紅の王子様
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「…と、いうわけで今年度から入る大石凌だ。正レギュラーだ、それでは入ってよし。」
静かだったコートが一瞬にしてざわめきの塊と化す。
去年必死で戦い勝ち取った正レギュラーの座をこんなどこの馬の骨かもわからない男に取られるなんて、こいつらが早々許すはずもなく。
「監督、」
立ち去ろうとした榊を跡部が呼び止める。
ざわめきがまた静まり、多くの目が二人に集まる。いや、3人というべきか。
「我々は試合をして、正レギュラーを勝ち取ったのです。いきなり来たこいつが例えいいプレイヤーだったとしても納得いきません。」
そうだそうだ、と声が上がる。
冷ややかなオーラで思い切り凌を威嚇する跡部を遠巻きから眺めていた詩菜はやっぱり、と唇を噛んだ。
「では、どうすればいい、跡部」
「俺と試合をさせて下さい」
監督相手ではなく、しっかりと大石凌を見据えて言い放つ。
挑発的でいて、軽蔑するような、上からモノを見る目線で。
一方凌はそんな視線など気付いてもいないかのようにしゃがんでのんびりと靴紐を結んでいる。
凌にシカトされ、自尊心を傷付けられたらしい跡部のラケットのグリップが軋む音が静かな部員たちの間を通り抜ける。
さらさらと風に遊ばれている髪を後ろに振り払いながら立ち上がった凌は小首を傾げ、にこ、と監督に微笑みかけた。
「…いいだろう。」
それを凌の返事として受け取ったのか、榊は許可を出した。
跡部は、今度は目を合わせてきた凌を鼻で笑い、一言、約束をした。
「俺様に勝てたらお前をテニス部員として認めてやるよ」
「ふぅん」
威厳たっぷりに言い放ったのに軽く流され、怒りで震える跡部を振り返りもせずにすたすたとコートに入っていく凌。
その様子をはらはらと見守るマネージャー。
力強く噛み過ぎて唇に血が滲んでいる。
「あの、馬鹿。」
マネージャーの呟きは、試合開始の宣言をする審判の声でかき消された。
「まじかよ。」
「え、何、」
「あの跡部さんが…」
数分後、本当にほんの数分後、テニスコートはざわついていた。
しかし、先ほどのざわつきではなく、静かにヒソヒソと、会話が交わされている程度のざわつき。
コートには、肩で息をし膝を付いている跡部と、息一つ乱していない大石凌がいた。
最初はあんな細い奴が、とか言っていた岳人も口をあけたまま、忍足なんか眼鏡取っちゃって。
ジローは階段状になっているベンチの一番前の手すりから今にも落ちそうになるくらい身を乗り出してキラキラした目で凌を見ている。
宍戸は驚いているのが丸わかりなのにわざと興味なさそうに目線を逸らし、長太郎は素直に驚き跡部を心配し、滝は足を組んで目を細めて傍観していた。(でも口の端が少し上がっていたけれど)
腕組みをしていた榊は下の方へ降りてくると一言、「正レギュラーだ。」と言い、新部員のほうへ行ってしまった。
左手でラケットを持って突っ立っていた凌が「だってさ。」と監督の言葉を引き継ぐと物凄い勢いで跡部が顔を上げた。
「…とめねぇ」
「は?」
「認めねぇ…!!」
あーあやっぱり、と詩菜がこぼす。
凌は心底呆れた顔をし、あっそ、どうでもいいけど、と返す。
それがまた跡部の神経を逆撫でしたらしく今度は立ち上がって睨みつける。
「お前本気じゃなかっただろ!」
「…なんで」
「利き手じゃねぇだろ!」
その言葉に部員達は顔を見合わせる。
だってあんなに強かったのに利き手じゃないなんて…
「ああ、うん。」
だから何?とでも言いたげな凌の言い振りに完全にキレた跡部は何か言いたそうに口を開けたがすぐ閉じ踵を返して部室の方に行ってしまった。
きっとトレーニングルームに引きこもるつもりだろう。
「なーんでそんなに嫌な奴演じちゃうかな」
「別に嫌な奴演じてないよ」
タオルを持って近づいてった詩菜がポツリと漏らす。
あいつ何怒ってんの、と言いながら汗(ほとんど出てないに等しい)を拭き、首を回す凌を苦笑して見上げる。
「まぁ負けてみた方がいいかもね跡部は。」
「あら詩菜ちゃんは部長さんの味方じゃないんですか?」
「だってチビチビ言うんだもんアホベのやつ」
「詩菜チビじゃん」
「うるさいな!」
跡部を倒した新入りと我等がアイドルがにこやかに話し合うのを見て詩菜ラブな岳人が慌てて割り込んでくる。
「なぁお前何者?」
さりげなく詩菜を引き離しながら凌を見上げる。
「人間」
「そんな事聞いてねぇし!」
「自分曲者やなぁ」
いつの間にか近くにいた忍足が上から下までじろりと眺めながら棒読みで言った。
綾香は警戒したのか少し離れると「ども」と短く返す。
近づいてきた宍戸が口を開く前に「じゃ、今日は帰るわ」と足を踏み出した凌だがすぐに動きが止まる。
今まで近づき辛いオーラを出していた凌が奇妙な声を出し、うわ、と思わず詩菜が声を上げる。
腰にぎゅうっとジローがくっついていた。
「マジマジすげーお前!試合して!!」
「ちょ、離し…」
「細いのに力強い打球だったC!」
必死に引き剥がそうともがく凌の腰にしがみ付いて離れないジロー。凌が非難の叫びを上げるが聞いちゃいねぇ。
「ね、また明日でいいじゃん、今日は疲れたって」
「俺疲れてなE!」
「凌が疲れてるの」
慣れた手つきでジローを離し、宥める詩菜。無事生還しました、という顔をして本気で有難うと目で礼を言う綾香に苦笑しながらも「一緒に帰ろ」と声をかける。
まぁ、例のごとくおかっぱに制されるのだが。
「詩菜は寮だろ!」
「凌も寮だよ。ね?」
「ん、特待生は寮って決まってるみたいだし」
げ、という顔をした岳人の後ろで俺も寮やよろしくな、とうさんくさい笑顔を貼り付ける忍足。
明らかに嫌そうな顔を忍足に向け、「一緒に帰ろうか」と詩菜に微笑みかける。
この氷帝で唯一心を許せる詩菜に思わず油断したのだろう、その微笑みがいけなかった。
フェンス外から黄色い、むしろ蛍光イエローな奇声が飛び、正レギュラーはもちろん周りの部員もびくっとする。
「あの子達、跡部のファンじゃなかったっけ?」
「あー、お前に移ったみたいだな」
フェンスの方を見て滝と宍戸がため息をつく。(滝はどこか楽しそうだった)
凌様ーなどと可愛らしい声が飛ぶが、周りを掻き分けフェンスにへばりつく女子達はとても可愛いとは言えず。
唖然とする凌を覚醒させ、こそこそと寮まで逃げ帰った詩菜、凌、忍足、岳人。
跡部はまだトレーニングルームだろうか。
初日で学園をかき回し、跡部を敵に回してしまった綾香。
明日からの学園生活が平穏なものになるとは到底思えず、キリキリと胃を痛めながら眠りに付く綾香だった。