短編
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「あっいたいた日吉ー!」
「あ、名前せんぱ、」
あれっ止まりやがった
見開かれた切れ長の目にちょっと照れながら視線を逸らした
(どうしよう会話が無い)
今日の部活は昼までで、部活後ひとり壁打ちやってた日吉に決死の思いで話し掛け、一緒にお祭りにいけることになったんだけど
嫌だったのかな
日吉って変なトコ律儀だから
先輩命令で断れなかったとか
いや、命令はしてないよ、うん
「何食べようかー」
「何でもいいですよ」
うあーい それが一番困るんだよ☆
きょろきょろと辺りを見回す
前、岳人と忍足と日吉が口論していたのを思い出す
祭りといえば綿菓子やかき氷
私もそう思ってたんだけど
日吉に言わせれば、ただの水やザラメになんで300円も400円も払わなきゃならないのだ、と
たしかにそうなんだけど、なんていうか、お祭りの雰囲気代?っていうか
祭りで歩きながら食べるから美味しいんだよ
でもその持論をまげなかった日吉の前で「かき氷食べたい」なんて言えなくて
どうしようかな、何食べ―…あっ!
「ねぇ日吉、ぬれせんべいがあるよ!」
「え?」
「私買ってくるね!」
どうしようかと思った
まさか浴衣で来るとは思ってなくて 母さんに浴衣着て行けって言われたのを必死で振り払ってきたのに先輩が浴衣だなんて
下駄のせいでちょっと背高くなってるけどそれでも俺より低くて、綺麗に結い上げられた髪とさらけ出されたうなじがいやでも目に付いて
誘われた時は何かの罰ゲームかと思ったけれど、ホントに俺を誘ってくれただけで、それが嬉しくて顔がニヤケそうになる
いつも重いボトルを運んだり、走り回ったり、汗かいて、髪は無造作にポニーテールで、それはそれで色っぽいんだけど
今みたいに違う感じの落ち着いた先輩も見慣れてないせいか凄く色っぽくて、って何考えてんだ俺
「ねぇ日吉、ぬれせんべいがあるよ!」
「え?」
「私買ってくるね!」
付いていこうと思ったのに、ここで待ってて、とジェスチャーされて留まるほか仕方が無い
それにしてもぬれせんべいって…俺の好物知ってたのか?言ってないはずだけど…
いや、名前先輩も好きなんだ、きっと 俺の好み知ってるだなんてそんな都合の言い話ないだろ
とか思いつつも、好物被るだけで相当嬉しいわけだけど
ちらり、と視線をずらせばかき氷屋が目に入る
あんなただの水に何百円も…ん?あの店、宇治金時があるのか
前、かき氷なら宇治金時!と先輩が言っていたのを思い出し、自然にそっちに足が向いた
「あ、れ、日吉?」
焼きたてのぬれせんべいを持って、さっきいたところに戻ってきたつもりだったのに、日吉はいなかった
せっかく二枚買ったのにな
紙の袋の中でくたっとなっている煎餅に目をやりながらきょろきょろしていると見慣れた茶色い頭が近付いてくるのが見えた
「どこ行ってたの迷子になったかと思ったじゃん!」
「すみません、」
これ買ってたので、と差し出されたかき氷を見てびっくりする
だって日吉、かき氷は…
「イチゴとかメロンとか、あんな身体に悪そうな液体かかった氷は買う気しませんけど宇治金時なら何百円の価値ありますしね」
「だよね!宇治シロップにミルクかかって餡子と白玉ついてくるんだもん、これで同じ値段とかいいよね!」
二つ持ってたかき氷をひとつ受け取って、私も二枚ある煎餅を一枚渡す
日吉も宇治金時好きなんだ 嬉しいな好みが一緒!
両手に食べ物を持ってて往来の激しい狭い道に立ってるのもアレだな、と思っていると日吉がこっち、と路地に入っていった
ちょっと路地に入ったそこは小さな神社の前の石段で、思ったとおり人は少ないし、薄暗いけど祭りならではのカラフルな光が丁度いいくらいの明るさで差し込んで、ざわめきも少し遠くて、この雰囲気も、独特で俺は好きだ
先輩の浴衣が汚れないようにハンカチをひいて石段に座らせ、自分も隣に座る
穴場だねーと笑う先輩が可愛くて目を向けられない 俺らしくも無いこんな緊張して
しゃり、とかき氷の音がやけに耳に付く
そのまま無言でかき氷をつつく2人
なにか なにか言わなきゃなにか
「白玉って団子みたいですよね」
唐突に言われ、思わず「はぁ?」と間抜けに返してしまい、しまった、と思った
日吉がみるみる赤くなり、そっぽを向いてしまった
うわあ心無い一言でごめんね
きっと沈黙に耐えれなくて言ってしまったんだろう
そんなに話題無かったか
「そうだね、お団子も白玉も好きだよ」とあわてて返せば「すいません」と返ってくる
そんな謝らなくていいのに 黙ってた私も悪いのに でも
「あっはは!」
「ちょ、先輩!」
「だって唐突に「白玉って団子みたいですよね」って日吉が!真顔で!あははっ!」
普段はクールな日吉が焦って顔を赤くしているのがおかしくて
こんな日吉を知っているのは私だけかもと思うと嬉しくて
一生懸命着てきた浴衣がスルーでも、会話が無くても、全然構わない だって2人でお祭りに来れたんだから
好みも一緒だったし、同じもの食べてるってだけでこんなに幸せだし、慣れない下駄は痛いけど、でも、
「浴衣、可愛いですね」
そう、浴衣可愛いって言われたくて、…え?
けらけら笑う名前先輩が可愛くて、いきなりきょとんとされて、自分がなにを口走ったか知った
顔がカッと熱くなる
きっと真っ赤だ 顔から火が出そうなんてもんじゃない 頭ごと爆発しそうだ
赤くなった名前先輩が「ありがと」と小さくもらして余計恥ずかしくなる
あー何してんだ俺
ふと手元を見ればかき氷がどんどん溶けていってて 慌ててかき込めば襲ってくる頭痛
ひとりで悶えている姿がおかしいのかまた笑う名前先輩に恥ずかしさが込み上げるけど、愛しさの方が上、とかホントどうしたんだ今日 俺らしくない
「今日、ありがとう」
頭を押さえて唸ってる日吉に声をかければ訝しげに顔を覗き込まれる
断られると思ってたから、と言えば、断るわけ無いじゃないですか、と至極当たり前のように言われ
やめて、勘違いするから 嬉しすぎるから
2人ともかき氷食べ終わって、ぬれせんべいも食べ終わって、きらきら光るカラフルな明かりと少し遠いざわめきに酔いながら、隣に座っている、という幸せを噛み締めていたら変な声が聞こえた
「や、ダメ…」
「なんでだよ、いいだろ」
自然と声の方に顔が向く
薄暗い石段の端の方でカップルがお楽しみの真っ最中ぽかった(薄暗くてシルエットしか見えない)
気が付けば、ちらほらいる人はみんなカップルでいちゃいちゃしている
気まずくなって日吉を見れば日吉も気まずそうで
だって私達はカップルじゃないし、こんな甘い雰囲気には不釣合いで
またあのざわめきの中に戻った方がいいと思って立ち上がったのに ぐい、と腕を引っ張られて戻った先はさっきのひんやりとした石段ではなくほのかにあったかい日吉の腕の中だった
「もうしばらくここにいましょう」
酔ったのかもしれない 宇治金時で
勢いに任せて抱き寄せてしまったけれど、抵抗しない先輩に気を良くして囁けば丁度耳元で少し身体が揺れた
鼻を名前先輩の匂いと宇治金時と煎餅の醤油の匂いがかすめ、更に酔わせる
明日から気まずくなるだろ、とか、その前に帰り道気まずいだろ、という思考はどっかに追いやられ、思いのほか柔らかかった先輩をぎゅ、と更に強く抱きしめる
先輩は何も言わなくて それが少し不安になったけど 今更離す気にはなれなくて
「先輩、」
勢いに任せて自白しようと口を開けたけれど そのか弱い呼びかけはドン!という地を震わす轟音に難なくかき消された
「わ…綺麗…」
空に咲いた大輪の花は堰を切ったように連続で咲き、周りからは歓声が上がった
「名前の方が綺麗だよ」と喉まで出かかった言葉は発せられる事は無く
ただ先輩の肩に頭を沈め、連続で轟くドンドンという音をどこか遠くで聞いていた
「来年も、一緒に見ませんか」
独り言のように呟いた言葉にぴくり、と反応があったが返事は無く、ただ頭を優しく撫でられた
それの意味するところはわからなかったけど 何もいわなかった
何も言えなかった 涙が伝ったのを感じたから
その涙が嬉し涙だと知るのも 心なしか赤かった顔が花火の光のせいだけではなかった事を知るのはあと少したってから