名探偵のお気に入り
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それは突然だった。
ワイミーズハウスの庭の隅にある花壇で、エントランスに飾るための花を摘んでいた少女たち。その中にはふわふわの赤毛をなびかせた今年5歳になったばかりの一際小さな女の子がいた。自分よりいくつか年上の同じ施設の少女たちに連れられ、しゃがみ込んでハサミでパチン、パチン、と花を摘んでいく。季節は冬、キンと冷えた空気が頰を赤く染める。あたたかい季節と比べて咲いている花の少ない花壇からそろそろ良いか、と立ち上がった少女は目線の先にあった敷地の端の池のほとりで輝くように咲く白く美しいそれに目を奪われた。
吸い寄せられるように近付き、迷うことなくパチン、とそれにハサミを入れた瞬間。
冷たい空気を切り裂くような耳触りなブレーキ音と共に、すぐそこの柵の真横に大きな黒塗りの高級車が止まった。
ピカピカに磨かれた黒いボディにキョトンとした己の姿が映る。
ドアが開き、中に乗っていた黒いコートの男が無感情な声を発した。
「ナマエ・ミョウジだな」
「え、はい」
思わず頷いてしまった少女はあっという間に抱き上げられ、柵を越え、黒い車内に吸い込まれた。
花壇から少女たちの慌てた声がかかるももう遅く、車はそのまま行ってしまった。
高級家具が申し訳程度にポツポツと置かれただだっ広いその部屋は、一言で言うと「白かった」。
重厚で静かで厳かな雰囲気すら漂うその部屋の真ん中で、ふかふかのソファーに座った幼女は泣いていた。
病院のようだ、と思った。
教会のようだ、とも思った。
突然連れ去られ、誰もいない広いだけの部屋に置き去りにされ、恐怖でただただ泣いていた。
手には最後に己が刈り取った一輪の水仙を握りしめて。
ガチャリ、
時計の音すらしなかった静かな空間に響いた音に肩を竦める。
音のした方を向けないまま、ソファーに縮こまっていると、ぺたり、ぺたり、と近づいてきた足音が、ギィ、と椅子を引いて目の前に座った。正確には、菓子が山積みになったローテーブルを挟んだ向かい側の一人掛けソファーに。
真向かいに座られたため否応無しに視界に飛び込んできたのは、跳ねた黒髪、白い顔に酷いクマ、ギョロリとした光のない目玉、よれよれの白いTシャツによれよれの青いジーンズ、そして裸足。
歳はまだ子ども寄りの少年が瞬きもせず見つめてきたのだ。
ますます縮こまる幼女にお構いなく、声変わり途中の掠れたアルトが部屋に響いた。
「ナマエ・ミョウジですね」
「……」
「私は、Lです」
「…神 ?」
「いえ、アルファベットのLです」
最近施設に入った一つ歳下の金髪の男の子のように名前にelが入っているのかと思ったが違うらしい。Lがイニシャルの名前なんだろう。こちらはフルネームで呼ばれているというのに自分はイニシャル一文字だけというのはフェアではないな、と幼女は思った。
その不気味な少年は、目の前の手付かずの菓子をぐるりと見回し「貴女のために用意したんですけど食べないんですか、甘いものはお嫌いですか」とモールス信号のように淡々と発言した。あまりに単調だったためそれが質問だと一瞬気付かなかった程だ。
甘いものは好きだけど、自分を誘拐した見ず知らずの男から与えられるものなど怖くて食べられない。第一、こんなにたくさんの色とりどりで繊細で美しい菓子を見るのは初めてだった。これ、食べられるのか。飾りかと思った。
何も言わず菓子を眺めていると、何を思ったのか男は「何なら好きですか」と更に問うた。
「貴女、ここに来て何も食べていないのでしょう。生憎、私が好きなものしか置いてませんので食べ物はここにあるお菓子か、あとはフルーツなら」
「!!ふるーつ」
パッと顔を上げ反応した幼女に、元々かっぴらいた丸い目を更に丸くした男の子は、なるほど、と小さく呟くとぺたぺたと部屋から出て行ってしまった。
また一人にされて心細さにキョロキョロしていると、何かを片手で摘んで男の子は帰って来た。
りんごのように丸く朱いソレ。
形からして玉ねぎを持って帰ってきた、と思った。
眉をひそめたのがわかったのか、今度は向かいに座らず幼女のいるソファーに座ってきた男の子は手のひらに余る大きさのソレを幼女に突き出した。
「これしかありませんでした」
「…たまねぎきらい」
「玉葱ではありません。柘榴です、知りませんか?」
ん、と力を入れた声が漏れて、その朱い実を両手で割り裂く。
男の子の手の中で割れたソレの中には歪な形の薄黒い紅いキラキラとした何かがたくさん詰まっていた。
ガラスビーズのような、ガーネットのような、半透明の美しい粒を夢中になって覗き込む。この年頃の女児がときめくには充分すぎる見た目だった。
「……たべられる…んですか?」
「ええ、少し酸っぱいかもしれませんが、私は好きです」
ほら、と数粒取り出して手のひらの上に乗せ、こちらにずいと差し出してくる。
少年のまだ丸みの残る青白い手のひらに乗せられた12粒のキラキラは宝石のようだった。ブレスレットにしたいな。これが食べられるなんて。
恐る恐る一粒摘み上げ、ひどくゆっくりした動作で口に含んだ。
幼女のまあるく小さな白い指が美しく透き通った紅い実をつまんで、そのぷっくりとしたさくらんぼのような唇の隙間に押し込まれる様を穴が開くほど凝視する少年。部屋はとても静かだった。
「!!……〜〜!!」
「酸っぱかったですか」
「……ん、でもおいしい、です!!」
初めて食べる不思議な味。
でも嫌いじゃない。
ごくりと飲み込んだ幼女はそのまま続けてもう3粒食べた。
一粒食べるごとに酸っぱさを逃すためかキュッと目を瞑り眉根を寄せる。
しかし飲み込んだあとにはふにゃりと笑顔を見せるのだ。
その顔を見た少年は満足そうに口角を上げた。
「ようこそ、これからよろしくお願いしますね」
ワイミーズハウスの庭の隅にある花壇で、エントランスに飾るための花を摘んでいた少女たち。その中にはふわふわの赤毛をなびかせた今年5歳になったばかりの一際小さな女の子がいた。自分よりいくつか年上の同じ施設の少女たちに連れられ、しゃがみ込んでハサミでパチン、パチン、と花を摘んでいく。季節は冬、キンと冷えた空気が頰を赤く染める。あたたかい季節と比べて咲いている花の少ない花壇からそろそろ良いか、と立ち上がった少女は目線の先にあった敷地の端の池のほとりで輝くように咲く白く美しいそれに目を奪われた。
吸い寄せられるように近付き、迷うことなくパチン、とそれにハサミを入れた瞬間。
冷たい空気を切り裂くような耳触りなブレーキ音と共に、すぐそこの柵の真横に大きな黒塗りの高級車が止まった。
ピカピカに磨かれた黒いボディにキョトンとした己の姿が映る。
ドアが開き、中に乗っていた黒いコートの男が無感情な声を発した。
「ナマエ・ミョウジだな」
「え、はい」
思わず頷いてしまった少女はあっという間に抱き上げられ、柵を越え、黒い車内に吸い込まれた。
花壇から少女たちの慌てた声がかかるももう遅く、車はそのまま行ってしまった。
高級家具が申し訳程度にポツポツと置かれただだっ広いその部屋は、一言で言うと「白かった」。
重厚で静かで厳かな雰囲気すら漂うその部屋の真ん中で、ふかふかのソファーに座った幼女は泣いていた。
病院のようだ、と思った。
教会のようだ、とも思った。
突然連れ去られ、誰もいない広いだけの部屋に置き去りにされ、恐怖でただただ泣いていた。
手には最後に己が刈り取った一輪の水仙を握りしめて。
ガチャリ、
時計の音すらしなかった静かな空間に響いた音に肩を竦める。
音のした方を向けないまま、ソファーに縮こまっていると、ぺたり、ぺたり、と近づいてきた足音が、ギィ、と椅子を引いて目の前に座った。正確には、菓子が山積みになったローテーブルを挟んだ向かい側の一人掛けソファーに。
真向かいに座られたため否応無しに視界に飛び込んできたのは、跳ねた黒髪、白い顔に酷いクマ、ギョロリとした光のない目玉、よれよれの白いTシャツによれよれの青いジーンズ、そして裸足。
歳はまだ子ども寄りの少年が瞬きもせず見つめてきたのだ。
ますます縮こまる幼女にお構いなく、声変わり途中の掠れたアルトが部屋に響いた。
「ナマエ・ミョウジですね」
「……」
「私は、Lです」
「…
「いえ、アルファベットのLです」
最近施設に入った一つ歳下の金髪の男の子のように名前にelが入っているのかと思ったが違うらしい。Lがイニシャルの名前なんだろう。こちらはフルネームで呼ばれているというのに自分はイニシャル一文字だけというのはフェアではないな、と幼女は思った。
その不気味な少年は、目の前の手付かずの菓子をぐるりと見回し「貴女のために用意したんですけど食べないんですか、甘いものはお嫌いですか」とモールス信号のように淡々と発言した。あまりに単調だったためそれが質問だと一瞬気付かなかった程だ。
甘いものは好きだけど、自分を誘拐した見ず知らずの男から与えられるものなど怖くて食べられない。第一、こんなにたくさんの色とりどりで繊細で美しい菓子を見るのは初めてだった。これ、食べられるのか。飾りかと思った。
何も言わず菓子を眺めていると、何を思ったのか男は「何なら好きですか」と更に問うた。
「貴女、ここに来て何も食べていないのでしょう。生憎、私が好きなものしか置いてませんので食べ物はここにあるお菓子か、あとはフルーツなら」
「!!ふるーつ」
パッと顔を上げ反応した幼女に、元々かっぴらいた丸い目を更に丸くした男の子は、なるほど、と小さく呟くとぺたぺたと部屋から出て行ってしまった。
また一人にされて心細さにキョロキョロしていると、何かを片手で摘んで男の子は帰って来た。
りんごのように丸く朱いソレ。
形からして玉ねぎを持って帰ってきた、と思った。
眉をひそめたのがわかったのか、今度は向かいに座らず幼女のいるソファーに座ってきた男の子は手のひらに余る大きさのソレを幼女に突き出した。
「これしかありませんでした」
「…たまねぎきらい」
「玉葱ではありません。柘榴です、知りませんか?」
ん、と力を入れた声が漏れて、その朱い実を両手で割り裂く。
男の子の手の中で割れたソレの中には歪な形の薄黒い紅いキラキラとした何かがたくさん詰まっていた。
ガラスビーズのような、ガーネットのような、半透明の美しい粒を夢中になって覗き込む。この年頃の女児がときめくには充分すぎる見た目だった。
「……たべられる…んですか?」
「ええ、少し酸っぱいかもしれませんが、私は好きです」
ほら、と数粒取り出して手のひらの上に乗せ、こちらにずいと差し出してくる。
少年のまだ丸みの残る青白い手のひらに乗せられた12粒のキラキラは宝石のようだった。ブレスレットにしたいな。これが食べられるなんて。
恐る恐る一粒摘み上げ、ひどくゆっくりした動作で口に含んだ。
幼女のまあるく小さな白い指が美しく透き通った紅い実をつまんで、そのぷっくりとしたさくらんぼのような唇の隙間に押し込まれる様を穴が開くほど凝視する少年。部屋はとても静かだった。
「!!……〜〜!!」
「酸っぱかったですか」
「……ん、でもおいしい、です!!」
初めて食べる不思議な味。
でも嫌いじゃない。
ごくりと飲み込んだ幼女はそのまま続けてもう3粒食べた。
一粒食べるごとに酸っぱさを逃すためかキュッと目を瞑り眉根を寄せる。
しかし飲み込んだあとにはふにゃりと笑顔を見せるのだ。
その顔を見た少年は満足そうに口角を上げた。
「ようこそ、これからよろしくお願いしますね」