砂嵐の王と春風の女神
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吹き抜ける春風を捕まえに
マレウスに負けた俺はすぐさま行動に出た。何せ俺に不抜けている時間はない。やることをやらねばいけない。俺は爪を砥ぎ始めることにした。
ウィンターホリデー。帰省する前に彼の公国に立ち寄ることにした。そこには同じく帰省したジェマがいた。そして、まるですべてを悟ったような表情で出迎えた彼女に俺は別れを告げると――出会った当初の余所余所しい口調で是と答えた。
「ええ、別れましょう」
悲しげな顔をするでもなく、切なげに目を細めるでもなく、手を掴んで縋ることなくジェマはそう言い放った。それはもうあっさりと俺の別れを受け入れた。
未練も感じられないさっぱりとした顔を俺に向けるジェマ。そのジェマに別れを告げた俺自身がつい追いすがりたくなってしまった。伸ばしてその細くしなやかな身体を抱きしめたくなる衝動を何とか抑える。
「いいのか?」
「ええ。婚約もしておりませんし外交問題にもなりませんでしょう」
そもそもこれくらいのことで揺らぐこともないでしょう。そう告げる彼女は俺との関係が細やかなことでも言いたげだ。俺との関係がお前にとってそんなものだったのか。薄い肩を揺さぶって訴えたくなる。
自分はどれほど彼女に依存していたのか。今になって思い知る。どれほどジェマは俺の中を占めていたのだろうか。痛感する。だから、俺はあいつに負けるほど腑抜けな獅子になっていた。今なら他の奴らに淘汰されてしまう。
「レオナ様」
「なんだ」
久々に呼ばれた嫌な呼び方だった。けれどおくびに出さずにジェマの顔を見る。目尻を下げた彼女は何度も触れた柔らかな唇を動かす。
「わたくしは貴方様の人生に必ずしも必要な人間ではないのです」
そんなことない。そう叫び返したいが必死に飲み込む。唇を僅かに噛んでやはり優雅に微笑む彼女。未練もなにも感じ取られない。まるで自分は過ぎ去るだけの女だと言いたげな雰囲気。
「そもそもですよ。わたくしがいたからマレウス様に負けたわけではないでしょう」
「ッ」
彼女の言い方にカッと怒りが込み上げる。だが、掴みかかることも出来ずに目の前の女を睨む。ジェマは俺が睨んでいるのも気にせることなく微笑んで続ける。
「貴方様は愛おしい者がいるから勝つような男でもないのですから」
「違いますか」突き放すような硬い声音で同意を求めるジェマ。そして、まるで今から数秒後からお互い何も関係ない正真正銘の赤の他人になるのだと言っているようだ。
「レオナ様。貴方様はお強い。その強さに愛する者なんて関係ないんです。でも、そう考えてしまったのならば正真正銘貴方様は腑抜けになってしまったのでしょう。牙を抜かれてしまったのでしょう」
春風のような女は寒風を纏って俺を突き放す。冷え冷えとした瞳と笑みに心まで冷えてしまうと思うのはなるほど弱くなった証拠。不抜けてしまった証拠に他ならない。
「さようなら。貴方様のような牙が抜けた雄などこちらから願い下げです」
言い切ってもう顔を見たくもないと背を向けて歩いていく。俺はそれを追いかけるつもりは微塵もない。背筋の伸びた美しい背中を見て俺もすぐに背を向けて歩き出す。
一歩、一歩、進むにつれて彼女と過ごした思い出が閉ざされていく。春風のように温かな思い出が記憶の奥底に沈んでいく。もしかしたらもう一生思い出さないかもしれない。それほど奥に俺は愛した女との思い出を追いやったのだった。
* * *
結局勝てなかったんだから笑える話。しかも、最後にオーバーブロットと来た。はぁ。笑い話にしからなねぇ。
「傷害事件を起こしておいて何をおっしゃるの」
呆れたと言いたげに顔を左右に振る女は別れたときよりもさらにいい女になっていた。正直、もう連絡つかないかと思ったが意外にあっさりと連絡がついた。しかも、あっさりと面会出来た。というのも、ウィンターホリデーで新年の挨拶の使者として夕焼け草原に来訪したためあっさりと会えたのだ。
で、使者として兄貴に挨拶を終えたジェマを攫うように庭へと連れ出す。彼女は黙ったままだったが話し出したら気軽に答えてくれた。余所余所しい口調のまま。
「おい。ジェマ。その口調どうにかならねぇか」
「あら。どうしてです?」
赤いリップの妖艶な唇が笑む。その姿が記憶の蓋を開いて思い出す記憶と一向に合わない。それが不気味で嫌だったがもう二年も経っている。ジェマも変わるのも無理はない。
「レオナ様。オーバーブロットしたとお聞きしましたがお身体は?」
「なんともねぇからここにいんだろ」
余所余所しい口調に対するように突き放すように答える。子どもっぽいとは思うがこれぐらい許されるだろ。フンと鼻を鳴らして見ればあからさまにほっとした顔をされた。そういう顔をされると以前のように戻りたくなる。
「……もうよろしいのですか」
真摯な瞳を向けるジェマに俺は溜息をついて「ひと段落ついた」とだけ答えた。そして、俺もまた真っ直ぐに彼女の瞳を見すえる。
「弱い俺は願い下げと言ったが――」
「あら。そのようなこと言いましたか?」
コテンと首を傾げるジェマにこの女はと思いながら溜息をつく。
「言っただろうがっ。チッ、おい。ジェマ、もうふざけんのはやめろ」
「ふさげてなどおりません」
きっぱり言い切る彼女に苛立ちが込み上げる。
「おい。ジェマッ」
「わたくしは――私はレオナさん」
「っ」
突然以前のような喋り方に呼び方に戻る彼女に口を噤む。そして、艶やかな化粧から覗くかつての凛々しい顔つきに、突き放すような空気が柔らかくなる。
突然の変化について行けずに息を飲んで見つめていると困ったように微笑んだ。
「そんな驚かないで」
「無理言うな」
「ごめんなさい……あのね。レオナさん、私は弱い貴方でも、どんな貴方でも好きよ」
ならあれはやはり突き放すためだったのか。だが、この様子は違う。じっと見ていると彼女はやはり眉を下げたまま話を続け。
「あの時の貴方はほんとうに見ていられなかった。そして、慰めるのは違うと思ったの」
そうだ。あのとき慰めるような行動を取られたら俺はこいつに幻滅していたかもしれない。ぬるま湯につかっていたくせにとは思うがそれは違うと今だって断言できる。そして、わかっている彼女はやはり取り戻したいと思う。
「それに、もし、もしよ。慰めてすぐに貴方が膝を突いたら私はきっと貴方を好きじゃなくなっていた気がするの」
結構グサリと来る告白だった。耳が痛いというかあのときの自分は本当にダサかったのだと思うし。というか、下手をしたら近しい未来にジェマに振られていたのではないか。
「俺、振られる未来があったか?」
「んー。マレウス様がいなかったらなかったと思います」
「んじゃ! やっぱりあいつが元凶か!」
まったく俺の人生でも中々に邪魔な奴だ。兄貴並じゃねぇか。
「落ち着いてください、レオナさん」
そっと触れてきたジェマに俺は柄にもなく身体が跳ねた。すると、触れた手が離れていくのが視界の端に映り込んで咄嗟に掴む。掴んだ手は相変らず細いけれど以前よりも節くれだっている気がする。
「……鍛錬でもしているのか?」
「ええ。今は師範を目指しております」
「そうか。んじゃ、大学はどこ行ったんだ?」
「夕焼け草原です」
「はぁ?」
思わず彼女を見ればクスクスと艶やかな唇で少女のように笑っている。まるで驚いたと言いたげな顔に俺はプツンと切れた。
握った手をそのまま引っ張り美しい曲線を描く艶やかな身体を抱き寄せる。腕の中に飛び込んで来た身体は別れたときよりも熟されていた。
ふわりと鼻を擽る彼女の香りはすぐに二年前の仲睦まじかった頃を呼び起こす。
「ジェマ。また――」
「無事に卒業できたら考えます」
にっこりと笑むジェマに唇の端が引き攣った気がした。いや、気がしたんじゃねぇ。引き攣ってんだ。
トンと身体を押し返し離れるジェマは「また単位が危ないとか?」とどこから聞いた話をしてくる。俺は「まだ平気だ」と強がるが正直わからない。
「私、どんな貴方様でも好きだけど――ヒモ男を養うつもりはないので」
「頑張って自立して」と言ってくる。どうやら俺はまだ彼女を取り戻すことはできないようだ。それでも俺は再び春風を纏うこの女を手に入れたいと心の底から思った。
ふと、あの別れのときに言われてこれだけは訂正せねばいけない言葉があった。
「ひとつ訂正させてもらうぜ」
「あら。なにかしら」
再び離れた彼女を抱き寄せて同じ耳に囁くように告げる。
「お前は誰よりも俺の人生に必要な女だ」
「それだけは忘れるな」最後に念を教えて言ってからジェマの顔を見て思わず頬が緩む。そして、きっとすぐに彼女はこの手に戻ってくると確信した。
2021.07.23
マレウスに負けた俺はすぐさま行動に出た。何せ俺に不抜けている時間はない。やることをやらねばいけない。俺は爪を砥ぎ始めることにした。
ウィンターホリデー。帰省する前に彼の公国に立ち寄ることにした。そこには同じく帰省したジェマがいた。そして、まるですべてを悟ったような表情で出迎えた彼女に俺は別れを告げると――出会った当初の余所余所しい口調で是と答えた。
「ええ、別れましょう」
悲しげな顔をするでもなく、切なげに目を細めるでもなく、手を掴んで縋ることなくジェマはそう言い放った。それはもうあっさりと俺の別れを受け入れた。
未練も感じられないさっぱりとした顔を俺に向けるジェマ。そのジェマに別れを告げた俺自身がつい追いすがりたくなってしまった。伸ばしてその細くしなやかな身体を抱きしめたくなる衝動を何とか抑える。
「いいのか?」
「ええ。婚約もしておりませんし外交問題にもなりませんでしょう」
そもそもこれくらいのことで揺らぐこともないでしょう。そう告げる彼女は俺との関係が細やかなことでも言いたげだ。俺との関係がお前にとってそんなものだったのか。薄い肩を揺さぶって訴えたくなる。
自分はどれほど彼女に依存していたのか。今になって思い知る。どれほどジェマは俺の中を占めていたのだろうか。痛感する。だから、俺はあいつに負けるほど腑抜けな獅子になっていた。今なら他の奴らに淘汰されてしまう。
「レオナ様」
「なんだ」
久々に呼ばれた嫌な呼び方だった。けれどおくびに出さずにジェマの顔を見る。目尻を下げた彼女は何度も触れた柔らかな唇を動かす。
「わたくしは貴方様の人生に必ずしも必要な人間ではないのです」
そんなことない。そう叫び返したいが必死に飲み込む。唇を僅かに噛んでやはり優雅に微笑む彼女。未練もなにも感じ取られない。まるで自分は過ぎ去るだけの女だと言いたげな雰囲気。
「そもそもですよ。わたくしがいたからマレウス様に負けたわけではないでしょう」
「ッ」
彼女の言い方にカッと怒りが込み上げる。だが、掴みかかることも出来ずに目の前の女を睨む。ジェマは俺が睨んでいるのも気にせることなく微笑んで続ける。
「貴方様は愛おしい者がいるから勝つような男でもないのですから」
「違いますか」突き放すような硬い声音で同意を求めるジェマ。そして、まるで今から数秒後からお互い何も関係ない正真正銘の赤の他人になるのだと言っているようだ。
「レオナ様。貴方様はお強い。その強さに愛する者なんて関係ないんです。でも、そう考えてしまったのならば正真正銘貴方様は腑抜けになってしまったのでしょう。牙を抜かれてしまったのでしょう」
春風のような女は寒風を纏って俺を突き放す。冷え冷えとした瞳と笑みに心まで冷えてしまうと思うのはなるほど弱くなった証拠。不抜けてしまった証拠に他ならない。
「さようなら。貴方様のような牙が抜けた雄などこちらから願い下げです」
言い切ってもう顔を見たくもないと背を向けて歩いていく。俺はそれを追いかけるつもりは微塵もない。背筋の伸びた美しい背中を見て俺もすぐに背を向けて歩き出す。
一歩、一歩、進むにつれて彼女と過ごした思い出が閉ざされていく。春風のように温かな思い出が記憶の奥底に沈んでいく。もしかしたらもう一生思い出さないかもしれない。それほど奥に俺は愛した女との思い出を追いやったのだった。
* * *
結局勝てなかったんだから笑える話。しかも、最後にオーバーブロットと来た。はぁ。笑い話にしからなねぇ。
「傷害事件を起こしておいて何をおっしゃるの」
呆れたと言いたげに顔を左右に振る女は別れたときよりもさらにいい女になっていた。正直、もう連絡つかないかと思ったが意外にあっさりと連絡がついた。しかも、あっさりと面会出来た。というのも、ウィンターホリデーで新年の挨拶の使者として夕焼け草原に来訪したためあっさりと会えたのだ。
で、使者として兄貴に挨拶を終えたジェマを攫うように庭へと連れ出す。彼女は黙ったままだったが話し出したら気軽に答えてくれた。余所余所しい口調のまま。
「おい。ジェマ。その口調どうにかならねぇか」
「あら。どうしてです?」
赤いリップの妖艶な唇が笑む。その姿が記憶の蓋を開いて思い出す記憶と一向に合わない。それが不気味で嫌だったがもう二年も経っている。ジェマも変わるのも無理はない。
「レオナ様。オーバーブロットしたとお聞きしましたがお身体は?」
「なんともねぇからここにいんだろ」
余所余所しい口調に対するように突き放すように答える。子どもっぽいとは思うがこれぐらい許されるだろ。フンと鼻を鳴らして見ればあからさまにほっとした顔をされた。そういう顔をされると以前のように戻りたくなる。
「……もうよろしいのですか」
真摯な瞳を向けるジェマに俺は溜息をついて「ひと段落ついた」とだけ答えた。そして、俺もまた真っ直ぐに彼女の瞳を見すえる。
「弱い俺は願い下げと言ったが――」
「あら。そのようなこと言いましたか?」
コテンと首を傾げるジェマにこの女はと思いながら溜息をつく。
「言っただろうがっ。チッ、おい。ジェマ、もうふざけんのはやめろ」
「ふさげてなどおりません」
きっぱり言い切る彼女に苛立ちが込み上げる。
「おい。ジェマッ」
「わたくしは――私はレオナさん」
「っ」
突然以前のような喋り方に呼び方に戻る彼女に口を噤む。そして、艶やかな化粧から覗くかつての凛々しい顔つきに、突き放すような空気が柔らかくなる。
突然の変化について行けずに息を飲んで見つめていると困ったように微笑んだ。
「そんな驚かないで」
「無理言うな」
「ごめんなさい……あのね。レオナさん、私は弱い貴方でも、どんな貴方でも好きよ」
ならあれはやはり突き放すためだったのか。だが、この様子は違う。じっと見ていると彼女はやはり眉を下げたまま話を続け。
「あの時の貴方はほんとうに見ていられなかった。そして、慰めるのは違うと思ったの」
そうだ。あのとき慰めるような行動を取られたら俺はこいつに幻滅していたかもしれない。ぬるま湯につかっていたくせにとは思うがそれは違うと今だって断言できる。そして、わかっている彼女はやはり取り戻したいと思う。
「それに、もし、もしよ。慰めてすぐに貴方が膝を突いたら私はきっと貴方を好きじゃなくなっていた気がするの」
結構グサリと来る告白だった。耳が痛いというかあのときの自分は本当にダサかったのだと思うし。というか、下手をしたら近しい未来にジェマに振られていたのではないか。
「俺、振られる未来があったか?」
「んー。マレウス様がいなかったらなかったと思います」
「んじゃ! やっぱりあいつが元凶か!」
まったく俺の人生でも中々に邪魔な奴だ。兄貴並じゃねぇか。
「落ち着いてください、レオナさん」
そっと触れてきたジェマに俺は柄にもなく身体が跳ねた。すると、触れた手が離れていくのが視界の端に映り込んで咄嗟に掴む。掴んだ手は相変らず細いけれど以前よりも節くれだっている気がする。
「……鍛錬でもしているのか?」
「ええ。今は師範を目指しております」
「そうか。んじゃ、大学はどこ行ったんだ?」
「夕焼け草原です」
「はぁ?」
思わず彼女を見ればクスクスと艶やかな唇で少女のように笑っている。まるで驚いたと言いたげな顔に俺はプツンと切れた。
握った手をそのまま引っ張り美しい曲線を描く艶やかな身体を抱き寄せる。腕の中に飛び込んで来た身体は別れたときよりも熟されていた。
ふわりと鼻を擽る彼女の香りはすぐに二年前の仲睦まじかった頃を呼び起こす。
「ジェマ。また――」
「無事に卒業できたら考えます」
にっこりと笑むジェマに唇の端が引き攣った気がした。いや、気がしたんじゃねぇ。引き攣ってんだ。
トンと身体を押し返し離れるジェマは「また単位が危ないとか?」とどこから聞いた話をしてくる。俺は「まだ平気だ」と強がるが正直わからない。
「私、どんな貴方様でも好きだけど――ヒモ男を養うつもりはないので」
「頑張って自立して」と言ってくる。どうやら俺はまだ彼女を取り戻すことはできないようだ。それでも俺は再び春風を纏うこの女を手に入れたいと心の底から思った。
ふと、あの別れのときに言われてこれだけは訂正せねばいけない言葉があった。
「ひとつ訂正させてもらうぜ」
「あら。なにかしら」
再び離れた彼女を抱き寄せて同じ耳に囁くように告げる。
「お前は誰よりも俺の人生に必要な女だ」
「それだけは忘れるな」最後に念を教えて言ってからジェマの顔を見て思わず頬が緩む。そして、きっとすぐに彼女はこの手に戻ってくると確信した。
2021.07.23
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