名探偵のお気に入り
はじめにお名前変換してください
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ワイミーズハウスには開かずの間がある。
東の塔、一番上の屋根裏部屋へ続く薄暗い階段。普段誰も近付かないその暗がりの奥から、夜な夜な何かが震えるような低い地響きとカタカタという不気味な物音がするという。
子どもたちはそれを幽霊だなんだといって怖がった。肝試しに行く者もいた。誰もいないはずの部屋のドアの隙間から僅かに緑色の光が漏れ、ブブブブという振動と、キューキュルキュルという甲高い耳障りな音がすれば、皆悲鳴を上げて下階へ走り去るのだ。化け物がいると。
ナマエ・ミョウジは馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑ったが、その話題に自ら入ることは無かった。
その部屋の主が幽霊でも化け物でもないと知っていたから。
「ねえ、Lって知ってる」
東の塔の埃っぽい屋根裏部屋。
夜中に急遽呼び出された誰も立ち入らないそこで、唐突に切り出された質問。淡々と投げ付けられたため、それが質問であると理解するのに一拍要した。
「……ここで暮らしてたらみんな知っているのでは?」
「ふーん、じゃあさ、会ったことある?」
機械に頭を突っ込んだまま返答していたナマエは何て答えたものかと思考を巡らす。
齢10にして工科大学へ飛び級入学したからといって全ての機械に明るい訳ではないのだが、今すぐ直して欲しい、業者を呼んでいる暇はない、と夜中に叩き起こされ、連れて来られたのがこの部屋だった。
ハウスにこんな大きなスーパーコンピュータが何台もあったとは知らなんだ。これを使わせてくれたら大学にいない間も色々できるのに。配線を弄り、コンピュータに直接繋がったモニターとキーボードに機械語を直接叩き込む。コンパイルしている時間が惜しい。早く寝たい。眠たい。一体何時だと思っているのだ。
「ねえ、会ったことある?無視?良くないよ」
部屋の主らしいこの男はだんまりを決め込んだ私のそばまでくると何かの棒で私の脇腹を突っついたものだから短く悲鳴を上げて機械から顔を出した。
「ないです。やめてください」
「へぇえ、ないの、どうしてわかるの?顔を知ってるの?」
「知らないです。けど誰の前にも姿を現さないんでしょうLって。だから会ったことありません」
嘘だ。
もう何度Lの元で直接一緒に事件を解決したか。
なんなら片想いの相手でもある。
どちらも墓まで持っていく世紀の秘密だからこの初対面の男に言う訳ないけれど。
「じゃあ、いいこと教えてあげようか」
目の前にしゃがみ込んだ男は面白そうに双眼を歪めて、
「私がLです」
と宣った。
我ながらポーカーフェイスが下手だと思う。恐らくすごい顔をしてしまった。
「……勝手にLを名乗ったら痛い目見るらしいですよ」
「え〜、どうして?私がLじゃないって信じない証拠でもある?姿を現さないんでしょう?僕をこの施設内で見たことある?」
「…ないですけど」
「ほぉら」
「けど、だとしたらこんなところにいないだろうし、私を呼ばずに自分でも直せるんじゃないですか?だから違うと思います」
けらけらけら!
取って付けたような声を真顔で発した男に身構える。
「ん、ん、違うな、きゃははははははは!ん〜これも違う、クスクスクス、そう、クスクスクスクス!!これかな」
こきり、と首を鳴らして、その首を傾けたままこちらを凝視した男は口角をきゅっと上げてみせた。口は逆三角形に開いたけれど、セリフのような棒読みの笑い声が気持ち悪い。
まるで『笑う』という表情を単なるタスクとして実行しているようにしか見えない。
「ねぇキミ、名前なんていうの?」
逆三角形に開いた口はそのままに、私の頭上を凝視しながら聞いてくる。どこ見てんだ?
「……ナマエ、です」
「え、」
ばちり、目があった。
心の奥底まで見透かされるようなギョロリとした瞳孔に背筋が凍る。
穴が開くほど私の目の奥まで見つめた後、また頭上に目線をやって、口が裂けるんじゃないかってくらい口角を引き上げた。
「くくくくっ、そう、ナマエ、そう…面白!いいね、くくくくくっ」
気持ち悪い笑い方。
ゾッとしているとギラギラした目のその男は更に大きく口角を引き上げた。
「僕はキュー。よろしくねナマエ」
どうやら気に入られてしまったらしい私はそれから度々その部屋へ招かれるようになった。コンピュータを好きなように使わせてあげる、とかなんとかいう甘い言葉に釣られるのは腹立たしかったけど、実際大学のゼミ室も敵わないような驚くべき設備だった。この男になんでこんな高価で大層なものが与えられているのだろう。確かに児童施設には不釣合いな程歳上の男だったけれど。
その答えは案外すぐにキューがくれた。
「私がLです」とまた宣ったのだ。
ああ、なるほど。これはLのお下がりなのだ。かつてここでLが暮らし、事件を解いていたのだろう。そう思うと、なかなか会えない意中の人を感じられる気がして、この部屋に赴くのは苦ではなくなった。
「何してるの、ナマエ」
「…キュー」
もはや聞き慣れた声に振り向き、そのまま持っていたガラスボウルを取り落としそうになった。
天然の黒髪。無地のシャツに、洗いざらしのジーンズ。ギョロリとしたパンダ目で、かなり高い痩躯を物凄く猫背にしてナマエとほぼ同じ目線になった若い男ーーあの人を髣髴とさせる出で立ちのキューがいた。
「な、に、その格好」
「どうも初めまして、竜崎と呼んでください」
「はぁ?」
「どうです、見事な変装でしょう?外に出る時はこの格好で竜崎ルエと名乗ることにしました」
ご丁寧に黒い名刺を渡してくる。
あの人のように、物を摘むような可笑しな持ち方で。
ああ、こいつ、Lに会ったことがあるんだな、とすぐにわかった。私も会ったことがあるなんて悟られないようにしなければ。
「そういえば部屋の外で初めて見たね」
「部屋?なんのことですかナマエさん」
「……初対面設定貫くの。あと敬語キモい」
元から私だの僕だの俺だのと一人称が定まらないし口調もバラバラなところがあったが、それでもこの数年で随分打ち解けてお互い敬語は外れていたのに。
その格好で敬語、わざととしか思えない。
1つ添削するならば、本物は私をさん付けで呼んだりしない。絶対教えてやらないけれど。竜崎ルエくん、1点減点。
「何してるんですか」
「最近食欲が無いから…せめて何か口にできるようにって葡萄を貰ったからゼリーにしようかと思って」
そう言って洗ったばかりの葡萄が入ったガラスボウルを調理台に乗せる。
気持ち悪いくらい猫背になった『竜崎ルエ』はこれまた気持ち悪い這うような動きで私の横に移動した。普段かなり背が高いので、近くに顔があるのが慣れない。その猫背、痛くないの?
「葡萄は房のままだとカビが生えますよ」
「よくご存知で。だから使わない分は枝ごと切って平たく風通しの良い涼しい場所で保管するよ。そうすれば1週間以上も長持ちするの」
枝をちぎり実だけにしてしまうと甘味が抜けてしまうのでご注意を。と続ける。まぁご存知でしょうけれど。気分はクッキング番組だ。
手際よく作業していく私をしばらく眺めていた『竜崎』は猫背を更に丸めて、ギョロリとした目でこちらを覗き込んだ。やめて、多少だが似ている気がしてきてしまう。
「私たちペアルックみたいですね」
「マジでやめろ」
思わず持っていた果物ナイフを突きつけてしまった。
白いTシャツにジーンズの私と確かに似たような格好だが、これは断じてお前とのペアルックではない。穢すな。
珍しく本気で感情を露わにした私に竜崎は目をまんまるに見開くと、例の口が裂けそうな笑い顔でくくくくっと肩を揺らした。
「ところでナマエさん」
「……なに」
「冷蔵庫にあるイチゴジャム、頂いても?」
この間大量の苺を鍋いっぱいに煮て作ったイチゴジャム。近々Lに会えたら持って行こうと思って鍋をかき回した甘酸っぱい気持ちと味のそれ。Lに会えるかなんて微塵もわからないのだけど願掛けのような気持ちで作ったそれ。
万年引きこもり幽霊の彼が何故それを知っているのか疑問だが、この格好の彼に言われると満更でもない。お前用じゃないんだけど。このままLに会える前に消費期限がきてしまう可能性の方が高いし。なんせ、Lが手を出しそうな難事件が最近起きてないことはわかっていたから。難事件がなければ私も呼ばれない。可笑しいな、前回会った時に晴れて両思いになったはずなのに連絡の1つも寄越さない。
食欲不振の原因を思い出し、暗い気持ちになりながら何個もある瓶の1つくらいくれてやっても良いか、と思っていいよと許可した。
「その代わり、その格好の時食べて。キューじゃなくて『竜崎』にあげます」
「…そうですか、嬉しいです。大好物なので。。……ナマエ」
「なに?」
「長生き、してくださいね、誰より」
「? そんなに具合悪そうに見える?」
「痩せましたしね」
「貴方程じゃないでしょ」
「たしかに」
そう言って貼り付けたような笑みで竜崎は笑った。
それがQ 、いや、qq、もといBBことビヨンド・バースデイと会った最後だった。
翌日、冷蔵庫のジャムの入っていた棚は空っぽになっていた。彼のいた部屋のように。
東の塔、一番上の屋根裏部屋へ続く薄暗い階段。普段誰も近付かないその暗がりの奥から、夜な夜な何かが震えるような低い地響きとカタカタという不気味な物音がするという。
子どもたちはそれを幽霊だなんだといって怖がった。肝試しに行く者もいた。誰もいないはずの部屋のドアの隙間から僅かに緑色の光が漏れ、ブブブブという振動と、キューキュルキュルという甲高い耳障りな音がすれば、皆悲鳴を上げて下階へ走り去るのだ。化け物がいると。
ナマエ・ミョウジは馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑ったが、その話題に自ら入ることは無かった。
その部屋の主が幽霊でも化け物でもないと知っていたから。
「ねえ、Lって知ってる」
東の塔の埃っぽい屋根裏部屋。
夜中に急遽呼び出された誰も立ち入らないそこで、唐突に切り出された質問。淡々と投げ付けられたため、それが質問であると理解するのに一拍要した。
「……ここで暮らしてたらみんな知っているのでは?」
「ふーん、じゃあさ、会ったことある?」
機械に頭を突っ込んだまま返答していたナマエは何て答えたものかと思考を巡らす。
齢10にして工科大学へ飛び級入学したからといって全ての機械に明るい訳ではないのだが、今すぐ直して欲しい、業者を呼んでいる暇はない、と夜中に叩き起こされ、連れて来られたのがこの部屋だった。
ハウスにこんな大きなスーパーコンピュータが何台もあったとは知らなんだ。これを使わせてくれたら大学にいない間も色々できるのに。配線を弄り、コンピュータに直接繋がったモニターとキーボードに機械語を直接叩き込む。コンパイルしている時間が惜しい。早く寝たい。眠たい。一体何時だと思っているのだ。
「ねえ、会ったことある?無視?良くないよ」
部屋の主らしいこの男はだんまりを決め込んだ私のそばまでくると何かの棒で私の脇腹を突っついたものだから短く悲鳴を上げて機械から顔を出した。
「ないです。やめてください」
「へぇえ、ないの、どうしてわかるの?顔を知ってるの?」
「知らないです。けど誰の前にも姿を現さないんでしょうLって。だから会ったことありません」
嘘だ。
もう何度Lの元で直接一緒に事件を解決したか。
なんなら片想いの相手でもある。
どちらも墓まで持っていく世紀の秘密だからこの初対面の男に言う訳ないけれど。
「じゃあ、いいこと教えてあげようか」
目の前にしゃがみ込んだ男は面白そうに双眼を歪めて、
「私がLです」
と宣った。
我ながらポーカーフェイスが下手だと思う。恐らくすごい顔をしてしまった。
「……勝手にLを名乗ったら痛い目見るらしいですよ」
「え〜、どうして?私がLじゃないって信じない証拠でもある?姿を現さないんでしょう?僕をこの施設内で見たことある?」
「…ないですけど」
「ほぉら」
「けど、だとしたらこんなところにいないだろうし、私を呼ばずに自分でも直せるんじゃないですか?だから違うと思います」
けらけらけら!
取って付けたような声を真顔で発した男に身構える。
「ん、ん、違うな、きゃははははははは!ん〜これも違う、クスクスクス、そう、クスクスクスクス!!これかな」
こきり、と首を鳴らして、その首を傾けたままこちらを凝視した男は口角をきゅっと上げてみせた。口は逆三角形に開いたけれど、セリフのような棒読みの笑い声が気持ち悪い。
まるで『笑う』という表情を単なるタスクとして実行しているようにしか見えない。
「ねぇキミ、名前なんていうの?」
逆三角形に開いた口はそのままに、私の頭上を凝視しながら聞いてくる。どこ見てんだ?
「……ナマエ、です」
「え、」
ばちり、目があった。
心の奥底まで見透かされるようなギョロリとした瞳孔に背筋が凍る。
穴が開くほど私の目の奥まで見つめた後、また頭上に目線をやって、口が裂けるんじゃないかってくらい口角を引き上げた。
「くくくくっ、そう、ナマエ、そう…面白!いいね、くくくくくっ」
気持ち悪い笑い方。
ゾッとしているとギラギラした目のその男は更に大きく口角を引き上げた。
「僕はキュー。よろしくねナマエ」
どうやら気に入られてしまったらしい私はそれから度々その部屋へ招かれるようになった。コンピュータを好きなように使わせてあげる、とかなんとかいう甘い言葉に釣られるのは腹立たしかったけど、実際大学のゼミ室も敵わないような驚くべき設備だった。この男になんでこんな高価で大層なものが与えられているのだろう。確かに児童施設には不釣合いな程歳上の男だったけれど。
その答えは案外すぐにキューがくれた。
「私がLです」とまた宣ったのだ。
ああ、なるほど。これはLのお下がりなのだ。かつてここでLが暮らし、事件を解いていたのだろう。そう思うと、なかなか会えない意中の人を感じられる気がして、この部屋に赴くのは苦ではなくなった。
「何してるの、ナマエ」
「…キュー」
もはや聞き慣れた声に振り向き、そのまま持っていたガラスボウルを取り落としそうになった。
天然の黒髪。無地のシャツに、洗いざらしのジーンズ。ギョロリとしたパンダ目で、かなり高い痩躯を物凄く猫背にしてナマエとほぼ同じ目線になった若い男ーーあの人を髣髴とさせる出で立ちのキューがいた。
「な、に、その格好」
「どうも初めまして、竜崎と呼んでください」
「はぁ?」
「どうです、見事な変装でしょう?外に出る時はこの格好で竜崎ルエと名乗ることにしました」
ご丁寧に黒い名刺を渡してくる。
あの人のように、物を摘むような可笑しな持ち方で。
ああ、こいつ、Lに会ったことがあるんだな、とすぐにわかった。私も会ったことがあるなんて悟られないようにしなければ。
「そういえば部屋の外で初めて見たね」
「部屋?なんのことですかナマエさん」
「……初対面設定貫くの。あと敬語キモい」
元から私だの僕だの俺だのと一人称が定まらないし口調もバラバラなところがあったが、それでもこの数年で随分打ち解けてお互い敬語は外れていたのに。
その格好で敬語、わざととしか思えない。
1つ添削するならば、本物は私をさん付けで呼んだりしない。絶対教えてやらないけれど。竜崎ルエくん、1点減点。
「何してるんですか」
「最近食欲が無いから…せめて何か口にできるようにって葡萄を貰ったからゼリーにしようかと思って」
そう言って洗ったばかりの葡萄が入ったガラスボウルを調理台に乗せる。
気持ち悪いくらい猫背になった『竜崎ルエ』はこれまた気持ち悪い這うような動きで私の横に移動した。普段かなり背が高いので、近くに顔があるのが慣れない。その猫背、痛くないの?
「葡萄は房のままだとカビが生えますよ」
「よくご存知で。だから使わない分は枝ごと切って平たく風通しの良い涼しい場所で保管するよ。そうすれば1週間以上も長持ちするの」
枝をちぎり実だけにしてしまうと甘味が抜けてしまうのでご注意を。と続ける。まぁご存知でしょうけれど。気分はクッキング番組だ。
手際よく作業していく私をしばらく眺めていた『竜崎』は猫背を更に丸めて、ギョロリとした目でこちらを覗き込んだ。やめて、多少だが似ている気がしてきてしまう。
「私たちペアルックみたいですね」
「マジでやめろ」
思わず持っていた果物ナイフを突きつけてしまった。
白いTシャツにジーンズの私と確かに似たような格好だが、これは断じてお前とのペアルックではない。穢すな。
珍しく本気で感情を露わにした私に竜崎は目をまんまるに見開くと、例の口が裂けそうな笑い顔でくくくくっと肩を揺らした。
「ところでナマエさん」
「……なに」
「冷蔵庫にあるイチゴジャム、頂いても?」
この間大量の苺を鍋いっぱいに煮て作ったイチゴジャム。近々Lに会えたら持って行こうと思って鍋をかき回した甘酸っぱい気持ちと味のそれ。Lに会えるかなんて微塵もわからないのだけど願掛けのような気持ちで作ったそれ。
万年引きこもり幽霊の彼が何故それを知っているのか疑問だが、この格好の彼に言われると満更でもない。お前用じゃないんだけど。このままLに会える前に消費期限がきてしまう可能性の方が高いし。なんせ、Lが手を出しそうな難事件が最近起きてないことはわかっていたから。難事件がなければ私も呼ばれない。可笑しいな、前回会った時に晴れて両思いになったはずなのに連絡の1つも寄越さない。
食欲不振の原因を思い出し、暗い気持ちになりながら何個もある瓶の1つくらいくれてやっても良いか、と思っていいよと許可した。
「その代わり、その格好の時食べて。キューじゃなくて『竜崎』にあげます」
「…そうですか、嬉しいです。大好物なので。。……ナマエ」
「なに?」
「長生き、してくださいね、誰より」
「? そんなに具合悪そうに見える?」
「痩せましたしね」
「貴方程じゃないでしょ」
「たしかに」
そう言って貼り付けたような笑みで竜崎は笑った。
それが
翌日、冷蔵庫のジャムの入っていた棚は空っぽになっていた。彼のいた部屋のように。