紅の王子様
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「お隣宜しいかしら?」
「あ、どう…ぞ、って何してるの王子様?」
氷帝中高合同で馬鹿広くて静かな図書室。
この時期人はほとんどといって良いほどいない。もうちょっとしたら夏休みの課題とか抱えた人でごった返すんだろうけど。
良い感じに空調調整されていて日の光が柔らかく差し込むソファに座って洋書を読んでいた滝に後ろから声をかける。
普通に話しかければ反応しないだろうと踏んで女声(つーか女だけどさ、普段は男声で喋ってるからな)で話しかけてみた。
作戦成功、ちゃんとこっちを振り返った。
「何読んでるわけ?」
「ん、シェイクスピア」
「へー面白い?」
「普通。ていうか読んだこと無いの?」
ないよ。悪かったな。(しかも天下のシェイクスピアに「普通」ってオイ!)
まぁ有名な話のあらすじは知ってるからいいじゃん。そう思ったけど反論するのはやめておいた。
滝が『終わりよければすべてよし』(ん?これ確か詩菜が「下ネタ多いよ」って言ってた話じゃなかったっけ?)を読んでる隣で適当に棚から引っこ抜いてきた本を広げる。
ああ、もっとちゃんと見て取れば良かった。すごくつまらない。
「なぁ滝」
「なに」
「その本朗読してよ」
「…『人生という織物は、幸不幸が縒り合わさった紬糸で織られる』」
「…へぇー」
何だってそんな暗そうな本を読んでるんだ。
本題を言い出せずにつまらない本をもう一度開く。
すると本に目を落としたまま滝が思いがけない質問をしてきた。
「部活楽しい?」
「え、あ、まぁ…」
「宍戸はレギュラー復活だってね、良かった」
「…うん」
「敗者切捨てが聞いて呆れるよね、あ、そうでもないか」
俺切り捨てられたもんね、
「今日天気良いですね」みたいなノリで発せられた痛い発言に眉を顰めて滝を見れば、さっきと変わらない穏やかな表情で本を見つめ、ぱら、とページをめくった。
「滝」
「却下」
「…なんも言って無いじゃん」
「部活に来い、でしょ?却下。」
なんで、という言葉は音にならずに口から漏れた。口が渇いて声が出ない。
『穏やかな表情』?
自分はなにを見ていた?
滝は、今にも消えちゃいそうな儚い顔をして、静かに本を読んでいた。
「やめ、ない、で」
声が震える。
「滝、部活、」
「綾香、氷帝はね、敗者はいらないんだ」
静かに、恐ろしい程綺麗な笑みを浮かべ、言い聞かせるように言う滝。
相手に油断してかかって負けた奴なんかいらないんだ、
言葉にはしないけれど、そう語っていて。
「滝、おねがい、」
「はは、なんで綾香が泣くの」
俺は無様な敗者だよ?そう言って渇いた笑い声を洩らし、本から目を離さない滝の肩を掴もうとしたが、やんわり避けられた。
ぱらり、
渇いた紙の擦れる音が妙に響く。
「茶道部とかどうかな、馬術部にもちょっと興味あるんだけどね」
「なに、言って、おまえ、テニス部員だろ、」
「元、ね」
「レギュラー落とされただけだろ、退部じゃないだろ、」
「綾香、しつこい」
冷たく鋭く
一言ぐさり、と刺された。
もう干渉するな、横顔は静かにそう告げて。
優雅にページをめくるその指を圧し折ってしまいたい。
「こっち、見ろよ」
滝は微動だにしない。
「ちゃんと、目、見て、言えよ…ッ」
自分が隣に座ってから一度も本から目を逸らさないで、
ばかやろう、
「しつこいって言ったの、聞こえなかった…っ?!」
出せるじゃないか、そんな悲痛な声が
できるじゃないか、そんなやるせない表情を
泣きそうで、顔を歪ませて、歯を食いしばって、みるみるうちに瞳が潤んで、
「くそ…ッ」
泣けよ、思い切り、
「図書室では静かに」なんて司書が来たら追い返してやるから、
「…ッ…う、うう…」
読んでいた本を放り投げて、
膝を拳で思い切り叩いて、
綺麗な髪が乱れるのも構わず、
しゃくりあげて、
「滝」
「俺も、髪、切ったら、監督、…ハッありえないな、」
「滝」
「だいたいなんだあいつ、長太郎とダブルス組んでたのは俺だぞ」
「滝」
「無様に負けたくせに!何が返り咲きだふざけんな!!」
「滝、」
ぐしゃぐしゃな顔のまま、滝がこっちを向く。
自然と笑みがこぼれた。
「部活、行こう」
「…俺は、不様に、負け」
「た、そうだな、確かに。でも、もうお前は」
『負けた野郎の目をしていない』
にっこり微笑めば、ぽかん、とされて。
持ってきたジャージを投げてやれば、しばらく眺めて、クツクツ笑い出す。
「は、はは、やるねー綾香」
「ほら、行こうぜ遅刻だぞ」
立ち上がって見下ろせば、もう、そこには先程の消えそうな少年はいない。
「見返してやる、」
「そうだぜ、やってやれよ滝萩之介!」
クスリ、と艶やかに笑み。
立ち上がった少年の目は、勝者氷帝にふさわしいものだった。