レオナ
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それは一枚の絵画のようでした
「おい。おまえ……」
ああ。殿下が誤解されている。目をカッと見開いて節だった長い指を振るえさせながらあまつ声まで震えさせた殿下を見て自分自身の失態に嘆く。とはいえ、腕の中にいる子に罪はないので早く誤解を解こうと口を開く前に――。
「おばたぁん、だえ?」
誤解の元である子が腕の中で無邪気に声をあげた。それに私はよく似た可愛い〝甥っ子〟を抱き直してから顔を下に向ける。腕の中にいるくりくりした目が「だぇ?」と訴えて来る。可愛い顔に自然と頬が緩む。私はその可愛い、可愛い存在に「レオナ殿下よ」と答える。甥っ子は大きな首をこてんとしながら「れお、ん? でん?」と舌ったらずに答える。それに可愛くて「レオナ殿下よ」ともう一度言い直すと「おい」と声をかけられる。
その声に顔を上げればいまだ今度は戸惑いに柳眉を下げるレオナ殿下が所在なさげに立っていた。普段見かけないというか今まで見たことのない殿下にまた頬が緩み。私の方から彼に近づく。レオナ殿下は途方に暮れた様子で私と甥っ子を見下ろす。
なんて顔をしているのかしらと思いながら甥っ子を見せるように言う。
「レオナ殿下。甥のルシオです」
「甥?」
まだ戸惑ってらっしゃるのか。頭にこの腕の中にいる子が私の甥っ子であることが入力できていないらしい。
「歳の離れた兄の末子です」
「ん? あそこの末子は双子の姉妹だろ?」
「ふふ。その下に産まれたのをお忘れですか?」
「あ? あ……ああ」
まじまじと腕の中の子を見る。甥っ子も見つめて来るレオナ殿下をくりくりした大きな目で見つめ返している。何だかお互い未知の生き物との遭遇みたいで傍から見ている私は面白い。
「いや。お前の兄貴の子でもお前に似すぎじゃねぇか?」
「そうですか?」
私はルシオの顔を見下ろしながら見る。腕の中のルシオはレオナ殿下に倣うみたいにくりとした瞳で私を見上げていた。瞬間目が合うとふにゃぁと笑うから私の頬も緩むというもの。
「笑うと尚のことお前にそっくりだな……お前んちの遺伝子こえぇな」
「ええ。そんなことありませんわ。あ、ほら、鼻の形は義姉に似ているんですよ」
「あ? 鼻もてめぇの兄貴だろ」
怪訝なままルシオに顔を近づけるレオナ殿下。それに私は「あ」と声をあげてすぐに離れてと言おうとしたけれど幼児の腕の方が早かった。
「あ~ぅ!」
「ぶっ」
小さな手が殿下の麗しい尊顔にベチと当たった。そして小さな手で無遠慮に綺麗な顔をベチベチしていく。それに殿下の唇の端が引き攣った気がする。私は慌てて小さな手を抑えていく。
「ぁ、やぁああ~おばたぁ、やぁああの~~」
「やぁじゃないでしょ。もう」
「むぅぅ」とご不満顔を晒すけれどいけないことはいけない。というか叩くなら私の顔とかにすればいいのに。ああ、でも見慣れた顔にはもう興味もないのかしら。
「で、そのガキんちょはどうしたんだよ」
先ほど震えていた指で今度はムスムスと頬を膨らませるルシオの頬を突く。それが嫌なのか小さな手でブンブン指を払うルシオ。それが面白いのか殿下は口を開いて「ハハ。腕みじけぇな」と笑いながら言う。子どもが嫌いな割には意外な反応を見ながら甥っ子を預かっている理由を話す。
「兄夫婦が国王様と王妃様に謁見中のため預かっているのです」
「ああ、なるほどな……」
レオナ殿下が知らないと言うことはまだ兄夫婦は挨拶に行っていないのだろう。とはいっても、このホリデー期間普段学生であられるレオナ殿下も公務に引っ張りだこで忙しい。今日も午前中は公務だとかで大学の様々な研究会に所属する教授たちと謁見していたはず。
「もう午後のご予定はないのですか?」
「ない。だから、お前のところに来たんだ」
「それは、ふふ、嬉しいことですわ」
最近、こうしてしっかりと気にかけてくださるようになったレオナ殿下。最初のぶっきら棒な様子もなくなったのも私は嬉しい。
「あ、あっ、おばたぁ!」
「あら、なぁに?」
腕の中の甥っ子がももぞもぞ動いて私に手を伸ばす。小さな手がペチペチ顎の辺りを叩き出す。こそばゆさに肩を揺らしながら小さな手を取ってにぎにぎしてあげる。
「ねぇ。そろそろ抱っこ終わりにしてもいい?」
「んぅ~やぁ」
「ええ。まだだめ?」
「んっ!」
「あらぁ」
幼児とはいってもこの子は中々に重い。抱っこがいいと駄々を捏ねるからずっと抱っこをしてと言うけれどそろそろ腕も痛くなって来る。座ってもいいかと訊ねればきっと「やぁあ」と答えるのが目に見える。レオナ殿下も来てくれたというのにどうしましょう。
「おい。ルシオは人見知りすんのか?」
「え、いいえ。基本致しません」
反射的にレオナ殿下を見ながら答えれば殿下はひとつ溜息をついて両腕を伸ばす。「ん」と腕を揺する様はもう一人の兄を思い出す。私はそのぶっきら棒な様に笑みを浮かべてルシオの身体を殿下に渡す。
「ん? お? ぅん?」
引き渡されたルシオは殿下と私を交互に見る。大きなくりくりした目は涙で潤むことなくただ好奇心に輝いているように見える。
「なんかチェカが二歳のときよりデケェし重くねぇか?」
「チェカ殿下は小柄でしたからね。我が家の男子は小さい頃か大きいらしく皆この子みたいな感じです」
「マジかよ」
抱き直す殿下の隣に寄り添ってルシオを見る。ルシオは泣くことなく新しい巣を検分するようにあたりをキョロキョロ見ている。すぐ上の兄に抱っこされたときと同じ仕草をしている。
「ふふ。まだ検分中の様子で」
「だな。チェカなんざ親戚連中に抱っこされてビービー煩く泣き喚いていたがな」
ハハと思い出し笑いをするレオナ殿下に私も過去の記憶を辿る。あのときレオナ殿下はお見えにならなかったけれどチェカ殿下のお目見え式は結構あれだった。最初は王妃様に抱き上げられて大人しかった赤子のチェカ殿下。でも、親しい親戚の方々に抱き上げ荒れた瞬間火が付いたように泣き続けたのだ。誰も彼も最後には御母上である王妃様が抱いても泣き止まない。私も試してみろと疲れ切った大人たちに言われるがまま抱き上げたら――。
「ああ。お前が抱き上げたら泣き止んだって聞いたな」
「はい。不思議なことでございま――あ」
「んだよ」
検分が終えたルシオが殿下にちょっかいを出すのを見ながらも私は思い出した。そうだ。あのお目見えの式典の前に私はレオナ殿下にお会いしていた。
「レオナ殿下。私が式典前にお会いになったのは覚えておられます?」
「おう。そう、だっ、ぐっ、お゛い、ごのっ、あぶねぇだろ」
「ああ! ルシオ。それはめっよ、だめ」
ルシオが興味を持ったのはレオナ殿下がしているチョーカー。それを小さな手でぐいぐいと引っ張ったのだ。危ないとむにむにている腕を掴む。それに大変ご不満という顔をするけれど駄目というと案外この甥っ子は大人しく引っ込む。
「むぅぅ」
「はぁ……こいつチェカのときよりはお利口だな」
「そんな、また比べて」
「フン。比べる同年代がいねぇんだからいいだろ」
またそんなことをと言ってと思いながら先ほどの続きを口にする。
「お会いになった後にチェカ殿下を抱っこしたのです……それではないでしょうか」
「ねぇな」
バスっと一刀両断した。殿下に甥っ子がくりっとした目で殿下に小さな手を伸ばす。殿下が今度はその小さな手を握ってむにむにと揉んだ。
「柔い」
「ふふ。幼児ですから……あら? おねむの時間の様です」
殿下に手を揉まれていた甥っ子はくぁっと欠伸をすると目をシパシパしだした。どうやらお昼寝の時間に入ったようだ。これはちょうどいい。
「おい。どこに寝かすんだ?」
「ええと。こういうときは侍女に面倒を見てもら――」
「おじたぁあああんッッッ! おねぇたぁああああんッッ!」
そこへ台風が現れた。足音もしなかったというか軽すぎてしなかったのか。気配も全然せずにいたから突然の王子様の来訪に驚きに包まれるが――それよりも大変なことを私たちは迎えた。寝始めていた甥っ子の目がパッと開くと途端にその大きな瞳が歪みだして口からひきつるような声がしたと思うと耳をぺそっと倒し――泣きわめき始めた。
「ふぎゃああああああああッッッあ゛ぁ―――ッッ!」
殿下と私は揃って呻きながら耳を伏せた。そして、それも束の間人見知りしない甥っ子でもほぼ初対面の腕の中でパニックになり始めた。
「で、殿下、ルシオをこちらに」
「おぅよ」
すっかり険しい顔になった殿下から活きのいい魚のように暴れる甥っ子を受け取る。とたんに甥っ子が抱き着いて泣くのであやすしかない。
「だいじょーぶよぉ、だいじょーぶよぉ、ルシオ」
「うっ、ひっ、ぅっ、ぅぅ~~ひぅぃぃ」
大きな耳をぺそっと伏せたまま「ひくひく」鼻を鳴らして泣き続ける甥っ子の背中を撫で続ける。これは泣き疲れるまで寝ないコースだ。仕方ないと私も耳をぺそっと伏せる。すると、服を引っ張られる感じがした。見下ろせば同じく耳をぺそっと下ろしたチェカ殿下がいた。
「あの、ごめんなさい」
「いいんですよ。チェカ殿下もお稽古が終わってレオナ殿下と遊びたかったんでしょう」
「うん。それもあったけれど……ルシオが来ているっていうから」
「あら。私の甥とも遊んでくださる予定だったんですね」
「うん……」
「でも」と言って泣き続ける甥を見て唇を噛むチェカ殿下。その殿下を見て私はレオナ殿下を見る。レオナ殿下は知らぬ存ぜぬみたいな顔をしている。その殿下をじとっと見て目が合うと溜息をついた。
「はぁ。チェカ。次は静かに大人しく来い。こいつがいても居なくてもだ。レディの部屋にはいるのにはお前みたいなガキでも礼儀が必要だ」
わかったな、というレオナ殿下。チェカ殿下はレオナ殿下の説教というか慰めに泣きそうだった顔を晴れ晴れとさせて「うん」と頷く。だが、その声の大きさに気づいたのか口を押えて「はい」と小声で答えた。
そのやり取りをしている間、ルシオの鼻がひくひく鳴るだけなっていく。案外泣き止むのが早くて驚きながら顔をみればぐしょぐしょだった。
「ひっでぇ顔だな」
「そんなこと言わないでくださいまし……でも、拭いてあげないと」
「あ、僕がたのんでくるよ」
小声でチェカ殿下がそう言うとしゅぱっとまた部屋を出て行ってしまった。その様子をレオナ殿下が溜息をついて首を振った。
「ハァ、兄貴が甘やかすから」
「ふふ。それでも毎日お稽古頑張っているのですよ」
「あったりまえだ。あいつは未来の王サマだろ」
ハッと嘲笑するような笑い方をするレオナ殿下に何も言えない。それほどまだ茶化すにはこのお方の第二王子という肩書はレオナ殿下自身をこの地に縫い付けているのだから。
「うっ、ぅぅ~」
「泣き止んだの?」
「んぅ、おばたぁっ、まーまー」
「ママ? ママはもう少し待たないと来ないわよ」
そう言うと腫れぼったい目をパシパシしながら「ちぁう」と言う。何が違うのだろうかと首を傾げると小さな手が私の胸をポンポン叩く。瞬間、「ああ」の理解の声を出す。
「あ? もう乳離れしている頃合いだろ?」
「はい。ただ癖で抱っこされているときにときは今みたいにするんです」
「私も最初は驚きました」と言えば複雑な顔をするレオナ殿下。何となく分らなくはないけれど苦笑しながら時計を見る。時計は午後三時を指そうとしている。なるほど「ごはん」ではなく「おやつ」の時間だろう。でも、この子にとってまだ「ごはん」も「おやつ」も区別ついていないのだろうか。
「ごはんってよりおやつのようですね」
「んぅん、まーぅまぁ~」
「はい、はい。わかってるわ」
眠気と食欲どちらにも襲われている甥を揺らしながらレオナ殿下を見る。殿下は「侍女呼ぶか」と言うので頷き答える。
「お願いします。たぶん義姉がおやつもセットを渡していると思いますので」
「ん。分かった……つか、そいつも一緒に渡した方がいいだろ」
「ああ。確かに」
むにむにした小さな手で顔を洗う猫のような仕草をする甥。眠いけどお腹空いたのか不機嫌に細い尻尾が左右に揺れている。これは早くどうにかしなければ。先ほど見たいの事がなければそうそう泣かない甥っ子だがこれほど不機嫌になってしまえば何が起きるか分からない。
「おい。もうすぐ来るが……大丈夫だよな」
チェカ殿下の赤子時代をそれなりに知っているレオナ殿下の不安そうな顔。それにつられながらも私は「早く来てくれると助かります」と言った直後に「ふぇふぇ」泣き出すので私と殿下は必死に慰めることになった。
* * *
「疲れた」
「申し訳ありません」
ぐったりとしながら私の膝の上に頭を乗せて横になる殿下。私の頭にもある丸い小さな耳はくったりと伏せられ、尻尾も心なしか元気がない。顔色も若干悪い。何だかあまりにもお疲れの様子に髪の毛を梳くように撫でる。それに身体の力が抜けるのが何となく分かる。
「お前の甥っ子……お前にすげぇ懐いているじゃねぇか」
「あれは、その、いつもはあれほど愚図らないのですが」
兄夫婦が戻って帰る際に義姉の腕に戻っていくときの甥を思い出す。びぇびぇと泣いてまた涙と鼻水でぐちょぐちょになるほど泣いた。宮殿から出て車に乗り込むまで結局泣き続けた。その間「やぁおばたぁ、やらぁ、おばたぁあ゛~~」と延々と繰り返していた。そこまで懐いていたかと思うほどだったので兄夫婦と揃って困ってしまった。
「ふん。普段はチェカにだって取られねぇって本能で感じ取ってたんだろうな。でも、そこに俺が現れた。で、あの短い時間で何か悟ったんじゃねぇか?」
「ええ? ですが、あの子は貴方様にも懐いていらっしゃったではありませんか」
「あれは懐いていたんじゃねぇよっと」
起き上がる殿下に合わせ僅かに身体を後ろに逸らす。起き上がった殿下は隣に座ってくわっとひとつ欠伸をして色気ったぷり含んだ流し目をする。その瞳に胸を高鳴らせながらわざとらしく咳払いする。
「懐いていないってどいう意味ですの?」
「ハァー。雄心 がわからねぇのか?」
「な、雄 ってルシアは幼児ですよ!」
まさかの発言に目を見開いて驚きの声をあげる。幼児に男心なんてあるわけない。そういう空気を出せばレオナ殿下から「お前はほんとうに分かっていない」という非難の籠った眼差しを向けられた。なんてこと。
「俺に懐いているように見えたのは絶対に自分が選ばれるって分かっているからだ。でも、今回自分は返されて俺はお前の隣にいる。本能で分かったんだろ。俺がお前に選ばれた雄ってよ」
フンと鼻を鳴らす殿下の腕が私の腰に回る。肩に乗る殿下の頭に理解が追いつかない。そもそもあんなついこの間まで赤ちゃんだった子がそんなことを思うだろうか。
「絶対にないと思うのですが」
「ならずっとそう思ってろ」
また鼻を鳴らして肩に乗せた頭を上げてちゅっと頬に口づけて来た。そのこそばゆさに声が漏れるが殿下の囁かなキスは納まらない。
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と可愛らしいキスの音が耳に入る。徐々に力が抜けていく身体と変わっていく体勢。私はあっという間にソファに倒れ込むことになる。
「んっ、ぁ、でんか、だれかきます」
「んな、無粋な奴はいねぇよ。安心しろ。誰もこねぇよ」
レオナ殿下はすっかり気だるげで怠惰な態度をなくして野生の獣となっていた。けれど、そのギラギラとした猛々しい瞳に刺激を受ける自分がいるのを私は否定できない。
「お前の甥っ子に随分と時間を削られたんだ。この後の時間は全部俺でいいだろ」
ぐるぅと飢えたライオンのように喉を鳴らすレオナ殿下。そんな殿下に求められることに雌 として歓喜する自分を何とか抑えるように私は「はい」と答えた。
私の返事に機嫌をよくした飢えたライオンが顔を寄せたときふと思ったことが口から出た。
「でも、殿下のあの様子――よい父親になりそうですね」
「は?」
触れる直前に止まった殿下の顔はギュッと顔に不愉快気に浮かんだ。それから僅かに身体を起して不機嫌な顔で「父親ねぇ」と言うので私は慌てた。
「申し訳ありません。子どもはあまり好きませんでしたね」
慌てて起き上がろうとするとすぐに肩を押されて押し倒される。それから再び顔を寄せた殿下。チョコレート色の柔い髪のカーテンに囲まれて私の視界は殿下でいっぱいになる。それに香りさえも殿下の香りで満たされて心臓の鼓動が早く鳴る。ああ、私はなんて馬鹿な質問したものだ。
「あの、でん」
「お前は子ども欲しいか?」
突然の質問に私は首を傾げながら考える。
欲しいと言えば欲しい。愛しているレオナ殿下の子どもは純粋に欲しい。でも殿下は子どもが苦手だ。寧ろ、今回の甥相手によくしてくれたほうだ。殿下の質問の意図が中々理解出来ずにいるとレオナ殿下は重い口を開いた。
「俺は正直自分が父親の器とは思えん」
「そんな」
「はっ。うちの親父を見ろよ」
嘲笑うようなレオナ殿下の笑い声。先代国王であるレオナ殿下の御父上。確かに私の目から見てもあまり構っているようには見えなかった。というより、わきまえろというような厳しいお方のようにも見えた。
「あんな奴が手本じゃダメだ」
「そんなことありません……ありませんよ……」
チェカ殿下に対する態度も、今回の甥っ子にたいする態度を見てもレオナ殿下にその才能がないとは思えない。でも、実の子に対するには難しいのだろう。男と女では親になるという認識のずれもあるという。だから、私が何か言えるわけではない。
「……殿下がいらないというならばいりません」
お互い不幸になる可能性があるならいっそいらない。それに本当に授かるかも分からない。子どもは男女が睦み合って必ずできるものではない。
「お前はそれでいのか? 一生俺とだけだぞ?」
「それでも構いませんわ」
だって愛している人と共に過ごせるんですもの。そう最後に告げれば殿下の顔がくしゃりと歪んだ気がした。殿下、ともう一度呼ぶ前にその唇は塞がれた。その唇は深く重なることなくそっと離れた。
「なら俺とじいさんとばあさんになるまでずっと二人だな」
「ふふ。それでも全然構わないです」
二人鼻を擦るように微笑み合い仲睦まじくホリデー期間を過ごした。
それから数年後結婚した後にただ一人の子どもを授かるのはもう暫く先の話。
2021.10.24
「おい。おまえ……」
ああ。殿下が誤解されている。目をカッと見開いて節だった長い指を振るえさせながらあまつ声まで震えさせた殿下を見て自分自身の失態に嘆く。とはいえ、腕の中にいる子に罪はないので早く誤解を解こうと口を開く前に――。
「おばたぁん、だえ?」
誤解の元である子が腕の中で無邪気に声をあげた。それに私はよく似た可愛い〝甥っ子〟を抱き直してから顔を下に向ける。腕の中にいるくりくりした目が「だぇ?」と訴えて来る。可愛い顔に自然と頬が緩む。私はその可愛い、可愛い存在に「レオナ殿下よ」と答える。甥っ子は大きな首をこてんとしながら「れお、ん? でん?」と舌ったらずに答える。それに可愛くて「レオナ殿下よ」ともう一度言い直すと「おい」と声をかけられる。
その声に顔を上げればいまだ今度は戸惑いに柳眉を下げるレオナ殿下が所在なさげに立っていた。普段見かけないというか今まで見たことのない殿下にまた頬が緩み。私の方から彼に近づく。レオナ殿下は途方に暮れた様子で私と甥っ子を見下ろす。
なんて顔をしているのかしらと思いながら甥っ子を見せるように言う。
「レオナ殿下。甥のルシオです」
「甥?」
まだ戸惑ってらっしゃるのか。頭にこの腕の中にいる子が私の甥っ子であることが入力できていないらしい。
「歳の離れた兄の末子です」
「ん? あそこの末子は双子の姉妹だろ?」
「ふふ。その下に産まれたのをお忘れですか?」
「あ? あ……ああ」
まじまじと腕の中の子を見る。甥っ子も見つめて来るレオナ殿下をくりくりした大きな目で見つめ返している。何だかお互い未知の生き物との遭遇みたいで傍から見ている私は面白い。
「いや。お前の兄貴の子でもお前に似すぎじゃねぇか?」
「そうですか?」
私はルシオの顔を見下ろしながら見る。腕の中のルシオはレオナ殿下に倣うみたいにくりとした瞳で私を見上げていた。瞬間目が合うとふにゃぁと笑うから私の頬も緩むというもの。
「笑うと尚のことお前にそっくりだな……お前んちの遺伝子こえぇな」
「ええ。そんなことありませんわ。あ、ほら、鼻の形は義姉に似ているんですよ」
「あ? 鼻もてめぇの兄貴だろ」
怪訝なままルシオに顔を近づけるレオナ殿下。それに私は「あ」と声をあげてすぐに離れてと言おうとしたけれど幼児の腕の方が早かった。
「あ~ぅ!」
「ぶっ」
小さな手が殿下の麗しい尊顔にベチと当たった。そして小さな手で無遠慮に綺麗な顔をベチベチしていく。それに殿下の唇の端が引き攣った気がする。私は慌てて小さな手を抑えていく。
「ぁ、やぁああ~おばたぁ、やぁああの~~」
「やぁじゃないでしょ。もう」
「むぅぅ」とご不満顔を晒すけれどいけないことはいけない。というか叩くなら私の顔とかにすればいいのに。ああ、でも見慣れた顔にはもう興味もないのかしら。
「で、そのガキんちょはどうしたんだよ」
先ほど震えていた指で今度はムスムスと頬を膨らませるルシオの頬を突く。それが嫌なのか小さな手でブンブン指を払うルシオ。それが面白いのか殿下は口を開いて「ハハ。腕みじけぇな」と笑いながら言う。子どもが嫌いな割には意外な反応を見ながら甥っ子を預かっている理由を話す。
「兄夫婦が国王様と王妃様に謁見中のため預かっているのです」
「ああ、なるほどな……」
レオナ殿下が知らないと言うことはまだ兄夫婦は挨拶に行っていないのだろう。とはいっても、このホリデー期間普段学生であられるレオナ殿下も公務に引っ張りだこで忙しい。今日も午前中は公務だとかで大学の様々な研究会に所属する教授たちと謁見していたはず。
「もう午後のご予定はないのですか?」
「ない。だから、お前のところに来たんだ」
「それは、ふふ、嬉しいことですわ」
最近、こうしてしっかりと気にかけてくださるようになったレオナ殿下。最初のぶっきら棒な様子もなくなったのも私は嬉しい。
「あ、あっ、おばたぁ!」
「あら、なぁに?」
腕の中の甥っ子がももぞもぞ動いて私に手を伸ばす。小さな手がペチペチ顎の辺りを叩き出す。こそばゆさに肩を揺らしながら小さな手を取ってにぎにぎしてあげる。
「ねぇ。そろそろ抱っこ終わりにしてもいい?」
「んぅ~やぁ」
「ええ。まだだめ?」
「んっ!」
「あらぁ」
幼児とはいってもこの子は中々に重い。抱っこがいいと駄々を捏ねるからずっと抱っこをしてと言うけれどそろそろ腕も痛くなって来る。座ってもいいかと訊ねればきっと「やぁあ」と答えるのが目に見える。レオナ殿下も来てくれたというのにどうしましょう。
「おい。ルシオは人見知りすんのか?」
「え、いいえ。基本致しません」
反射的にレオナ殿下を見ながら答えれば殿下はひとつ溜息をついて両腕を伸ばす。「ん」と腕を揺する様はもう一人の兄を思い出す。私はそのぶっきら棒な様に笑みを浮かべてルシオの身体を殿下に渡す。
「ん? お? ぅん?」
引き渡されたルシオは殿下と私を交互に見る。大きなくりくりした目は涙で潤むことなくただ好奇心に輝いているように見える。
「なんかチェカが二歳のときよりデケェし重くねぇか?」
「チェカ殿下は小柄でしたからね。我が家の男子は小さい頃か大きいらしく皆この子みたいな感じです」
「マジかよ」
抱き直す殿下の隣に寄り添ってルシオを見る。ルシオは泣くことなく新しい巣を検分するようにあたりをキョロキョロ見ている。すぐ上の兄に抱っこされたときと同じ仕草をしている。
「ふふ。まだ検分中の様子で」
「だな。チェカなんざ親戚連中に抱っこされてビービー煩く泣き喚いていたがな」
ハハと思い出し笑いをするレオナ殿下に私も過去の記憶を辿る。あのときレオナ殿下はお見えにならなかったけれどチェカ殿下のお目見え式は結構あれだった。最初は王妃様に抱き上げられて大人しかった赤子のチェカ殿下。でも、親しい親戚の方々に抱き上げ荒れた瞬間火が付いたように泣き続けたのだ。誰も彼も最後には御母上である王妃様が抱いても泣き止まない。私も試してみろと疲れ切った大人たちに言われるがまま抱き上げたら――。
「ああ。お前が抱き上げたら泣き止んだって聞いたな」
「はい。不思議なことでございま――あ」
「んだよ」
検分が終えたルシオが殿下にちょっかいを出すのを見ながらも私は思い出した。そうだ。あのお目見えの式典の前に私はレオナ殿下にお会いしていた。
「レオナ殿下。私が式典前にお会いになったのは覚えておられます?」
「おう。そう、だっ、ぐっ、お゛い、ごのっ、あぶねぇだろ」
「ああ! ルシオ。それはめっよ、だめ」
ルシオが興味を持ったのはレオナ殿下がしているチョーカー。それを小さな手でぐいぐいと引っ張ったのだ。危ないとむにむにている腕を掴む。それに大変ご不満という顔をするけれど駄目というと案外この甥っ子は大人しく引っ込む。
「むぅぅ」
「はぁ……こいつチェカのときよりはお利口だな」
「そんな、また比べて」
「フン。比べる同年代がいねぇんだからいいだろ」
またそんなことをと言ってと思いながら先ほどの続きを口にする。
「お会いになった後にチェカ殿下を抱っこしたのです……それではないでしょうか」
「ねぇな」
バスっと一刀両断した。殿下に甥っ子がくりっとした目で殿下に小さな手を伸ばす。殿下が今度はその小さな手を握ってむにむにと揉んだ。
「柔い」
「ふふ。幼児ですから……あら? おねむの時間の様です」
殿下に手を揉まれていた甥っ子はくぁっと欠伸をすると目をシパシパしだした。どうやらお昼寝の時間に入ったようだ。これはちょうどいい。
「おい。どこに寝かすんだ?」
「ええと。こういうときは侍女に面倒を見てもら――」
「おじたぁあああんッッッ! おねぇたぁああああんッッ!」
そこへ台風が現れた。足音もしなかったというか軽すぎてしなかったのか。気配も全然せずにいたから突然の王子様の来訪に驚きに包まれるが――それよりも大変なことを私たちは迎えた。寝始めていた甥っ子の目がパッと開くと途端にその大きな瞳が歪みだして口からひきつるような声がしたと思うと耳をぺそっと倒し――泣きわめき始めた。
「ふぎゃああああああああッッッあ゛ぁ―――ッッ!」
殿下と私は揃って呻きながら耳を伏せた。そして、それも束の間人見知りしない甥っ子でもほぼ初対面の腕の中でパニックになり始めた。
「で、殿下、ルシオをこちらに」
「おぅよ」
すっかり険しい顔になった殿下から活きのいい魚のように暴れる甥っ子を受け取る。とたんに甥っ子が抱き着いて泣くのであやすしかない。
「だいじょーぶよぉ、だいじょーぶよぉ、ルシオ」
「うっ、ひっ、ぅっ、ぅぅ~~ひぅぃぃ」
大きな耳をぺそっと伏せたまま「ひくひく」鼻を鳴らして泣き続ける甥っ子の背中を撫で続ける。これは泣き疲れるまで寝ないコースだ。仕方ないと私も耳をぺそっと伏せる。すると、服を引っ張られる感じがした。見下ろせば同じく耳をぺそっと下ろしたチェカ殿下がいた。
「あの、ごめんなさい」
「いいんですよ。チェカ殿下もお稽古が終わってレオナ殿下と遊びたかったんでしょう」
「うん。それもあったけれど……ルシオが来ているっていうから」
「あら。私の甥とも遊んでくださる予定だったんですね」
「うん……」
「でも」と言って泣き続ける甥を見て唇を噛むチェカ殿下。その殿下を見て私はレオナ殿下を見る。レオナ殿下は知らぬ存ぜぬみたいな顔をしている。その殿下をじとっと見て目が合うと溜息をついた。
「はぁ。チェカ。次は静かに大人しく来い。こいつがいても居なくてもだ。レディの部屋にはいるのにはお前みたいなガキでも礼儀が必要だ」
わかったな、というレオナ殿下。チェカ殿下はレオナ殿下の説教というか慰めに泣きそうだった顔を晴れ晴れとさせて「うん」と頷く。だが、その声の大きさに気づいたのか口を押えて「はい」と小声で答えた。
そのやり取りをしている間、ルシオの鼻がひくひく鳴るだけなっていく。案外泣き止むのが早くて驚きながら顔をみればぐしょぐしょだった。
「ひっでぇ顔だな」
「そんなこと言わないでくださいまし……でも、拭いてあげないと」
「あ、僕がたのんでくるよ」
小声でチェカ殿下がそう言うとしゅぱっとまた部屋を出て行ってしまった。その様子をレオナ殿下が溜息をついて首を振った。
「ハァ、兄貴が甘やかすから」
「ふふ。それでも毎日お稽古頑張っているのですよ」
「あったりまえだ。あいつは未来の王サマだろ」
ハッと嘲笑するような笑い方をするレオナ殿下に何も言えない。それほどまだ茶化すにはこのお方の第二王子という肩書はレオナ殿下自身をこの地に縫い付けているのだから。
「うっ、ぅぅ~」
「泣き止んだの?」
「んぅ、おばたぁっ、まーまー」
「ママ? ママはもう少し待たないと来ないわよ」
そう言うと腫れぼったい目をパシパシしながら「ちぁう」と言う。何が違うのだろうかと首を傾げると小さな手が私の胸をポンポン叩く。瞬間、「ああ」の理解の声を出す。
「あ? もう乳離れしている頃合いだろ?」
「はい。ただ癖で抱っこされているときにときは今みたいにするんです」
「私も最初は驚きました」と言えば複雑な顔をするレオナ殿下。何となく分らなくはないけれど苦笑しながら時計を見る。時計は午後三時を指そうとしている。なるほど「ごはん」ではなく「おやつ」の時間だろう。でも、この子にとってまだ「ごはん」も「おやつ」も区別ついていないのだろうか。
「ごはんってよりおやつのようですね」
「んぅん、まーぅまぁ~」
「はい、はい。わかってるわ」
眠気と食欲どちらにも襲われている甥を揺らしながらレオナ殿下を見る。殿下は「侍女呼ぶか」と言うので頷き答える。
「お願いします。たぶん義姉がおやつもセットを渡していると思いますので」
「ん。分かった……つか、そいつも一緒に渡した方がいいだろ」
「ああ。確かに」
むにむにした小さな手で顔を洗う猫のような仕草をする甥。眠いけどお腹空いたのか不機嫌に細い尻尾が左右に揺れている。これは早くどうにかしなければ。先ほど見たいの事がなければそうそう泣かない甥っ子だがこれほど不機嫌になってしまえば何が起きるか分からない。
「おい。もうすぐ来るが……大丈夫だよな」
チェカ殿下の赤子時代をそれなりに知っているレオナ殿下の不安そうな顔。それにつられながらも私は「早く来てくれると助かります」と言った直後に「ふぇふぇ」泣き出すので私と殿下は必死に慰めることになった。
* * *
「疲れた」
「申し訳ありません」
ぐったりとしながら私の膝の上に頭を乗せて横になる殿下。私の頭にもある丸い小さな耳はくったりと伏せられ、尻尾も心なしか元気がない。顔色も若干悪い。何だかあまりにもお疲れの様子に髪の毛を梳くように撫でる。それに身体の力が抜けるのが何となく分かる。
「お前の甥っ子……お前にすげぇ懐いているじゃねぇか」
「あれは、その、いつもはあれほど愚図らないのですが」
兄夫婦が戻って帰る際に義姉の腕に戻っていくときの甥を思い出す。びぇびぇと泣いてまた涙と鼻水でぐちょぐちょになるほど泣いた。宮殿から出て車に乗り込むまで結局泣き続けた。その間「やぁおばたぁ、やらぁ、おばたぁあ゛~~」と延々と繰り返していた。そこまで懐いていたかと思うほどだったので兄夫婦と揃って困ってしまった。
「ふん。普段はチェカにだって取られねぇって本能で感じ取ってたんだろうな。でも、そこに俺が現れた。で、あの短い時間で何か悟ったんじゃねぇか?」
「ええ? ですが、あの子は貴方様にも懐いていらっしゃったではありませんか」
「あれは懐いていたんじゃねぇよっと」
起き上がる殿下に合わせ僅かに身体を後ろに逸らす。起き上がった殿下は隣に座ってくわっとひとつ欠伸をして色気ったぷり含んだ流し目をする。その瞳に胸を高鳴らせながらわざとらしく咳払いする。
「懐いていないってどいう意味ですの?」
「ハァー。
「な、
まさかの発言に目を見開いて驚きの声をあげる。幼児に男心なんてあるわけない。そういう空気を出せばレオナ殿下から「お前はほんとうに分かっていない」という非難の籠った眼差しを向けられた。なんてこと。
「俺に懐いているように見えたのは絶対に自分が選ばれるって分かっているからだ。でも、今回自分は返されて俺はお前の隣にいる。本能で分かったんだろ。俺がお前に選ばれた雄ってよ」
フンと鼻を鳴らす殿下の腕が私の腰に回る。肩に乗る殿下の頭に理解が追いつかない。そもそもあんなついこの間まで赤ちゃんだった子がそんなことを思うだろうか。
「絶対にないと思うのですが」
「ならずっとそう思ってろ」
また鼻を鳴らして肩に乗せた頭を上げてちゅっと頬に口づけて来た。そのこそばゆさに声が漏れるが殿下の囁かなキスは納まらない。
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と可愛らしいキスの音が耳に入る。徐々に力が抜けていく身体と変わっていく体勢。私はあっという間にソファに倒れ込むことになる。
「んっ、ぁ、でんか、だれかきます」
「んな、無粋な奴はいねぇよ。安心しろ。誰もこねぇよ」
レオナ殿下はすっかり気だるげで怠惰な態度をなくして野生の獣となっていた。けれど、そのギラギラとした猛々しい瞳に刺激を受ける自分がいるのを私は否定できない。
「お前の甥っ子に随分と時間を削られたんだ。この後の時間は全部俺でいいだろ」
ぐるぅと飢えたライオンのように喉を鳴らすレオナ殿下。そんな殿下に求められることに
私の返事に機嫌をよくした飢えたライオンが顔を寄せたときふと思ったことが口から出た。
「でも、殿下のあの様子――よい父親になりそうですね」
「は?」
触れる直前に止まった殿下の顔はギュッと顔に不愉快気に浮かんだ。それから僅かに身体を起して不機嫌な顔で「父親ねぇ」と言うので私は慌てた。
「申し訳ありません。子どもはあまり好きませんでしたね」
慌てて起き上がろうとするとすぐに肩を押されて押し倒される。それから再び顔を寄せた殿下。チョコレート色の柔い髪のカーテンに囲まれて私の視界は殿下でいっぱいになる。それに香りさえも殿下の香りで満たされて心臓の鼓動が早く鳴る。ああ、私はなんて馬鹿な質問したものだ。
「あの、でん」
「お前は子ども欲しいか?」
突然の質問に私は首を傾げながら考える。
欲しいと言えば欲しい。愛しているレオナ殿下の子どもは純粋に欲しい。でも殿下は子どもが苦手だ。寧ろ、今回の甥相手によくしてくれたほうだ。殿下の質問の意図が中々理解出来ずにいるとレオナ殿下は重い口を開いた。
「俺は正直自分が父親の器とは思えん」
「そんな」
「はっ。うちの親父を見ろよ」
嘲笑うようなレオナ殿下の笑い声。先代国王であるレオナ殿下の御父上。確かに私の目から見てもあまり構っているようには見えなかった。というより、わきまえろというような厳しいお方のようにも見えた。
「あんな奴が手本じゃダメだ」
「そんなことありません……ありませんよ……」
チェカ殿下に対する態度も、今回の甥っ子にたいする態度を見てもレオナ殿下にその才能がないとは思えない。でも、実の子に対するには難しいのだろう。男と女では親になるという認識のずれもあるという。だから、私が何か言えるわけではない。
「……殿下がいらないというならばいりません」
お互い不幸になる可能性があるならいっそいらない。それに本当に授かるかも分からない。子どもは男女が睦み合って必ずできるものではない。
「お前はそれでいのか? 一生俺とだけだぞ?」
「それでも構いませんわ」
だって愛している人と共に過ごせるんですもの。そう最後に告げれば殿下の顔がくしゃりと歪んだ気がした。殿下、ともう一度呼ぶ前にその唇は塞がれた。その唇は深く重なることなくそっと離れた。
「なら俺とじいさんとばあさんになるまでずっと二人だな」
「ふふ。それでも全然構わないです」
二人鼻を擦るように微笑み合い仲睦まじくホリデー期間を過ごした。
それから数年後結婚した後にただ一人の子どもを授かるのはもう暫く先の話。
2021.10.24
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