紅の王子様
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「ホントに平気ー?手伝った方が早く終わるよー?」
「大丈夫大丈夫、日直の仕事だし、適当にやってすぐ行くから」
「でも…」
「何、そんなに掃除したいの?詩菜」
「いや、2人きりにしたくない、っていうか…」
「可愛い奴め!そんなに俺が好きか!」と詩菜を抱きしめる凌を(凌の期待通りに)ブチギレた岳人は詩菜を半ば引きずるようにして教室を去って行った。
それを見届けながら、じゃあ部室で待ってるから、と教室のドア付近に固まってた滝や宍戸も部室へと向かった。
彼らの背中にひらひらと手を振り、さて、と箒を持ち直す。
前を向けば黒板を雑巾で拭いている忍足が目に入る。
今日は自分と忍足が日直(出席番号制で3番のオレと4番の忍足ってわけ)(ちなみに1番跡部と2番詩菜の時は一日中喧嘩してたなぁ)で、日誌は詩菜が授業中にパパパッと書いてくれた(流石マネやってるだけあるな、手馴れてた)からあとは掃除だけ。
教室掃除を日直二人だけにやらせる、というところが無謀なわけだが、閉門後に掃除のおじさんが掃除しなおすらしく、黒板を綺麗にして、ざっと塵を掃いて、ゴミ箱を空にしておけば良いだけなので結構楽だ。
ちなみにさっき詩菜が言っていた様に手分けしてやれば5分とかからないのだが、詩菜は日直やったばっかだし、やっぱり自分達の仕事なので自分達で片付けたい。
黒板を一通り拭いてくれた忍足に礼を言い、黒板消しの粉を落とすのは自分がやるよ、と教室の後ろ側から黒板に近付いた。
これがいけなかった。
一瞬だった。
油断していたのかどうかわからない。
ただ、感覚が鈍っていた事は確かだ。
普段ではありえない事だが、歩いている途中でふいにすっ転んだ。
誰かの昼飯が入っていたであろうコンビニのビニール袋を踏んづけ、つるっと視界が反転したのだ。
ああ、机に後頭部を打つ、と目をぎゅっと閉じ、衝撃に備えたのだが、後頭部に痛みは無く、あえて言うなら衝撃が走ったのは右手首と右肩だった。
「…あっぶな…ふらふらしとるからやで」
「…ありがと…ごめん…」
咄嗟に自分の右手首を引っ張った忍足のおかげで倒れこまずに、忍足の腕の中に納まった。
しかし、咄嗟に全力で引っ張られた為、対処できずに変な方向に曲がりかけた右肩が痛い。
「…忍足?大丈夫だから離せよ」
いつまでも腕の中にいるわけにはいかない。
離そうとしない忍足の腕の中でもがけば忍足の手があらぬ方向に伸びたのがわかった。
何してるんだこいつ、と混乱しながらも睨みあげると、ぽかん、と間抜け面した忍足と目が合った。
「おし、「自分、女、なん?」
名前を呼ぶのに被されて聞かれた、聞かれてはいけない事実。
さーっと血の気が引くのがわかる。
くらくらしだした頭を一生懸命動かしてこの場を切り抜けようとするが、二の腕をがっしり捕まれて、開いた方の手は腰のラインをいやらしくなく、ただ確かめるように撫でられ、成すすべも無い。
「ち、げぇ、よ、」
今更な否定をしてみるも、「胸、あたった」と言われ、どうしようもない。
さらしをしててもわかるのか。むしろサラシだからわかったのか。
力強く引き寄せられた為に思いっきり忍足に身体ごと引っ付いてしまったのがいけなかった。
でも、不可抗力だ、誰だこのビニール袋!一生恨む。呪ってやる。
ぱっと手を離され、自由になるも、ふらふらと近くの椅子にへたり込む。
立てない。
バレた。
3人目。
ありえない。
何だこれ。
何も言わずに自分の両手を見つめたまま俯いている忍足にどう声をかけようか
血の気の無い頭で必死に考える。
窓に当たる雨の音が、痛い。
痛い 叩きつける雨が 痛い やめろ やめて いたい
た す け ―…
「あっははは!」
雨の音に囚われていた自分はビクッと現実世界に連れ戻された。
忍足が腹を抱えて笑っていた。
どうしたんだこいつ。ついにいかれたか。
騙されていたショックを笑い飛ばしてからキレられるのかとビクビクしていたが、一向に笑い終わる気配が無い。
「あのー…忍足サン?」と間抜けに問えば、ぴたり、と笑い声がやんだ。
思わず息を飲む。
「あー…アホやわ俺。なんや、女かぁー…ははっ、そらそうやんな、見りゃわかるよな、あー俺何見とったんやろ」
その脚見てわからんかったやなんて、脚フェチが笑わせるなぁ?と酷く楽しそうに問われ、対応に困る。(なぁ?とか言われても)
ひとしきり笑った後、ため息を付き、急に目の色を変えたのでまた身体が強張る。
「そぉか。うん、そか。女、な。」
ひたすら頷く忍足を黙ってみているしかない自分が情けない。
心臓が破裂しそうだ。
どうなるんだろう、これから。
「ほな、行こか」
「 え ど、どこに?」
「部室に決まってるやん」
何にもなかったかのような態度に戸惑っていると鞄を投げてよこされる。
困った視線を素直に投げかければ優しく微笑まれ不覚にもドキッとする。
ときめいている場合ではないというのに。
「気付かんかった俺がアホやし、学校側騙してまで男やってる理由はあるんやろ?…秘密、知ってもうてごめんな」
ああ、こいつ、こんな良い奴だっけ。
こっちこそごめん、と謝り、蹲ってしまった自分の頭を優しく大きな手が撫でる。
耳障りだった雨音がどこか遠くなって、安堵が襲ってくる。
のまれちゃいけないと思うのに、何も安心できる事なんてないのに、後頭部を撫でる手が優しすぎて、涙が止まらない。
「性別、関係あらへんよ、凌は凌や」
その言葉が、どんなに、心を震わせたか、お前は知らないんだろうな