名探偵のお気に入り
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「お疲れ様、エル!」
「…お疲れ様です。」
静かに部屋へ入れば明るい声がかかる。
数ヶ月ぶりに手首に何もついていない自分の姿を見て自然と口角を上げた彼女は弾けるような笑みで手招きをした。
振り出しに戻ったといえばそれまでだが、長いこと追いかけていたキラ事件がようやくひとまず一段落といえるところまできたのだ。
死なせてしまったけれど、確実にキラだった人物を確保し殺しの手段も手に入れた。何ヶ月も硬直状態だった頃と比べれば大きな躍進だった。おかげでこうしてやっと独りになれたのだ。
「嬉しそうですね」
「だって3ヶ月ぶりなんだもん」
二人きりなのは。
今までだって3ヶ月くらい会えないことなんかざらだったが、それは本当に姿を見ることもできない状況であってまだ諦めがついた。でも直近の3ヶ月は違う。毎日顔を合わせているのに二人きりになれないのは思っていたより苦痛だった。
にこにこと笑ってしまう顔を隠さずに頬を緩ませている彼女の隣に座ってむに、と頬をつねる。全然痛くないはずだけれど「いひゃい」と抗議される。その声すら弾んでしまったことがおかしいのか、にこにこに加えてふふふという笑い声まで漏れ出てしまうナマエ。ああもう本当にこの子は。
頬を摘まれたままにやにやしている彼女を見下ろす目をやさしく半月状に歪めて顔を近づけ、その唇をやわらかく食んだ。
「…そんなにかわいいことばかりすると食べてしまいますよ」
「だめ!食べるのはこっちが先!」
おでことおでこをくっつけた距離感のまま言えば強めに反論される。顔を両手で挟むようにつかまれ、ぐいっと横に向けられた。テーブルの上に所狭しと並べられたお菓子とご馳走を見せる様に。
「Happy birthday L、今年はお祝いできないかと思った」
一緒に暮らし始めてから2回目のLの誕生日。
去年はふたりきりでお祝いしたけれど、今年は周りにたくさん人がいたし24時間夜神月と繋がっているし、個人情報を隠すために誕生日であると明かすわけにいかないから最悪この台詞すら直接伝えられないことも覚悟していた。
まだ事件は解決していないけれど無事に直接祝えることがとても嬉しい。
なんだかんだバタバタしてしまい、こうして祝うのは皆が寝静まった深夜になってしまったけれど。あと数十分で誕生日も終わってしまうが滑り込みセーフなので結果オーライだ。
「張り切ってケーキ手作りしちゃった。お口に合うと良いんだけど」
「ナマエが作ったのなら美味しいに決まってます」
「口が肥えてるくせにそこの判定は甘いよね」
真ん中にそびえるバースデーケーキに蝋燭を刺していく。
長いのが2本と短いのが5本。
出会った頃は10代だったというのに、もうこんなに大人になってしまった。そう思いながらLは少女が蝋燭に火をつけるさまを愛しく眺める。彼女もずいぶん大きくなった。
「ほら電気消して!一緒に手拍子してね、Happy birthday to you,happy birthday to you」
鈴が転がるような声音で彼女が歌う。
電気を消した暗い部屋の中、お互いの顔を揺らめく炎がうっすら照らす。
ぱちぱちと控えめな手拍子と彼女の歌声が部屋に響いて、それ以外は聞こえなくて。世界に二人きりのようだ。幸せな時間が流れる。
「happy birthday DEAR …エル、」
名前を呼ぶ前にちゅっと可愛らしい音を立てて唇が触れ合う。
彼女からキスされるのが珍しくてぱちくりと瞬きすれば、いたずらっ子のように目を細めてにやつくナマエが顔を寄せたまま上目使いで首をかしげた。
たまらなくなってぎゅうと抱きしめ首に顔を埋めてその白くすべすべな首筋に唇を落とせば「きゃあ!あははっくすぐったいよもう!」と軽く暴れた彼女をさらに抱きしめる。
くすくす笑った彼女は私の後頭部を優しく撫でると「…happy birthday to you」と歌を締めくくった。
「ほら、ふーして!蝋が垂れちゃう!」
いつまでも抱きしめていたかったが背中を叩かれ急かされる。
せっかく彼女が作ってくれたケーキに蝋が垂れてはまずいと灯りに顔を寄せてふぅと一息吹きかけた。瞬間、部屋が真っ暗になる。
「ちょっと!お願い事しなかったでしょう!」
ピ、という機械音と共に彼女が手にしたリモコンによって部屋の電気がつく。
明るさに目を細めながら怪訝な顔を返せば、蝋燭を吹き消す前にお願い事をするものだとぷんすかしている少女が蝋燭を抜こうとしていた。
長い蝋燭を1本抜き、もう1本も抜こうとしている少女の手をやんわり止める。
不思議そうにこちらを見る彼女を一瞥してケーキへ目を落とした。
お願い事か。
それが叶うかはまさに貴女次第なのだけれど。
そう心の中でごちながら、短い蝋燭を1本突き刺した。
ケーキの上には長い蝋燭が1本、短い蝋燭が6本。
再び火をつけ始めた私を本当に不思議そうに見つめる顔が間抜けで思わず笑ってしまいながら軽くでこぴんをした。
「いたっ!?えっ??なに?」
「時計を見てください」
壁にかかった時計を指差せば、0時をまわっており、月が替わったことを表していた。
10月31日は終わり、11月1日、つまり彼女の誕生日になっていた。
「今度はあなたの番ですよ、my dear」
まだ丸い目をしたままの彼女からリモコンを取り上げ電気を消す。
再び、お互いの顔を照らすのは心もとない揺らめくオレンジの光だけ。
静かにバースデーソングを歌えば、彼女がぎゅっと抱きついてきた。それを抱きとめ、耳元でdearと名を呼ぶ。最後まで歌いきり、額にキスを落とすと泣きそうな彼女が顔を上げた。
「…幸せ」
「それはよかった」
やわらかい唇に自身のそれを落として、目線で蝋燭を吹き消すよう促す。
ゆっくり腕を解いて離れた彼女がケーキに顔を寄せ胸の前で手を組むと目を閉じた。願い事をしているらしい。そこそこ長い時間そうしているのでぽたぽたとケーキに色とりどりの雫が垂れる。
ようやく目を開けた彼女はふっと息を吐いた。
部屋が暗闇に包まれる。
電気をつけようとリモコンに伸びた手をつかみ引き寄せる。暗がりの中、胸に飛び込んできた華奢な体を抱きしめて耳元に口を寄せた。
「お願い事をしたいんですが」
「え?蝋燭消す前にしそびれたやつ?」
「はい」
「消しちゃったけど多分まだ間に合うよ、どうぞ」
「……あなたの一生を私にください」
え?と息を呑む音が聞こえる。
暗闇の中、ポケットに手を突っ込んで華奢な金属を取り出し、手探りで彼女の手をつかむとそっとその指へ滑らす。ハッと短い呼吸音が聞こえたのを合図にピ、とリモコンを押した。
明るくなった部屋の中で抱き込んでいる彼女の顔を覗き込めば信じられないものを見る目でぽかんと口を開けた間抜け面と目が合った。
左手を掬い上げ、その細い指の付け根に光る金属へそっと唇を落とす。
そのまま目線だけを上げて彼女の戸惑う視線と絡めた。
「結婚してください、ナマエ」
零れ落ちるんじゃないかと思うほど見開かれた彼女の瞳からぽろり、と涙がこぼれた。
そのままぼたぼたと大粒の涙が堰を切ったように溢れる。
ぐしゃりと顔を歪めた少女が血が滲みそうなくらい唇を噛むものだから、怪我をしないようにその唇を解くように自身の唇を押し当てた。
鼻をすり合わせ、頬を流れる涙を唇で拾い、目元に口を寄せて甘しょっぱい雫を吸う。何度かそれを繰り返すもとめどなく溢れる涙に追いつかず、もう一度震える唇を食むと、それを重ね合わせたまま「返事は?」と問うた。
少女はしゃくりあげながら私にしがみついていたけれど、ぐ、と唇を押し当ててきたかと思えば軽く離して震える声で「よろしく、おねが、ます」と何とか発した。
全身が熱い。燃えているようだ。幸せとはこんなに熱いものだったのだ。
この気持ちを伝えたくて、溢れる衝動のまま彼女を抱きしめるとそのままソファへ押し倒した。ぎゅうぎゅうと抱きしめ、顔中にキスを降らす。その間もずっと泣いている彼女は一生懸命背へ手を回し、ぎゅうぎゅう抱きしめ返してきた。彼女からも頬へ瞼へ唇へキスが降ってくる。どうしようもなくなって力任せに抱きしめあって、ただひたすらお互いの顔をすり寄せ合った。
どのくらいそうしていたかわからない。
最後にひとつ、唇にキスを落としてどちらともなく離れた私たちは寄り添うようにソファへ沈んでいた。
いつものように立てた膝の間に彼女が座り、その小さな背を私の腹に預けている。
彼女はぼんやりと腕を伸ばし、その先できらきら光る指輪をずっと眺めていた。手をグーパーしたりひらひらしたり。そのたびに灯りを反射して光る華奢な金属を飽きずにずっと眺めている。
そんなに喜んでもらえたなら本望だが、いい加減こちらを向いてほしい。
そう思ってうなじに口付ければやっと少女の目がこちらを捕らえた。
「ねえ、なにこれ」
「……なにこれ、とは…ご覧のとおり指輪ですが」
「それはわかる…いったいいつ用意したの…」
「ずいぶん前に。貴女が大人になるのを待っていたんですよ」
「…大人になる前に食べちゃったのに?」
「…………それとこれとは話が別です」
「都合がいいなあ」
ふふ、とやっと笑った彼女は泣きはらした赤い目元を歪ませた。
「嵌めるとこ見たかったな」と口を尖らすので、その可愛い唇にぱくりと噛み付く。
「結婚指輪は見えるように嵌めてあげますよ」
「え、これは?」
「婚約指輪です」
「なるほど…ふたつあるのか…」
そういうことには疎い少女はまたまじまじと指輪に見入ってしまったので自分が贈ったそれに妬けてパーにしている小さな手に自身の節くれだった指を絡めた。
「ねえ、結婚はいつするの、忙しいでしょう」
「英国式だと時間も手間もかかりますが、ここは日本ですし、私はもう英国籍でもありませんから何式でも構いませんよ。式を挙げても挙げなくても、籍を入れても入れなくても。貴女が私と添い遂げてくれると誓ってくれるのならなんでも構いません」
「そっか、英国式以外もあるのか…」
諸外国の婚姻についてざっくりとした知識はあるものの、故郷の英国式以外あまりピンときていない様子の彼女に無限の選択肢を提示する。私自身無宗教であるから、彼女の趣向に沿うのはまったく構わない。
「…簡単でいいから式を挙げたい、宣誓人はワタリで、神じゃなくて貴方に誓いたい、エル、私の神はあなただから」
「わかりました」
「あと、あなたの名前がほしい」
「…苗字を変えるということですか?そんなところを日本式にしなくても、貴女のアイデンティティが」
「違うの、私のアイデンティティはファーストネームだけで充分、今まで以上にあなたの一部になりたいの。ねえ、お願い、名前を分けて」
そんな風に強請られたら断る理由が見つからない。
今まで以上に彼女が自身の片割れになるのだと思うと、魂が震えた。
出会って十年あまり。
初めて彼女に告げる。
「…L Lawliet。私の本名です。私の一部になってください。」
はい、と微笑んだ彼女にひとつ、口付けを落とした。
「…お疲れ様です。」
静かに部屋へ入れば明るい声がかかる。
数ヶ月ぶりに手首に何もついていない自分の姿を見て自然と口角を上げた彼女は弾けるような笑みで手招きをした。
振り出しに戻ったといえばそれまでだが、長いこと追いかけていたキラ事件がようやくひとまず一段落といえるところまできたのだ。
死なせてしまったけれど、確実にキラだった人物を確保し殺しの手段も手に入れた。何ヶ月も硬直状態だった頃と比べれば大きな躍進だった。おかげでこうしてやっと独りになれたのだ。
「嬉しそうですね」
「だって3ヶ月ぶりなんだもん」
二人きりなのは。
今までだって3ヶ月くらい会えないことなんかざらだったが、それは本当に姿を見ることもできない状況であってまだ諦めがついた。でも直近の3ヶ月は違う。毎日顔を合わせているのに二人きりになれないのは思っていたより苦痛だった。
にこにこと笑ってしまう顔を隠さずに頬を緩ませている彼女の隣に座ってむに、と頬をつねる。全然痛くないはずだけれど「いひゃい」と抗議される。その声すら弾んでしまったことがおかしいのか、にこにこに加えてふふふという笑い声まで漏れ出てしまうナマエ。ああもう本当にこの子は。
頬を摘まれたままにやにやしている彼女を見下ろす目をやさしく半月状に歪めて顔を近づけ、その唇をやわらかく食んだ。
「…そんなにかわいいことばかりすると食べてしまいますよ」
「だめ!食べるのはこっちが先!」
おでことおでこをくっつけた距離感のまま言えば強めに反論される。顔を両手で挟むようにつかまれ、ぐいっと横に向けられた。テーブルの上に所狭しと並べられたお菓子とご馳走を見せる様に。
「Happy birthday L、今年はお祝いできないかと思った」
一緒に暮らし始めてから2回目のLの誕生日。
去年はふたりきりでお祝いしたけれど、今年は周りにたくさん人がいたし24時間夜神月と繋がっているし、個人情報を隠すために誕生日であると明かすわけにいかないから最悪この台詞すら直接伝えられないことも覚悟していた。
まだ事件は解決していないけれど無事に直接祝えることがとても嬉しい。
なんだかんだバタバタしてしまい、こうして祝うのは皆が寝静まった深夜になってしまったけれど。あと数十分で誕生日も終わってしまうが滑り込みセーフなので結果オーライだ。
「張り切ってケーキ手作りしちゃった。お口に合うと良いんだけど」
「ナマエが作ったのなら美味しいに決まってます」
「口が肥えてるくせにそこの判定は甘いよね」
真ん中にそびえるバースデーケーキに蝋燭を刺していく。
長いのが2本と短いのが5本。
出会った頃は10代だったというのに、もうこんなに大人になってしまった。そう思いながらLは少女が蝋燭に火をつけるさまを愛しく眺める。彼女もずいぶん大きくなった。
「ほら電気消して!一緒に手拍子してね、Happy birthday to you,happy birthday to you」
鈴が転がるような声音で彼女が歌う。
電気を消した暗い部屋の中、お互いの顔を揺らめく炎がうっすら照らす。
ぱちぱちと控えめな手拍子と彼女の歌声が部屋に響いて、それ以外は聞こえなくて。世界に二人きりのようだ。幸せな時間が流れる。
「happy birthday DEAR …エル、」
名前を呼ぶ前にちゅっと可愛らしい音を立てて唇が触れ合う。
彼女からキスされるのが珍しくてぱちくりと瞬きすれば、いたずらっ子のように目を細めてにやつくナマエが顔を寄せたまま上目使いで首をかしげた。
たまらなくなってぎゅうと抱きしめ首に顔を埋めてその白くすべすべな首筋に唇を落とせば「きゃあ!あははっくすぐったいよもう!」と軽く暴れた彼女をさらに抱きしめる。
くすくす笑った彼女は私の後頭部を優しく撫でると「…happy birthday to you」と歌を締めくくった。
「ほら、ふーして!蝋が垂れちゃう!」
いつまでも抱きしめていたかったが背中を叩かれ急かされる。
せっかく彼女が作ってくれたケーキに蝋が垂れてはまずいと灯りに顔を寄せてふぅと一息吹きかけた。瞬間、部屋が真っ暗になる。
「ちょっと!お願い事しなかったでしょう!」
ピ、という機械音と共に彼女が手にしたリモコンによって部屋の電気がつく。
明るさに目を細めながら怪訝な顔を返せば、蝋燭を吹き消す前にお願い事をするものだとぷんすかしている少女が蝋燭を抜こうとしていた。
長い蝋燭を1本抜き、もう1本も抜こうとしている少女の手をやんわり止める。
不思議そうにこちらを見る彼女を一瞥してケーキへ目を落とした。
お願い事か。
それが叶うかはまさに貴女次第なのだけれど。
そう心の中でごちながら、短い蝋燭を1本突き刺した。
ケーキの上には長い蝋燭が1本、短い蝋燭が6本。
再び火をつけ始めた私を本当に不思議そうに見つめる顔が間抜けで思わず笑ってしまいながら軽くでこぴんをした。
「いたっ!?えっ??なに?」
「時計を見てください」
壁にかかった時計を指差せば、0時をまわっており、月が替わったことを表していた。
10月31日は終わり、11月1日、つまり彼女の誕生日になっていた。
「今度はあなたの番ですよ、my dear」
まだ丸い目をしたままの彼女からリモコンを取り上げ電気を消す。
再び、お互いの顔を照らすのは心もとない揺らめくオレンジの光だけ。
静かにバースデーソングを歌えば、彼女がぎゅっと抱きついてきた。それを抱きとめ、耳元でdearと名を呼ぶ。最後まで歌いきり、額にキスを落とすと泣きそうな彼女が顔を上げた。
「…幸せ」
「それはよかった」
やわらかい唇に自身のそれを落として、目線で蝋燭を吹き消すよう促す。
ゆっくり腕を解いて離れた彼女がケーキに顔を寄せ胸の前で手を組むと目を閉じた。願い事をしているらしい。そこそこ長い時間そうしているのでぽたぽたとケーキに色とりどりの雫が垂れる。
ようやく目を開けた彼女はふっと息を吐いた。
部屋が暗闇に包まれる。
電気をつけようとリモコンに伸びた手をつかみ引き寄せる。暗がりの中、胸に飛び込んできた華奢な体を抱きしめて耳元に口を寄せた。
「お願い事をしたいんですが」
「え?蝋燭消す前にしそびれたやつ?」
「はい」
「消しちゃったけど多分まだ間に合うよ、どうぞ」
「……あなたの一生を私にください」
え?と息を呑む音が聞こえる。
暗闇の中、ポケットに手を突っ込んで華奢な金属を取り出し、手探りで彼女の手をつかむとそっとその指へ滑らす。ハッと短い呼吸音が聞こえたのを合図にピ、とリモコンを押した。
明るくなった部屋の中で抱き込んでいる彼女の顔を覗き込めば信じられないものを見る目でぽかんと口を開けた間抜け面と目が合った。
左手を掬い上げ、その細い指の付け根に光る金属へそっと唇を落とす。
そのまま目線だけを上げて彼女の戸惑う視線と絡めた。
「結婚してください、ナマエ」
零れ落ちるんじゃないかと思うほど見開かれた彼女の瞳からぽろり、と涙がこぼれた。
そのままぼたぼたと大粒の涙が堰を切ったように溢れる。
ぐしゃりと顔を歪めた少女が血が滲みそうなくらい唇を噛むものだから、怪我をしないようにその唇を解くように自身の唇を押し当てた。
鼻をすり合わせ、頬を流れる涙を唇で拾い、目元に口を寄せて甘しょっぱい雫を吸う。何度かそれを繰り返すもとめどなく溢れる涙に追いつかず、もう一度震える唇を食むと、それを重ね合わせたまま「返事は?」と問うた。
少女はしゃくりあげながら私にしがみついていたけれど、ぐ、と唇を押し当ててきたかと思えば軽く離して震える声で「よろしく、おねが、ます」と何とか発した。
全身が熱い。燃えているようだ。幸せとはこんなに熱いものだったのだ。
この気持ちを伝えたくて、溢れる衝動のまま彼女を抱きしめるとそのままソファへ押し倒した。ぎゅうぎゅうと抱きしめ、顔中にキスを降らす。その間もずっと泣いている彼女は一生懸命背へ手を回し、ぎゅうぎゅう抱きしめ返してきた。彼女からも頬へ瞼へ唇へキスが降ってくる。どうしようもなくなって力任せに抱きしめあって、ただひたすらお互いの顔をすり寄せ合った。
どのくらいそうしていたかわからない。
最後にひとつ、唇にキスを落としてどちらともなく離れた私たちは寄り添うようにソファへ沈んでいた。
いつものように立てた膝の間に彼女が座り、その小さな背を私の腹に預けている。
彼女はぼんやりと腕を伸ばし、その先できらきら光る指輪をずっと眺めていた。手をグーパーしたりひらひらしたり。そのたびに灯りを反射して光る華奢な金属を飽きずにずっと眺めている。
そんなに喜んでもらえたなら本望だが、いい加減こちらを向いてほしい。
そう思ってうなじに口付ければやっと少女の目がこちらを捕らえた。
「ねえ、なにこれ」
「……なにこれ、とは…ご覧のとおり指輪ですが」
「それはわかる…いったいいつ用意したの…」
「ずいぶん前に。貴女が大人になるのを待っていたんですよ」
「…大人になる前に食べちゃったのに?」
「…………それとこれとは話が別です」
「都合がいいなあ」
ふふ、とやっと笑った彼女は泣きはらした赤い目元を歪ませた。
「嵌めるとこ見たかったな」と口を尖らすので、その可愛い唇にぱくりと噛み付く。
「結婚指輪は見えるように嵌めてあげますよ」
「え、これは?」
「婚約指輪です」
「なるほど…ふたつあるのか…」
そういうことには疎い少女はまたまじまじと指輪に見入ってしまったので自分が贈ったそれに妬けてパーにしている小さな手に自身の節くれだった指を絡めた。
「ねえ、結婚はいつするの、忙しいでしょう」
「英国式だと時間も手間もかかりますが、ここは日本ですし、私はもう英国籍でもありませんから何式でも構いませんよ。式を挙げても挙げなくても、籍を入れても入れなくても。貴女が私と添い遂げてくれると誓ってくれるのならなんでも構いません」
「そっか、英国式以外もあるのか…」
諸外国の婚姻についてざっくりとした知識はあるものの、故郷の英国式以外あまりピンときていない様子の彼女に無限の選択肢を提示する。私自身無宗教であるから、彼女の趣向に沿うのはまったく構わない。
「…簡単でいいから式を挙げたい、宣誓人はワタリで、神じゃなくて貴方に誓いたい、エル、私の神はあなただから」
「わかりました」
「あと、あなたの名前がほしい」
「…苗字を変えるということですか?そんなところを日本式にしなくても、貴女のアイデンティティが」
「違うの、私のアイデンティティはファーストネームだけで充分、今まで以上にあなたの一部になりたいの。ねえ、お願い、名前を分けて」
そんな風に強請られたら断る理由が見つからない。
今まで以上に彼女が自身の片割れになるのだと思うと、魂が震えた。
出会って十年あまり。
初めて彼女に告げる。
「…L Lawliet。私の本名です。私の一部になってください。」
はい、と微笑んだ彼女にひとつ、口付けを落とした。