短編
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「この時代の月は明るいですねえ」
今宵は中秋の名月。
旧暦8月15日の夜の月、いわゆる「十五夜」。「中秋の名月」を愛でる風習は平安時代に中国の唐からもたらされたもので、この時代でももちろんお月見はある。
「名前のいた時代でもお月見があったのですね」
「未来にも月はあるからね。でも未来の夜は明るくて…空も狭くて…こんなに大きくて明るくて綺麗な月は見たことなかったなぁ…」
未来のことはなるべく話さないようにしているけれど、こういうちょっとしたことを聞いてくる時の時行様はワクワクしていて可愛らしい。未来にも鯛はいますか、なんて聞かれた時は可愛すぎて笑ってしまった。
いつもは皆んな寝ている時間だが、今宵は外に出て月を見ながらゆっくり宴をしてだんだん解散してきたところだ。
縁側に座り酒を飲みながら月を見上げる。
若様ー!と逃若党の面々に呼ばれ庭の方へ駆けて行った時行様と入れ替わりに丸くした腹をさすりながら諏訪大社の神様がやってきてふう〜と大きな息をつきながら隣に腰掛けた。
「お供え物全部食べちゃったんですか?」
「吹雪と取り合いでしたが…あれは本来私のものなのに」
私神様ですぞ、とブツブツ言いながら臨月のように膨らんだ腹をさするので笑ってしまう。この人の胃袋ってどうなっているのだろう。
当主を差し置いて一人で飲むわけにもいかず、あいていた杯を渡して酒を注げばニコリと笑まれたあとすかさずグッと煽る。
突然の男らしさに当てられて思わず目を逸らすと横から柔らかい声がした。
「月が綺麗ですねぇ」
弾かれるように隣の人物の顔を見れば、柔らかい月明かりに照らされた端正な顔がまっすぐこちらを見ていた。意味深に視線が絡む。
いやいや、この時代のそのセリフには文字通りの意味しかないわけで。
急なことで動転した心臓を落ち着かせるように深めに息を吸うと笑みを張り付けて当たり障りなく返す。
「ええ…綺麗な月を見れて嬉しいです。星も綺麗ですよ」
自然な回答だろう。私だけが意味をわかっていれば良い。そういう意味で言われたんじゃなくても今宵だけは密かに嬉しく思っていても良いでしょ?
相手はなんとも思っていないというのに一人で照れてしまって誤魔化すように酒を煽る。
「死んでもいいわ」
酒を吹き出した。
ボタボタと口から雫を垂らしたまま唖然と隣の男を見るとトンデモ発言をした男は相変わらず涼しい顔をしてこちらを見つめている。
「えっ…死…」
「未来的な意味で」
動揺する私を見てふ、と目元を緩めた頼重様はダメ押しとばかりに「あなたと見るから綺麗なのです」と続ける。待って待って待って。
「これからもずっと一緒に月を見てくれますか?」
月よりも綺麗な翡翠色が私を映す。
顔が赤いのは酒のせいだけではない。ずるい、ずるい。
「……死んでもいいわ」
消え入るような声で答えた私に満足げに笑って「このまま時が止まれば良いのに」と囁いてくるのはずるすぎるでしょう。
「本当に死んじゃう」
「それは困りますな」
ちっとも困っていない笑顔が月に照らされ白く輝く。
「……この時代の月は明るいなぁ」
「未来の月も眩しいです」
目が眩んで吸い込まれてしまいます、そう言って柔らかいものが唇に降ってきたものだから私の顔はさらに赤くなってしまったのだった。
今宵は中秋の名月。
旧暦8月15日の夜の月、いわゆる「十五夜」。「中秋の名月」を愛でる風習は平安時代に中国の唐からもたらされたもので、この時代でももちろんお月見はある。
「名前のいた時代でもお月見があったのですね」
「未来にも月はあるからね。でも未来の夜は明るくて…空も狭くて…こんなに大きくて明るくて綺麗な月は見たことなかったなぁ…」
未来のことはなるべく話さないようにしているけれど、こういうちょっとしたことを聞いてくる時の時行様はワクワクしていて可愛らしい。未来にも鯛はいますか、なんて聞かれた時は可愛すぎて笑ってしまった。
いつもは皆んな寝ている時間だが、今宵は外に出て月を見ながらゆっくり宴をしてだんだん解散してきたところだ。
縁側に座り酒を飲みながら月を見上げる。
若様ー!と逃若党の面々に呼ばれ庭の方へ駆けて行った時行様と入れ替わりに丸くした腹をさすりながら諏訪大社の神様がやってきてふう〜と大きな息をつきながら隣に腰掛けた。
「お供え物全部食べちゃったんですか?」
「吹雪と取り合いでしたが…あれは本来私のものなのに」
私神様ですぞ、とブツブツ言いながら臨月のように膨らんだ腹をさするので笑ってしまう。この人の胃袋ってどうなっているのだろう。
当主を差し置いて一人で飲むわけにもいかず、あいていた杯を渡して酒を注げばニコリと笑まれたあとすかさずグッと煽る。
突然の男らしさに当てられて思わず目を逸らすと横から柔らかい声がした。
「月が綺麗ですねぇ」
弾かれるように隣の人物の顔を見れば、柔らかい月明かりに照らされた端正な顔がまっすぐこちらを見ていた。意味深に視線が絡む。
いやいや、この時代のそのセリフには文字通りの意味しかないわけで。
急なことで動転した心臓を落ち着かせるように深めに息を吸うと笑みを張り付けて当たり障りなく返す。
「ええ…綺麗な月を見れて嬉しいです。星も綺麗ですよ」
自然な回答だろう。私だけが意味をわかっていれば良い。そういう意味で言われたんじゃなくても今宵だけは密かに嬉しく思っていても良いでしょ?
相手はなんとも思っていないというのに一人で照れてしまって誤魔化すように酒を煽る。
「死んでもいいわ」
酒を吹き出した。
ボタボタと口から雫を垂らしたまま唖然と隣の男を見るとトンデモ発言をした男は相変わらず涼しい顔をしてこちらを見つめている。
「えっ…死…」
「未来的な意味で」
動揺する私を見てふ、と目元を緩めた頼重様はダメ押しとばかりに「あなたと見るから綺麗なのです」と続ける。待って待って待って。
「これからもずっと一緒に月を見てくれますか?」
月よりも綺麗な翡翠色が私を映す。
顔が赤いのは酒のせいだけではない。ずるい、ずるい。
「……死んでもいいわ」
消え入るような声で答えた私に満足げに笑って「このまま時が止まれば良いのに」と囁いてくるのはずるすぎるでしょう。
「本当に死んじゃう」
「それは困りますな」
ちっとも困っていない笑顔が月に照らされ白く輝く。
「……この時代の月は明るいなぁ」
「未来の月も眩しいです」
目が眩んで吸い込まれてしまいます、そう言って柔らかいものが唇に降ってきたものだから私の顔はさらに赤くなってしまったのだった。