紅の王子様
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詩菜が開けてくれた窓から入る高原の風がなかなか気持ちよくて、けっこうぐっすりと眠れた。
昼過ぎだろうか、カーテン越しのやわらかい日差しに目を細めながらあければ、心配そうに見つめる詩菜の顔があった。
「…大丈夫?まだ熱あるみたいだけど。」
「ん…昨日よりは頭痛もあんまり…」
半身を起こそうとすれば軽く肩を押されベッドに逆戻り。
促された通り、おとなしく寝てようと枕に頭を沈めれば、詩菜以外の存在に気付く。
「え、なに」
「何じゃねぇよ見舞いに来てやったのに!」
「宍戸さんが気にしちゃって練習にならないので休憩がてらお見舞いに行って来いと監督が」
「おい待て長太郎なんだそれは」
「本当の事でしょう」
「こら若、お前まで何言ってやがる」
ベッド脇でぎゃあぎゃあとやかましい男共をくすくす見ながら、ほら皆実は良い子だから、と言う詩菜に実はってなんだと宍戸が突っ込む。(宍戸はツッコミなんだな)
なんだかんだで心配されたのかと少し嬉しくなる。
知恵熱やストレスで寝込む事があっても、こんなにあったかい見舞客は来た事がなかったから、どう反応していいのか良くわからないけれど、とりあえず嬉しくて微笑んでしまう。
そんな俺に微笑み返したのは滝だけで、あとの面々はまだぎゃあぎゃあと言い合っている。
ベッドサイドに6人、奥から宍戸、鳳、向日、滝、で、ごめん、名前わかんない奴、と俺の頭の横に詩菜。
忍足は昨日来てくれたけど、跡部は…まぁ部長は忙しいんだろうなぁ、来ないよな。
ジローは…またどっかで寝てんのかな。
額に乗っていたぬるくなった濡れタオルをはずし、こつんと額をくっけてくる詩菜。
視界いっぱいに詩菜のどアップなわけだが、視界の端っこであからさまに苦い顔をする岳人が面白くて、挑発するように詩菜の後頭部を撫でる。
期待通り、髪を逆立てて怒る岳人に密かにウケ、詩菜が離れて広くなった視界で、もう1人、果てしなく苦い顔をしている人物を見つける。
さっきも思ったけど、こいつ、誰だ?
「えい☆」
「わ」
急に冷たくなった額。
頭がきゅうんとする。
冷えぴたを入手したんだ、と笑う詩菜が可愛くて、ありがとう、と頬を撫でれば、がたん!と大きく音を立てて座っていた椅子を後ろに倒して眉を吊り上げた岳人と目が合う。
岳人は詩菜の従兄で、詩菜の事が昔から大好きで、親の再婚で詩菜が青学の乾と義理の兄弟になった時とてもショックだったという。
その当時はまだ「青学の乾」ではないものの、自分と同い年の男子が詩菜と同じ家で暮らす事が許せなくて、諸事情で海外に旅立った彼女としばらく会えなくなるのは寂しいけれどその男と離れると大喜びしたらしい。
で、中学二年の春、詩菜が氷帝に編入してきて信じてもいない神に超感謝した次の日に、ライバル校である青学のデータ男がその忌まわしき義兄だという事を知って感謝したばかりの神を罵倒したらしい。
本当に単純というか哀れというか。
そんな話をテニス部面々や岳人本人から聞かされていたからこいつが怒るのはわかる。
よく考えればこいつらにはまだ詩菜と自分が幼馴染だという話もしていない。
岳人にしてみたらパッと出のよくわからない男が詩菜と仲良くしてるのは全然好ましくないんだろう。(それでも仲良くしてくれるこいつはホント良いやつだけど)
だから、岳人が怒るのはいい。わかる。怒るのが面白くてわざと詩菜に絡んでるんだし。
でも、なんで、この男までそんなに睨みつけて来るんだ?
さっきから気になっていたその男に視線を移せばぱちり、と目が合う。
鋭く細いその目は射抜く様な強さで、一瞬怯むが軽く睨み返してやる。
こいつも詩菜を好きなんだろうと薄々感づいた。ふぅん…なるほどね。隣陣取っちゃってご苦労なこったね。
ベッド脇でリンゴを剥き始めた詩菜に軽く微笑みかければそれに気付いた詩菜も微笑み返す。
本人たちは別になんの感情も込めてないわけだが、事実を知らない周りのこいつら(滝は別として)から見れば自分と詩菜はすっごくラブラブに見えるだろう。
ほら、案の定岳人がまた怒った、と思う間もなく酷く不機嫌な声が俺に向かって発せられた。
「凌先輩、詩菜先輩を誑かすのは辞めて頂けますか」
丁寧な言葉遣いなのにどこか失礼に聞こえる。
そんな申し出をスルーして詩菜の膝に手を乗せれば、綺麗に揃えられたストレートのキノコヘアがなんとなく歪んだ気がした。
恋する男は可愛いねぇ、と思いながら更にからかう為にリンゴに視線を注ぎ、あ~んと口をあける。
一瞬きょとんとした詩菜がすぐにフォークを指し、口に運んでくれる。
しかし、口元に寄せられたリンゴは自分の口に入る事は無く、詩菜の手首を掴んで無理やり軌道修正したキノコの口に入って、シャリ、と音を立てた。
「今の、俺のリンゴ」
「名前でも書いてあるんですか」
「俺病人なんだけど」
「リンゴくらい1人で食べれるでしょう」
腹立つ。
つーか俺の詩菜の手とか掴んでんじゃねぇよ。(俺の詩菜??)
意地で再度あーんと口を開けるが、また同じようにリンゴは無理やり奴の口に。
ムカついて口を開けるも、言葉を発する前にキノコが爆弾投下した。
「凌先輩、詩菜先輩は俺のですから、引っ込んでください」
随分な言いようだなぁお前。
ていうかそれこそ名前でも書いてあるのかよ。
ていうか俺のってなんだ、俺のって。
こんな無礼な奴に詩菜を渡すかと身体を起こせば、それより早くこのキノコ野郎はニヤリ、と笑って突如、詩菜にキスをした。
それも結構深いのを。
「ん、ふ…っ」
は、ぁ、と声を上げて離れた詩菜は真っ赤で、初めて間近でディープキスなるものを見た自分も危うく赤くなるところだったが、はぁ?!という気持ちのほうが勝った。
「わぁ、日吉、向日さんの前でよく、そんな」
長太郎が感嘆したように言い、滝は嬉しそうに楽しそうにあーあ、と声を漏らした。
岳人は泣きそうになってて、でもその顔は酷く男前で、低く、重低音で
「俺の、詩菜、に、お前、何を、」
と言ったのだが、思わず出てしまった「お前のじゃないだろ」発言に怒りの矛先はこっちに向く。
「うるさいうるさい!少なくともお前のじゃないだろクソクソ凌!」
「クソクソとはなんだ、知ってんのかクソってうんこって意味だぞ、失礼なVカットだな!」
「うるさいお前なんかうんこだ」
「なんだとこのチビが!つーか岳人よりお前、詩菜に何してくれてんだよこのキノコが!」
大切な大切な幼馴染で親友の詩菜に何を。
日吉とかいうこのキノコ頭を睨みつければ余裕綽々な表情で
「だから、俺ら、先輩方がなんと言おうと相思相愛なんです、ご愁傷様でした。」
と言い放った。
…は?
詩菜に目線を移せば、顔を赤くし口を押さえて日吉にもたれかかっていたが、視線に気付き、小さな声で「付き合ってるんだ」と言った。
「あぁ?!マジかよ?!」
岳人でもなく自分でもなく、最初に驚いたのは宍戸で、あれ知らなかったの?激ダサーと滝に突っ込まれむっとしている。
どうやら長太郎も知っていたようでついに暴露しちゃって…とか何とか言っている。
「詩菜、こんな奴とくっつくくらいなら俺と駆け落ちしよう」
「ちょ、何言ってるんですか、引っ込んで下さいって言ったでし「黙れキノコ」 キノコじゃないです!」
許さないっつーか認めないっつーか、いや、人の好き嫌いに理解はあるつもりだし、相思相愛で詩菜が幸せならいいんだけどさ、でも、こいつ、名前も不明だったくせに(単に自分が知らなかっただけだけど)俺様に宣戦布告たぁいい度胸だな。
妹のようでお姉ちゃんのようで本当に大事な詩菜だから、このキノコはちょっと許せなくて熱を出している事も忘れ岳人と三人で大喧嘩。
そして次の日も引き続き熱を出した事は言うまでも無い。