紅の王子様
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「…綾香って可愛いよね。」
ガタガタガタンッッ
「何過敏反応してるの?跡部」
爆弾発言をした当事者である滝はクスクス笑ってる。跡部ってば、いきなり立ち上がったりするから勢いで椅子に足ぶつけるんだよ。
部室にいたみんなはキョトンとした顔で跡部を見つめていたけれど、私は日誌に目を通し続けていた。
「まあ確かに綾香はかわええなあ」
「優しいですしね」
「なっなんでお前らまで便乗してくるんだ!」
何を今更…という顔でみんなは呆れ果てた。全く、跡部は自分以外のことに興味関心がなさすぎて鈍感なんだから。
「俺らだって綾香に惹かれてんねん。自分のことは放っとくくせに他人のことばっかり心配して、過去に何があったんか知らんけど何かを抱えてて、普通に女としては可愛くて、それでいて俺らを特別視したりしないで、むしろ勝気な態度。一緒にいたら普通惚れるやろ」
「だから跡部も惚れたんじゃねーのかよ?激ダサだな」
忍足がアッサリ跡部が惚れたキッカケを語るもんだから跡部の怒りボルテージはみるみる上昇していった。表情を見ていてすごくわかる。
女の私でも綾香のそういうところが可愛いと思うし、放っておけないって思うところだし、みんなが惚れるのなんてなんとなく予想してた。
「俺もこの前殴られた時びっくりしましたけど、優しさがあるからこそああいうことしてくれたんだと思ってます」
「ハサミ渡された時とか髪切ってもらってた時とか、あいつといるとやる気が出てくんだよ」
「俺、この前図書室で話したんだ。全く、綾香には負けるよ」
跡部は何かを言い返したそうにしているけど、多分言葉が見つからないんじゃないか、と思う。
みんなわかっていると思うけど、今一番綾香から遠ざかっているのは跡部だ。
気持ち的に一番近くにいるのは跡部かもしれない。けど、ストリートテニスでの一件以来、跡部は綾香の信用を少し失った。
自業自得だと思う。でも綾香が傷つくことになるのなら私は跡部を許さない。
「綾香ねえ…どこがいいんだ?詩菜の方が胸あるしちっちゃくて可愛いし優しいじゃねーか」
「小さくて悪かったね!!」
褒めてくれたのかもしれないけど小さいって言われてむかついたのでがっくんを日誌でぶん殴った。(ひどい)
ずっと黙っていた跡部をチラッと見てみると、悔しさに叫ぶと思いきや意外や意外、静かに唇を動かした。
「………あいつは今日の朝練は寝坊か。」
「え?わかんない、連絡来てないけど…寝坊じゃない?」
綾香は今日、まだ部室に顔を見せていない。朝に弱い綾香のことなので多分寝坊だろう。
跡部がそんなこと聞くなんて珍しいと思って、「なんで?」って聞いてみた。
「もうすぐ雨が降るぞ」
つぶやいた跡部の、暖かく冷たい一言に背筋がゾクッとした。そうだ、あの子は―――――
「…今日の降水確率は80%や。一人で登校させたら危ないんちゃうか?」
ちょたや宍戸、岳人はキョトンとして、ジローはグーグー眠ってる。
滝は心配そうにこっちを見てて、私はどうしようどうしようとテンパってしまった。
とにかく日誌を片付けて寮まで戻らなければ。80%なんて、雷まで鳴るかもしれない。そんな中綾香を一人になんてしてしまったら…
「…………チッ!」
跡部は近くにあったビニール傘を引っつかんで部室を飛び出して行った。跡部がビニール傘を持ってる姿なんて珍しいことこの上ない。
忍足が「行ってもーた…」と言いながらのんびり傘を持って部室を出て行こうとした。
「親友さんは行かへんの?」
忍足に無駄に優しく微笑みかけられ、私はロッカーから予備の傘を掴んで忍足の後ろを駆け足で追いかけた。
「あんた微笑むとキモイ」と言った私の皮肉(半分褒め言葉)は、降り出した小雨の音にかき消された。
跡部は間に合うだろうか。今から走っていっても、忍足と私はきっと間に合わない。
どうか、綾香が悲しく辛い過去を思い出す出来事が、一つでも多く減ります様に。