レオナ
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香りで思い出す貴方との夜
学園が休みを迎える週末のある日、レオナ様が突然帰省してきた。報告を聞いたのは王宮に戻る車の中。私は先ほどまで一族の行事に参加するために実家に帰省していた。一通りの儀式が終わり王宮へと戻る最中、侍女から報告されたことに私は目を瞬かせて驚きを現した。
「レオナ様が出席する公務も、祭事もないわよね」
「はい。ございません……その、どうやらお嬢様をお待ちのようです」
「私を?」
頷く侍女に私はとんと心当たりがなかった。そもそもあのお方は必要最低限の公務や祭事がなければ長期休みのホリデー以外には帰省しない。これにきっと兄君であられる国王様も驚いて喜んでいるのが目に浮かぶ。それにレオナ様を実の弟のように可愛がっている王妃様に、レオナ様を慕っているチェカ様が大喜びしている様子もありありと浮かぶ。
「お嬢様は何かご連絡は?」
「いいえ。ないわ」
一体何事かしらと私は侍女を見つめるけれど侍女も困惑気味に首を振った。やはり侍女も心当たりがない様子。
「何事もないといいのだけれど」
突然の訪問に私は不安になりながら車の中でじっとしていた。
「よぉ。戻ったか」
「レオナ様」
王宮に到着しレオナ様が待っているというので足早に戻ると部屋の入り口に私服に着替えたレオナ様が待っていた。私はすぐに駆け寄って「おかえりなさいませ」と挨拶をする。それから何のようで帰って来たのかと問いかけようと思ったが。
「そろそろ夕食の時間らしいぜ」
「あ、はい。もうそのような時間で」
出鼻をくじかれてしまった。レオナ様は壁から背中を離して「着替えて来いよ」と言うだけ言ってサッサと食堂に向かってしまった。私は「はい」としか返事するし出来ず侍女につられるまま着替えをしに部屋へと戻った。
一体何の用事で帰省し私を待っていたのかしら。着替えながらも結局そのことで頭がいっぱいだった。
「お待たせいたしました」
「別に待ってねぇよ」
私が席に着くといつもより早く食事が運ばれた。何だかちょっと様子が変だなと思っているとレオナ様が「実家に戻ってどうしたんだ?」と話しかけられて思考が霧散した。私はそのまま実家に帰った話しをするとあっという間に食事の時間が終わってしまった。
食事が終われば少し休憩して湯浴みの時間。私は「レオナ様」と呼びかけようとする前に侍女がまたさっと合われた。
「湯浴みの準備が整いましたがレオナ様いかがいたしますか?」
「ああ。すぐに行く。お前も疲れてんだろ。さっさと入った方がいいだろ」
「え、あ、はい」
でも、早すぎると思うけれど別の侍女が現れて「お嬢様のご準備もしております」と腕を掴まれてもう一つの浴室へと連れていかれてしまった。これはいよいよおかしい。
「ね、ねぇ。一体どうしたの?」
「どうしたのとはお嬢様ったら」
「わたくしどもはいつも通りでございますよ」
にこにこ何が楽しいのか満面の笑みの侍女たち。こういうときは私とレオナ様がいい雰囲気になるだろうと楽しんでいるときの顔だ。それに今日の手入れの仕方はレオナ様と夜を共にするとき仕様だ。やっぱり何かあるのね。
「何があるの?」
「ふふ。怖がるようなことは何もございませんわ」
「ええ、ええ。お嬢様はいつも通りレオナ様との夜を楽しんでくださいませ」
キラキラの笑顔と送られた言葉に恥ずかしさを覚えて私は大人しく身を任せることにした。そして、湯浴みを終えて最後にいつもは香油を塗るのだけれど。
「あら。香油は?」
いつも侍女がお気に入りの香油を着けてくれるのだけれど何故かないまま支度が終わってしまった。どうして、と侍女に訊ねれば意味深長気な笑みを向けられた。これに首を傾げても侍女はレオナ様と同じく何も言ってくれない。
もうなんなのかしら、と溜息をつきながらもシルクのガウンを着せられ送り出されてしまった。侍女とレオナ様が共謀したのは分かるけれど一体何を共謀しているのかは分からない。侍女のニヤケ具合を見るに多分イヤなことではないとは思う。そう思うのだけれど私の勘は全然あてにならないから分からない。
戦々恐々しながら寝室へと進む。寝室は外の月明りと僅かな灯りしかない。夜目が利くから問題はない。そのままベッドの方へと向かって歩いていけばすでにレオナ様が横になっていた。まるで部屋の主のような堂々とした雰囲気を醸し出している。
もう寝てしまったのかしらと恐る恐る近づき顔の覗き込むと――パチとサマーグリーンが現れた。
「おせぇな」
「申し訳ありません……お疲れなら先に休まれていてもよかったんですよ」
「別にお前の方が疲れてんだろ」
身体を起すとじっと見つめられる。深い翠の双眸に見つめられ過ぎて自分の恰好が不安になってくる。
「あの何かおかしいのでしょうか」
「いや。別に」
「では、なんでしょう」
本当は突然帰省してまで私を待っていた理由が聞きたい。でも、聞いて素直に答えてくれる方でもないことは重々知っている。マジマジと見て来るレオナ様に居心地が悪くなったときだった。
「まだ香油は着けていないな」
「え、あ、はい」
咄嗟に返事をすればやはり何にも読めない顔をした。本当に今日のレオナ様はどうしたというのかしら。困惑の視線を思わず向ければレオナ様が座ったまま後ろを向いてすぐ前に戻る。一件何も変わっていないように見えたけれどその手には見慣れぬ美しいクリスタル瓶が握られていた。
「綺麗な瓶ですね」
「土産だ」
「え? 態々これを渡しに来てくださったのですか?」
「おう」
大きな手のひらに納まっていた瓶が一度私の手に置かれる。意外にズシッとした重さがあった。これは瓶だけの重さではないのは中で揺らめいた液体で分かる。
シャバシャバしていない液体だけれど何かしら。覗き込むとふわりとフローラルな香りがした。その香りは私が普段身に着けている香油と似ていたけれど少し違う。
「レオナ様、これは香油ですか」
こくと頷くと大きな手のひらを差し出される。反射的に瓶を返すとレオナ様は何の迷いなく綺麗な蓋を取った。それから私を見て「脱げ」と言い出した。
「脱げ……何を、でしょうか」
「そのガウン。ついでにキャミも脱げ」
容赦ない言葉に私は自分の身体を抱いて「イヤです」と答えた。瞬間、綺麗な眉がギュッと中心に寄った。眦もつり上がって機嫌が一個下がったのがありありと伝わってくる。
「なんでだ」
「そんな、突然脱げと言われて『はい』なんて頷けるわけがないです」
「俺は婚約者だが」
「婚約者だとしてもですッ」
強く言い返せば「ふぅ」と溜息をつかれ。それがまるで私の我が儘のようで今度は私がムッと眉を寄せる。
「香油を塗るだけだ。服着てちゃぁできねぇだろ」
「それはそうですが……なら自分でやります」
「駄目だ」
「あ」
レオナ様から瓶を奪おうと近づくがあっさり逃げられる。そして、無防備で考えなしで近づいた私はあっさりと捕まってしまった。シュルと腰紐があっさりと解かれて引き抜かれてしまった。
慌てて左右に開くガウンを胸元で押さえる。それにレオナ様は舌打ちをする。なんて柄の悪いお方なんでしょうか。
胸の合わせを掴みながら少し距離を取って座る。それからパシンパシンと尻尾を不満気にシーツで叩く。すると、レオナ様も同じように不満そうにパシンパシンと尻尾を振る。
「別に下手じゃねぇぞ」
「……恥ずかしいので嫌です」
「いつも侍女がしてんだろ」
「侍女は、侍女ですから」
「屁理屈言うな」
こっちに来いとまるで我が儘な子どもに言い聞かせるレオナ様に私はぐるっと喉を鳴らす。私のその反応にレオナ様は喉を一度鳴らす。お互い譲らない攻防が始まるかと思ったが先にレオナ様が溜息をついた。
「この香油は薔薇の王国の老舗香水ブランドが夕焼けの草原向けに香油ブランドを立ち上げるための試供品だ」
「試供品?」
私は話しを聞く体勢になってレオナ様の話に耳を傾ける。
レオナ様曰く、その香油ブランドの代表を務めるのがナイトレイブンカレッジのOBらしい。とはいっても、レオナ様とは関係のないポムフィオーレ寮の所属だったらしく。なら、どこで縁が繋がったかというとその方の出身が夕焼けの草原らしい。あらゆる伝手を使ってレオナ様まで来て相談してきたそうだ。
「最初は乗り気じゃなかったんだがなぁ。おおもとの香水はお前も気に入っていただろ」
「はい。友人にプレゼントとして貰ってから気に入ってそのブランドは使っています」
香油のブランドを作るとなると俄然気になる。そうなると今レオナ様の手元にある香油がすごく、すごく気になる。
「現金な奴だな」
「ふふ。すいません」
「フン。ま、ただで相談には乗らねぇって結果がこれってわけだ」
瓶を左右に振るレオナ様はニヤぁと口角を上げて鋭い牙を覗かせる。これに私は何となく察す。たぶん、ただで相談に乗らない結果貰った試供品という名のほぼ完成品の香油。たぶん、きっと、うん、私のためなんだと思う。けど、たぶん私だけのためでもない。嬉しさと複雑な感情が絡み合いながらもガウンの合わせを掴む手を動かす。それをレオナ様が目敏く見つけて片眉がある。
「お前は賢い女だな」
「はぁ。流石にここまでされて拒否などできましょうか」
「ハハッ。俺だったらまだ渋るぜ」
口を上げて笑いながらニヤニヤと笑い出す。私はそんなレオナ様に溜息を返しガウンの合わせから手を離す。それから手触りのいいシルクのガウンを肩からするりと落とす。
「あの、腕だけでは」
「背中も着けてんだろ」
「あのでも、初めてのものですし」
「侍女に任せてパッチテスト済みだ」
「ええ!」
流石にいつと思うとそういえばと思う節もある。仕事のできる侍女たちもこういうときは本当に厄介な存在。
「アレルギーテストも済んだ安心安全は立証済みの商品 だぜ」
「はぁ。やっぱり試供品なんてことないでしょう」
商品ではないですか。ならやっぱりもう断ることができない。そもそも私に拒否権なんてないのよ。でも、キャミソールも脱ぐとなると流石に恥ずかしい。
「後ろ向いてでもよろしいですか」
「……まぁ、仕方ねぇな」
太々しい態度での許可。それでも拒否されなかっただけましとしよう。羞恥心に身体が熱くなっていく身体を動かして背を向ける。正直、背中を向けるのもライオンの獣人属的には問題だけれど正面を見られるよりもいい。薄手のキャミソールを脱いで髪の毛を前に流す。
「あのこれでよろしいでしょうか」
肩越しにレオナ様を確認すると「横になれ」と顎をしゃくる。横にというので「うつ伏せで?」と訊ねれば頷かれた。
「わかりました……」
思わず「ただ塗るだけですよね」と聞きそうになってしまった。でも、それを聞いたらレオナ様の思うつぼのような気がして何とか飲み込んだ。そのままうつ伏せになる。
柔らかいベッドはうつ伏せになっても苦しくない。私がうつ伏せになるとベッドがまたゆらゆらと動く。レオナ様が動いているのだろうと思うと今になって緊張と羞恥が込み上げてくる。
「くっくっ。そんな緊張するもんか?」
「それはレオナ様ですので」
「あぁ? そりゃどういう意味だ」
心配する私の声すら楽しいのか悪態をつきながらもレオナ様はとても楽しそう。王子であられるレオナ様が誰かの世話を焼くことに何が面白い――。
「ひぁっ」
ビタと触れた手になかなか恥ずかしい声を上げてしまった。思わず唇を噛むとやっぱりレオナ様が笑う声がした。うぅ、と不満を訴えるように尻尾を振れば「やめろ」と払われてしまった。
「やる前に一言お願いします」
「わぁったよ。つか、冷たかったか?」
「あ、いえ、それはないです」
少々心配げな声にすぐに返事をする。レオナ様の手は暖かいし香油もそのお蔭か全然冷たくなかった。ただ、純粋にいきなり来たことに驚いただけ。
「大丈夫です」
「そうか。んじゃ、塗っていくぞ」
はい、と返事をする前に背中に触れていた大きな手が動き出す。その動きはとても優しくて労わりに満ちているけれどやっぱり恥ずかしい。
ベッドの上と言ったら普段はもうアレソレをするとき。私の肌にレオナ様が触れるときもアレソレしているとき。だから、そうじゃないのにレオナ様がベッドの上にいて、わたしの肌に触れているのは何だか変な気分。レオナ様の触れ方も全然情欲を誘うものでもない。だのに、優しく触れられるのと甘い香りがこう、なんとも、欲が刺激されていく。
私の頭は徐々にそういう雰囲気ではないのにそういう雰囲気だと錯覚していようだった。何度も、何度も、引き戻そうとするけれど思考が徐々に傾いて身体が熱くなっていく。くらくらしていく中で詰めていた息を吐くとあまりにも熱っぽっくて恥ずかしくてたまらなくなる。
「ふっ、ぁ、あの、れおなさま、そろそろぉ」
僅かに身体を起してレオナ様を見るとにやぁと口角を上げた。その顔に熱を帯びていた身体に寒気が襲う。
私のその反応に目敏く気づいたレオナ様が逃げようとした尻尾を掴んだ。それから香油のついたままの手で掴んだ尻尾をスススと撫で上げた。
「ひぅッ!」
引き攣った声にレオナ様が愉しそうに低く笑う。これは、これはやっぱり、とレオナ様を見れば深い翠の瞳を弓なりにしならせて――。
「気づくのがおせぇよ」
夜の獣が牙を剥いた。
* * *
疲れ切った身体を横にして私は不敬にもレオナ様を睨みつけていた。本当はこの香油の甘い香りと事後特有の香りが色濃く残っているベッドから抜け出したい。でも、まだレオナ様に散々愛でられた身体は動けそうにもない。だから、こうしてレオナ様を睨み上げているんだけれどそれさえもこのお方にとって楽しいらしい。
「香油は気に入ったか?」
「気に入ったも何もあれはただの香油ではないのですね」
「おう。くく、にしても獣人属の鼻もごまかせるたぁすげぇな」
上半身裸で艶々と満足げなレオナ様が瓶を揺らす。それが何を意味しているかは私だって分からないほどではない。どうやらその香油は淫らな気持ちを駆り立てる効果が含まれていたみたい。
「そんな商品ばかりなのですか」
「いや。普段使いのもちゃんとあるぞ」
「なら、そちらがよかったです」
「ハハハッ、んなもん。貰っても楽しくねぇだろ」
くしゃっと愉し気に顔を歪めるレオナ様に怒りを通り越して呆れて来る。結局私はレオナ様が愉しむための玩具にされたということだ。きっとこんなことこれからも何度もあるんだろう。
「はぁ。愉しそうでようございます」
「お前もよかっただろ?」
「……ぇえ、まぁ否定はいたしません」
「ならいいだろ」
「もう」
でも、本当にあの香りのお蔭でやっぱり何だか気分がすごく盛りあがったような気もするし、普段の何倍も気持ちよかった気がする。
「そんなにいつもよりよかったかぁ?」
「ん。そうでしたらどういたします?」
上から覆いかぶさるように覗き込んで来るレオナ様。それに私は含みを持たせたような言い方をして返す。それにレオナ様は不機嫌になることはなくやはり機嫌よく口角を上げる。そのままキュッと抱き込まれる。
「これから色んな商品が出るらしいからな。一通り試すか」
「……これはレディース向けしかないのですか?」
上目遣いで見ればレオナ様は目を丸くさせていた。それからまた機嫌良さそうに双眸をしならせた。どうやら私の答えに大層ご満足いただけたよう。ついでにこの不埒な手はどうしようか。
それでもその手を拒む気持ちもなく満更でもない気持ちなのはきっと香りのせい。その日からレオナ様が訪れる夜に侍女が私に香油を塗ることはなくなった。
2021.12.31
学園が休みを迎える週末のある日、レオナ様が突然帰省してきた。報告を聞いたのは王宮に戻る車の中。私は先ほどまで一族の行事に参加するために実家に帰省していた。一通りの儀式が終わり王宮へと戻る最中、侍女から報告されたことに私は目を瞬かせて驚きを現した。
「レオナ様が出席する公務も、祭事もないわよね」
「はい。ございません……その、どうやらお嬢様をお待ちのようです」
「私を?」
頷く侍女に私はとんと心当たりがなかった。そもそもあのお方は必要最低限の公務や祭事がなければ長期休みのホリデー以外には帰省しない。これにきっと兄君であられる国王様も驚いて喜んでいるのが目に浮かぶ。それにレオナ様を実の弟のように可愛がっている王妃様に、レオナ様を慕っているチェカ様が大喜びしている様子もありありと浮かぶ。
「お嬢様は何かご連絡は?」
「いいえ。ないわ」
一体何事かしらと私は侍女を見つめるけれど侍女も困惑気味に首を振った。やはり侍女も心当たりがない様子。
「何事もないといいのだけれど」
突然の訪問に私は不安になりながら車の中でじっとしていた。
「よぉ。戻ったか」
「レオナ様」
王宮に到着しレオナ様が待っているというので足早に戻ると部屋の入り口に私服に着替えたレオナ様が待っていた。私はすぐに駆け寄って「おかえりなさいませ」と挨拶をする。それから何のようで帰って来たのかと問いかけようと思ったが。
「そろそろ夕食の時間らしいぜ」
「あ、はい。もうそのような時間で」
出鼻をくじかれてしまった。レオナ様は壁から背中を離して「着替えて来いよ」と言うだけ言ってサッサと食堂に向かってしまった。私は「はい」としか返事するし出来ず侍女につられるまま着替えをしに部屋へと戻った。
一体何の用事で帰省し私を待っていたのかしら。着替えながらも結局そのことで頭がいっぱいだった。
「お待たせいたしました」
「別に待ってねぇよ」
私が席に着くといつもより早く食事が運ばれた。何だかちょっと様子が変だなと思っているとレオナ様が「実家に戻ってどうしたんだ?」と話しかけられて思考が霧散した。私はそのまま実家に帰った話しをするとあっという間に食事の時間が終わってしまった。
食事が終われば少し休憩して湯浴みの時間。私は「レオナ様」と呼びかけようとする前に侍女がまたさっと合われた。
「湯浴みの準備が整いましたがレオナ様いかがいたしますか?」
「ああ。すぐに行く。お前も疲れてんだろ。さっさと入った方がいいだろ」
「え、あ、はい」
でも、早すぎると思うけれど別の侍女が現れて「お嬢様のご準備もしております」と腕を掴まれてもう一つの浴室へと連れていかれてしまった。これはいよいよおかしい。
「ね、ねぇ。一体どうしたの?」
「どうしたのとはお嬢様ったら」
「わたくしどもはいつも通りでございますよ」
にこにこ何が楽しいのか満面の笑みの侍女たち。こういうときは私とレオナ様がいい雰囲気になるだろうと楽しんでいるときの顔だ。それに今日の手入れの仕方はレオナ様と夜を共にするとき仕様だ。やっぱり何かあるのね。
「何があるの?」
「ふふ。怖がるようなことは何もございませんわ」
「ええ、ええ。お嬢様はいつも通りレオナ様との夜を楽しんでくださいませ」
キラキラの笑顔と送られた言葉に恥ずかしさを覚えて私は大人しく身を任せることにした。そして、湯浴みを終えて最後にいつもは香油を塗るのだけれど。
「あら。香油は?」
いつも侍女がお気に入りの香油を着けてくれるのだけれど何故かないまま支度が終わってしまった。どうして、と侍女に訊ねれば意味深長気な笑みを向けられた。これに首を傾げても侍女はレオナ様と同じく何も言ってくれない。
もうなんなのかしら、と溜息をつきながらもシルクのガウンを着せられ送り出されてしまった。侍女とレオナ様が共謀したのは分かるけれど一体何を共謀しているのかは分からない。侍女のニヤケ具合を見るに多分イヤなことではないとは思う。そう思うのだけれど私の勘は全然あてにならないから分からない。
戦々恐々しながら寝室へと進む。寝室は外の月明りと僅かな灯りしかない。夜目が利くから問題はない。そのままベッドの方へと向かって歩いていけばすでにレオナ様が横になっていた。まるで部屋の主のような堂々とした雰囲気を醸し出している。
もう寝てしまったのかしらと恐る恐る近づき顔の覗き込むと――パチとサマーグリーンが現れた。
「おせぇな」
「申し訳ありません……お疲れなら先に休まれていてもよかったんですよ」
「別にお前の方が疲れてんだろ」
身体を起すとじっと見つめられる。深い翠の双眸に見つめられ過ぎて自分の恰好が不安になってくる。
「あの何かおかしいのでしょうか」
「いや。別に」
「では、なんでしょう」
本当は突然帰省してまで私を待っていた理由が聞きたい。でも、聞いて素直に答えてくれる方でもないことは重々知っている。マジマジと見て来るレオナ様に居心地が悪くなったときだった。
「まだ香油は着けていないな」
「え、あ、はい」
咄嗟に返事をすればやはり何にも読めない顔をした。本当に今日のレオナ様はどうしたというのかしら。困惑の視線を思わず向ければレオナ様が座ったまま後ろを向いてすぐ前に戻る。一件何も変わっていないように見えたけれどその手には見慣れぬ美しいクリスタル瓶が握られていた。
「綺麗な瓶ですね」
「土産だ」
「え? 態々これを渡しに来てくださったのですか?」
「おう」
大きな手のひらに納まっていた瓶が一度私の手に置かれる。意外にズシッとした重さがあった。これは瓶だけの重さではないのは中で揺らめいた液体で分かる。
シャバシャバしていない液体だけれど何かしら。覗き込むとふわりとフローラルな香りがした。その香りは私が普段身に着けている香油と似ていたけれど少し違う。
「レオナ様、これは香油ですか」
こくと頷くと大きな手のひらを差し出される。反射的に瓶を返すとレオナ様は何の迷いなく綺麗な蓋を取った。それから私を見て「脱げ」と言い出した。
「脱げ……何を、でしょうか」
「そのガウン。ついでにキャミも脱げ」
容赦ない言葉に私は自分の身体を抱いて「イヤです」と答えた。瞬間、綺麗な眉がギュッと中心に寄った。眦もつり上がって機嫌が一個下がったのがありありと伝わってくる。
「なんでだ」
「そんな、突然脱げと言われて『はい』なんて頷けるわけがないです」
「俺は婚約者だが」
「婚約者だとしてもですッ」
強く言い返せば「ふぅ」と溜息をつかれ。それがまるで私の我が儘のようで今度は私がムッと眉を寄せる。
「香油を塗るだけだ。服着てちゃぁできねぇだろ」
「それはそうですが……なら自分でやります」
「駄目だ」
「あ」
レオナ様から瓶を奪おうと近づくがあっさり逃げられる。そして、無防備で考えなしで近づいた私はあっさりと捕まってしまった。シュルと腰紐があっさりと解かれて引き抜かれてしまった。
慌てて左右に開くガウンを胸元で押さえる。それにレオナ様は舌打ちをする。なんて柄の悪いお方なんでしょうか。
胸の合わせを掴みながら少し距離を取って座る。それからパシンパシンと尻尾を不満気にシーツで叩く。すると、レオナ様も同じように不満そうにパシンパシンと尻尾を振る。
「別に下手じゃねぇぞ」
「……恥ずかしいので嫌です」
「いつも侍女がしてんだろ」
「侍女は、侍女ですから」
「屁理屈言うな」
こっちに来いとまるで我が儘な子どもに言い聞かせるレオナ様に私はぐるっと喉を鳴らす。私のその反応にレオナ様は喉を一度鳴らす。お互い譲らない攻防が始まるかと思ったが先にレオナ様が溜息をついた。
「この香油は薔薇の王国の老舗香水ブランドが夕焼けの草原向けに香油ブランドを立ち上げるための試供品だ」
「試供品?」
私は話しを聞く体勢になってレオナ様の話に耳を傾ける。
レオナ様曰く、その香油ブランドの代表を務めるのがナイトレイブンカレッジのOBらしい。とはいっても、レオナ様とは関係のないポムフィオーレ寮の所属だったらしく。なら、どこで縁が繋がったかというとその方の出身が夕焼けの草原らしい。あらゆる伝手を使ってレオナ様まで来て相談してきたそうだ。
「最初は乗り気じゃなかったんだがなぁ。おおもとの香水はお前も気に入っていただろ」
「はい。友人にプレゼントとして貰ってから気に入ってそのブランドは使っています」
香油のブランドを作るとなると俄然気になる。そうなると今レオナ様の手元にある香油がすごく、すごく気になる。
「現金な奴だな」
「ふふ。すいません」
「フン。ま、ただで相談には乗らねぇって結果がこれってわけだ」
瓶を左右に振るレオナ様はニヤぁと口角を上げて鋭い牙を覗かせる。これに私は何となく察す。たぶん、ただで相談に乗らない結果貰った試供品という名のほぼ完成品の香油。たぶん、きっと、うん、私のためなんだと思う。けど、たぶん私だけのためでもない。嬉しさと複雑な感情が絡み合いながらもガウンの合わせを掴む手を動かす。それをレオナ様が目敏く見つけて片眉がある。
「お前は賢い女だな」
「はぁ。流石にここまでされて拒否などできましょうか」
「ハハッ。俺だったらまだ渋るぜ」
口を上げて笑いながらニヤニヤと笑い出す。私はそんなレオナ様に溜息を返しガウンの合わせから手を離す。それから手触りのいいシルクのガウンを肩からするりと落とす。
「あの、腕だけでは」
「背中も着けてんだろ」
「あのでも、初めてのものですし」
「侍女に任せてパッチテスト済みだ」
「ええ!」
流石にいつと思うとそういえばと思う節もある。仕事のできる侍女たちもこういうときは本当に厄介な存在。
「アレルギーテストも済んだ安心安全は立証済みの
「はぁ。やっぱり試供品なんてことないでしょう」
商品ではないですか。ならやっぱりもう断ることができない。そもそも私に拒否権なんてないのよ。でも、キャミソールも脱ぐとなると流石に恥ずかしい。
「後ろ向いてでもよろしいですか」
「……まぁ、仕方ねぇな」
太々しい態度での許可。それでも拒否されなかっただけましとしよう。羞恥心に身体が熱くなっていく身体を動かして背を向ける。正直、背中を向けるのもライオンの獣人属的には問題だけれど正面を見られるよりもいい。薄手のキャミソールを脱いで髪の毛を前に流す。
「あのこれでよろしいでしょうか」
肩越しにレオナ様を確認すると「横になれ」と顎をしゃくる。横にというので「うつ伏せで?」と訊ねれば頷かれた。
「わかりました……」
思わず「ただ塗るだけですよね」と聞きそうになってしまった。でも、それを聞いたらレオナ様の思うつぼのような気がして何とか飲み込んだ。そのままうつ伏せになる。
柔らかいベッドはうつ伏せになっても苦しくない。私がうつ伏せになるとベッドがまたゆらゆらと動く。レオナ様が動いているのだろうと思うと今になって緊張と羞恥が込み上げてくる。
「くっくっ。そんな緊張するもんか?」
「それはレオナ様ですので」
「あぁ? そりゃどういう意味だ」
心配する私の声すら楽しいのか悪態をつきながらもレオナ様はとても楽しそう。王子であられるレオナ様が誰かの世話を焼くことに何が面白い――。
「ひぁっ」
ビタと触れた手になかなか恥ずかしい声を上げてしまった。思わず唇を噛むとやっぱりレオナ様が笑う声がした。うぅ、と不満を訴えるように尻尾を振れば「やめろ」と払われてしまった。
「やる前に一言お願いします」
「わぁったよ。つか、冷たかったか?」
「あ、いえ、それはないです」
少々心配げな声にすぐに返事をする。レオナ様の手は暖かいし香油もそのお蔭か全然冷たくなかった。ただ、純粋にいきなり来たことに驚いただけ。
「大丈夫です」
「そうか。んじゃ、塗っていくぞ」
はい、と返事をする前に背中に触れていた大きな手が動き出す。その動きはとても優しくて労わりに満ちているけれどやっぱり恥ずかしい。
ベッドの上と言ったら普段はもうアレソレをするとき。私の肌にレオナ様が触れるときもアレソレしているとき。だから、そうじゃないのにレオナ様がベッドの上にいて、わたしの肌に触れているのは何だか変な気分。レオナ様の触れ方も全然情欲を誘うものでもない。だのに、優しく触れられるのと甘い香りがこう、なんとも、欲が刺激されていく。
私の頭は徐々にそういう雰囲気ではないのにそういう雰囲気だと錯覚していようだった。何度も、何度も、引き戻そうとするけれど思考が徐々に傾いて身体が熱くなっていく。くらくらしていく中で詰めていた息を吐くとあまりにも熱っぽっくて恥ずかしくてたまらなくなる。
「ふっ、ぁ、あの、れおなさま、そろそろぉ」
僅かに身体を起してレオナ様を見るとにやぁと口角を上げた。その顔に熱を帯びていた身体に寒気が襲う。
私のその反応に目敏く気づいたレオナ様が逃げようとした尻尾を掴んだ。それから香油のついたままの手で掴んだ尻尾をスススと撫で上げた。
「ひぅッ!」
引き攣った声にレオナ様が愉しそうに低く笑う。これは、これはやっぱり、とレオナ様を見れば深い翠の瞳を弓なりにしならせて――。
「気づくのがおせぇよ」
夜の獣が牙を剥いた。
* * *
疲れ切った身体を横にして私は不敬にもレオナ様を睨みつけていた。本当はこの香油の甘い香りと事後特有の香りが色濃く残っているベッドから抜け出したい。でも、まだレオナ様に散々愛でられた身体は動けそうにもない。だから、こうしてレオナ様を睨み上げているんだけれどそれさえもこのお方にとって楽しいらしい。
「香油は気に入ったか?」
「気に入ったも何もあれはただの香油ではないのですね」
「おう。くく、にしても獣人属の鼻もごまかせるたぁすげぇな」
上半身裸で艶々と満足げなレオナ様が瓶を揺らす。それが何を意味しているかは私だって分からないほどではない。どうやらその香油は淫らな気持ちを駆り立てる効果が含まれていたみたい。
「そんな商品ばかりなのですか」
「いや。普段使いのもちゃんとあるぞ」
「なら、そちらがよかったです」
「ハハハッ、んなもん。貰っても楽しくねぇだろ」
くしゃっと愉し気に顔を歪めるレオナ様に怒りを通り越して呆れて来る。結局私はレオナ様が愉しむための玩具にされたということだ。きっとこんなことこれからも何度もあるんだろう。
「はぁ。愉しそうでようございます」
「お前もよかっただろ?」
「……ぇえ、まぁ否定はいたしません」
「ならいいだろ」
「もう」
でも、本当にあの香りのお蔭でやっぱり何だか気分がすごく盛りあがったような気もするし、普段の何倍も気持ちよかった気がする。
「そんなにいつもよりよかったかぁ?」
「ん。そうでしたらどういたします?」
上から覆いかぶさるように覗き込んで来るレオナ様。それに私は含みを持たせたような言い方をして返す。それにレオナ様は不機嫌になることはなくやはり機嫌よく口角を上げる。そのままキュッと抱き込まれる。
「これから色んな商品が出るらしいからな。一通り試すか」
「……これはレディース向けしかないのですか?」
上目遣いで見ればレオナ様は目を丸くさせていた。それからまた機嫌良さそうに双眸をしならせた。どうやら私の答えに大層ご満足いただけたよう。ついでにこの不埒な手はどうしようか。
それでもその手を拒む気持ちもなく満更でもない気持ちなのはきっと香りのせい。その日からレオナ様が訪れる夜に侍女が私に香油を塗ることはなくなった。
2021.12.31
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