短編
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チョコレートが好きだ。
だからバレンタインも好きだ。
恋人がいようといまいと、催事場でキラキラした空気を浴びて、かわいいパッケージに心躍らせて、片っ端から試食して舌鼓を打って、予想以上に散財する。毎年の恒例だ。
買うのは自分用と家族用、あと友達に。
恋人に買うのは、もうやめた。
私の恋人は世界一の名探偵で、迷宮入りしそうな事件があればそれがどこで起きていようと飛んで行ってしまう。今回も文字通り飛んで行ってしまった恋人が一体今どの国にいるのかもわからない。秘密の多い彼の連絡先は知らされず、たまに一方的に連絡が来るだけ。本当に付き合ってるんだろうか?彼にとって私って?という疑問はだいぶ前に蓋をした。考えるだけ辛いから。枕を濡らす夜もあるけど、たまに来る電話で全てを許しちゃうんだから惚れた方が負けというやつだ。
年が明けてからたった一度、新年の挨拶だけ連絡を取ったが(それも松の内をだいぶ過ぎてから思い出したかのように電話が来ただけだ)(声が聞けただけで全てどうでもよくなってしまうの、我ながらチョロすぎると思う)それから一切音沙汰なし、なのでどうせバレンタインにも会えないだろうし、用意したチョコを渡せず一人で食べるのも虚しいので、はなから用意しなかった。知らない知らない。帰ってこない方が悪い。
チョコレートの詰まったかわいい紙袋をブンブン振り回しながら帰宅する。ちょっとの期待を込めてポストを覗くも空っぽ。…知ってた知ってた。期待なんかしてない、してないったら。
一人暮らしの真っ暗な部屋にただいまの挨拶を投げ、適当に自炊して晩御飯、テレビを見たりゴロゴロしたり。そろそろ食後のデザートに、買ってきたチョコレートを食べようかな。5個で6000円くらいするやつ。ちょっと奮発しちゃった。だって試食が美味しかったんだもん。エルにはあげないよー。
独り言を言いながらかわいい箱を開ける。この箱、アクセサリー入れにしようっと。一口チョコを齧って美味しさにニヤニヤしていると、ふいにチャイムが鳴って心臓が飛び出るかと思った。
えっ!?だれ!?
まさかエル!?!?と自分でも驚きの瞬発力でインターホンモニターに駆け寄る。良く知った宅配業者の制服が立っていた。なーんだ。エルじゃないのか。がっかりしてこの世の終わりかってくらい萎んだ心のままモニターを見る。こんな夜に宅配便?何も頼んでないし心当たりもない。怪しい奴かな?開けない方が良い?本当に荷物なら宅配ロッカー入れといてくれないかな。心当たりないけど。
ぐるぐる考えているうちに催促するようにもう一度チャイムが鳴った。ああもう。
「……はい」
『あ、白猫急便です!お荷物お届けに参りました』
「はぁ…送り主誰になってます?」
『えぇと…るう…るぅーくあきー?らっくすあきー?すみません、読めなくて…英語で…』
「………英語?」
るぅーくあきー?らっくすあきー?るう…Luxaky!?
閃きと同時にオートロック解除ボタンに指を叩きつけ、足をもつれさせながら玄関へと走る。まだ宅配業者が玄関まで来ていないというのに勢い良くドアを開けた。
はやる心臓に手を当てながら廊下を凝視していると先程モニターに映っていた男が白い箱を手に現れた。こちらがドアを開けて待っていることに気付いて小走りでやってくる。
「すみません、こちらです、サインをこちらに」
「はい、はい、はい」
焦ってぐちゃぐちゃの字でサインをして荷物を受け取りドアを閉める。
部屋まで戻るのももどかしくて玄関に立ったまま真っ白い箱を見下ろす。
贈り主はLuxaky。贈り主の住所は無し。
手汗でびっしょりな上、震えて上手く動かない指で必死にガムテープを剥がし、箱を開ける。
白い箱の中には彼のデニムパンツを思わせる淡い水色の包装紙に包まれた紅い花束。
その中に白いカードが入っていた。
震える指でそっと開く。
To The One I Love,名前
I'm always thinking about you even though we are apart.
I hope you know how much you mean and how happy you always make me. The day we met is a day I will cherish until the end of time. I have never felt as happy as I do when you are at my side. My heart belongs to you on Valentine’s Day and always.
For today or tomorrow, be mine, forever and ever and ever.
your Valentine,L
(たった一人の愛しい人、名前へ
どんなに離れていてもいつも貴女のことを考えています。貴女が私にとってどれだけ意味があり、いつも私をどれだけ幸せにしてくれているか、知っているといいのですが。貴女と出会ったその日は、私の最期の日まで大切にします。ただ貴女が隣にいるだけで、今までこんなに幸せに感じたことはない。私の心はこれからもずっと、貴女のものです。
今日そして明日もその先もずっとずっと、永遠に私のものでいて下さい。
貴女の特別、L)
予想以上に長い文面に頭の中で一生懸命翻訳しながら読む。彼の母国語を話せるようになりたくて、付き合ってから通い出した英会話教室がこんなところで役立つとは。というか、こんなに長い手紙を貰ったのは初めてだ。極力形に残るものを避ける上に、くれたとしてもいつも書き置きのような2,3行のものなのに。
カードを何度も何度も読み直し、箱の中の花束を見る。
紅いから薔薇かと思ったけど違う。これ何の花?
調べようかと思い、未だに玄関に突っ立ったままだと気づく。ケータイ、部屋のテーブルの上だ。
箱を抱えたままようやくのろのろと部屋に戻り、ケータイを手にした途端、まるで狙ったかのようにケータイが鳴り響いて思わず取り落としてしまう。床に落ちたケータイを慌てて見れば、非通知の文字。浅くなる呼吸、速くなる心臓。
そっと通話ボタンを押せば、一瞬の沈黙のあと、もしもし、と乾いた声が聞こえた。ずっとずっと聴きたかった声が。
「える、える、」
「はい、こんばんは」
「こ、こんばんはじゃないよ!」
「プレゼントは受け取りましたか?」
「い、い、いま」
「それは良かったです。サプラーイズ」
セリフの意味わかってないんじゃないか?てくらい棒読みで言われたそれに、サプライズじゃないよ!と叫ぶより早く「これ何の花?」という疑問が口をついて出た。電話の向こうで呆れたような溜息と、一番に言うことがそれですか?というぼやきが聞こえたけど、しっかりとした声量で「エバーラスティングです」と返ってきた。
「エバー…?」
「あとで調べてください。申し訳ありませんが会いに帰る時間が取れず、今日のところはその花を私だと思って下さい」
「…うん」
「そんな寂しそうな声を出さないで、バレンタインには間に合いませんでしたけど、近々帰れそうなので…それまで待っていてくれますね?」
「その言い方ずるいよ」
プレゼントは本当に嬉しかったし、忙しくてバレンタインなんて俗世の行事忘れてると思っていたからこれを手配して手紙をしたためている間は私のことを考えていてくれたんだって、口角が上がってしまう。
会いに「くる」んじゃなくて「帰る」って言葉のチョイスも嬉しい。
でも会えないのはやっぱり寂しい。
「…名前」
「なに」
「I love you more than anything.(他の何より愛してる)」
〜ッ!!
私が英語で囁かれるのに弱いってわかっててやってるな!!!!ばか!すき!ばか!
「……それが本当なら早く帰ってきて」
「善処します」
ばかばかばか。
嬉しさと寂しさと切なさと愛しさがないまぜになって泣いてしまうと電話口で優しく甘い声が名前を呼ぶ。
「名前、My Valentine,愛してるって言って」
「………あいしてる」
「はい、私も愛してます」
優しく諭すように言われて、直接耳に注ぎ込まれたその言葉が心の隙間に染み渡る。
「帰る時にはチョコレート用意しておいて下さいね、どうせ今日は自分の分しかないんでしょう」
「…ッ!だって絶対帰ってこないって知ってたし!!」
「はいはい、私が悪いです」
全然心のこもってない声で早々に降参した彼とくだらない会話を少しして、もう時間だからと切られてしまう。
暗くなったケータイの画面をテーブルに伏せて、花束に顔を埋めると花の良い匂いに混じって知っている匂いがするのでバッと顔を上げ花束を箱から取り出せば、花束の下に白いハンカチが敷いてあるのに気付く。これは。エルの。
すんすんとハンカチを嗅ぐ。懐かしい匂い。石鹸とエルの洗濯したてのシャツの匂い。ああ、私の代わりにってこれ。
ハンカチを鼻に押し当ててすんすん嗅ぎながらエバーラスティングを検索してその花言葉が「永遠の思い出」「不滅の愛」「いつまでも続く幸せ」だということに突っ伏するのはもう少し先の話。
だからバレンタインも好きだ。
恋人がいようといまいと、催事場でキラキラした空気を浴びて、かわいいパッケージに心躍らせて、片っ端から試食して舌鼓を打って、予想以上に散財する。毎年の恒例だ。
買うのは自分用と家族用、あと友達に。
恋人に買うのは、もうやめた。
私の恋人は世界一の名探偵で、迷宮入りしそうな事件があればそれがどこで起きていようと飛んで行ってしまう。今回も文字通り飛んで行ってしまった恋人が一体今どの国にいるのかもわからない。秘密の多い彼の連絡先は知らされず、たまに一方的に連絡が来るだけ。本当に付き合ってるんだろうか?彼にとって私って?という疑問はだいぶ前に蓋をした。考えるだけ辛いから。枕を濡らす夜もあるけど、たまに来る電話で全てを許しちゃうんだから惚れた方が負けというやつだ。
年が明けてからたった一度、新年の挨拶だけ連絡を取ったが(それも松の内をだいぶ過ぎてから思い出したかのように電話が来ただけだ)(声が聞けただけで全てどうでもよくなってしまうの、我ながらチョロすぎると思う)それから一切音沙汰なし、なのでどうせバレンタインにも会えないだろうし、用意したチョコを渡せず一人で食べるのも虚しいので、はなから用意しなかった。知らない知らない。帰ってこない方が悪い。
チョコレートの詰まったかわいい紙袋をブンブン振り回しながら帰宅する。ちょっとの期待を込めてポストを覗くも空っぽ。…知ってた知ってた。期待なんかしてない、してないったら。
一人暮らしの真っ暗な部屋にただいまの挨拶を投げ、適当に自炊して晩御飯、テレビを見たりゴロゴロしたり。そろそろ食後のデザートに、買ってきたチョコレートを食べようかな。5個で6000円くらいするやつ。ちょっと奮発しちゃった。だって試食が美味しかったんだもん。エルにはあげないよー。
独り言を言いながらかわいい箱を開ける。この箱、アクセサリー入れにしようっと。一口チョコを齧って美味しさにニヤニヤしていると、ふいにチャイムが鳴って心臓が飛び出るかと思った。
えっ!?だれ!?
まさかエル!?!?と自分でも驚きの瞬発力でインターホンモニターに駆け寄る。良く知った宅配業者の制服が立っていた。なーんだ。エルじゃないのか。がっかりしてこの世の終わりかってくらい萎んだ心のままモニターを見る。こんな夜に宅配便?何も頼んでないし心当たりもない。怪しい奴かな?開けない方が良い?本当に荷物なら宅配ロッカー入れといてくれないかな。心当たりないけど。
ぐるぐる考えているうちに催促するようにもう一度チャイムが鳴った。ああもう。
「……はい」
『あ、白猫急便です!お荷物お届けに参りました』
「はぁ…送り主誰になってます?」
『えぇと…るう…るぅーくあきー?らっくすあきー?すみません、読めなくて…英語で…』
「………英語?」
るぅーくあきー?らっくすあきー?るう…Luxaky!?
閃きと同時にオートロック解除ボタンに指を叩きつけ、足をもつれさせながら玄関へと走る。まだ宅配業者が玄関まで来ていないというのに勢い良くドアを開けた。
はやる心臓に手を当てながら廊下を凝視していると先程モニターに映っていた男が白い箱を手に現れた。こちらがドアを開けて待っていることに気付いて小走りでやってくる。
「すみません、こちらです、サインをこちらに」
「はい、はい、はい」
焦ってぐちゃぐちゃの字でサインをして荷物を受け取りドアを閉める。
部屋まで戻るのももどかしくて玄関に立ったまま真っ白い箱を見下ろす。
贈り主はLuxaky。贈り主の住所は無し。
手汗でびっしょりな上、震えて上手く動かない指で必死にガムテープを剥がし、箱を開ける。
白い箱の中には彼のデニムパンツを思わせる淡い水色の包装紙に包まれた紅い花束。
その中に白いカードが入っていた。
震える指でそっと開く。
To The One I Love,名前
I'm always thinking about you even though we are apart.
I hope you know how much you mean and how happy you always make me. The day we met is a day I will cherish until the end of time. I have never felt as happy as I do when you are at my side. My heart belongs to you on Valentine’s Day and always.
For today or tomorrow, be mine, forever and ever and ever.
your Valentine,L
(たった一人の愛しい人、名前へ
どんなに離れていてもいつも貴女のことを考えています。貴女が私にとってどれだけ意味があり、いつも私をどれだけ幸せにしてくれているか、知っているといいのですが。貴女と出会ったその日は、私の最期の日まで大切にします。ただ貴女が隣にいるだけで、今までこんなに幸せに感じたことはない。私の心はこれからもずっと、貴女のものです。
今日そして明日もその先もずっとずっと、永遠に私のものでいて下さい。
貴女の特別、L)
予想以上に長い文面に頭の中で一生懸命翻訳しながら読む。彼の母国語を話せるようになりたくて、付き合ってから通い出した英会話教室がこんなところで役立つとは。というか、こんなに長い手紙を貰ったのは初めてだ。極力形に残るものを避ける上に、くれたとしてもいつも書き置きのような2,3行のものなのに。
カードを何度も何度も読み直し、箱の中の花束を見る。
紅いから薔薇かと思ったけど違う。これ何の花?
調べようかと思い、未だに玄関に突っ立ったままだと気づく。ケータイ、部屋のテーブルの上だ。
箱を抱えたままようやくのろのろと部屋に戻り、ケータイを手にした途端、まるで狙ったかのようにケータイが鳴り響いて思わず取り落としてしまう。床に落ちたケータイを慌てて見れば、非通知の文字。浅くなる呼吸、速くなる心臓。
そっと通話ボタンを押せば、一瞬の沈黙のあと、もしもし、と乾いた声が聞こえた。ずっとずっと聴きたかった声が。
「える、える、」
「はい、こんばんは」
「こ、こんばんはじゃないよ!」
「プレゼントは受け取りましたか?」
「い、い、いま」
「それは良かったです。サプラーイズ」
セリフの意味わかってないんじゃないか?てくらい棒読みで言われたそれに、サプライズじゃないよ!と叫ぶより早く「これ何の花?」という疑問が口をついて出た。電話の向こうで呆れたような溜息と、一番に言うことがそれですか?というぼやきが聞こえたけど、しっかりとした声量で「エバーラスティングです」と返ってきた。
「エバー…?」
「あとで調べてください。申し訳ありませんが会いに帰る時間が取れず、今日のところはその花を私だと思って下さい」
「…うん」
「そんな寂しそうな声を出さないで、バレンタインには間に合いませんでしたけど、近々帰れそうなので…それまで待っていてくれますね?」
「その言い方ずるいよ」
プレゼントは本当に嬉しかったし、忙しくてバレンタインなんて俗世の行事忘れてると思っていたからこれを手配して手紙をしたためている間は私のことを考えていてくれたんだって、口角が上がってしまう。
会いに「くる」んじゃなくて「帰る」って言葉のチョイスも嬉しい。
でも会えないのはやっぱり寂しい。
「…名前」
「なに」
「I love you more than anything.(他の何より愛してる)」
〜ッ!!
私が英語で囁かれるのに弱いってわかっててやってるな!!!!ばか!すき!ばか!
「……それが本当なら早く帰ってきて」
「善処します」
ばかばかばか。
嬉しさと寂しさと切なさと愛しさがないまぜになって泣いてしまうと電話口で優しく甘い声が名前を呼ぶ。
「名前、My Valentine,愛してるって言って」
「………あいしてる」
「はい、私も愛してます」
優しく諭すように言われて、直接耳に注ぎ込まれたその言葉が心の隙間に染み渡る。
「帰る時にはチョコレート用意しておいて下さいね、どうせ今日は自分の分しかないんでしょう」
「…ッ!だって絶対帰ってこないって知ってたし!!」
「はいはい、私が悪いです」
全然心のこもってない声で早々に降参した彼とくだらない会話を少しして、もう時間だからと切られてしまう。
暗くなったケータイの画面をテーブルに伏せて、花束に顔を埋めると花の良い匂いに混じって知っている匂いがするのでバッと顔を上げ花束を箱から取り出せば、花束の下に白いハンカチが敷いてあるのに気付く。これは。エルの。
すんすんとハンカチを嗅ぐ。懐かしい匂い。石鹸とエルの洗濯したてのシャツの匂い。ああ、私の代わりにってこれ。
ハンカチを鼻に押し当ててすんすん嗅ぎながらエバーラスティングを検索してその花言葉が「永遠の思い出」「不滅の愛」「いつまでも続く幸せ」だということに突っ伏するのはもう少し先の話。
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