紅の王子様
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まさか彼女が氷帝にいるとは思わなかった。
氷帝では深く人付き合いするつもりもなかったというのに、すでに深く人付き合いしている彼女がいた。
もちろん自分の正体も過去も全て知られている。
一番会いたくて、一番会いたくなかった彼女と再会してしまった。
「久しぶり、綾香。『凌』って…何?」
とりあえず簡潔に説明しようと試みたが、詳しく言えと笑顔で言われたのでしかたなく全部話してみた。
「榊監督に男と間違われてスカウトされたのですよ」
「うん」
「だからそのまま入学しただけ」
「そんなめんどくさい入学するくらいなら別にスカウトに応じなくてもいいじゃない」
「氷帝って有名じゃん?」
「まあ、いろんな意味で」
「だから、ここなら夢叶うかなって思ったから。」
詩菜が少し黙ってしまった。この数秒の間が、今の自分には何時間にも感じる。
「…………まあ、私は男装してること誰にもばらしたりはしないよ。けど…」
「…けど…?」
「どうなっても知らないからね。」
詩菜の言ってる意味が、自分にはよくわからなかった。
自分は嘘をつくのは下手ではないし、元々男勝りでバレない自信もある。
それに転入してしまったものはどうしようもないので、特に口答えも疑問も投げかけず教室に戻ることにした。
後ろで詩菜が呟いていたことを、自分は気付かなかった。
「…………やな予感がするんだよなあ~」
昼休みになり、みんなお弁当を食べるためとか売店に買いに行くためとかでガタガタ動き出した。
不特定多数の女子に捕まる前に、自分は屋上に逃げ込んだ。
――――――何も食べる気がしない。
普段女とは思えぬ量をぺろりとたいらげているはずなのに、食欲はゼロに等しかった。
やはりストレスは隠し切れず身体に影響するらしい。
とりあえず朝買ってみた紙パックのピーチティーにストローを挿し、そのまま座り込んだ。
時々吹き抜ける風とぽかぽかの日差しが気持ちよくて、眠くなってきてしまった。
今日は午前中で終わりのはずだからこのまま寝てしまうと下校時間を逃してしまう。
「…お前何してんだ、そんなとこで」
低くセクシーな声の俺様な口調が聞こえ、顔を上げてみると泣きぼくろの美少年が立っていた。
「……なんだっけ、名前」
「跡部景吾だよ。俺様の名前忘れるとはいい度胸してるじゃねえか」
俺様な口調と思いきや一人称まで俺様だった。
そうだ、思い出した。
テニス部の部長とか朝っぱらから威張り散らしてたやつだ。
こいつの側で男装を続けると思うと、なんだかうんざりしてしまった。
とにかく人と深くかかわる気はないのだから、こいつと話すことも特にない。
さっさと教室に戻ってしまおうと思ったが、よく考えれば教室は女子に捕まるのでやっぱり便所に逃げ込むしかない。
そう思いくるっと背を向けドアに手をかけた。
「…まてよ。」
腕をガシっと掴まれ、びくっとしたものの急いで腕を離させた。
下手に体に触られると女だとバレてしまう。本当にお願いだからかかわらないで欲しい。
「…なんですか。」
「お前、そんな細腕でうちのテニス部に入るつもりかよ?」
ニヤッと笑われ思わずイラッとする。
なんだか生理的に受け付けない奴だ。
「そうですけど何か。」
「俺はお前をテニス部員と認めるつもりはない。」
あまりの物言いに殴りかかりたい衝動を抑え、続きを待った。
「だから俺様にテニスで勝ってみせろ。そうしたら認めてやる」
呆れてしまった。
詩菜によればこいつは去年まで学年1人気だった男らしい。
それを急に出てきた転入生に立場を取られ、悔しいんだろうか。おとなげないとしか言いようがない。
自分は特に言葉も発さず、ため息をついてその場から離れた。
今日の部活はめんどくさいことになりそうだ。