愛する人のために
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愛する人のために・1
その日は何でもない日だった。けれど、一本の電話がガラリと変えてしまった。
部活は休息日で活動はなく、珍しく補講もない放課後、レオナは寮に戻っていた。着替えるのも面倒で制服のままベッドで寝こけようとしたときだった。
「ぁ゛」
枕元に置いたスマホが振動した。一瞬落ちかけていた思考が急浮上する。
睡眠の妨害をされたレオナは舌打ちを打って着信を無視しようとした。だが、態々スマホに連絡をかけてくるということは――と考えて溜息をつき横になったままスマホを取る。
ディスプレイには〝義姉上〟と出ていた。それに安心はできない。最近、レオナが義姉の連絡しか出ないと知ってか態々この番号でかけてくる奴もいる。兄とか、兄とか。
できればそのままの人物であればいいがと振動を続けるスマホの画面をタップする。
「はい。義姉上……」
『レオナか?』
耳に届いた声にレオナは鋭く舌を打ち鳴らして電話を終了させようとしたが――。
『待て、待て、レオナ。待ってくれ』
「ンだよ」
もう一度舌打ちをしてから嫌々出る。スマホの向こう側の声の主――大嫌いな兄は安心したような溜息をついている。だが、兄に対して堪忍袋の緒が短いレオナはそれすら煩わしくてしかたない。
眉間に皺を寄せて尻尾でベッドのシーツを打ちながら「なんのようだ」と問いかける。態々義姉の電話でかけてきたのだ。それそうおうの用事がなければ速攻で切るつもりだ。
「早く言え」
『そう急かすな……実は少し時間を作って国に戻って来てくれないか』
「あ゛?」
レオナは濁った声を出す。態々呼び出すような式典も祭事もない時期だ。そもそも成人済みではあってもダブっている学生のレオナに政治に介入する権限はまだない。兄の目論見が見えず「何でだ」と問い返す。すると、兄の口から飛び出したのは許嫁の名前だった。
思わず跳ね起きて「あいつに何があった」と聞き返す。そこからかいつまんでと前置きで兄から口から出てきた内容に奥歯を噛んだ。
電話が終わりレオナは前髪を掻き上げる。兄からの一時帰国を促す理由は婚約者に関する事であった。
婚約者とはすれ違いの末お互いの想いを確認して信頼関係を築き上げ始めたばかりだった。一人の女として愛しているとまで言えなくてもレオナにとっては大切な女であった。彼女なら一生を共にしてもいいと思えるほどの女だった。
その女が奪われようとしている。ようやく手を取り合ったばかりの大切だと自覚したばかりのレオナの女だ。
ガルルと威嚇の声が自然と漏れ出る。今誰かに話しかけられたら苛立ちに任せて砂にしてしまいそうだ。それほど苛立ちが腹の底から込み上げる。
「誰が渡すかよ」
握ったままのスマホがミシと音を立てるが気にしない。とりあえず、癪だが兄に言われた通り一時帰国するしかない。詳しい話しはそれからだと兄が言っていた。その声の重苦しさに現状は余程悪いと見える。
「チッ。先ずはクロウリーと交渉か」
自分の出席日数の危うさがここに来て面倒くさい。いや、あの食えない学園長も交渉次第でどうにかなるだろう。それに兄もすぐに連絡をして適当な理由で帰国を許可する依頼をするとか言っていた。何とかなるだろう。
さっさと終わらせようと眠気に支配された身体がしなやかに動き出す。部屋を出ると選択を持って来たラギーとジャックに会う。彼らに適当に言ってレオナはその足で学園へと繋がる鏡へと向かった。
だが、現実は甘くはなかった。一時帰国の外出許可の代わりに大量の課題が出された。それを前に珍しくラッキーと快諾すると病を疑われたのだった。だが、それも今のレオナにとってはどうでもよかった。
* * *
慣れた王宮の廊下を制服姿のまま歩く。話しを聞いていたらしい召使共は一応着替えを、と言ったがそんな時間も今は惜しい。その召使共を振り切って怪訝な顔でレオナを見る者たちの中を颯爽と歩く。
兄の執務室に向かう最中、誰も引き留める者はいなかった。誰もが目礼してレオナを通した。護衛しかいなくなった部屋の前で侍従長が頭を下げて扉を開いた。
扉の真正面に国の主がいた。レオナが一生涯手に入れることができない玉座に座る国王ファレナ――唯一の兄。
レオナは兄に声をかけられる前にズカズカ進む。精悍な顔を顰めたまま書簡を広げる兄の真ん前に立つ。
「おい。さっさと詳しく説明しろ」
不遜なレオナの言葉に今回ばかりはファレナも咎めることなかった。ただ、酷く疲れた顔で広げていた書簡をレオナに渡す。それを奪うように書簡を取って目を通し、眉を顰める。
「あいつを妃として迎えたいってか?」
書簡を砂に変えてしまいたかった。だが、何とか踏みとどまって低い声でファレナに問いかける。ファレナは難しい顔で首を縦に動かした。
「しかも、王妃じゃなくて第二妃ってつまり側室だよな。ハッ。笑えるぜ」
実際は全然笑えていない。勝手に横恋慕して自分の身分を利用してすでに婚約者がいる女を求めるなんて好色が過ぎる。とはいっても、相手はヒト属の国王ではない。レオナたちと同じライオンの獣人属で有力貴族が側室を持つハーレムが容認されている国だ。夕焼けの草原は王族のみ血統を守ることから複数の伴侶を持つことが許されている。だが、ファレナも王妃のみだ。レオナたちの両親も一夫一妻であってハーレムは今昔の話になっていた。
「……そもそもどうしてこの国王の目に留まったんだ?」
後宮で妃教育を受けている最中だ。パーティーはレオナと共に出る。故に、レオナの許嫁や婚約者として認識されていたはずだ。今までこんなことはなかった。
「何もお前とばかりパーティーに出ているわけではない。一族の代表として外国に赴くこともあるし国内のパーティーに出ることだってあるんだぞ」
「止めろよ!」
「止められるか……ああ、文句はこれ以上受け付けないからな。そもそもお前が留年などせずストレートに卒業していれば結婚して彼女は正式にお前の妻になっていたんだからな」
恨むなら私ではなく自分だと目を据わらせるファレナにぐぅの音もでない。
これ以上この話はしたくない。それよりと疑問に思っていることを話す。
「ここの国王は何であいつを妾妃として迎えたいんだ?」
理由は書簡につらつら書かれている詩から一目惚れしたときあるが別にあるだろう。ファレナは厳しい顔で話し出した。曰く、彼女に求婚した国王の基盤は盤石ではないとのこと。どうやら無理矢理王位を奪い国王に即位したらしい。
その話を聞いた、無能が、と心の中で罵倒した。つまり、その王は人心掌握が下手くそで政治手腕も悪いと言える。そんな男に自分の女が奪われかけていることに怒りさえを覚える。
「反対勢力の筆頭の一族から王妃を娶ったらしいが勢いは弱まることはないようだ」
それに、王妃と結婚して三年経っても子どもはいないらしい。そう付け加えたファレナ。瞬間、愚王の目的を完全に理解しレオナは鼻で嗤った。
「ハッ。つまり、だ。その国王は盤石な王座にするためにキングスラー王家と縁のある娘を娶りたかったってことだろ?」
彼女の実家は王家に繋がる夕焼けの草原の中でも由緒ある血筋だ。そして、武力で今なお発言力を持ちいまだに王家との繋がりもある。第二の王族とも言える一族の年頃の娘というのに白羽の矢が立ったのだろう。
「自分の力でどうにもできないクソ野郎だな」
「言い過ぎだ」
「人の女を取ろうとしているんだそれくらい言ってもいいだろ」
「つか、言わせろ」と言えばファレナが目を大きく見開いて笑った。いきなり声を上げて笑い出すファレナに訝しげに見てすぐに自分の失言に気づく。
「今の忘れろ」
「いや、いやいや。お前な、それ彼女に聞かせてやれよ」
「……うるせぇ」
今はそれどころじゃない。ニヤニヤするファレナを睨めばわかったと言って切り替えた。そういうところは流石と思ってしまうのが悔しい。
「それにしても自国の有力一族の娘でも勢力を抑えられないところまで来ているとはな」
「そんな国に家の貴い血を送り込むつもりなのか」
あのクソ古老どもは、と暗に言えばファレナは難しい顔で頷く。レオナはすかさず顔を顰めて「なんでだ」と問いかける。
「国益にも何でもなん――いや、違うな」
レオナは以前見た周辺国の資料を思い出す。彼の王国の位置は夕焼けの草原から見て北方にある。乾燥地帯の夕焼けの草原と異なり緑豊かな土地であると聞く。つまり、夕焼けの草原が欲している資源が豊富に存在している。
「資源――この国にない資源が目的か?」
「ああ。その資源を目当てにお前との婚約を破棄させ嫁がせろと声高に叫んでいる者もいる」
「だろうな」
声高に叫ぶ古老やレオナを煙たがっている者の姿が目に浮かぶ。
でも、それならいっそスパッと彼女を嫁がせると言ってくれたほうがいい。国益を優先してくれれば堂々と彼女を攫っていける。何で変なところで非常になれないか。
「レオナ。今一度問うがお前は彼女と共に歩みたいか?」
どうしようかと今後の予定を計画していると澄んだ夕焼けの瞳でそんな問いかけをしてきた。この返答次第で決まるのだろう。何となくそんな気がする。一瞬逡巡して見せたが意外にも答えははっきりと鮮明に見えていた。
「俺はあいつと共に歩いていきたい」
愛しているから、とか言えれば簡単なのだろう。だが、愛しているなんて簡単に口に出来ない。自分の抱いているそれは傍から見ればそうかもしれない。けれど、まだ自分の中で彼女への想いを愛と簡単に呼んではいけない気がするのだ。彼女を見ていれば尚更。
「そこで、好きだの、愛しているだの言えないのか。さっきみたいに」
「別にさっきだって言ってねぇだろ」
残念そうに肩を落とす兄にレオナは唇の端を引きつらせる。この男は幼い頃から愛されているし、好いた女から好かれたから分らないのだろう。こちらもこれで随分前向きになったというのに。残念そうな顔をするファレナに鼻を鳴らす。
「言うならあいつに言う。テメェに言うつもりはねぇ」
「面倒くさい性格しているな、お前」
「はぁ? 面倒くさいのはあいつの方だからな!」
「では、似た者同士か」と笑うファレナはいつの間にか兄のように戻っていた。しかし、それも束の間だった。
「レオナ、もう少し頑張る。だが、今回は国同士の大きな話だ」
再び王に戻った兄にレオナは舌打ちする。こういうとき留年していたのが痛い。
「期待するなってか」
「善処する……」
期待半分というところだ。いや、期待なんざしない方がいい。レオナはファレナに背を向ける。
「レオナ! どこに――」
「部屋だ、部屋」
「じゃあな」と告げて謁見の間から出て行く。
それから自室に戻りようやく制服から着替えて召使い言伝を頼む。
「今夜行くと伝えろ」
* * *
レオナは召使に案内されるまま彼女の部屋に向かっていた。
しんと静かな気配。以前であればもう少し人の気配もした気がする。もしかして、見切りをつけたかと思うがどうやら違ったようだ。
部屋の前に侍女長がいた。彼女は恭しく頭を下げる。
「今宵は人払いをしております。誰もこの部屋に近づきません」
淡々と話し終えた侍女長は頭を上げて。真っ直ぐにこちらを見据え「では失礼いたします」とまた頭を下げて召使を伴い去って行った。
これは何を期待されているのだろうか。いや、彼女の近くにいる者たちは期待しているのだろう。一夜の過ちを。彼女をレオナの妃のままにさせておきたいがために。それは自身の一族のためか、彼女の恋心を想ってのためか、分からないが。
「できたらそうしてぇよ」
今日まで何度か頭を過った考え。でも、きっと彼女が望まないだろう。それに、もし孕んだまま嫁いで子どもが産まれ、その出生が明るみに出てみろ。母子共々殺され挙句の果ては戦争にだってなりかねない。戦争はどうにでもなるかもしれないが、彼女と子どもが殺されたらと考えると恐怖が身体を駆け巡る。
自分はきっと今日は何もしない。彼女の顔を見て安心したいからここに来た。
――では、何故、夜を選んだ。何故、昼ではなかった。
悪魔の囁きのような声が頭に木霊した。自然と笑いが込み上げた。確かに昼間に来ればよかったなんて自嘲の笑みが零れる。だのに、昼間を選択しなかった自分は結局何だったのだろう。答えは分かっているが敢えて無視して彼女の部屋に足を踏み入れた。
「レオナ殿下」
入った瞬間に呼ばれ顔を上げる。そこにはいつも変わらない笑みを浮かべた美しい女がいた。
ふいに身体に過る損失感。この美しい女が自分の人生から消えようとしている。幼い頃から傍にいた彼女がいなくなる。当り前の存在がいなくなるなんて恐ろしいことだろうか。その恐怖にかられ身体でいつの間にか彼女を抱きしめていた。
「あ、の、殿下?」
戸惑う彼女の声が聞こえるが、それに返事もせず抱きしめ続ける。数える程度には抱いた身体。しなやかで瑞々しい肌の触り心地を今でもはっきりと覚えている。だのに、今日はどうしてか常闇に溶けてしまいそうな儚さを纏っている。
「殿下……殿下。もしやわたくしは嫁ぐことになったのでしょうか」
「知っていたのか」
「はい。誰もが知っております」
「そうか」
ここまで広まっているということはほぼ決定事項と言っていいのだろう。やはり、どうしようも変えられないのかと思うとその身体をさらに深く抱き寄せる。すると、遠慮がちに背中に腕が回された。けれど、その腕は縋りつくこともなくもどかしい気持ちにさせた。
レオナは深く抱き込んだ彼女を離す。するりと解ける腕でそこで縋ってくれればいいのにとさえ思う。でもしない。彼女はそういう女なのだ。
ふいに顔を見下ろせば彼女はこちらを見上げている。その瞳に手弱女のような色はない。凪いだ水面のようなそれは物わかりのいい女のような瞳でひどく苛つく。
「お前はこれでいいのか?」
「いいもなにもありません。国を思えばそうした方がよいのでしょう」
淡々と告げる彼女の視線はレオナから逸れることはない。彼女の言い分はもっともだ。自分も納得できる。だが、それは他の女であれば、だ。やはり彼女が自分の歩む道にいないことに納得ができない。けれど、頭の、王族の自分は彼女が他国に嫁ぐことがほぼ決まっていることを受け入れている。
「殿下。いいのです。わたくしはいいのです」
「テメェはよくても俺はよくねぇ」
反射的に漏れてしまった本音に彼女の目が僅かに見開く。そして、ただ従順な女の様子を呈していた表情が変わる。緩やかなに下がる目尻、小さく笑みを浮かべる美しい唇。嬉しさを滲ませる彼女にこちらが困惑する番だった。
「なに嬉しそうな顔してんだ」
「ふふ。それはもちろん嬉しいです」
「あァ?」
意味が分からない。一体何が彼女の琴線に触れたのだろか。けれど、先ほどの貼りつけた表情から一人スッキリした顔をしている。
「これで思い残すことはありません。殿下、今すぐにでも嫁いで行けそうです」
力強く頷くにレオナは唸る。
「何一人やる気に満ちてんだ。あぁ?」
「殿下、柄が悪いです」
「もとからだ」
生意気な彼女の高い鼻をつまむ。それに怒ることなく楽しそうに笑う。本当にもう心起きなく嫁げると行った様子で。
「置いていくなよ」
「え」
再び漏れた本音。今日はもう駄目だ。久々に感情のコントロールが上手くいかない。それはオーバーブロットのときほどではないが暴れ狂いだしそうであった。
「何で、お前、おかしいだろ。あんだけ俺のこと好きだの、愛しているだの言っていたくせに」
何で簡単に離れていく。何故、レオナの人生からいとも簡単に出て行こうとする。
「行くな。行くんじゃねぇよ」
ダサい。今の自分は覚悟を決めた女に縋る情けない男で誰がどう見ても不格好でみっともない。自分は彼女に見せてきた姿の中で一番無様な姿を晒している。
「俺が行くなと言ってもお前は行くのか?」
じっと彼女を見つめれば微笑んだ。
「行きます。でも、貴方を想って行きます」
意味がわらかない。彼女の真意が分からない。
それを理解しているのか彼女は聖母のごとく愛しみに富んだ笑みを向ける。
「結婚したらその家の人間になる心構えがなければなりません。それは婿に行く方も、嫁ぐ方も同じです。わたしくしは貴方様に嫁いだあかつきには王族の人間になる心構えがありました」
前時代的であるが理解はできるし、王族であるレオナは痛いほど理解できた。それは高位の一族に産まれた男女の教育に組み込まれる一種の思考だ。きっと先祖の男も、女も。また王族に婿に入る男も、嫁ぐ女もそう教えられることだ。そして、第二王子であるレオナも、そして王族の次に高位の一族に産まれた彼女もそうなのだろう。
「で、それがどうした」
「……わたくしはあの国に嫁ぐことになるでしょう。必然的にあちらの人間にならなければいけません。それがこの国のためになります」
「でも、」と言った彼女は一転決意を決めた強い女から変貌した。恋した相手に焦がれる様な熱い瞳を揺らす。
「わたくしの――私の愛する想いはここに置いていきます」
彼女の手がレオナの胸に添えられた。切なさが加わった彼女の瞳はそれでも悲観の色はない。
「私が一生涯愛するのはレオナ・キングスカラー、貴方様だけです」
真っ直ぐ射抜かれた瞳に反射的に手が伸び、また腕の中に抱き込んでいた。今すぐに連れ去りたいなんて初めて思った。自分が思っているよりも彼女を愛していた。でも、気づいたからといってどうにもならない。何で気づくのが遅かったのか悔やまれる。
どうしようもない思いに駆られながら「お前すごいな」と零れる。
「いえ。全然、全く弱虫の臆病者です」
「ほら、震えていますでしょう」と言う彼女の身体は確かに僅かに震えを感じる。なら、自分も少し心の内を明かさなければいけない気がした。
「俺も出来ればお前と最後まで歩いて行きたかった」
息を飲むのが聞こえた。それから再び彼女が強く抱きしめて――。
「その言葉だけでも嬉しゅうございます。一生の宝です」
震える声で嬉しそうに言う言葉。こんなにも自分を愛してくれている女をレオナは手放さなければいけないのか。いや、手放してなるものか。
――あのクソ野郎に少しだけ貸してやるか。
彼女から見えないことを言いことに口角を上げる。愚王に貸すことさえ嫌であるが国絡みならば一端引いてやる。だが、一旦だ。絶対にこの女を取り返す。何が何でも。
レオナの意識はもう前を向いていた。そして、先ほどまで胸に渦巻いていた感情はすべてどうでもよくなっていた。今はただどう彼の国の愚王を失脚させるかしか頭になかった。
そんなことを頭の中で考えながら少しだけ彼女の身体を離し顎に手をかけて上を向かせる。薄らと膜がはる瞳を覗き込んで笑いかけると僅かに目が瞠る。どうやら彼女の瞳にもこの極悪な笑みが映ったようだ。だが、それでいい。御伽噺の王子様のような爽やかな笑みなどレオナには似合わない。
「待ってろ。ぜってぇに奪い返しに行ってやる」
驚きに目を瞠った目尻に口づけを贈る。そして、揺れる彼女の尻尾を捕まえて絡みつく。彼女もまた同じように返してくれる。きっとこうしたことも出来るのもあと僅かなのだろう。ならば、残りわずかな時を暫し過ごそう。
それから数日後、彼女との婚約は解消され、日を置かず彼女は愚王のもとへと嫁いだ。真白の服に身を包み慎ましやかに国を去っていく彼女を学園で見た。何せ国同士の結婚だ。配信はばっちりされていた。だから、レオナもその配信で彼女が嫁いでいく姿を見送った。
国を出ていく彼女の横顔を目に焼き付ける。覚悟を決めた凛々しい横顔に見惚れる。そして、早くその美しい女を手元に戻したいと欲が湧き出る。
レオナはスマホの画面を消してベッドに仰向けになってひとりほくそ笑んだ。
その日は何でもない日だった。けれど、一本の電話がガラリと変えてしまった。
部活は休息日で活動はなく、珍しく補講もない放課後、レオナは寮に戻っていた。着替えるのも面倒で制服のままベッドで寝こけようとしたときだった。
「ぁ゛」
枕元に置いたスマホが振動した。一瞬落ちかけていた思考が急浮上する。
睡眠の妨害をされたレオナは舌打ちを打って着信を無視しようとした。だが、態々スマホに連絡をかけてくるということは――と考えて溜息をつき横になったままスマホを取る。
ディスプレイには〝義姉上〟と出ていた。それに安心はできない。最近、レオナが義姉の連絡しか出ないと知ってか態々この番号でかけてくる奴もいる。兄とか、兄とか。
できればそのままの人物であればいいがと振動を続けるスマホの画面をタップする。
「はい。義姉上……」
『レオナか?』
耳に届いた声にレオナは鋭く舌を打ち鳴らして電話を終了させようとしたが――。
『待て、待て、レオナ。待ってくれ』
「ンだよ」
もう一度舌打ちをしてから嫌々出る。スマホの向こう側の声の主――大嫌いな兄は安心したような溜息をついている。だが、兄に対して堪忍袋の緒が短いレオナはそれすら煩わしくてしかたない。
眉間に皺を寄せて尻尾でベッドのシーツを打ちながら「なんのようだ」と問いかける。態々義姉の電話でかけてきたのだ。それそうおうの用事がなければ速攻で切るつもりだ。
「早く言え」
『そう急かすな……実は少し時間を作って国に戻って来てくれないか』
「あ゛?」
レオナは濁った声を出す。態々呼び出すような式典も祭事もない時期だ。そもそも成人済みではあってもダブっている学生のレオナに政治に介入する権限はまだない。兄の目論見が見えず「何でだ」と問い返す。すると、兄の口から飛び出したのは許嫁の名前だった。
思わず跳ね起きて「あいつに何があった」と聞き返す。そこからかいつまんでと前置きで兄から口から出てきた内容に奥歯を噛んだ。
電話が終わりレオナは前髪を掻き上げる。兄からの一時帰国を促す理由は婚約者に関する事であった。
婚約者とはすれ違いの末お互いの想いを確認して信頼関係を築き上げ始めたばかりだった。一人の女として愛しているとまで言えなくてもレオナにとっては大切な女であった。彼女なら一生を共にしてもいいと思えるほどの女だった。
その女が奪われようとしている。ようやく手を取り合ったばかりの大切だと自覚したばかりのレオナの女だ。
ガルルと威嚇の声が自然と漏れ出る。今誰かに話しかけられたら苛立ちに任せて砂にしてしまいそうだ。それほど苛立ちが腹の底から込み上げる。
「誰が渡すかよ」
握ったままのスマホがミシと音を立てるが気にしない。とりあえず、癪だが兄に言われた通り一時帰国するしかない。詳しい話しはそれからだと兄が言っていた。その声の重苦しさに現状は余程悪いと見える。
「チッ。先ずはクロウリーと交渉か」
自分の出席日数の危うさがここに来て面倒くさい。いや、あの食えない学園長も交渉次第でどうにかなるだろう。それに兄もすぐに連絡をして適当な理由で帰国を許可する依頼をするとか言っていた。何とかなるだろう。
さっさと終わらせようと眠気に支配された身体がしなやかに動き出す。部屋を出ると選択を持って来たラギーとジャックに会う。彼らに適当に言ってレオナはその足で学園へと繋がる鏡へと向かった。
だが、現実は甘くはなかった。一時帰国の外出許可の代わりに大量の課題が出された。それを前に珍しくラッキーと快諾すると病を疑われたのだった。だが、それも今のレオナにとってはどうでもよかった。
* * *
慣れた王宮の廊下を制服姿のまま歩く。話しを聞いていたらしい召使共は一応着替えを、と言ったがそんな時間も今は惜しい。その召使共を振り切って怪訝な顔でレオナを見る者たちの中を颯爽と歩く。
兄の執務室に向かう最中、誰も引き留める者はいなかった。誰もが目礼してレオナを通した。護衛しかいなくなった部屋の前で侍従長が頭を下げて扉を開いた。
扉の真正面に国の主がいた。レオナが一生涯手に入れることができない玉座に座る国王ファレナ――唯一の兄。
レオナは兄に声をかけられる前にズカズカ進む。精悍な顔を顰めたまま書簡を広げる兄の真ん前に立つ。
「おい。さっさと詳しく説明しろ」
不遜なレオナの言葉に今回ばかりはファレナも咎めることなかった。ただ、酷く疲れた顔で広げていた書簡をレオナに渡す。それを奪うように書簡を取って目を通し、眉を顰める。
「あいつを妃として迎えたいってか?」
書簡を砂に変えてしまいたかった。だが、何とか踏みとどまって低い声でファレナに問いかける。ファレナは難しい顔で首を縦に動かした。
「しかも、王妃じゃなくて第二妃ってつまり側室だよな。ハッ。笑えるぜ」
実際は全然笑えていない。勝手に横恋慕して自分の身分を利用してすでに婚約者がいる女を求めるなんて好色が過ぎる。とはいっても、相手はヒト属の国王ではない。レオナたちと同じライオンの獣人属で有力貴族が側室を持つハーレムが容認されている国だ。夕焼けの草原は王族のみ血統を守ることから複数の伴侶を持つことが許されている。だが、ファレナも王妃のみだ。レオナたちの両親も一夫一妻であってハーレムは今昔の話になっていた。
「……そもそもどうしてこの国王の目に留まったんだ?」
後宮で妃教育を受けている最中だ。パーティーはレオナと共に出る。故に、レオナの許嫁や婚約者として認識されていたはずだ。今までこんなことはなかった。
「何もお前とばかりパーティーに出ているわけではない。一族の代表として外国に赴くこともあるし国内のパーティーに出ることだってあるんだぞ」
「止めろよ!」
「止められるか……ああ、文句はこれ以上受け付けないからな。そもそもお前が留年などせずストレートに卒業していれば結婚して彼女は正式にお前の妻になっていたんだからな」
恨むなら私ではなく自分だと目を据わらせるファレナにぐぅの音もでない。
これ以上この話はしたくない。それよりと疑問に思っていることを話す。
「ここの国王は何であいつを妾妃として迎えたいんだ?」
理由は書簡につらつら書かれている詩から一目惚れしたときあるが別にあるだろう。ファレナは厳しい顔で話し出した。曰く、彼女に求婚した国王の基盤は盤石ではないとのこと。どうやら無理矢理王位を奪い国王に即位したらしい。
その話を聞いた、無能が、と心の中で罵倒した。つまり、その王は人心掌握が下手くそで政治手腕も悪いと言える。そんな男に自分の女が奪われかけていることに怒りさえを覚える。
「反対勢力の筆頭の一族から王妃を娶ったらしいが勢いは弱まることはないようだ」
それに、王妃と結婚して三年経っても子どもはいないらしい。そう付け加えたファレナ。瞬間、愚王の目的を完全に理解しレオナは鼻で嗤った。
「ハッ。つまり、だ。その国王は盤石な王座にするためにキングスラー王家と縁のある娘を娶りたかったってことだろ?」
彼女の実家は王家に繋がる夕焼けの草原の中でも由緒ある血筋だ。そして、武力で今なお発言力を持ちいまだに王家との繋がりもある。第二の王族とも言える一族の年頃の娘というのに白羽の矢が立ったのだろう。
「自分の力でどうにもできないクソ野郎だな」
「言い過ぎだ」
「人の女を取ろうとしているんだそれくらい言ってもいいだろ」
「つか、言わせろ」と言えばファレナが目を大きく見開いて笑った。いきなり声を上げて笑い出すファレナに訝しげに見てすぐに自分の失言に気づく。
「今の忘れろ」
「いや、いやいや。お前な、それ彼女に聞かせてやれよ」
「……うるせぇ」
今はそれどころじゃない。ニヤニヤするファレナを睨めばわかったと言って切り替えた。そういうところは流石と思ってしまうのが悔しい。
「それにしても自国の有力一族の娘でも勢力を抑えられないところまで来ているとはな」
「そんな国に家の貴い血を送り込むつもりなのか」
あのクソ古老どもは、と暗に言えばファレナは難しい顔で頷く。レオナはすかさず顔を顰めて「なんでだ」と問いかける。
「国益にも何でもなん――いや、違うな」
レオナは以前見た周辺国の資料を思い出す。彼の王国の位置は夕焼けの草原から見て北方にある。乾燥地帯の夕焼けの草原と異なり緑豊かな土地であると聞く。つまり、夕焼けの草原が欲している資源が豊富に存在している。
「資源――この国にない資源が目的か?」
「ああ。その資源を目当てにお前との婚約を破棄させ嫁がせろと声高に叫んでいる者もいる」
「だろうな」
声高に叫ぶ古老やレオナを煙たがっている者の姿が目に浮かぶ。
でも、それならいっそスパッと彼女を嫁がせると言ってくれたほうがいい。国益を優先してくれれば堂々と彼女を攫っていける。何で変なところで非常になれないか。
「レオナ。今一度問うがお前は彼女と共に歩みたいか?」
どうしようかと今後の予定を計画していると澄んだ夕焼けの瞳でそんな問いかけをしてきた。この返答次第で決まるのだろう。何となくそんな気がする。一瞬逡巡して見せたが意外にも答えははっきりと鮮明に見えていた。
「俺はあいつと共に歩いていきたい」
愛しているから、とか言えれば簡単なのだろう。だが、愛しているなんて簡単に口に出来ない。自分の抱いているそれは傍から見ればそうかもしれない。けれど、まだ自分の中で彼女への想いを愛と簡単に呼んではいけない気がするのだ。彼女を見ていれば尚更。
「そこで、好きだの、愛しているだの言えないのか。さっきみたいに」
「別にさっきだって言ってねぇだろ」
残念そうに肩を落とす兄にレオナは唇の端を引きつらせる。この男は幼い頃から愛されているし、好いた女から好かれたから分らないのだろう。こちらもこれで随分前向きになったというのに。残念そうな顔をするファレナに鼻を鳴らす。
「言うならあいつに言う。テメェに言うつもりはねぇ」
「面倒くさい性格しているな、お前」
「はぁ? 面倒くさいのはあいつの方だからな!」
「では、似た者同士か」と笑うファレナはいつの間にか兄のように戻っていた。しかし、それも束の間だった。
「レオナ、もう少し頑張る。だが、今回は国同士の大きな話だ」
再び王に戻った兄にレオナは舌打ちする。こういうとき留年していたのが痛い。
「期待するなってか」
「善処する……」
期待半分というところだ。いや、期待なんざしない方がいい。レオナはファレナに背を向ける。
「レオナ! どこに――」
「部屋だ、部屋」
「じゃあな」と告げて謁見の間から出て行く。
それから自室に戻りようやく制服から着替えて召使い言伝を頼む。
「今夜行くと伝えろ」
* * *
レオナは召使に案内されるまま彼女の部屋に向かっていた。
しんと静かな気配。以前であればもう少し人の気配もした気がする。もしかして、見切りをつけたかと思うがどうやら違ったようだ。
部屋の前に侍女長がいた。彼女は恭しく頭を下げる。
「今宵は人払いをしております。誰もこの部屋に近づきません」
淡々と話し終えた侍女長は頭を上げて。真っ直ぐにこちらを見据え「では失礼いたします」とまた頭を下げて召使を伴い去って行った。
これは何を期待されているのだろうか。いや、彼女の近くにいる者たちは期待しているのだろう。一夜の過ちを。彼女をレオナの妃のままにさせておきたいがために。それは自身の一族のためか、彼女の恋心を想ってのためか、分からないが。
「できたらそうしてぇよ」
今日まで何度か頭を過った考え。でも、きっと彼女が望まないだろう。それに、もし孕んだまま嫁いで子どもが産まれ、その出生が明るみに出てみろ。母子共々殺され挙句の果ては戦争にだってなりかねない。戦争はどうにでもなるかもしれないが、彼女と子どもが殺されたらと考えると恐怖が身体を駆け巡る。
自分はきっと今日は何もしない。彼女の顔を見て安心したいからここに来た。
――では、何故、夜を選んだ。何故、昼ではなかった。
悪魔の囁きのような声が頭に木霊した。自然と笑いが込み上げた。確かに昼間に来ればよかったなんて自嘲の笑みが零れる。だのに、昼間を選択しなかった自分は結局何だったのだろう。答えは分かっているが敢えて無視して彼女の部屋に足を踏み入れた。
「レオナ殿下」
入った瞬間に呼ばれ顔を上げる。そこにはいつも変わらない笑みを浮かべた美しい女がいた。
ふいに身体に過る損失感。この美しい女が自分の人生から消えようとしている。幼い頃から傍にいた彼女がいなくなる。当り前の存在がいなくなるなんて恐ろしいことだろうか。その恐怖にかられ身体でいつの間にか彼女を抱きしめていた。
「あ、の、殿下?」
戸惑う彼女の声が聞こえるが、それに返事もせず抱きしめ続ける。数える程度には抱いた身体。しなやかで瑞々しい肌の触り心地を今でもはっきりと覚えている。だのに、今日はどうしてか常闇に溶けてしまいそうな儚さを纏っている。
「殿下……殿下。もしやわたくしは嫁ぐことになったのでしょうか」
「知っていたのか」
「はい。誰もが知っております」
「そうか」
ここまで広まっているということはほぼ決定事項と言っていいのだろう。やはり、どうしようも変えられないのかと思うとその身体をさらに深く抱き寄せる。すると、遠慮がちに背中に腕が回された。けれど、その腕は縋りつくこともなくもどかしい気持ちにさせた。
レオナは深く抱き込んだ彼女を離す。するりと解ける腕でそこで縋ってくれればいいのにとさえ思う。でもしない。彼女はそういう女なのだ。
ふいに顔を見下ろせば彼女はこちらを見上げている。その瞳に手弱女のような色はない。凪いだ水面のようなそれは物わかりのいい女のような瞳でひどく苛つく。
「お前はこれでいいのか?」
「いいもなにもありません。国を思えばそうした方がよいのでしょう」
淡々と告げる彼女の視線はレオナから逸れることはない。彼女の言い分はもっともだ。自分も納得できる。だが、それは他の女であれば、だ。やはり彼女が自分の歩む道にいないことに納得ができない。けれど、頭の、王族の自分は彼女が他国に嫁ぐことがほぼ決まっていることを受け入れている。
「殿下。いいのです。わたくしはいいのです」
「テメェはよくても俺はよくねぇ」
反射的に漏れてしまった本音に彼女の目が僅かに見開く。そして、ただ従順な女の様子を呈していた表情が変わる。緩やかなに下がる目尻、小さく笑みを浮かべる美しい唇。嬉しさを滲ませる彼女にこちらが困惑する番だった。
「なに嬉しそうな顔してんだ」
「ふふ。それはもちろん嬉しいです」
「あァ?」
意味が分からない。一体何が彼女の琴線に触れたのだろか。けれど、先ほどの貼りつけた表情から一人スッキリした顔をしている。
「これで思い残すことはありません。殿下、今すぐにでも嫁いで行けそうです」
力強く頷くにレオナは唸る。
「何一人やる気に満ちてんだ。あぁ?」
「殿下、柄が悪いです」
「もとからだ」
生意気な彼女の高い鼻をつまむ。それに怒ることなく楽しそうに笑う。本当にもう心起きなく嫁げると行った様子で。
「置いていくなよ」
「え」
再び漏れた本音。今日はもう駄目だ。久々に感情のコントロールが上手くいかない。それはオーバーブロットのときほどではないが暴れ狂いだしそうであった。
「何で、お前、おかしいだろ。あんだけ俺のこと好きだの、愛しているだの言っていたくせに」
何で簡単に離れていく。何故、レオナの人生からいとも簡単に出て行こうとする。
「行くな。行くんじゃねぇよ」
ダサい。今の自分は覚悟を決めた女に縋る情けない男で誰がどう見ても不格好でみっともない。自分は彼女に見せてきた姿の中で一番無様な姿を晒している。
「俺が行くなと言ってもお前は行くのか?」
じっと彼女を見つめれば微笑んだ。
「行きます。でも、貴方を想って行きます」
意味がわらかない。彼女の真意が分からない。
それを理解しているのか彼女は聖母のごとく愛しみに富んだ笑みを向ける。
「結婚したらその家の人間になる心構えがなければなりません。それは婿に行く方も、嫁ぐ方も同じです。わたしくしは貴方様に嫁いだあかつきには王族の人間になる心構えがありました」
前時代的であるが理解はできるし、王族であるレオナは痛いほど理解できた。それは高位の一族に産まれた男女の教育に組み込まれる一種の思考だ。きっと先祖の男も、女も。また王族に婿に入る男も、嫁ぐ女もそう教えられることだ。そして、第二王子であるレオナも、そして王族の次に高位の一族に産まれた彼女もそうなのだろう。
「で、それがどうした」
「……わたくしはあの国に嫁ぐことになるでしょう。必然的にあちらの人間にならなければいけません。それがこの国のためになります」
「でも、」と言った彼女は一転決意を決めた強い女から変貌した。恋した相手に焦がれる様な熱い瞳を揺らす。
「わたくしの――私の愛する想いはここに置いていきます」
彼女の手がレオナの胸に添えられた。切なさが加わった彼女の瞳はそれでも悲観の色はない。
「私が一生涯愛するのはレオナ・キングスカラー、貴方様だけです」
真っ直ぐ射抜かれた瞳に反射的に手が伸び、また腕の中に抱き込んでいた。今すぐに連れ去りたいなんて初めて思った。自分が思っているよりも彼女を愛していた。でも、気づいたからといってどうにもならない。何で気づくのが遅かったのか悔やまれる。
どうしようもない思いに駆られながら「お前すごいな」と零れる。
「いえ。全然、全く弱虫の臆病者です」
「ほら、震えていますでしょう」と言う彼女の身体は確かに僅かに震えを感じる。なら、自分も少し心の内を明かさなければいけない気がした。
「俺も出来ればお前と最後まで歩いて行きたかった」
息を飲むのが聞こえた。それから再び彼女が強く抱きしめて――。
「その言葉だけでも嬉しゅうございます。一生の宝です」
震える声で嬉しそうに言う言葉。こんなにも自分を愛してくれている女をレオナは手放さなければいけないのか。いや、手放してなるものか。
――あのクソ野郎に少しだけ貸してやるか。
彼女から見えないことを言いことに口角を上げる。愚王に貸すことさえ嫌であるが国絡みならば一端引いてやる。だが、一旦だ。絶対にこの女を取り返す。何が何でも。
レオナの意識はもう前を向いていた。そして、先ほどまで胸に渦巻いていた感情はすべてどうでもよくなっていた。今はただどう彼の国の愚王を失脚させるかしか頭になかった。
そんなことを頭の中で考えながら少しだけ彼女の身体を離し顎に手をかけて上を向かせる。薄らと膜がはる瞳を覗き込んで笑いかけると僅かに目が瞠る。どうやら彼女の瞳にもこの極悪な笑みが映ったようだ。だが、それでいい。御伽噺の王子様のような爽やかな笑みなどレオナには似合わない。
「待ってろ。ぜってぇに奪い返しに行ってやる」
驚きに目を瞠った目尻に口づけを贈る。そして、揺れる彼女の尻尾を捕まえて絡みつく。彼女もまた同じように返してくれる。きっとこうしたことも出来るのもあと僅かなのだろう。ならば、残りわずかな時を暫し過ごそう。
それから数日後、彼女との婚約は解消され、日を置かず彼女は愚王のもとへと嫁いだ。真白の服に身を包み慎ましやかに国を去っていく彼女を学園で見た。何せ国同士の結婚だ。配信はばっちりされていた。だから、レオナもその配信で彼女が嫁いでいく姿を見送った。
国を出ていく彼女の横顔を目に焼き付ける。覚悟を決めた凛々しい横顔に見惚れる。そして、早くその美しい女を手元に戻したいと欲が湧き出る。
レオナはスマホの画面を消してベッドに仰向けになってひとりほくそ笑んだ。
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