バックミラー越しにヴィルの野郎を睨みつける。
「ヴィル。蹴落とされたくなければその口閉じやがれ」
「はい、はい」
口角を上げてあしらうようなヴィルに舌打ちをして俺はようやく本当に車を発進させた。
* * *
キャッチ・ザ・テイルの練習を終えてサンセット・ヴィラホテルに戻る。
ジャックの容態も悪化などしていないことを確認し、夕食のバーベキューを終えて、カリムとリリアを止めてようやく部屋に戻れた。
百獣の装束を脱ぎ、ごちゃごちゃした装飾たちを取ってソファに投げ捨てる。キファジがここに居たら小言三昧だろう。思わず想像して顔を顰めながらシャワールームに向かう。
汗と埃を落として楽な部屋着に着替える。ふと、ソファを見ればいつの間にか百獣の装束と色鮮やかな装飾がなくなっていた。どうせキファジの指示で誰か侍従がいるのだろう。その誰かが片付けたんだろう。
いつものことだと気に留めることもなく寝室に向かいベッドで横になる。このままひと眠りしたいが考えなきゃいけないことがたくさんある。
「はぁ。頭が痛いぜ」
ジャックが出場できなかったのが本当に痛い。だが、輝石の国の北部出身だというジャックがここまで暑さに弱いとは思わなかった。サバナクロー寮に所属しているから無意識のうちに平気だと思ってしまった。過去のことを悔やんでもしかたないし、カリムも何とか形になっている。
「そのためにも完璧な策を考えねぇとな」
だが、今日は疲れたとやはり少し目を伏せる。
『ジェマ様も帰省していらっしゃいますよ』
目を伏せるとキファジが言い残した言葉がはっきりと脳裏に浮かぶ。しかも、声付きで。
最悪だ、と舌打ちをして目を開く。苛立たしさに頭を搔いてベランダに出る。
ベランダに出れば満天の星空だった。暁光の都がいくら発展していても夜になれば自然と明かりは減っていく。そのおかげで王都であるにも関わらず夜になればこうして星々が輝いている。
「つっても、ただのガス爆発だけどな」
「まぁ。相変わらずロマンがないことを……」
聞こえた涼やかで凛とした声に振り返る。
「ジェマ……」
「勝手に入って申し訳ありません」
名前を口にすると柳眉を下げて申し訳なさそうに謝罪をする。そのまま静かにゆっくりと近寄って来る彼女が来るのを待つ。
「キファジさんがこの時間だったら平気でしょう、と言って来てしまいました」
並び立った彼女が見上げる。とたん、キファジの助言に複雑な感情がこみ上げて唸り声が上がる。それにジェマは「ご迷惑おかけしました」と謝罪してくる。
ちげぇ、と否定しようと口を開くが先に彼女が言うのが早かった。
「けど、久方ぶりに貴方様にお会いしたかったので」
「お許しください」恥じらいと健気さを含ませた笑みを見て中途半端に開いた口を閉じる。
言葉を失くしていると隣により熱を感じると同時に揺らしていた尾に細い尾が絡んだ。この尾は紛れもなく隣にいる彼女のものだ。
甘えるように絡む尾に喉が鳴る。ここで反応を返さないのはライオンの雄じゃねぇ。
尾を絡めながら艶やかな曲線を描く身体を抱き寄せ顔を寄せようとしたが――。
「おい」
細い指に邪魔された。ここに来てお預けはねぇだろ。そもそも夜に恋人 の部屋に来たってことは食べてくださいって言っているもんだ。
不満を乗せながら喉を鳴らせば「だめです」と甘い声で断られてしまった。そのまま唇を押されて渋々引いて見下ろす。
見下ろした先にいるジェマは眦を下げながら甘く微笑む。そんな顔を恋人にされて耐えなきゃならねぇ雄の気持ちがどうやら分からないらしい。
我慢させられる俺の気持ちにもなれと腹いせに同じ耳を甘噛みする。とたんに抱き寄せた身体が軽く跳ね、絡み合っていた彼女の尾が逃げようとする。
逃がさないと尾をしゅるしゅると絡ませ、ついでに耳の付け根を舐める。
「ふ、ぁっ、」
さっきよりも大きく洩れた艶のある声。
――このまんま押せばいけっか?
より深く体を抱き込もうとしたときだった――。
凄まじい歌声や音楽とはいいがたい喧しい音が響き渡る。そして、歌声は嫌になるほど聞き覚えがあった。
「……レオナ様」
甘く艶を醸し出していた空気が一気に霧散した。腕の中で身じろぐジェマを名残惜しく手放す羽目になった。
「チッ。あいつら」
「ふふ。夜のステージだけでは物足りなかったご様子ですね」
「んだよ。見てたのか」
「はい。ずいぶん楽しそうでしたね」
くすくす笑いながら俺の体を押して離れていく。それがやっぱり惜しくて逃げていく細い手を掴む。
「レオナ様?」
「明日、時間はあるか?」
「明日、ですか?」
「おう」
細く長い指に自分の指を絡めながら問いかける。明日はキャッチ・ザ・テイルが終わったらそうそうにあいつらと一緒に学校に戻ろうと思った。
だが、ジェマも帰省しているなら少し帰るのを伸ばすか。いや、帰るのを伸ばしたら式典にも出ろって言われそうだ。
それだけは避けたい。
キファジに見つかる前に寝室に連れていけばいいか。なんて相手の予定を無視して考えているときゅっと細い指が絡み返してきた。
「式典は……両親が出るから平気だと思います」
絡み合う指から恥じらいの籠った声を出す持ち主を見る。恥じらい気味に伏せられた目はどこを見ているのか。
恥じらう姿は嫌いではないけれど、逢瀬の時間も少ないのだから俺を見ていてほしい。
「ジェマ」と名前を呼べばゆっくりと伏せていた瞼が上がる。
ガス爆発で煌めくような星よりも綺麗だと思う。夜空に煌めく星よりも、好いた女の瞳が綺麗と思う方がロマンチックだろうよ。
そんなことを思いながらじっと双眸を見つめる。
「明日、また来ますね」
「ん。会いに行く」
柔らかく眦を下げる双眸に引き寄せられるように顔を寄せる。さっきのように指で拒否されるかと思ったが今度はなかった。
柔らかい唇と重なったのは一瞬。それ以上重ねて、触れてしまえばもっと先が欲しくなる。
唇を放してようやっと彼女の体を放す。
「ハァ。あのうるせぇやつらを止めてくる」
「ふふ。その方がよろしいかと」
控え目に微笑む彼女に送られて俺は喧しいあいつらの部屋へと向かった。
* * *
監督生の名前を騙ってまで出場したキャッチ・ザ・テイルで何とか優勝できた。これで守護者の授業もやらなくてすむ。さらに、優勝者のパレードも放棄し、ヴィルたちを乗せて先にサンセット・ヴィラホテルに戻った。
「ん? レオナ、お主は帰らぬのか?」
「あら。なに? 守護者の授業でもするつもり?」
制服に着替えたリリアとヴィルが声をかけてきた。ヴィルのからかいを含んだ問いかけにため息で答える。
「んな、わけねぇだろ。これから野暮用だ」
「もしかして、レオナも式典に出るのか?」
一人式典服に着替えたカリムにさらに深いため息が出る。
「だれがあんな古臭い式典に出っかよ」
それだけ言って三人に背を向ける。後ろの方で「ジャックたちはどうすのじゃ!」というリリアの叫び声が聞こえた。その声に足を止めて半身分だけ振り返る。
「連れて先に帰れよ」
さした声の大きさではなかった。けれど、十分に届いただろう。
伝えたいことを伝え今度こそあいつらに背を向けて部屋に向かった。
自室に戻り昨夜と同じように重い装飾を外してソファに投げ落とす。
それから寝室へと向かいベッドサイドに置いたマジカルペンを手に取り、呪文を囁く。瞬く間に黄色の魔法石が輝く。妖精の粉によく似た煌めきはそのまま尾の長い鳥を模 る。
「ジェマを呼んで来い」
そう伝えると白銀に輝く鳥はすいっと飛んでいく。
飛んでいく鳥を見送ってため息をひとつついてそのままベッドに横になる。
寮よりもうんと高い天井を見上げながら、彼女が来るのを待つ。俺が車で逃亡したのを見てきっとすぐに行動に移しただろう。
あとはあの伝言が彼女をここに連れてきてくれる。
「それまで寝るか」
本当はもっと楽に進むつもりだった。なのに、わざわざ出場する羽目になるなんて。ほんと無駄な労力を使った。
これからのことを考えて体力温存。そう思ってひと眠りすることにした。
「レオナ様」
呼ばれた声に意識がすぐに浮上して瞼を押し上げ顔を横に向ける。
そこにはわずかに待ち望んでいた女がいた。待ち人の登場に勢いよく上体を起こす。そして、待ち人の名前を呼ぼうとして口を閉じる。
ジェマの装束は俺の百獣の装束と対になるようになっていた。婚約者だからとキファジが気を利かせたのか。それとも彼女を気に入っている義姉貴が気を利かせたのか。まぁ、どっちもあるだろう。
「その装束、似合ってんな」
「……ありがとうございます。そのレオナ様の装束と対になるようになっているみたいです」
照れたようにブレスレットを弄るジェマが可愛らしくて我慢できずに手を伸ばす。
艶めかしい曲線を描く身体を引き寄せてそのまま胸に抱く。雨の湿気の匂いと、砂埃の匂いに、ジェマの匂いが鼻をくすぐる。
このまま抱きすくめようとするより前に彼女の方が身体を寄せる。
「ぁ、あの、お時間は?」
どれくらい、といじらしく尋ねてきた。どうやらキファジにすぐに帰ると聞いているみたいだ。なら、キャッチ・ザ・テイルが終わった今時間がないだろうと考えているに違いない。
――可愛いなぁ。
頬が緩みそうになる。いや、もう緩んでいるかもしれない。けれど、いつも積極的というよりも奥ゆかしい彼女がこうして出てくるんだから仕方ない。
身体を寄せてくる彼女の肩と腰を支えてベッドに押し倒し下に組み敷く。
「泊まる予定はねぇが、まだ平気だ」
けどこうして問答している時間がおいしい。それは賢い彼女も理解しているのか身体の力が抜けたように見えた。
「レオナ様……」
「ん」
しなやかな両腕が上がる。彼女の求めているものために頭を下げると、するりとしなやかな腕が首に回る。ぐっと近づいた距離にお互いの熱の籠った吐息がぶつかる。でも、それ以上に熱が籠っているお互いの視線が絡み合う。
時間がないというなかしばらく見つめ合うと――プツリと何かが音がした。
その音は俺だったか、それとも彼女だったか分からない。分からないけれどお互い相手の熱に飢えていたことだけは分かっている。
少ない時間でお互いの熱をどれだけ感じられるか。どれだけ熱を分け合えるか。それだけに注力し続けた。
「ぁ、はっ、れおな、さま、れおな、さま」
熱に浮かれた甘い声に求められるままに熱く熟れた身体を抱きすくめる。とたん、熱に濡れた甘い声がより深くなる。
その声だけで果てそうになるのを何とか耐えて、耐えて、熱に濡れた身体を抱きしめる。
もっと、もっと、この身体を抱きしめていたい。もっと、もっと、この身体と傍にいたい。だけれど、時間はもうそんなに――。
「れおなさま、はっ、ぁ、こっち、みて、みて」
ぐいっと顔を掴まれて濡れた双眸と目が合う。
「こっち、わたし、だ、ぁっん、ぁッ」
「ぐっ、く」
可愛い我が儘に自分の中の雄が刺激されて思考が不思議なほど冴えてくる。
お望みのままと言わんばかりに腰を進める。そして、そのままライオンの本能、動物の本能のままお互い喰い合うように熱をぶつけ合った。
**タイトル**
お題配布サイト『天文学』様から
お題『ピアノロール』より
2023.03.06
「ああ。そうでした。お伝え忘れていましたが、ジェマ様も帰省していらっしゃいますよ」
去ろうとしたキファジが今まさに思い出したと言わんばかりに告げた。
やられた、と思うより早く耳が彼女の名前を拾い反応してしまった。それに合わせて周りの奴らも「ジェマ?」と反応した。
「ジェマ……ジェマ……どこかで~~あ! レヴィ家のお嬢さんだ!」
「レヴィ家とは、なんと。久しい一族の名だな」
「ああ。アタシも聞いたことあるわ」
カリムが思い出した名前とリリアが一族の名を思い出す。つられてヴィルまで思い出したことに舌打ちをしてしまう。この流れが来たら異世界からやって来た監督生に世間に疎いグリムが興味を示すのは想像できる。
「ジェマ・レヴィさん? 一体どんな人なんですか?」
「ジェマ様はこの夕焼けの草原でも指折りの名家のご令嬢です」
そして、とキファジが意地悪く口角を上げて俺を見る。意趣返しと言わんばかりの男の顔に止められないと悟り背を向け歩き出す。そして、一人、オフロードカーに向かう。最中、背後で数多の叫び声が聞こえたが耳を伏せて無視する。
――こいつら置いてくか?
めんどくせぇ、と思いながら先に車に乗り込んで馬鹿どもを待つ。数分もすればバタバタとせわしない足音が複数する。そして、その足音の次は騒々しく車に乗り込む音。
あまりの煩さに耳を伏せて喉をうならせる。
「てめぇらやかましいぞっ」
「悪い! でも、まさかレオナに婚約者がいたなんて驚いちまった」
「うむ。しかもレヴィ家は他国でもその名を響かせる名門一族」
「ということはジェマさんとは政略結婚になるんですか?」
カリム、リリアに始まり監督生の言葉に凄まじい嫌悪感がこみ上げる。
「おい。監督生。今度そんなこと言ったら叩き落すぞ」
「うっ。すいません……」
隣に座る監督生が青い顔をする。舌打ちをして車を発進させようとしたときだった。
「ということはジェマさんとは相思相愛の恋人同士ってこと?」
ヴィルの言葉がさらに出発を後らせた。今、この空気が読めねぇのか。バックミラー越しにヴィルの野郎を睨みつける。
「ヴィル。蹴落とされたくなければその口閉じやがれ」
「はい、はい」
口角を上げてあしらうようなヴィルに舌打ちをして俺はようやく本当に車を発進させた。
* * *
キャッチ・ザ・テイルの練習を終えてサンセット・ヴィラホテルに戻る。
ジャックの容態も悪化などしていないことを確認し、夕食のバーベキューを終えて、カリムとリリアを止めてようやく部屋に戻れた。
百獣の装束を脱ぎ、ごちゃごちゃした装飾たちを取ってソファに投げ捨てる。キファジがここに居たら小言三昧だろう。思わず想像して顔を顰めながらシャワールームに向かう。
汗と埃を落として楽な部屋着に着替える。ふと、ソファを見ればいつの間にか百獣の装束と色鮮やかな装飾がなくなっていた。どうせキファジの指示で誰か侍従がいるのだろう。その誰かが片付けたんだろう。
いつものことだと気に留めることもなく寝室に向かいベッドで横になる。このままひと眠りしたいが考えなきゃいけないことがたくさんある。
「はぁ。頭が痛いぜ」
ジャックが出場できなかったのが本当に痛い。だが、輝石の国の北部出身だというジャックがここまで暑さに弱いとは思わなかった。サバナクロー寮に所属しているから無意識のうちに平気だと思ってしまった。過去のことを悔やんでもしかたないし、カリムも何とか形になっている。
「そのためにも完璧な策を考えねぇとな」
だが、今日は疲れたとやはり少し目を伏せる。
『ジェマ様も帰省していらっしゃいますよ』
目を伏せるとキファジが言い残した言葉がはっきりと脳裏に浮かぶ。しかも、声付きで。
最悪だ、と舌打ちをして目を開く。苛立たしさに頭を搔いてベランダに出る。
ベランダに出れば満天の星空だった。暁光の都がいくら発展していても夜になれば自然と明かりは減っていく。そのおかげで王都であるにも関わらず夜になればこうして星々が輝いている。
「つっても、ただのガス爆発だけどな」
「まぁ。相変わらずロマンがないことを……」
聞こえた涼やかで凛とした声に振り返る。
「ジェマ……」
「勝手に入って申し訳ありません」
名前を口にすると柳眉を下げて申し訳なさそうに謝罪をする。そのまま静かにゆっくりと近寄って来る彼女が来るのを待つ。
「キファジさんがこの時間だったら平気でしょう、と言って来てしまいました」
並び立った彼女が見上げる。とたん、キファジの助言に複雑な感情がこみ上げて唸り声が上がる。それにジェマは「ご迷惑おかけしました」と謝罪してくる。
ちげぇ、と否定しようと口を開くが先に彼女が言うのが早かった。
「けど、久方ぶりに貴方様にお会いしたかったので」
「お許しください」恥じらいと健気さを含ませた笑みを見て中途半端に開いた口を閉じる。
言葉を失くしていると隣により熱を感じると同時に揺らしていた尾に細い尾が絡んだ。この尾は紛れもなく隣にいる彼女のものだ。
甘えるように絡む尾に喉が鳴る。ここで反応を返さないのはライオンの雄じゃねぇ。
尾を絡めながら艶やかな曲線を描く身体を抱き寄せ顔を寄せようとしたが――。
「おい」
細い指に邪魔された。ここに来てお預けはねぇだろ。そもそも夜に
不満を乗せながら喉を鳴らせば「だめです」と甘い声で断られてしまった。そのまま唇を押されて渋々引いて見下ろす。
見下ろした先にいるジェマは眦を下げながら甘く微笑む。そんな顔を恋人にされて耐えなきゃならねぇ雄の気持ちがどうやら分からないらしい。
我慢させられる俺の気持ちにもなれと腹いせに同じ耳を甘噛みする。とたんに抱き寄せた身体が軽く跳ね、絡み合っていた彼女の尾が逃げようとする。
逃がさないと尾をしゅるしゅると絡ませ、ついでに耳の付け根を舐める。
「ふ、ぁっ、」
さっきよりも大きく洩れた艶のある声。
――このまんま押せばいけっか?
より深く体を抱き込もうとしたときだった――。
凄まじい歌声や音楽とはいいがたい喧しい音が響き渡る。そして、歌声は嫌になるほど聞き覚えがあった。
「……レオナ様」
甘く艶を醸し出していた空気が一気に霧散した。腕の中で身じろぐジェマを名残惜しく手放す羽目になった。
「チッ。あいつら」
「ふふ。夜のステージだけでは物足りなかったご様子ですね」
「んだよ。見てたのか」
「はい。ずいぶん楽しそうでしたね」
くすくす笑いながら俺の体を押して離れていく。それがやっぱり惜しくて逃げていく細い手を掴む。
「レオナ様?」
「明日、時間はあるか?」
「明日、ですか?」
「おう」
細く長い指に自分の指を絡めながら問いかける。明日はキャッチ・ザ・テイルが終わったらそうそうにあいつらと一緒に学校に戻ろうと思った。
だが、ジェマも帰省しているなら少し帰るのを伸ばすか。いや、帰るのを伸ばしたら式典にも出ろって言われそうだ。
それだけは避けたい。
キファジに見つかる前に寝室に連れていけばいいか。なんて相手の予定を無視して考えているときゅっと細い指が絡み返してきた。
「式典は……両親が出るから平気だと思います」
絡み合う指から恥じらいの籠った声を出す持ち主を見る。恥じらい気味に伏せられた目はどこを見ているのか。
恥じらう姿は嫌いではないけれど、逢瀬の時間も少ないのだから俺を見ていてほしい。
「ジェマ」と名前を呼べばゆっくりと伏せていた瞼が上がる。
ガス爆発で煌めくような星よりも綺麗だと思う。夜空に煌めく星よりも、好いた女の瞳が綺麗と思う方がロマンチックだろうよ。
そんなことを思いながらじっと双眸を見つめる。
「明日、また来ますね」
「ん。会いに行く」
柔らかく眦を下げる双眸に引き寄せられるように顔を寄せる。さっきのように指で拒否されるかと思ったが今度はなかった。
柔らかい唇と重なったのは一瞬。それ以上重ねて、触れてしまえばもっと先が欲しくなる。
唇を放してようやっと彼女の体を放す。
「ハァ。あのうるせぇやつらを止めてくる」
「ふふ。その方がよろしいかと」
控え目に微笑む彼女に送られて俺は喧しいあいつらの部屋へと向かった。
* * *
監督生の名前を騙ってまで出場したキャッチ・ザ・テイルで何とか優勝できた。これで守護者の授業もやらなくてすむ。さらに、優勝者のパレードも放棄し、ヴィルたちを乗せて先にサンセット・ヴィラホテルに戻った。
「ん? レオナ、お主は帰らぬのか?」
「あら。なに? 守護者の授業でもするつもり?」
制服に着替えたリリアとヴィルが声をかけてきた。ヴィルのからかいを含んだ問いかけにため息で答える。
「んな、わけねぇだろ。これから野暮用だ」
「もしかして、レオナも式典に出るのか?」
一人式典服に着替えたカリムにさらに深いため息が出る。
「だれがあんな古臭い式典に出っかよ」
それだけ言って三人に背を向ける。後ろの方で「ジャックたちはどうすのじゃ!」というリリアの叫び声が聞こえた。その声に足を止めて半身分だけ振り返る。
「連れて先に帰れよ」
さした声の大きさではなかった。けれど、十分に届いただろう。
伝えたいことを伝え今度こそあいつらに背を向けて部屋に向かった。
自室に戻り昨夜と同じように重い装飾を外してソファに投げ落とす。
それから寝室へと向かいベッドサイドに置いたマジカルペンを手に取り、呪文を囁く。瞬く間に黄色の魔法石が輝く。妖精の粉によく似た煌めきはそのまま尾の長い鳥を
「ジェマを呼んで来い」
そう伝えると白銀に輝く鳥はすいっと飛んでいく。
飛んでいく鳥を見送ってため息をひとつついてそのままベッドに横になる。
寮よりもうんと高い天井を見上げながら、彼女が来るのを待つ。俺が車で逃亡したのを見てきっとすぐに行動に移しただろう。
あとはあの伝言が彼女をここに連れてきてくれる。
「それまで寝るか」
本当はもっと楽に進むつもりだった。なのに、わざわざ出場する羽目になるなんて。ほんと無駄な労力を使った。
これからのことを考えて体力温存。そう思ってひと眠りすることにした。
「レオナ様」
呼ばれた声に意識がすぐに浮上して瞼を押し上げ顔を横に向ける。
そこにはわずかに待ち望んでいた女がいた。待ち人の登場に勢いよく上体を起こす。そして、待ち人の名前を呼ぼうとして口を閉じる。
ジェマの装束は俺の百獣の装束と対になるようになっていた。婚約者だからとキファジが気を利かせたのか。それとも彼女を気に入っている義姉貴が気を利かせたのか。まぁ、どっちもあるだろう。
「その装束、似合ってんな」
「……ありがとうございます。そのレオナ様の装束と対になるようになっているみたいです」
照れたようにブレスレットを弄るジェマが可愛らしくて我慢できずに手を伸ばす。
艶めかしい曲線を描く身体を引き寄せてそのまま胸に抱く。雨の湿気の匂いと、砂埃の匂いに、ジェマの匂いが鼻をくすぐる。
このまま抱きすくめようとするより前に彼女の方が身体を寄せる。
「ぁ、あの、お時間は?」
どれくらい、といじらしく尋ねてきた。どうやらキファジにすぐに帰ると聞いているみたいだ。なら、キャッチ・ザ・テイルが終わった今時間がないだろうと考えているに違いない。
――可愛いなぁ。
頬が緩みそうになる。いや、もう緩んでいるかもしれない。けれど、いつも積極的というよりも奥ゆかしい彼女がこうして出てくるんだから仕方ない。
身体を寄せてくる彼女の肩と腰を支えてベッドに押し倒し下に組み敷く。
「泊まる予定はねぇが、まだ平気だ」
けどこうして問答している時間がおいしい。それは賢い彼女も理解しているのか身体の力が抜けたように見えた。
「レオナ様……」
「ん」
しなやかな両腕が上がる。彼女の求めているものために頭を下げると、するりとしなやかな腕が首に回る。ぐっと近づいた距離にお互いの熱の籠った吐息がぶつかる。でも、それ以上に熱が籠っているお互いの視線が絡み合う。
時間がないというなかしばらく見つめ合うと――プツリと何かが音がした。
その音は俺だったか、それとも彼女だったか分からない。分からないけれどお互い相手の熱に飢えていたことだけは分かっている。
少ない時間でお互いの熱をどれだけ感じられるか。どれだけ熱を分け合えるか。それだけに注力し続けた。
「ぁ、はっ、れおな、さま、れおな、さま」
熱に浮かれた甘い声に求められるままに熱く熟れた身体を抱きすくめる。とたん、熱に濡れた甘い声がより深くなる。
その声だけで果てそうになるのを何とか耐えて、耐えて、熱に濡れた身体を抱きしめる。
もっと、もっと、この身体を抱きしめていたい。もっと、もっと、この身体と傍にいたい。だけれど、時間はもうそんなに――。
「れおなさま、はっ、ぁ、こっち、みて、みて」
ぐいっと顔を掴まれて濡れた双眸と目が合う。
「こっち、わたし、だ、ぁっん、ぁッ」
「ぐっ、く」
可愛い我が儘に自分の中の雄が刺激されて思考が不思議なほど冴えてくる。
お望みのままと言わんばかりに腰を進める。そして、そのままライオンの本能、動物の本能のままお互い喰い合うように熱をぶつけ合った。
**タイトル**
お題配布サイト『天文学』様から
お題『ピアノロール』より
2023.03.06
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