夢だけど夢じゃない
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「なんだろう?」
珍しく外が騒がしい。
庭で洗濯を干していた私は声につられて公道へ出た。
「ダヨーン!ダヨーン!」
「は!?トラが出た!?」
非日常的なことを叫びながらダヨーンが慌ててこちらへかけてくる。
トラ?トラってあの虎?住宅街に出るなんて事ある???
あまりのことに呆気に取られている間にも曲がり角からダヨダヨとたくさん人が逃げてくる。棒立ちの私の横を最後の一人が駆け抜けたその時、のそり、と曲がり角から大きな虎が現れた。
あの虎じゃーーーーーーん!!!!!!!!
住宅街にクマが出ることは稀にあるけど(都会では無いけどッ)虎が出るなんてことある!?!?どっから来たの!?!?!?
すっかり逃げ遅れた私は通りに取り残され、たった一人で自分より大きな身体の虎と対峙していた。
え、え、え、まってどうしよう待って、死んだフリ?死んだフリする??それは熊???私食べられて死ぬ?????
恐怖で動けないでいると、のそりのそり、と無遠慮に虎がまっすぐ歩み寄ってきた。ヒィーーーーーーー死にたくなぁい!!!!
ぼとり。
「……ん?」
もう飛びかかられたら殺されるくらいの間合いまで近寄ってきた虎が何かを吐き出した。
地面に落ちたぐしょぐしょで汚いソレ。
黄色と黒のシマシマ模様…手足の生えた…クマのぬいぐるみ。
「"あの"虎じゃーーーーーーん!?!?!?」
まさかの再会に気がついた絶叫をぶった切って、はなまるぴっぴが鳴り響いた。
◇◇◇
本当についてない。
この世界に来たばかりの頃に一度、ダヨーンに吸い込まれるフラグは回避したというのに。(代わりに吹き飛ばされたけど)
アレ以来一度も遭遇していなかったのに、よりにもよって吸い込みムーブの時に遭遇してしまい、ゲッと思った頃にはもう彼の中だった。
どうしようどうしよう。
ダメ元でスマホを確認してみるけど当たり前のように圏外。デスヨネー。
考えろ。幸いにしてシラフの脳をフル稼働する。
アニメのダヨーン族回を思い出せ。
今はちょうど冬、となれば今日がその日なのでは?まだ昼間だから今夜にでも吹雪になって松野家の灯油が切れて酔っ払った兄松たちが吸い込まれて来るのでは。そしたらすぐ弟たちも来て一緒に脱出出来る…はず。
その前に自力で脱出出来るならした方が良いな、と出口(肛門)を探して探索することにした。うう〜ここどこなんだ…足元が柔らかくてやだなぁ…光源ないのに謎に明るいのもなんかやだぁ…暗いより良いけど…
ダヨーン族はきっと優しいから遭遇しても良いけど、得体の知れないモノに遭遇したらやだなぁ…と恐る恐る進んでいると急にふわっと身体が浮いた。
「ん?え?…ッええええええええ!?!?!!!!」
今まで歩いていた地面が壁になり、足元には何も無く、今まで通ってきた道がポッカリと口を開けて黒々と続いていた。つまり底無し穴。多分ダヨーンが転んだかなんかして天地が垂直にひっくり返ったのだ。
絶叫マシンよろしく叫び声を響かせながら急転直下真っ逆さま。
そのあとのことは覚えていない。
どれくらいここにいたんだろう。
気がつけばダヨーン族の集落で当たり前のようにマイホームを持ち、当たり前のように民族衣装を着て、当たり前のように暮らしていた。
外の世界のことなんてまるっとすっかり忘れていた。
OP明け、回想シーンを経て虎との再会シーンに戻ってきた私は頭を抱えていた。
えっ?なんで忘れてたの??この虎に会うまで1ミリも思い出すことがなかった。こわい。嘘でしょ?まじで?なんで??ここなんかそういう洗脳波みたいの出てんの?
とにかく帰らなきゃ。こんなに時間経ってるならむつごと同時脱出は見込めない。きっとあの回はまだまだかもう終わってるかだ。
虎が落としたぬいぐるみを拾おうと手を伸ばしたらサッと咥えられてしまった。えっ。ぬいぐるみを咥えたままこちらをジッと見た虎は踵を返して小走りで走り出した。
「えっ!ま、待って待って!」
あの子きっとここに来たばかりだ。今まで見たことないもん。だったら一緒に外の世界へ連れて行ってあげなくちゃ。
軽やかに掛けていく虎を慌てて追いかけた。
◇◇◇
「…グァッ…!」
「ダッダメ~~!!!!」
やっと虎に追いついたと思ったらカラ松くんに飛び掛かるところだった。何がどうなってそうなったの!?!?
虎の首に飛びついて後ろへ倒れ込むように体重をかけ引き離す。どうどうと撫でて落ち着かせながらハラハラと見れば、カラ松くんの方もおそ松さんが抱き寄せて引き離していた。肩が破れて血が滲んでいる。どうしよう!酷い怪我!!
「あっこら!くんな!!俺の大事なカラ松に近寄んな!!!」
「おそまつ、」
心配して手を伸ばしたら見たこともないような怖い顔でおそ松さんに怒鳴られた。えっ!?なに!?!?どうしたの?
とりあえず止血しなければ。躊躇なく自身の着ていたスカートをビリリ、と破いた。
じっと睨んでくるものの何も言わなくなったおそ松を気にしながらそっと近寄り、カラ松くんの肩へ布を当て、ぐるぐると巻く。
「…ありがとう……」
「いいえ…」
「せっかくのスカートを…すまない」
「そんなの全然!」
みるみる血が滲む簡易包帯をそっと撫でる。もうこの人に酷い怪我なんてして欲しくなかったのに。私がもっと早く虎を捕まえていれば。胸が締め付けられるように痛んで目がジワ…と熱くなる。視界が歪み始めたその時、暖かい指が目元を擦った。ボロリと落ちた雫でクリアになる視界。心配そうに眉を下げて見上げていたカラ松くんと目が合う。ウワッ上目遣いあざとっっ可愛ッ!!
「あっ、と、とりあえずちゃんと手当てしたいからついてきて!」
「すまない、なんて言っているかわからない」
えっ?
「…手当するからついてきてって言ってんじゃん?」
まだ睨みつけてきているおそ松には通じたことに安堵しながらこの近距離で聞き取れなかったなんてもしかして頭でも打って聴覚に影響が…?どうしよう、ここお医者さんとかいなさそう…とまたしても泣きそうになりながらカラ松を立ち上がらせるために手を貸す。
「ありがとう…えっと…名前はなんて言うんだ?ガール」
「………え?」
「聞いてもわかんねーしダヨ子とかで良くない?」
「命の恩人にはもっと敬意を表せよおそ松」
え、え、え?????
ダヨ子は私じゃない!!!!なに言ってるの?どういう…
こと、と続ける前に、至近距離で再び目が合ったカラ松の瞳に娘ダヨーンが映っているのを見た。確かにそれは民族衣装を着た娘ダヨーンだったけれど、あのダヨ子ではない。ミルクティー色の髪をポニーテールにまとめた…私だった。
◇◇◇
「カラ松くん」
「ん?なんだヨン」
すっかり肩の傷も治ってご機嫌にロッキングチェアを揺らしパイプを燻らせたカラ松くん…だったもの、が返事をする。
どうやらここの時間の流れは外とは違うらしく、あのあと二人を連れて家に帰った頃には向かいの家ですっかり元気になったチョロ松くんが照れ照れしながらダヨ子とイチャイチャしていた。
外の世界ではまだ数時間経ったか経たないかくらいだろうに、こちらではもうだいぶ時間が経っていて、すっかりここの暮らしに染まった彼らは顔の形がすっかりダヨーン化していた。私はといえば、お察しの通り、完全にダヨーン化していて見た目はダヨ子ちゃんそっくりだし言葉もダヨーン語しか喋れない。慣れてきた彼らに言葉が通じ始めたのは良いけれど、彼らの語尾がダヨーンになってきたから完全にダヨーン化するのもそう遠くないだろう。
今日はダヨ子ちゃんとチョロ松くんの結婚式だから、アニメの通りなら弟松が乱入してくれるはず。お願い、してください。
ダヨ子ちゃんはとても良い子だし、あの二人がすごく幸せそうだからこのまま結婚しても良いのかもしれない…私だってカラ松くんとおそ松さんと一緒に暮らしている今がすごく楽しい…でも…
「うるさいな~、着替えればいいんでしょお~ダヨーン?」
「レディも。参列してくれるんだろう?女は準備に時間がかかるだろう?オレたちのことはいいから支度しに行っていいヨン」
「うん」
浮かれたチョロ松くんが嵐のように来て帰っていくのを窓から見送る。
あんなに幸せそうなのに本当に帰った方が良いの?お似合い夫婦じゃない。ここなら一生幸せに暮らせる。私も、おそ松さんがいるとはいえカラ松くんと実質同居…
「ん?どうしたレディ、早く支度した方がいいんじゃないかヨン?」
ハッ!
いけないいけない、原作の流れを曲げるようなことを願うなんて。ほんと、往生際が悪いな私。
訝しげな彼の目線から逃げるように着替えのため部屋を後にした。
◇◇◇
「んチョロシコスキイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!」
懐かしい罵声が轟き、新郎の顔にピンクがめり込んだ。
「は?はあ?はああ???何してんの何なじんでんの結婚んんん!?!?どゆこと!?」
「トド松、落ち着くんダヨン」
「お前らも!?!?!?」
「この国の奴らはみんな良い奴ダヨン」
「警戒するなヨン」
「いや語尾にヨンをつけるな腹立つ!!!」
あー、なんだか懐かしさすら覚える。アニメのこのシーン好きだったなぁトッティがキレッキレで…トッティのツッコミ好きなんだよなぁ。
目の前で繰り広げられる修羅場を他人事のように眺めながらぼんやり考える。やっぱりアニメの通りになった。残念がるな私。良かったじゃん、これで安心じゃん。
「オレはレディダヨーンと結婚してここに残るヨ~ン!!!!」
「……………は?????」
突然手を握られ、何が起きたかわからなかった。
え?レディダヨーンって私だよね?え?は??
「はっ???えっ誰!?おまえもデキてんのかよ!?」
「え~?レディちゃんとお前ってそうだったのかヨン」
「水臭いヨン」
え?えっ??なに?なんで受け入れてんのこの速度松は???えええ?待ってなに待って待ってなに!?!?オタクすぐ待ってって言うけどその心はnow loadingだから!待って、今理解するから!!え?やっぱりわかんない、なに?????
「なに受け入れてんの兄さんたち!?えっ待ってよカラ松兄さん、じゃあ名前ちゃんはどうすんの!?」
「…名前……?」
もっと訳わかんない事言うのやめてもらって良いですかね。なんでそこで私の名前が出んの。
呆然としていると手を握ったままのカラ松くんと目が合った。彼も呆然としていたけれど、だんだん申し訳なさそうな気まずそうな顔になって、そっと手を離された。
「その子と結婚ってなに!?!?じゃあボクが名前ちゃんもらっちゃって良いわけ!?!?」
!?!?!?!!!!!?!?
トッティ何言ってんの???
「ダメだ!!!!!!!!!」
洞窟内にわんわんと響き渡るくらい大きな声でカラ松くんが叫んだ。
「ダメだ、名前は誰にも渡さない」
もっと何言ってんの?????
もう理解も感情も追いつかない。
あれか?「特別な親友だからこそ誰にも取られたくない」みたいな?こどもの独占欲みたいな?仲良しのあの子が他の子と仲良くしてるの面白くない!やだ!みたいな??そういうやつですか???
「…レディ、すまない、思わせぶりなことをして…ギルティなオレを許してくれ…お前の気持ちには応えられない…オレには元の世界に帰って護らねばならないハニーがいるんだ」
……………。
アーーー……いつのまにかダヨーン顔から普通の姿に戻ってる。けど服はスーツのままだ、かっこいいなぁ。じゃなくて。
アーーー……えーと、そのハニーというのはドブスのことかしら??なんてね…。
アーーー……その格好で跪いて頭を下げてると王子様みたい…かっこいい…でもなくて。
うん、現実逃避なのはわかってる。理解 ってるけど気付き たくない。だって。そんな。まさか。
頭真っ白で何も考えられないでいる間に虎について一松くんに話しかけられて、ああやっぱりこの子は一松くんのあの虎なんだ、と思ったり、一度あげたぬいぐるみだからどうぞそのままお持ちくださいってやったりなんだり、上の空の間にあれよあれよと話は進み、気が付いたらむつごと虎を乗せた舟は出港済みで随分小さくなってもう見えなくなるくらいだった。
えっ!あっ!?一緒に脱出する予定だったのに!?!?どうしよう!私このままここに置いてきぼり!?!?!?
……まぁそれも良いのかも。そもそも外の世界だって私の世界ではないんだし。どうせ夢ならここで覚めて。あー変な夢だったな〜結局両思いにもなれずこんな意味不明なオチなんて!アハハ!って笑って忘れていつも通り出勤するから。ねぇ。両思いに、なれて、ない、よね?ね…?
「ダヨン」
「え、」
優しい顔に覗き込まれる。つぶらでピュアで優しくて慈愛に満ちたその瞳。その茶色い瞳に映った私はもうダヨーン顔ではなく、最早見慣れた可愛らしい作画の女の子になっていた。服装もブライズメイドとして振袖を着ていたはずがいつも通りのサロペットに大きな日の丸柄のリボンに戻っている。
「ダヨーンダヨン」
「…もう帰る時間、ってなに、それ」
「ダーヨン」
「ダヨ子…」
優しく後押しして微笑みかけてくれる彼女に思わず抱き付く。いつの間にか住み着いていたこの集落で一番良くしてくれた彼女。色々なことを助けてくれた彼女。兄松がやってきて介抱に世話に忙しくしていた時も共通の喜びや悩みを打ち明けあって支え合った彼女。私がカラ松くんを気にしているのに気付いてたくさん気を使ってお節介を焼いてくれた。恋話もたくさんした。今日チョロ松くんとこんなことがあってね、私はカラ松くんとこんなことがってきゃっきゃした日々。相思相愛でやっと結ばれるって、今日結婚するって、あんなに幸せそうだったのに。愛しているからこそ、彼を元の世界に帰した強くて優しい彼女。私と違ってちゃんと決断して心を鬼に出来る彼女。
やだ、別れたくない。まだ一緒にいたい。
あんなこと言われて、現実に帰るのが怖い。合コンの時だってちょっとアレって思ったけど酒の席だしと忘れようとしたのに。あんなの、あんなの!あんなやり取り見せられて、あんなこと言われて、察さないほど鈍感じゃない。けど。もしまた勘違いだったら怖い。もう傷つきたくない。心臓が握り潰される思いはもうしたくない。やだ、やだ、ずっとここにいたい。カラ松くんのいない世界で、きっとまた催眠がかかって外の事なんか忘れて、幸せに暮らすの、カラ松くんのことも何もかも全部忘れて苦しさも忘れて…苦しいばかりじゃないけど。好きだって思って生きるの楽しくて幸せだけど。でももう少し、ここで現実逃避させて欲しい。今の今で出ていくのは怖すぎる。
やだやだと駄々を捏ねてしがみつく私をやんわり剥がしてほっぺをむにっと両手で挟まれる。困ったような笑みで見つめられて、小さい子を諭すお母さんみたいだなぁと思った。
「ダヨン」
「どうしても?どうしても今じゃなきゃダメ?」
「ダヨン」
「怖いの、ずっとずっと『もう好きにならない』って思って『もう勘違いしない』って思ってるのに何回も繰り返す…ここにいたら全部忘れられてそんなこともしなくなるでしょう」
「ダヨーン」
「…ッ!!勘違いじゃないなんて!!!!……………そんなこと、ないはず、なのに」
「ダヨーンダヨン」
「ここにいる間もお似合いだった?」
「ダヨン」
「両思いに見えた?でもカラ松くん、私のことレディダヨーンだと思ってたんだよ、名前だって最後まで気づかなかった」
「ダヨンダヨンダヨーン」
「…………正体に気付かなくても恋に落ちるくらい私のこと好き?何度巡り合ってもまた恋に落ちる?ドラマみたいなこと言うね。でも外の世界の『ハニー』に一瞬で負けてフラれちゃったよ私」
「……ダヨーン」
「……………その『ハニー』が私だって?気付いてるだろって?………ねぇ本当にそう思う?私のいつもの勘違いじゃないかな?」
夕暮れ時、二人でよく恋話をした時のように肩を寄せられクスクス笑って頷かれる。この肯定に何度救われただろう。
「……………ねぇ!貴女も一緒に行こう!」
「ダヨン!?」
「私、勇気出して帰るから、一緒に行こ!チョロ松くん追いかけようよ!二人は勘違いでも何でもなく本当に両思いなんだから!」
「ダヨ…ダヨーン…」
「そんなことない!ここだったから上手くいってたわけじゃないよ!二人なら外の世界でも………きゃっ」
急に突き飛ばされて、背後にあったお椀型の何かに尻餅をついてしまう。なにこれ!?いつの間にこんな物が!?
ダヨ子は、すっぽりお椀にハマった私の上に透明なお椀を手早く被せた。カチッと音がして上下のお椀が噛み合う。巨大なガチャガチャのカプセルみたいな物に閉じ込められてしまった。
「えっ!?なにこれ!?ねぇ出して!なに!?」
「ダヨン」
「お別れって!?どういうこと!?」
「…ダヨーン」
「私達は別の世界の住人って…そんな…」
「ダヨンダヨン」
「ねぇ待って、待ってよ!!」
周りで見守っていたダヨーン達がカプセルを担ぎ上げ、あれよあれよという間に巨大大砲へとセットされてしまう。
「ダヨ子…!」
『楽しかった!元気でね、会えてよかった』
「……!!!!」
ダヨ子の口が ずっと友達だよ と動いたけれど、発射の轟音にかき消されて声は聞こえなかった。
大きな大きなくしゃみと共に、私は懐かしいアスファルトの上へと飛び出してしまった。
珍しく外が騒がしい。
庭で洗濯を干していた私は声につられて公道へ出た。
「ダヨーン!ダヨーン!」
「は!?トラが出た!?」
非日常的なことを叫びながらダヨーンが慌ててこちらへかけてくる。
トラ?トラってあの虎?住宅街に出るなんて事ある???
あまりのことに呆気に取られている間にも曲がり角からダヨダヨとたくさん人が逃げてくる。棒立ちの私の横を最後の一人が駆け抜けたその時、のそり、と曲がり角から大きな虎が現れた。
あの虎じゃーーーーーーん!!!!!!!!
住宅街にクマが出ることは稀にあるけど(都会では無いけどッ)虎が出るなんてことある!?!?どっから来たの!?!?!?
すっかり逃げ遅れた私は通りに取り残され、たった一人で自分より大きな身体の虎と対峙していた。
え、え、え、まってどうしよう待って、死んだフリ?死んだフリする??それは熊???私食べられて死ぬ?????
恐怖で動けないでいると、のそりのそり、と無遠慮に虎がまっすぐ歩み寄ってきた。ヒィーーーーーーー死にたくなぁい!!!!
ぼとり。
「……ん?」
もう飛びかかられたら殺されるくらいの間合いまで近寄ってきた虎が何かを吐き出した。
地面に落ちたぐしょぐしょで汚いソレ。
黄色と黒のシマシマ模様…手足の生えた…クマのぬいぐるみ。
「"あの"虎じゃーーーーーーん!?!?!?」
まさかの再会に気がついた絶叫をぶった切って、はなまるぴっぴが鳴り響いた。
◇◇◇
本当についてない。
この世界に来たばかりの頃に一度、ダヨーンに吸い込まれるフラグは回避したというのに。(代わりに吹き飛ばされたけど)
アレ以来一度も遭遇していなかったのに、よりにもよって吸い込みムーブの時に遭遇してしまい、ゲッと思った頃にはもう彼の中だった。
どうしようどうしよう。
ダメ元でスマホを確認してみるけど当たり前のように圏外。デスヨネー。
考えろ。幸いにしてシラフの脳をフル稼働する。
アニメのダヨーン族回を思い出せ。
今はちょうど冬、となれば今日がその日なのでは?まだ昼間だから今夜にでも吹雪になって松野家の灯油が切れて酔っ払った兄松たちが吸い込まれて来るのでは。そしたらすぐ弟たちも来て一緒に脱出出来る…はず。
その前に自力で脱出出来るならした方が良いな、と出口(肛門)を探して探索することにした。うう〜ここどこなんだ…足元が柔らかくてやだなぁ…光源ないのに謎に明るいのもなんかやだぁ…暗いより良いけど…
ダヨーン族はきっと優しいから遭遇しても良いけど、得体の知れないモノに遭遇したらやだなぁ…と恐る恐る進んでいると急にふわっと身体が浮いた。
「ん?え?…ッええええええええ!?!?!!!!」
今まで歩いていた地面が壁になり、足元には何も無く、今まで通ってきた道がポッカリと口を開けて黒々と続いていた。つまり底無し穴。多分ダヨーンが転んだかなんかして天地が垂直にひっくり返ったのだ。
絶叫マシンよろしく叫び声を響かせながら急転直下真っ逆さま。
そのあとのことは覚えていない。
どれくらいここにいたんだろう。
気がつけばダヨーン族の集落で当たり前のようにマイホームを持ち、当たり前のように民族衣装を着て、当たり前のように暮らしていた。
外の世界のことなんてまるっとすっかり忘れていた。
OP明け、回想シーンを経て虎との再会シーンに戻ってきた私は頭を抱えていた。
えっ?なんで忘れてたの??この虎に会うまで1ミリも思い出すことがなかった。こわい。嘘でしょ?まじで?なんで??ここなんかそういう洗脳波みたいの出てんの?
とにかく帰らなきゃ。こんなに時間経ってるならむつごと同時脱出は見込めない。きっとあの回はまだまだかもう終わってるかだ。
虎が落としたぬいぐるみを拾おうと手を伸ばしたらサッと咥えられてしまった。えっ。ぬいぐるみを咥えたままこちらをジッと見た虎は踵を返して小走りで走り出した。
「えっ!ま、待って待って!」
あの子きっとここに来たばかりだ。今まで見たことないもん。だったら一緒に外の世界へ連れて行ってあげなくちゃ。
軽やかに掛けていく虎を慌てて追いかけた。
◇◇◇
「…グァッ…!」
「ダッダメ~~!!!!」
やっと虎に追いついたと思ったらカラ松くんに飛び掛かるところだった。何がどうなってそうなったの!?!?
虎の首に飛びついて後ろへ倒れ込むように体重をかけ引き離す。どうどうと撫でて落ち着かせながらハラハラと見れば、カラ松くんの方もおそ松さんが抱き寄せて引き離していた。肩が破れて血が滲んでいる。どうしよう!酷い怪我!!
「あっこら!くんな!!俺の大事なカラ松に近寄んな!!!」
「おそまつ、」
心配して手を伸ばしたら見たこともないような怖い顔でおそ松さんに怒鳴られた。えっ!?なに!?!?どうしたの?
とりあえず止血しなければ。躊躇なく自身の着ていたスカートをビリリ、と破いた。
じっと睨んでくるものの何も言わなくなったおそ松を気にしながらそっと近寄り、カラ松くんの肩へ布を当て、ぐるぐると巻く。
「…ありがとう……」
「いいえ…」
「せっかくのスカートを…すまない」
「そんなの全然!」
みるみる血が滲む簡易包帯をそっと撫でる。もうこの人に酷い怪我なんてして欲しくなかったのに。私がもっと早く虎を捕まえていれば。胸が締め付けられるように痛んで目がジワ…と熱くなる。視界が歪み始めたその時、暖かい指が目元を擦った。ボロリと落ちた雫でクリアになる視界。心配そうに眉を下げて見上げていたカラ松くんと目が合う。ウワッ上目遣いあざとっっ可愛ッ!!
「あっ、と、とりあえずちゃんと手当てしたいからついてきて!」
「すまない、なんて言っているかわからない」
えっ?
「…手当するからついてきてって言ってんじゃん?」
まだ睨みつけてきているおそ松には通じたことに安堵しながらこの近距離で聞き取れなかったなんてもしかして頭でも打って聴覚に影響が…?どうしよう、ここお医者さんとかいなさそう…とまたしても泣きそうになりながらカラ松を立ち上がらせるために手を貸す。
「ありがとう…えっと…名前はなんて言うんだ?ガール」
「………え?」
「聞いてもわかんねーしダヨ子とかで良くない?」
「命の恩人にはもっと敬意を表せよおそ松」
え、え、え?????
ダヨ子は私じゃない!!!!なに言ってるの?どういう…
こと、と続ける前に、至近距離で再び目が合ったカラ松の瞳に娘ダヨーンが映っているのを見た。確かにそれは民族衣装を着た娘ダヨーンだったけれど、あのダヨ子ではない。ミルクティー色の髪をポニーテールにまとめた…私だった。
◇◇◇
「カラ松くん」
「ん?なんだヨン」
すっかり肩の傷も治ってご機嫌にロッキングチェアを揺らしパイプを燻らせたカラ松くん…だったもの、が返事をする。
どうやらここの時間の流れは外とは違うらしく、あのあと二人を連れて家に帰った頃には向かいの家ですっかり元気になったチョロ松くんが照れ照れしながらダヨ子とイチャイチャしていた。
外の世界ではまだ数時間経ったか経たないかくらいだろうに、こちらではもうだいぶ時間が経っていて、すっかりここの暮らしに染まった彼らは顔の形がすっかりダヨーン化していた。私はといえば、お察しの通り、完全にダヨーン化していて見た目はダヨ子ちゃんそっくりだし言葉もダヨーン語しか喋れない。慣れてきた彼らに言葉が通じ始めたのは良いけれど、彼らの語尾がダヨーンになってきたから完全にダヨーン化するのもそう遠くないだろう。
今日はダヨ子ちゃんとチョロ松くんの結婚式だから、アニメの通りなら弟松が乱入してくれるはず。お願い、してください。
ダヨ子ちゃんはとても良い子だし、あの二人がすごく幸せそうだからこのまま結婚しても良いのかもしれない…私だってカラ松くんとおそ松さんと一緒に暮らしている今がすごく楽しい…でも…
「うるさいな~、着替えればいいんでしょお~ダヨーン?」
「レディも。参列してくれるんだろう?女は準備に時間がかかるだろう?オレたちのことはいいから支度しに行っていいヨン」
「うん」
浮かれたチョロ松くんが嵐のように来て帰っていくのを窓から見送る。
あんなに幸せそうなのに本当に帰った方が良いの?お似合い夫婦じゃない。ここなら一生幸せに暮らせる。私も、おそ松さんがいるとはいえカラ松くんと実質同居…
「ん?どうしたレディ、早く支度した方がいいんじゃないかヨン?」
ハッ!
いけないいけない、原作の流れを曲げるようなことを願うなんて。ほんと、往生際が悪いな私。
訝しげな彼の目線から逃げるように着替えのため部屋を後にした。
◇◇◇
「んチョロシコスキイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!」
懐かしい罵声が轟き、新郎の顔にピンクがめり込んだ。
「は?はあ?はああ???何してんの何なじんでんの結婚んんん!?!?どゆこと!?」
「トド松、落ち着くんダヨン」
「お前らも!?!?!?」
「この国の奴らはみんな良い奴ダヨン」
「警戒するなヨン」
「いや語尾にヨンをつけるな腹立つ!!!」
あー、なんだか懐かしさすら覚える。アニメのこのシーン好きだったなぁトッティがキレッキレで…トッティのツッコミ好きなんだよなぁ。
目の前で繰り広げられる修羅場を他人事のように眺めながらぼんやり考える。やっぱりアニメの通りになった。残念がるな私。良かったじゃん、これで安心じゃん。
「オレはレディダヨーンと結婚してここに残るヨ~ン!!!!」
「……………は?????」
突然手を握られ、何が起きたかわからなかった。
え?レディダヨーンって私だよね?え?は??
「はっ???えっ誰!?おまえもデキてんのかよ!?」
「え~?レディちゃんとお前ってそうだったのかヨン」
「水臭いヨン」
え?えっ??なに?なんで受け入れてんのこの速度松は???えええ?待ってなに待って待ってなに!?!?オタクすぐ待ってって言うけどその心はnow loadingだから!待って、今理解するから!!え?やっぱりわかんない、なに?????
「なに受け入れてんの兄さんたち!?えっ待ってよカラ松兄さん、じゃあ名前ちゃんはどうすんの!?」
「…名前……?」
もっと訳わかんない事言うのやめてもらって良いですかね。なんでそこで私の名前が出んの。
呆然としていると手を握ったままのカラ松くんと目が合った。彼も呆然としていたけれど、だんだん申し訳なさそうな気まずそうな顔になって、そっと手を離された。
「その子と結婚ってなに!?!?じゃあボクが名前ちゃんもらっちゃって良いわけ!?!?」
!?!?!?!!!!!?!?
トッティ何言ってんの???
「ダメだ!!!!!!!!!」
洞窟内にわんわんと響き渡るくらい大きな声でカラ松くんが叫んだ。
「ダメだ、名前は誰にも渡さない」
もっと何言ってんの?????
もう理解も感情も追いつかない。
あれか?「特別な親友だからこそ誰にも取られたくない」みたいな?こどもの独占欲みたいな?仲良しのあの子が他の子と仲良くしてるの面白くない!やだ!みたいな??そういうやつですか???
「…レディ、すまない、思わせぶりなことをして…ギルティなオレを許してくれ…お前の気持ちには応えられない…オレには元の世界に帰って護らねばならないハニーがいるんだ」
……………。
アーーー……いつのまにかダヨーン顔から普通の姿に戻ってる。けど服はスーツのままだ、かっこいいなぁ。じゃなくて。
アーーー……えーと、そのハニーというのはドブスのことかしら??なんてね…。
アーーー……その格好で跪いて頭を下げてると王子様みたい…かっこいい…でもなくて。
うん、現実逃避なのはわかってる。
頭真っ白で何も考えられないでいる間に虎について一松くんに話しかけられて、ああやっぱりこの子は一松くんのあの虎なんだ、と思ったり、一度あげたぬいぐるみだからどうぞそのままお持ちくださいってやったりなんだり、上の空の間にあれよあれよと話は進み、気が付いたらむつごと虎を乗せた舟は出港済みで随分小さくなってもう見えなくなるくらいだった。
えっ!あっ!?一緒に脱出する予定だったのに!?!?どうしよう!私このままここに置いてきぼり!?!?!?
……まぁそれも良いのかも。そもそも外の世界だって私の世界ではないんだし。どうせ夢ならここで覚めて。あー変な夢だったな〜結局両思いにもなれずこんな意味不明なオチなんて!アハハ!って笑って忘れていつも通り出勤するから。ねぇ。両思いに、なれて、ない、よね?ね…?
「ダヨン」
「え、」
優しい顔に覗き込まれる。つぶらでピュアで優しくて慈愛に満ちたその瞳。その茶色い瞳に映った私はもうダヨーン顔ではなく、最早見慣れた可愛らしい作画の女の子になっていた。服装もブライズメイドとして振袖を着ていたはずがいつも通りのサロペットに大きな日の丸柄のリボンに戻っている。
「ダヨーンダヨン」
「…もう帰る時間、ってなに、それ」
「ダーヨン」
「ダヨ子…」
優しく後押しして微笑みかけてくれる彼女に思わず抱き付く。いつの間にか住み着いていたこの集落で一番良くしてくれた彼女。色々なことを助けてくれた彼女。兄松がやってきて介抱に世話に忙しくしていた時も共通の喜びや悩みを打ち明けあって支え合った彼女。私がカラ松くんを気にしているのに気付いてたくさん気を使ってお節介を焼いてくれた。恋話もたくさんした。今日チョロ松くんとこんなことがあってね、私はカラ松くんとこんなことがってきゃっきゃした日々。相思相愛でやっと結ばれるって、今日結婚するって、あんなに幸せそうだったのに。愛しているからこそ、彼を元の世界に帰した強くて優しい彼女。私と違ってちゃんと決断して心を鬼に出来る彼女。
やだ、別れたくない。まだ一緒にいたい。
あんなこと言われて、現実に帰るのが怖い。合コンの時だってちょっとアレって思ったけど酒の席だしと忘れようとしたのに。あんなの、あんなの!あんなやり取り見せられて、あんなこと言われて、察さないほど鈍感じゃない。けど。もしまた勘違いだったら怖い。もう傷つきたくない。心臓が握り潰される思いはもうしたくない。やだ、やだ、ずっとここにいたい。カラ松くんのいない世界で、きっとまた催眠がかかって外の事なんか忘れて、幸せに暮らすの、カラ松くんのことも何もかも全部忘れて苦しさも忘れて…苦しいばかりじゃないけど。好きだって思って生きるの楽しくて幸せだけど。でももう少し、ここで現実逃避させて欲しい。今の今で出ていくのは怖すぎる。
やだやだと駄々を捏ねてしがみつく私をやんわり剥がしてほっぺをむにっと両手で挟まれる。困ったような笑みで見つめられて、小さい子を諭すお母さんみたいだなぁと思った。
「ダヨン」
「どうしても?どうしても今じゃなきゃダメ?」
「ダヨン」
「怖いの、ずっとずっと『もう好きにならない』って思って『もう勘違いしない』って思ってるのに何回も繰り返す…ここにいたら全部忘れられてそんなこともしなくなるでしょう」
「ダヨーン」
「…ッ!!勘違いじゃないなんて!!!!……………そんなこと、ないはず、なのに」
「ダヨーンダヨン」
「ここにいる間もお似合いだった?」
「ダヨン」
「両思いに見えた?でもカラ松くん、私のことレディダヨーンだと思ってたんだよ、名前だって最後まで気づかなかった」
「ダヨンダヨンダヨーン」
「…………正体に気付かなくても恋に落ちるくらい私のこと好き?何度巡り合ってもまた恋に落ちる?ドラマみたいなこと言うね。でも外の世界の『ハニー』に一瞬で負けてフラれちゃったよ私」
「……ダヨーン」
「……………その『ハニー』が私だって?気付いてるだろって?………ねぇ本当にそう思う?私のいつもの勘違いじゃないかな?」
夕暮れ時、二人でよく恋話をした時のように肩を寄せられクスクス笑って頷かれる。この肯定に何度救われただろう。
「……………ねぇ!貴女も一緒に行こう!」
「ダヨン!?」
「私、勇気出して帰るから、一緒に行こ!チョロ松くん追いかけようよ!二人は勘違いでも何でもなく本当に両思いなんだから!」
「ダヨ…ダヨーン…」
「そんなことない!ここだったから上手くいってたわけじゃないよ!二人なら外の世界でも………きゃっ」
急に突き飛ばされて、背後にあったお椀型の何かに尻餅をついてしまう。なにこれ!?いつの間にこんな物が!?
ダヨ子は、すっぽりお椀にハマった私の上に透明なお椀を手早く被せた。カチッと音がして上下のお椀が噛み合う。巨大なガチャガチャのカプセルみたいな物に閉じ込められてしまった。
「えっ!?なにこれ!?ねぇ出して!なに!?」
「ダヨン」
「お別れって!?どういうこと!?」
「…ダヨーン」
「私達は別の世界の住人って…そんな…」
「ダヨンダヨン」
「ねぇ待って、待ってよ!!」
周りで見守っていたダヨーン達がカプセルを担ぎ上げ、あれよあれよという間に巨大大砲へとセットされてしまう。
「ダヨ子…!」
『楽しかった!元気でね、会えてよかった』
「……!!!!」
ダヨ子の口が ずっと友達だよ と動いたけれど、発射の轟音にかき消されて声は聞こえなかった。
大きな大きなくしゃみと共に、私は懐かしいアスファルトの上へと飛び出してしまった。