紅の王子様
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まだコートを着て、時折吹く風に目を細めながら肩をすくめて歩いているというのに、駅前から学園の門までの桜並木は満開で、綺麗だなと思うより前に、おいおい、もう春真っ盛りなのかよ、と途方にくれる。
そよ風に吹かれながら、この一年、どうなることやら、と浮かない気持ちで門を潜った。
紅の王子様!
いつの間にか最高学年とやらになっていて、楽しいはずの部活は春休み中に行われた引退する3年の長ったらしいスピーチと、部長の跡部のこれまた長ったらしいスピーチと、顧問であり監督である榊の更に長いスピーチのせいで、初っ端からぐったりとしていた。
今まで8人もいたマネージャーは一気に卒業してしまい、私1人となってしまった。
男子テニス部は異様に人気が高く、部員が200人前後。その面倒を1人で見ろというのか。冗談じゃない。
私、乾詩菜は人知れずため息をつくと、ほぼ空の鞄をぶらぶらさせながら校庭へと向かった。
校庭は、昨日入学式を済ませたばかりの新一年生や、在校生でごった返していた。
始業式が終われば、昇降口の巨大掲示板で新クラスが発表される。
彼らの話題は大体それについてと、春休みに何が起きたか、あとは眠いとか久しぶりとかそんな感じだった。
「おはよ詩菜!」
「あ、おはよがっくん!」
ぼんやりと三年の溜まっているところに歩いていくといきなり目の前に少年が現れた。
従兄の向日岳人。
朝からげんなりしていた私の気持ちはがっくんの元気パワーに吹っ飛ばされ、いつもの調子が戻ってくる。
「おはよ宍戸忍足滝ジロー!」
一気に挨拶を済まし、周りにいた下級生数人にも声をかける。
跡部は?と聞くとあいつは生徒会長だから朝礼台の傍だろ、と宍戸がどうでもよさそうに言った。(宍戸って跡部のこと嫌ってるのかな?)
始業式が始まり、朝礼台に跡部が登ったが、(朝礼の司会進行は生徒会長の仕事なんだよ)いつもならば飛ぶはずの黄色い声は少ししか上がらず、周りの女子達の視線は朝礼台へは注がれていなかった。
「ねぇ、見た?」
「まだ見てないー」
「屋上へ行ったって聞いたんだけど!」
「えっマジで?あたし木の上って…」
キラキラした瞳できょろきょろする女子たちの奇行に不思議に思い、思わず傍にいた子に声をかける。
「あのね、うちの学年転入生がいるらしくて。」
「それが超カッコいい人なんだって!」
「でも始業式サボってるらしくてー」
「どこにいるのかなーって」
口々に答えてくれた子達にそうなんだ、と返すと少し声が苛立ってきた跡部に視線を戻す。
姿も見えない突然のライバルの出現にイラついてるのは確かで。
女子の驚くべき情報網はものの数分で全学年にその美少年転入生の存在を知らせたらしく、跡部のスピーチなど上の空、学園中の女子がきょろきょろしている。
私はというと、今更そんなに美少年が珍しいかなぁ…と大して興味も抱いていなかった。んだけど。
「さあ、うちのクラスに例の転入生が来る事になった!」
朝礼後、新クラスに移動し、新しい席に座った私達に担任の爆弾発言。
奇声を上げて喋り捲る女子。
マジですか、ただでさえうちのクラスには跡部と忍足がいるのに…(がっくんもいるけどそんなにモテてないもんね)
がらり、と戸が開き、男子も女子もシーンとなってそこを見つめる。
入ってきたのは…確かに、息を呑むような美少年。
奇声が上がるかと思ったが、女子達は声も出ないらしくて。
担任の横まで歩いてくると目線をクラスメイトに合わし、ちょっとはにかむ様に笑ったところで教室に響き渡るドギュンという音が聞こえた。(様な気がしたよ、うん)
長くて紅い髪、白い肌、小さな顔に整った目鼻立ち。
大きくて丸っこい目はキラキラして子犬のようで、それでいて纏っている雰囲気は少し大人びて青年的で。
華奢だけど、ひょろっとしているわけでなく、物腰も柔らかく、かっこいいのだけどどこか可愛いくて。
「王子」と誰かが囁いた。その一言で堰を切ったようにざわめきが巻き起こる。
うん、王子だ。プリンスだよ。
でも、なんだろう、どこかで見たような…
ざわめきの中、担任に促されて自己紹介を始める彼を半ば睨むようにして必死に記憶を辿る。
「はじめまして、緑山中から来ました、大石凌です。」
…大石?
「テニス部の榊監督にスカウトされて、体育特待生として氷帝に来ました。」
…テニス?
「このクラスには、部長もいるみたいで心強いです。それに、同じ特待生もいるみたいで…」
どの子ですか?と担任に聞く彼の横顔を見ていたら、いきなり、かちり、と記憶のパズルのピースがハマった。
「あ」
「え」
いきなり声を出した(しかも大音量)私と、担任の指差した先を見た彼の視線がぶつかり、彼も間抜けな大声を出す。
何事かとクラスが静まる。
その間にも彼の目はみるみると見開かれ、顔から血の気が引いていく。
私は私で口を開けたまま。
場の空気を読めない担任はそんな事には全く気付かず、私と忍足の間の空席に「大石凌」を座らせる。
チャイムが鳴り、休み時間が始まると同時に腕を掴まれ、何?と聞く間もなく屋上へと引っ張られてく。
突如現れた王子と氷帝の天使様のエスケープに、教室がざわめくこともお構いなしに、振り返らずどんどん階段を登っていく凌。
黙って連れて行かれる詩菜。
異様な光景に廊下の面々が思わず道をあける。
ばんっと力強く屋上のドアを蹴破り、広い屋上の端まで歩くとようやく止まった。
くるり、と勢い良く振り向き、改めて向かい合う。
さらさらの紅い髪を後ろの低い位置でひとつにまとめ、すらりと背の高い「彼」が私を見下ろす。
長い睫毛がゆっくりと瞬く。大きな目に私が映る。
この辺で「ドキッ☆」とかするのが普通の乙女なんだろうけど、私はそんなことより聞きたいことがあった。
形のいい唇をぎゅ、と噛んでいた「凌」がやっと口を開いたのと同じ瞬間に、私はゆっくりと疑問を口にした。
「久しぶり、綾香。『凌』って…何?」