愛の蕾
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愛と愛が重なり合う時
目が覚めたら慣れたようやく慣れた天井があった。まだ重い瞼にもう一度眠気に誘われそうになるが鼻を擽る匂いに眠気は吹き飛び覚醒する。
――な、何故、殿下が私の隣で寝ているの。
何故、何故だ、と頭が回転し出して恥ずかしさで死にたくなった。ひとつ思い出せば紐を手繰る様に記憶が蘇ってくる。自分は昨日なのか分からないが彼と交わってしまったのだ。
――いっそ、殺してちょうだい。
上昇した体温は瞬く間に下がって血の気が引いてくる。思い出すのは発情期の痴態に、致しているときの痴態。ついでに、恥ずかしい発言の連発。穴があったら入りたい。いや、やっぱり一思いにグサッと殺してほしい。
婚前交渉までしてしまった。あとで避妊薬飲まないと。いや、発情期の今効果があるのかも甚だしい。それ以前に時間が経っていれば効果も期待できるかどうか。
最終的に自分がGOサインを出してしまったので何も言えない。言えないと思う。いや、分からない。
「うっ。どうしよう」
痛む身体ではジタバタすることも出来ない。とりあえず呻き声を出して気を紛らわそうとした。だが、それは失敗だった。
「ふぁ。なに、呻いてんだぁ?」
「で、殿下ッ!」
こちらに背を向けて大人しくて寝ていた殿下が起きてしまった。失態。せめて湯浴みが出来るくらい回復してから対面したかった。
もぞもぞとこちらに身体を向ける殿下。私は身体が痛すぎて首しか動かすことが出来ない。誠に申し訳ない。
腕を枕にこちらをじっと見つめる深緑の瞳。国の年頃の娘が黄色い声を上げる瞳が私を見ているだけで心臓が耐えられない。
「何だよ」
ふっと笑う姿が何と様になることか。目を背けたくなるが出来ない。体勢的にも。
「殿下。あの、」
何とか身体を動かそうとするがやはり痛い。下半身を中心に身体が痛い。初めての行為だったせいだろうか。最近花嫁修業を中心にしているせいだろうか。鍛錬不足だったことは明白だ。
「辛いなら動くな。じっとしていろ」
「申し訳ありません」
謝罪をしたら掠れた声が出た。途端に彼が笑うので私は色々恥ずかしくなる。もう今日は何て最悪な日なことか。
「水、飲むか?」
「はい」
かの鳴くような声でしか返事が出来ない。私の返事を聞いた殿下は何だか甘ったるい声で「わかった」と言って起き上がった。どうやら殿下が水を持って来てくれるようだ。これにさらに申し訳なさが込み上げるので自分で起き上がろうとベッドに手をついて腕に力を入れようとするが――。
――嘘。起き上がれない……え、というか、なんでシーツ綺麗なの?
思い出せる範囲で思い出せばシーツはぐちゃぐちゃだった。いや、自分が身体を隠すのに身に纏ったりしたのもあるがその後色々な意味でぐちゃぐちゃになっていたはずだ。
ふと、花嫁修業の一貫の房術の授業を思い出す。そして、死にたくなる。何度今日は死にたい気分になればいい。いや、慣れる、慣れると教育係は言っていたけれどこれに慣れる気がしない。王妃陛下はこれに慣れていると思うと尊敬の念がさらに強くなる。
「何泣きそうな顔してんだ?」
「いえ、少々、ちょっと」
「色々ありまして」と誤魔化しに殿下は追及することはなく水の入ったグラスを向ける。「ありがとうございます」と言って起き上がろうとするが叶わない。つい先ほど、試したことを忘れて無様に綺麗なシーツの上に倒れることになった。
「へぇ。体力のあるお前でも初夜は身体が痛むか」
「し、初夜!」
ベッドに倒れ伏したまま水を片手に持った殿下を見上げる。そこには意地の悪そうに唇の端をつり上げている殿下がいる。からかわれていると思うが誰が聞いているか分からないので「語弊です!」とカスカスの声で叫ぶ。
「あぁ? 何が語弊なんだ?」
「語弊ですよ。わたくしたちまだ番ってないんですよ! 言うならば婚前交渉です!」
初夜は結婚した夜、夫婦が初めて行う営みのことだ。昨日だか、分からないがあれは欲に負けたただの交わりに過ぎない。
私の意気込みを聞き入れてほしくて強気に言えば彼の唇の端が下りに下がった。逆に眉毛と、目尻は吊り上げらせた。思いきり不満だ、と表情から読み取れる。
「な、何ですか。その顔は」
思わず訊ねれば彼は「どんな顔だよ」と切り返して来る。一瞬、答えようか迷って口を開けるが殿下によって遮られた。
「水。飲めなさそうだな」
「ぇ、いえ、水は――」
サイドテーブルにグラスを置いた殿下がベッドに上って来た。わたしは今更ながらまだ何も身に纏っていないことに羞恥心が込み上げて毛布を手繰り寄せる。
わたしの行動を見た殿下は愉快そうに笑って何も言わずにこちらに手を伸ばす。何をするのかとその手の行方を見ていると辿り着いたのはわたしの身体だった。
「ッ!」
触れた手に疚しさはない。だというのに、自分の身体に触れた大きな手の温度で様々と乱れに乱れた情交を思い出してまた頬に熱が集まる。
殿下は、きっとそんなわたしのこともお見通しだろう。茶化されることに身構えていたがそんなことはなかった。
彼はテキパキとわたしをいたわるように起して、倒れ込んでもいいようにクッションを置くなどして気遣ってくれた。
「ほら。これで飲めるか? それとも腕も痛いのか?」
「ぇ、あ、腕は平気です」
問題ないと言ってグラスを受け取って水を飲む。じっとこちらを見つめる殿下に居たたまれない気持ちになる。それでも何とかグラスの半分の水を飲み終わると。
「もういいか?」
「は、はい、ぁ」
頷くと手にあったグラスを殿下に奪われてしまった。何から何まで王子殿下にさせてしまうのは忍びない。だが、心のほんの少しの片隅で労われることに嬉しく思う自分がいて、羞恥心が込み上げる。
――殿下は元より女性には優しい方なのだから特別もなにもあるまい。
他に妾妃を持てば彼はその女性にまた同じように優しくするはずだ。自分が特別なのではない。じくりと痛む胸を抑え込んでいると――。
「風呂、行くぞ」
「え、はい、いってらっしゃいませ」
風呂ならばきっと侍女長が準備してくれているだろう。お先にどうぞ、と言えば殿下が顔を顰める。
「お前も一緒に入んだよ」
「はい?……」
理解出来ずに呆けた返事を殿下は了解と受け取った。いや、わざとだ。分かっているのに彼は勝手に私の返事を好意的に受け取ったのだ。
にんまりと笑いながら迫って来る殿下に節々を痛めた身体で逃げることはできない。私は観念して彼の長い腕に囲われた。
* * *
風呂に入れば距離を取ればいいと考えは甘かった。痛みが残る身体ではいくら水の中でも容易に動かせるわけではなかった。現在、私は大人しく殿下の膝の間に納まっている。こんな馬鹿でかい風呂で何故密着して入らなければいけない。それに、それにだ。
――触れ合うのは勘弁してちょうだい!
ところどころ触れ合う肌で緊張が増していく。
「おい。なに緊張してんだ」
「ッ!」
ふいにかけられた低い声。何とも言えない声に身体が飛び跳ねて離れようとするが、それも彼の腕が身体に回ったことにより叶わない。しかも、離れかけたせいでより身体を密着させられてしまった。
「で、殿下、離れてくだ、さっぁ」
バシャと大きな水音が鳴ると同時に身体が俄かに浮く。背中を向けていた殿下にわたしは等々向き合う羽目になってしまった。
――め、目のやりどころ!
どこに目を向けていいのか悩ましい状況になった。視線をあっちに、こっちにと、忙しなく動かせば殿下にもすぐに伝わるものだ。喉を鳴らしながら低く笑う。
「で、殿下、笑うことないではないですか」
「いや、今のお前ならこういうことにもそつなく熟すと思っていたからな……」
意外に初心のままだな、と顔を近づけて来る殿下の胸を押し返す。何も言えないわたしの無言の抵抗。それも今は何が楽しいのかすぐに手を取られて指を絡め取られた。
骨ばった手に絡む自分の指に意識が集中していたのがいけない。
「ひぁっ!」
尻尾の付け根が撫でられた。撫でた犯人は分かりきっている。自分を膝に乗せる殿下を非難がましく睨む。
「殿下っ」
「悪かった、悪かった」
明らかに謝罪の意志がない。睨んだまま手を振り払おうとするが逃げられてしまう。だが、そこから手が離れただけましだ。あとは握られた手だけなのだが。
「殿下、手を」
「やだ」
子どものような拒否の仕方をされた。それから殿下は何が楽しいのか私の指を絡めてはまじまじと見つめる。
「楽しいですか?」
「いや、別段」
「なら、お離しくださいませ」
ふるって手を振るが離してくれない。どうやらこのままの状態を望んでいるらしい。小さく息をつくと手を見ていた彼の深緑の美しい瞳が向けられた。
濡れた緑の美しさに息を飲むとその瞳はますます近づいてくる。逃げることが出来ない私はその緑が近づくのを大人しく待つしかできなかった。こちらの瞳を覗き込まんとばかりに近づいて止まった。吐息が混じり合いそうな距離に心臓が早鐘を打つ。
何か言葉を発しようと震える唇を開くと、開いていた距離がなくなった。
突然、重なった唇はそれでも貪るような口づけではなかった。でも、幼くもなくゆっくりと食まれていく。舌も絡まないのに確実に官能を誘う口づけに慣れず息が上がる。俄かに胎が疼き出す。
「んふっ、ぁ」
堕ちかける寸前で唇が離れて舐められる息を上げて覗き込む緑を見つめる。瞳に映る自分の呆けた顔にすぐに目を逸らす。
「逸らすな」
命令とも言えない柔らかい声での強制力。だのに、自分の身体はそれに忠実に動いて再び彼の濡れた深緑の瞳を見る。魔法でもかけられているのかその瞳に私の口は素直な感情が零れる。
「レオナ殿下。貴方を愛している」
僅かに見開く瞳に私の唇は止まらない。
「貴方が日向を歩むとき私は並び歩みたい。貴方が日陰を歩むときも支えるのが私でありたい。貴方が歩む道が栄光でも、滅びでも、私は貴方の傍にありたい。こんな独りよがりな願いを抱く私を許してください」
婚約破棄まで考えておきながら心の奥底で抱いていた醜い感情。誰にかに奪われる可能性は大きい彼の許嫁という立場を私は失いたくない。それは地位が欲しいからじゃない。美しい彼を手に入れて誇示したいわけではない。ただ、ただ、幼い頃から憧れ、初めて愛した傍にいたい独りよがりな感情からだ。
「貴方がもし私を切り捨てるときはそれでいい。その時が来るまで私を貴方の傍に置いてほしい。身勝手な女の願いをお許しください……貴方を愛しています」
一気に溢れ出した気持ちを吐き出した。すぐに私は嫌われただろうと頭に浮かんで目を逸らすが――。
「逸らすなって言っただろうが」
「ぁっ」
絡めていた指が解かれて顎を掴まれた。そのまま再び瞳が合うずだが、何故か殿下の方が忙しなく動いている。これでは目が合うの話ではない。
「あの、殿下?」
「うるせぇ。少し黙っていろ」
「はい」
大人しくじっと彼を見つめたまま口を閉じる。殿下から何かあるのかと思えば彼は黙りつづけている。それに視線も外れてしまって意味がない。
「殿下……」
「チッ」
呼びかけたら舌打ちされた。けれど、その舌打ちは苛立ちというよりも。
――照れ隠し? 思い過ごしかしら?
とにかく殿下から何か反応がない限り私は動けないが長風呂はあまり好きではない。
「殿下。一端、ここから出ましょう。返事はその後で構いませんから」
寧ろ何もなくていい。あれは身勝手な私の告白だから。殿下が聞かなかったことにしたならそれでいい。
「いや。返事はいまする」
「え。するんですか?」
眉を顰めた殿下に「お前が返事いいだしたんだろ」と言った。それに口を噤む。どうやら要らないことを言った自分の失態らしい。ならば――。
「あ、要りませんので、出ましょう」
「する」
「要りません」
「するから待て」
「結構ですよ、殿下」
さぁ、さぁ、出ましょうと身体もようやく動き出せるようになった。だというのに、殿下は離してくれないし、梃子でも動かぬという態度だ。
「大人しく座っている」
挙句の果ては有無を言わせぬ空気を出して来る。これでは私は勝てない。大人しく私が出ないと分かったのか真剣な面持ちで殿下は口を開いた。
「俺はお前と同じ想いを返せない」
何となく分っていたことだ。彼が私に向ける〝情〟は劣情を孕んだものではない。それでも彼は私に情をかけてくれている。分かっています、と口に出しかけたとき殿下の言葉の続きでそれはすぐに引っ込んだ。
「だが、俺はその想いを返したい」
え、と呆けた顔で彼を見る。そこには大分照れくさそうに珍しく目元を染める殿下がいた。照れる姿など何年振りに見たことか。いや、それより彼は一体なんと言ったのだ。
「かえ、す? 私の気持ちを? そんな、無理な」
「無理だと?」
零れた言葉に殿下の目尻がつり上がる。だが、私もここは引けない。
「無理です。だって、殿下は私を好きにならない、愛しません。いえ、きっと番う相手として愛すことはできますでしょう。貴方は存外情に深いところがありますから……でも、私は貴方に――」
「分かっている」
遮る彼は何を分かったというのだろう。彼は私の醜い感情を耳にしても何も分かっていない。
「貴方は何も分かっていないのです。私は浅ましくも――女として愛されたいのです」
言ってしまった。ぼやかして、誤魔化していた部分をとうとう口にしてしまった。
「無理でございましょう」
頬を撫でる彼の指から逃げるように顔を逸らすでもその指でまた戻される。何度こんなことをするのだろうか。
「勝手に決めつけるじゃねぇよ。お前こそ何も分かってねぇな」
優しく攻める言葉に一理あると考える冷静さは残っていた。
「お前が俺を想う気持ちがデカ過ぎんだよ。俺はお前のことが大切ではある。けどな、お前が俺以外の男の手を取ったら手放せた。今までそれくらいの想いだった」
それは何となく察していた。けれど、ならば、何故。
「何故、私が婚約破棄を言いだしたときにしてくださらなかったのですか?」
「はぁ? んなのお前が他に好きな男が出来たからじゃねぇからだよ」
「も、もしかしたら、妃ではなく何か仕事をしたいと思ったからとか」
瞬間彼は小さく「ぁ」と零した。どうやらそこまで想像していなかったようだ。何とも珍しい。だが、彼もこれで終わらない。
「じゃ、聞くがお前は何かしたい仕事があったのか?」
「え……いや、あっても私は軍に入りたかったくらいですかね」
自分が第二王子の許嫁にならなければ軍人になりたかったのは本当だ。幼い頃から軍で働く両親と兄弟に義姉たちを見て来て憧れたのは嘘ではない。
「はっ。お前の一族は本当に王国馬鹿だな」
「ふふ。素晴らしい国ですからその国を守れるならば本望ですよ」
「そうかよ」
笑う殿下に私も自然と笑みが浮かぶ。これで話しは終わりになるだろうと思ったが流石頭の切れる殿下。すぐに話しを戻した。
「つーことだ。俺はお前が他に好きな奴が出来ない限り今までは手を離すつもりはなかった――けど、今はその気はねぇ」
とっくりとこちらを見る殿下の瞳に肌が粟立つ。これは獣人属に備わっている本能からの危険信号にそれはよく似ている。
「ふん。わかってるみてぇじゃねぇか」
「い、いや! わかりませんよ!」
「本能でわかってりゃ十分だ。んじゃ、出るぞ」
「は――で、殿下! わた、私は後で出ますから!」
立ち上がると私は殿下に横抱きにされた。裸をさらされる形になって羞恥心が再びはじける。
「慣れろ、慣れだ」
そう言って殿下はまともに受け合ってくれなかった。
その後、発情期は納まったが夜な夜な殿下が来るので私は気の抜けないホリデー期間を過ごすこととなった。
目が覚めたら慣れたようやく慣れた天井があった。まだ重い瞼にもう一度眠気に誘われそうになるが鼻を擽る匂いに眠気は吹き飛び覚醒する。
――な、何故、殿下が私の隣で寝ているの。
何故、何故だ、と頭が回転し出して恥ずかしさで死にたくなった。ひとつ思い出せば紐を手繰る様に記憶が蘇ってくる。自分は昨日なのか分からないが彼と交わってしまったのだ。
――いっそ、殺してちょうだい。
上昇した体温は瞬く間に下がって血の気が引いてくる。思い出すのは発情期の痴態に、致しているときの痴態。ついでに、恥ずかしい発言の連発。穴があったら入りたい。いや、やっぱり一思いにグサッと殺してほしい。
婚前交渉までしてしまった。あとで避妊薬飲まないと。いや、発情期の今効果があるのかも甚だしい。それ以前に時間が経っていれば効果も期待できるかどうか。
最終的に自分がGOサインを出してしまったので何も言えない。言えないと思う。いや、分からない。
「うっ。どうしよう」
痛む身体ではジタバタすることも出来ない。とりあえず呻き声を出して気を紛らわそうとした。だが、それは失敗だった。
「ふぁ。なに、呻いてんだぁ?」
「で、殿下ッ!」
こちらに背を向けて大人しくて寝ていた殿下が起きてしまった。失態。せめて湯浴みが出来るくらい回復してから対面したかった。
もぞもぞとこちらに身体を向ける殿下。私は身体が痛すぎて首しか動かすことが出来ない。誠に申し訳ない。
腕を枕にこちらをじっと見つめる深緑の瞳。国の年頃の娘が黄色い声を上げる瞳が私を見ているだけで心臓が耐えられない。
「何だよ」
ふっと笑う姿が何と様になることか。目を背けたくなるが出来ない。体勢的にも。
「殿下。あの、」
何とか身体を動かそうとするがやはり痛い。下半身を中心に身体が痛い。初めての行為だったせいだろうか。最近花嫁修業を中心にしているせいだろうか。鍛錬不足だったことは明白だ。
「辛いなら動くな。じっとしていろ」
「申し訳ありません」
謝罪をしたら掠れた声が出た。途端に彼が笑うので私は色々恥ずかしくなる。もう今日は何て最悪な日なことか。
「水、飲むか?」
「はい」
かの鳴くような声でしか返事が出来ない。私の返事を聞いた殿下は何だか甘ったるい声で「わかった」と言って起き上がった。どうやら殿下が水を持って来てくれるようだ。これにさらに申し訳なさが込み上げるので自分で起き上がろうとベッドに手をついて腕に力を入れようとするが――。
――嘘。起き上がれない……え、というか、なんでシーツ綺麗なの?
思い出せる範囲で思い出せばシーツはぐちゃぐちゃだった。いや、自分が身体を隠すのに身に纏ったりしたのもあるがその後色々な意味でぐちゃぐちゃになっていたはずだ。
ふと、花嫁修業の一貫の房術の授業を思い出す。そして、死にたくなる。何度今日は死にたい気分になればいい。いや、慣れる、慣れると教育係は言っていたけれどこれに慣れる気がしない。王妃陛下はこれに慣れていると思うと尊敬の念がさらに強くなる。
「何泣きそうな顔してんだ?」
「いえ、少々、ちょっと」
「色々ありまして」と誤魔化しに殿下は追及することはなく水の入ったグラスを向ける。「ありがとうございます」と言って起き上がろうとするが叶わない。つい先ほど、試したことを忘れて無様に綺麗なシーツの上に倒れることになった。
「へぇ。体力のあるお前でも初夜は身体が痛むか」
「し、初夜!」
ベッドに倒れ伏したまま水を片手に持った殿下を見上げる。そこには意地の悪そうに唇の端をつり上げている殿下がいる。からかわれていると思うが誰が聞いているか分からないので「語弊です!」とカスカスの声で叫ぶ。
「あぁ? 何が語弊なんだ?」
「語弊ですよ。わたくしたちまだ番ってないんですよ! 言うならば婚前交渉です!」
初夜は結婚した夜、夫婦が初めて行う営みのことだ。昨日だか、分からないがあれは欲に負けたただの交わりに過ぎない。
私の意気込みを聞き入れてほしくて強気に言えば彼の唇の端が下りに下がった。逆に眉毛と、目尻は吊り上げらせた。思いきり不満だ、と表情から読み取れる。
「な、何ですか。その顔は」
思わず訊ねれば彼は「どんな顔だよ」と切り返して来る。一瞬、答えようか迷って口を開けるが殿下によって遮られた。
「水。飲めなさそうだな」
「ぇ、いえ、水は――」
サイドテーブルにグラスを置いた殿下がベッドに上って来た。わたしは今更ながらまだ何も身に纏っていないことに羞恥心が込み上げて毛布を手繰り寄せる。
わたしの行動を見た殿下は愉快そうに笑って何も言わずにこちらに手を伸ばす。何をするのかとその手の行方を見ていると辿り着いたのはわたしの身体だった。
「ッ!」
触れた手に疚しさはない。だというのに、自分の身体に触れた大きな手の温度で様々と乱れに乱れた情交を思い出してまた頬に熱が集まる。
殿下は、きっとそんなわたしのこともお見通しだろう。茶化されることに身構えていたがそんなことはなかった。
彼はテキパキとわたしをいたわるように起して、倒れ込んでもいいようにクッションを置くなどして気遣ってくれた。
「ほら。これで飲めるか? それとも腕も痛いのか?」
「ぇ、あ、腕は平気です」
問題ないと言ってグラスを受け取って水を飲む。じっとこちらを見つめる殿下に居たたまれない気持ちになる。それでも何とかグラスの半分の水を飲み終わると。
「もういいか?」
「は、はい、ぁ」
頷くと手にあったグラスを殿下に奪われてしまった。何から何まで王子殿下にさせてしまうのは忍びない。だが、心のほんの少しの片隅で労われることに嬉しく思う自分がいて、羞恥心が込み上げる。
――殿下は元より女性には優しい方なのだから特別もなにもあるまい。
他に妾妃を持てば彼はその女性にまた同じように優しくするはずだ。自分が特別なのではない。じくりと痛む胸を抑え込んでいると――。
「風呂、行くぞ」
「え、はい、いってらっしゃいませ」
風呂ならばきっと侍女長が準備してくれているだろう。お先にどうぞ、と言えば殿下が顔を顰める。
「お前も一緒に入んだよ」
「はい?……」
理解出来ずに呆けた返事を殿下は了解と受け取った。いや、わざとだ。分かっているのに彼は勝手に私の返事を好意的に受け取ったのだ。
にんまりと笑いながら迫って来る殿下に節々を痛めた身体で逃げることはできない。私は観念して彼の長い腕に囲われた。
* * *
風呂に入れば距離を取ればいいと考えは甘かった。痛みが残る身体ではいくら水の中でも容易に動かせるわけではなかった。現在、私は大人しく殿下の膝の間に納まっている。こんな馬鹿でかい風呂で何故密着して入らなければいけない。それに、それにだ。
――触れ合うのは勘弁してちょうだい!
ところどころ触れ合う肌で緊張が増していく。
「おい。なに緊張してんだ」
「ッ!」
ふいにかけられた低い声。何とも言えない声に身体が飛び跳ねて離れようとするが、それも彼の腕が身体に回ったことにより叶わない。しかも、離れかけたせいでより身体を密着させられてしまった。
「で、殿下、離れてくだ、さっぁ」
バシャと大きな水音が鳴ると同時に身体が俄かに浮く。背中を向けていた殿下にわたしは等々向き合う羽目になってしまった。
――め、目のやりどころ!
どこに目を向けていいのか悩ましい状況になった。視線をあっちに、こっちにと、忙しなく動かせば殿下にもすぐに伝わるものだ。喉を鳴らしながら低く笑う。
「で、殿下、笑うことないではないですか」
「いや、今のお前ならこういうことにもそつなく熟すと思っていたからな……」
意外に初心のままだな、と顔を近づけて来る殿下の胸を押し返す。何も言えないわたしの無言の抵抗。それも今は何が楽しいのかすぐに手を取られて指を絡め取られた。
骨ばった手に絡む自分の指に意識が集中していたのがいけない。
「ひぁっ!」
尻尾の付け根が撫でられた。撫でた犯人は分かりきっている。自分を膝に乗せる殿下を非難がましく睨む。
「殿下っ」
「悪かった、悪かった」
明らかに謝罪の意志がない。睨んだまま手を振り払おうとするが逃げられてしまう。だが、そこから手が離れただけましだ。あとは握られた手だけなのだが。
「殿下、手を」
「やだ」
子どものような拒否の仕方をされた。それから殿下は何が楽しいのか私の指を絡めてはまじまじと見つめる。
「楽しいですか?」
「いや、別段」
「なら、お離しくださいませ」
ふるって手を振るが離してくれない。どうやらこのままの状態を望んでいるらしい。小さく息をつくと手を見ていた彼の深緑の美しい瞳が向けられた。
濡れた緑の美しさに息を飲むとその瞳はますます近づいてくる。逃げることが出来ない私はその緑が近づくのを大人しく待つしかできなかった。こちらの瞳を覗き込まんとばかりに近づいて止まった。吐息が混じり合いそうな距離に心臓が早鐘を打つ。
何か言葉を発しようと震える唇を開くと、開いていた距離がなくなった。
突然、重なった唇はそれでも貪るような口づけではなかった。でも、幼くもなくゆっくりと食まれていく。舌も絡まないのに確実に官能を誘う口づけに慣れず息が上がる。俄かに胎が疼き出す。
「んふっ、ぁ」
堕ちかける寸前で唇が離れて舐められる息を上げて覗き込む緑を見つめる。瞳に映る自分の呆けた顔にすぐに目を逸らす。
「逸らすな」
命令とも言えない柔らかい声での強制力。だのに、自分の身体はそれに忠実に動いて再び彼の濡れた深緑の瞳を見る。魔法でもかけられているのかその瞳に私の口は素直な感情が零れる。
「レオナ殿下。貴方を愛している」
僅かに見開く瞳に私の唇は止まらない。
「貴方が日向を歩むとき私は並び歩みたい。貴方が日陰を歩むときも支えるのが私でありたい。貴方が歩む道が栄光でも、滅びでも、私は貴方の傍にありたい。こんな独りよがりな願いを抱く私を許してください」
婚約破棄まで考えておきながら心の奥底で抱いていた醜い感情。誰にかに奪われる可能性は大きい彼の許嫁という立場を私は失いたくない。それは地位が欲しいからじゃない。美しい彼を手に入れて誇示したいわけではない。ただ、ただ、幼い頃から憧れ、初めて愛した傍にいたい独りよがりな感情からだ。
「貴方がもし私を切り捨てるときはそれでいい。その時が来るまで私を貴方の傍に置いてほしい。身勝手な女の願いをお許しください……貴方を愛しています」
一気に溢れ出した気持ちを吐き出した。すぐに私は嫌われただろうと頭に浮かんで目を逸らすが――。
「逸らすなって言っただろうが」
「ぁっ」
絡めていた指が解かれて顎を掴まれた。そのまま再び瞳が合うずだが、何故か殿下の方が忙しなく動いている。これでは目が合うの話ではない。
「あの、殿下?」
「うるせぇ。少し黙っていろ」
「はい」
大人しくじっと彼を見つめたまま口を閉じる。殿下から何かあるのかと思えば彼は黙りつづけている。それに視線も外れてしまって意味がない。
「殿下……」
「チッ」
呼びかけたら舌打ちされた。けれど、その舌打ちは苛立ちというよりも。
――照れ隠し? 思い過ごしかしら?
とにかく殿下から何か反応がない限り私は動けないが長風呂はあまり好きではない。
「殿下。一端、ここから出ましょう。返事はその後で構いませんから」
寧ろ何もなくていい。あれは身勝手な私の告白だから。殿下が聞かなかったことにしたならそれでいい。
「いや。返事はいまする」
「え。するんですか?」
眉を顰めた殿下に「お前が返事いいだしたんだろ」と言った。それに口を噤む。どうやら要らないことを言った自分の失態らしい。ならば――。
「あ、要りませんので、出ましょう」
「する」
「要りません」
「するから待て」
「結構ですよ、殿下」
さぁ、さぁ、出ましょうと身体もようやく動き出せるようになった。だというのに、殿下は離してくれないし、梃子でも動かぬという態度だ。
「大人しく座っている」
挙句の果ては有無を言わせぬ空気を出して来る。これでは私は勝てない。大人しく私が出ないと分かったのか真剣な面持ちで殿下は口を開いた。
「俺はお前と同じ想いを返せない」
何となく分っていたことだ。彼が私に向ける〝情〟は劣情を孕んだものではない。それでも彼は私に情をかけてくれている。分かっています、と口に出しかけたとき殿下の言葉の続きでそれはすぐに引っ込んだ。
「だが、俺はその想いを返したい」
え、と呆けた顔で彼を見る。そこには大分照れくさそうに珍しく目元を染める殿下がいた。照れる姿など何年振りに見たことか。いや、それより彼は一体なんと言ったのだ。
「かえ、す? 私の気持ちを? そんな、無理な」
「無理だと?」
零れた言葉に殿下の目尻がつり上がる。だが、私もここは引けない。
「無理です。だって、殿下は私を好きにならない、愛しません。いえ、きっと番う相手として愛すことはできますでしょう。貴方は存外情に深いところがありますから……でも、私は貴方に――」
「分かっている」
遮る彼は何を分かったというのだろう。彼は私の醜い感情を耳にしても何も分かっていない。
「貴方は何も分かっていないのです。私は浅ましくも――女として愛されたいのです」
言ってしまった。ぼやかして、誤魔化していた部分をとうとう口にしてしまった。
「無理でございましょう」
頬を撫でる彼の指から逃げるように顔を逸らすでもその指でまた戻される。何度こんなことをするのだろうか。
「勝手に決めつけるじゃねぇよ。お前こそ何も分かってねぇな」
優しく攻める言葉に一理あると考える冷静さは残っていた。
「お前が俺を想う気持ちがデカ過ぎんだよ。俺はお前のことが大切ではある。けどな、お前が俺以外の男の手を取ったら手放せた。今までそれくらいの想いだった」
それは何となく察していた。けれど、ならば、何故。
「何故、私が婚約破棄を言いだしたときにしてくださらなかったのですか?」
「はぁ? んなのお前が他に好きな男が出来たからじゃねぇからだよ」
「も、もしかしたら、妃ではなく何か仕事をしたいと思ったからとか」
瞬間彼は小さく「ぁ」と零した。どうやらそこまで想像していなかったようだ。何とも珍しい。だが、彼もこれで終わらない。
「じゃ、聞くがお前は何かしたい仕事があったのか?」
「え……いや、あっても私は軍に入りたかったくらいですかね」
自分が第二王子の許嫁にならなければ軍人になりたかったのは本当だ。幼い頃から軍で働く両親と兄弟に義姉たちを見て来て憧れたのは嘘ではない。
「はっ。お前の一族は本当に王国馬鹿だな」
「ふふ。素晴らしい国ですからその国を守れるならば本望ですよ」
「そうかよ」
笑う殿下に私も自然と笑みが浮かぶ。これで話しは終わりになるだろうと思ったが流石頭の切れる殿下。すぐに話しを戻した。
「つーことだ。俺はお前が他に好きな奴が出来ない限り今までは手を離すつもりはなかった――けど、今はその気はねぇ」
とっくりとこちらを見る殿下の瞳に肌が粟立つ。これは獣人属に備わっている本能からの危険信号にそれはよく似ている。
「ふん。わかってるみてぇじゃねぇか」
「い、いや! わかりませんよ!」
「本能でわかってりゃ十分だ。んじゃ、出るぞ」
「は――で、殿下! わた、私は後で出ますから!」
立ち上がると私は殿下に横抱きにされた。裸をさらされる形になって羞恥心が再びはじける。
「慣れろ、慣れだ」
そう言って殿下はまともに受け合ってくれなかった。
その後、発情期は納まったが夜な夜な殿下が来るので私は気の抜けないホリデー期間を過ごすこととなった。
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