紅の王子様
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なんで俺が。
「お隣失礼しますー」
「なんだお前か」
いきなり棒読みで声をかけられたと思ったらタオルを首にかけた忍足が胡散臭い笑みを浮かべ隣のマシーンに腰掛けた。
凌に怪我をさせたのは、いくらあいつの不注意だったとしても、紛れもなく俺で、普段なら気にもならない筈が、とてつもない気になって。
あいつがぼーっとしてっから怪我したんだ。別に俺は故意にぶつけたわけじゃねぇ。関係ない。
いくらそう思っても気になって気になって、食事のとき声をかけようとしたのにあいつこねぇし、チビ(マネージャーな)に聞いてもアホベのせいじゃないのとか言われるし(あいつマジウゼェ)滝はチラ見してくるし(なんなんだ全く)イライラしてしょうがなくて。
なんでイラついてんのかもわかんなくて、腹立たしいのを紛らわす為にトレーニング室に来たのに、レギュラーほとんどいやがるし。(一人になれると思ってきたのによ)(普段マシーン使わねぇ岳人とかいるくせに樺地いねぇしよ!)
隣に来たこいつを横目で見て、また腕を動かし始める。負荷を更にかけて腕を左右に動かしているうちに更にイライラが募る。
原因は、こいつ、だ。
「なんか用か」
「別に」
「なんでガン見してくんだよ」
「いやーええ筋肉やなぁ思って」
マシーンに座ったくせに何もせずにこっちをずっと見ている忍足にイラ付いた口調で話しかければ面白そうな声色で返され、イライラが増す。
俺がこんなにイラついてんのに何でお前は楽しそうなんだよ。
当たり前だろ、と返すと馬鹿にしたような笑いが返ってきて(被害妄想じゃねぇ、絶対嘲笑だった)眉間に皺を寄せて顔を見れば口の端を軽く上げてこっちを見ている忍足と目が合う。
なんなんだ、よ。
「ウゼェから見んな」
「おぉ怖。なんでそんなイラついてるん?」
「うるせぇイラついてねぇよ」
「イラついてるやん」
「っ…誰のせいだと思って…!」
ガシャン、といきなり離した両腕にかかっていた重りが音を立て、狭くは無いが決して広くも無い部屋に反響する。
何事かと目が集まるがそんなのを気にできるほど俺は落ち着いていなくて。
「…誰のせいなん?」
「お前だろ!」
言ってから自分でもびっくりしたが、表情には出さない。
だろ!とか言われても知るかよっていうオーラが滲み出る忍足をただただ睨む。
そうなのか?俺はこいつにイラついて…?
そういえば、こいつ、俺様が差し出した手より先に凌を持ち上げて去ってったよな。
あん時なんで俺は舌打ちしたんだ?
ていうか待てよ、あいつ、抱え方おかしくなかったか?
あれって俗に言う姫抱っこじゃなかったか?こいつ、凌をそんな抱え方したのか?
昼の出来事を思い返しているうちにおかしくなって思わず噴き出す。
喧嘩を売ったも同然の俺が急に笑ったので元からあまり良くない表情だった忍足の顔が更に歪む。
「何がおかしいん?」
「お前、凌を姫抱っこしてたよな」
「せやから?」
「男をあんな抱え方するなんて、何考えてんだよお前」
凌の奴プライド傷ついたぜ、嫌われたなお前!という言葉は忍足の発言によって俺の口から出ることは無く。
「ええやん、ああしたかったんやから」
「あぁ?アレは女にする抱き方なんだよ」
「誰が決めたんそんな事」
「つーかおま「跡部に何がわかるんよ」
俺様が話してるときに口を開くな。
咄嗟に声を荒げそうになったが、忍足が真顔で低い声で言ったその一言が引っかかり、更に眉間に皺が増える。
「あ?」
「関係ないやん、俺が凌をどうしようと。怪我させたんは自分の癖に見舞いもせんし、手当てもせぇへんし」
「それはお前が連れて行きやがったからで…!」
「なんや知らんけど勝手にイラついとるし。それは構へんけど当たらんといてくれる?」
「当たってねぇよ。」
「当たってるやん」
「当たってねぇよ!」
いつもなら、そうかよ、で終わる筈が、声が荒がり、全身をわけのわからない怒りが駆け巡り、傍から見たら何キレてんのかわかんなくて滑稽なんだろうが、今の俺はどうしようもなく忍足が腹立たしくて。
熱気を放つ俺とは対照的に忍足は冷ややかで目なんか黒々と据わっていて、しかし、その目には確実に怒りが含まれていて。
「俺にキレてる言うんやったら、理由、聞かせて貰おうか」
静かに、静かに、ゆっくりと、首を回し顔にかかった髪を横に流しながら呟くように低く言う忍足。
その動作はこいつがマジで怒った時のもので、それを知る岳人なんかは少し後退り、遠巻きに見守っていたりするのが視界の端に映るのだけれども、今俺の目は忍足にきっちり焦点を合わして視界を狭めた。
目を細くして相手を見据えるという動作は、俺がキレた時のもので、それを見て宍戸が少し揺れたのを滝だけが気付いたりしたが、俺と忍足はそんな周りの反応など微塵も気にせずに睨み合ったまま数秒が過ぎた。
頭の中でぐるぐると回る感情の中からこれといった理由を見つけ出せていないのに俺の口は勝手に言葉を吐き出した。
「凌に近づくな」
「はぁ?」
搾り出したような唸り声は、その冷ややかな表情とは結びつかない程の軽い声にすぐに被せられる。
語尾上がりの軽く息の篭った「はぁ?」は明らかに馬鹿にされて出された言葉であり、嘲笑するでもなく、冷たい表情のまま、ほんの少しだけ開かれた口から最大限の嘲りと共に発せられた短く、かつ、すでに沸いていた俺の頭を爆発させるには十分すぎる威力を持った忍足からの買い言葉だった。
盛大に音を立てTシャツの持ちにくい襟元に器用に掴みかかり、壁に叩き付けた俺をなお表情を変えずに見下す忍足に全身を駆け巡る血が沸騰しているように熱く、かみ締めた歯が嫌な音を立てて軋む。
慌てて止めに入った宍戸や滝を片手でなぎ払い首に拳を押し付けるように忍足に詰め寄る。
「痛い」
低く怒りが篭っていないその呟きとは裏腹に強く手首を掴まれ、少し手が緩む。
強く強く握られ、情けない事に指の先が痺れ、手に力が入らなくなる。
それでも意地で襟首から手を離さない俺を冷ややかに見下ろしたまま、先ほどと同じトーンで忍足が聞いた。
「凌のこと、どう思ってるん?」
突然の問いかけに頭は対処できなかったが、またしても勝手に口は喋る。
「ウザい。ムカつく。ひょろいくせにつく筋肉はきちんとついてるし、やる気なさげなのに庭球には熱いし、強いっつうか上手いっつうか、俺様に当たり前のように勝ちやがったくせにつまんねぇミスで怪我しやがるし、抵抗無くお前に連れてかれるし、そのあと顔見せねぇし、それに、」
「凌の行動とか聞いたんや無い。跡部がどう思ってんのか聞いてるんや」
「どういう意味だよ」
「いっつも凌のことしか考えてへんのは、なんでやって意味」
はぁ?
俺が?凌のことしか考えてないだと?
あまりに的外れな問いかけに思わず手が緩み、忍足の首元から手を離す。
開放されて首を回しこきこき鳴らしながら目で更に問う忍足に笑いが込み上げ喉の奥でひそかに笑む。
「別に俺は凌の事なんて」
考えてねぇよ、と言おうとした口が勝手に閉じる。
本当に、口が言うこと聞かない日だぜ。
そんな事を考える間もなく凄い速さで常日頃思っている事が回灯篭の様に脳裏に描き出す。
ちょっと待てよ、これって、
「考えて…る?」
忍足がようやくポーカーフェイスを崩し、苦い顔で目線を逸らし、溜息をつく。
初めて気付いた事実の理由を解明しようと沸いて動きが鈍くなった頭をフル回転させるがそれをこいつが遮る。
「凌は俺のやから」
「…は?」
「先に目付けのは俺やから。」
「何、言って、あいつ、男だぞ?」
「だから?」
落ちたタオルを拾い、軽く振って首にかけ、前髪を掻きあげてこっちを見る忍足の目は、本気で。
こいつ、何、言ってやがるんだ?
何か言おうとしたのか口を開いたがすぐに閉じ、出口に向かう忍足を、まだ回転の遅い頭を必死に動かしながらも呼び止めるが、こちらを振り向きもせずにひらひらと手を振り、出て行った忍足に聞こえなくなったとわかっていながらも「おい!」とか声をかける俺は自分でも滑稽で。
それよりもっと滑稽なのは現状を全然理解できない頭と戦っている俺で。
あいつは、なんて言った?
俺は、何故あんなに怒った?
何故、俺が、俺は、何故?