夢だけど夢じゃない
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なんでだよなんでだよなんでだよ。
松野トド松は溶けてなくなるんじゃないかっていうくらい汗をだらだらかいていた。おなかがいたい。きもちわるい。
良い感じに薄暗い、間接照明がオシャレな個室居酒屋。
さっきから強めの酒を飲んでるはずだが全く味がしないし全く酔わない。とにかくびっしょり冷や汗をかきながら必死で笑顔を貼り付けていた。
幹事をやった合コンで迷いに迷ってあつしくんを誘ってしまったが故に大失敗し、女の子には何も無し男呼ばわりされあまりの悔しさに泣いていたボクを、流石に哀れに思ったらしい一軍様が合コンに誘ってくれた。一人来れなくなったから来ないか?女の子のレベル高いよ、なんて誘い文句を当日の昼に送ってくるあたり、いつでも暇だと思われている。まぁその通りなんですけど。二つ返事でオーケーし、兄さん達にバレないようめかし込んで意気揚々と乗り込んできたってわけ。愚かなボクは、またあつしくんに全部持ってかれる心配とか全然せずにルンルンで店に到着した。あつしくんの同僚だというこれまたキラッキラした一軍様に少し怯んだが、大丈夫、この間と同じ轍は踏まない。こんばんは初めまして〜ボク、あつしくんの同級生でぇ、フラッグコーポレーションで働いてますぅ、と自己紹介すれば、あつしくんは少し目を見開いただけで特に何も言わなかった。同僚さんは「へえ!一流企業じゃないっすか!すごいっすね〜!あつしの得意先でもあるよな!」とか言ってくるのでヒヤリとしたが、あつしくんは「ああ」と短く言っただけでそれ以上何も突っ込んで来なかった。ありがとう一軍様、そういうとこめっちゃスマートで流石です神様!
というわけで今日のボクは一軍様だ。大丈夫、あつしくん達にも負けないくらい一軍様だ。顔もそんなに負けてない。大丈夫大丈夫。そう自分を鼓舞しながら同僚さん、あつしくん、ボクの順に男三人横並びで先に席についてそわそわ待っていると、すみませんお待たせしてしまってぇ〜と可愛らしく甘ったるい声と共に個室の襖が開いた。ボクは人懐っこさ全開の笑顔を貼り付けてそちらを向いて、そのまま固まった。バッチリと目が合ってしまった。名前ちゃんと。なんで。なんでいるの。
入ってきた女の子3人は全員めっちゃくちゃ可愛い。ピンク髪の子はボクを見て一瞬顔を引きつらせ襖を閉めようとしていたが名前ちゃんが耳元で何かを囁くとパッと笑顔になってズンズン部屋に入ってくるとあつしくんの前に座った。あ、狙いはそこなんだ。早いね。先頭きって入ってきたのに真ん中に座ったので名前ちゃんともう一人の女の子はその子の両隣に収まった。名前ちゃんはボクの目の前だ。うう、顔があげれない。名前ちゃんと合コンだなんて口説き落とす大チャンスな訳だけど、なんてったって今日のボクは「フラッグコーポレーションの社員」を名乗ってるわけで。なんっでよりによってそんな嘘ついたボク!!!!まさにそこに住んでる名前ちゃんの前でそんなこと言えたもんじゃない。即バレ。おしまい。嘘つき何も無し男爆誕。というか名前ちゃんにはニートってバレてるのに更に嘘つきのレッテルまで貼られたくない!自業自得だけど!
そんなこんなで冒頭に戻る。とりあえず乾杯をして自己紹介タイムになってしまった。まぁなるよねそうだよね。帰りたい。冷や汗ダラダラで笑顔を貼り付けるのに必死で、ボクの対角線上に座ってる女の子の自己紹介全然入ってこなかった。モデルだっけ?グラドル?とにかく可愛いもんねそうだよね。はいはい!と真ん中のピンク髪の子がにこやかに挙手した。
「橋本にゃーって言いますにゃん♡アイドルやってまーす!最近雑誌とかにも結構出れるようになってきました〜見かけたら買ってください♡(笑)よろしくお願いしま〜す♡」
手をにゃんにゃんしながらライブの口上のように自己紹介した彼女を見て、部屋の押入れに詰め込まれてるクソダサスキー兄さんの荷物を思い出しサーッと青褪める。なんかどっかで見たことあると思った!!!!チョロ松兄さんが追っかけてるアイドルじゃん!!!!ウッソまじで…うわ…なんで現役アイドルが合コンなんて来ちゃってんのォオ!?!?この子と合コンしたってバレたらチョロ松兄さんに殺される…というかチョロ松兄さん余計なこと言ってないよな???ニートってバレてないよな??????入口でボク見て強張ったの、絶対チョロ松兄さんと勘違いしたんじゃん!認知じゃん!えええ、プライドチョモランマ兄さんだからニートって隠してるとは思うけどもし知られてたら兄弟のボクまで疑われかねない。
吐きそうになりながら笑顔で酒を煽る。飲まなきゃやってらんない。
「えーと、名前っていいます、あー…私も一応アイドルやってます…」
「えっ!?!?そうなの!?うさ耳アイドル!?」
「いやっ、バニーだったのはあの時だけだから…普段は甲殻類というか…まだ一回しかやってないけど…」
「は?コーカクルイ???」
名前ちゃんがおずおず自己紹介すると隣の猫耳ちゃんが初耳とばかりに身を乗り出した。えっ?うさ耳ってなに。バニーってなに。
「え〜〜名前ちゃんもアイドルって知らなかったぁ〜〜この子ね、あの!フラッグコーポレーションのクリスマスクルーズで一緒になってぇ〜。そこで仲良くなったんだにゃー!ねー?」
「うん」
「てっきりぃ〜〜フラッグコーポレーションで"雇われて"るのかと思ってたにゃー!まさかの同業者〜?言ってよもぉ〜!」
「……僕も『そう』思ってたよ」
「えっ?お知り合いにゃんですか?」
「知り合いって程でもないんだけど、ね?」
目の前で縮こまる名前ちゃんにグイグイ絡む猫耳の子は、あつしくんが突然意味深に割って入ったことにいち早く反応した。待って。それはボクも聞き捨てならない。なに!?あつしくん名前ちゃんと知り合いなの!?!?
「……覚えてます?僕のこと。車で」
「あ、はい、覚えてます、その節はありがとうございました」
えええええ!?!?車!?!?車でってなに!?!?ありがとうございましたってなに!?!?!?!?
思わず立ち上がりそうになったボクと猫耳の子は全く同じ反応をしていた。
「フラッグコーポレーションの社員さんじゃないんですね?」
「アー…………社員といえば社員かな…?正社員ではないんですけどお仕事はしているので…雑用ですけど」
あつしくんの質問に歯切れ悪く答える名前ちゃん。隣で猫耳ちゃんが「へえ…オシゴトねえ」と呟いて名前ちゃんが困ったような顔をした。
「でもアイドルもしてるんだ?」
「あー…はい、成り行きで…」
相変わらず歯切れ悪く誤魔化しながら答える名前ちゃん。トト子ちゃんとのユニット、成り行きだったんだ。まぁそうだろうね。と、納得してると一番端に座ってた同僚さんが無邪気に爆弾を落とした。
「あーでもフラッグコーポレーションでも働いてるんすよね!?彼もフラッグコーポレーションで働いてるんですよ!ね!」
「「「え?」」」
余計なことを言ってくれやがってええええええ
完全に自業自得だけど!!!!自分で掘った墓穴だけど!!!!!!!!
スーツでもなく精一杯小洒落た普段着のボクに興味なさげだったグラドルと猫耳アイドルは急に目を輝かせてボクを見た。すごい、大企業のネームバリュー強い。一気に彼女らから一軍として見られて居た堪れない。だって、嘘だって知ってる子が目の前にいる。
え?と間抜けな声を出した名前ちゃんはキョトンとしていたけれど、すぐに笑顔になって「あー、見たことある気がします、Mr.フラッグと一緒にいるところ」と言った。俯き気味だったボクは思わず顔を上げた。えっ。
「えー!?あのMr.フラッグと!?すげえ!一部の上流社員しか御目通り出来ないって聞くのに!」
「そうだったんだ、いつの間に。すごいね」
同僚さんとあつしくんが尊敬した目で見てくる。えっ。
「ん?てか名前ちゃんもそれ見たことあるってことは上流社員!?」
「いやいやいや、私は…あの…社長室の雑用をバイトでやってる感じで…御目通りなんてとてもとても…たまに遠くからお見かけするくらいで…その時にいつも一緒にいらっしゃいますよね!」
えええええ!!!!名前ちゃん、積極的に嘘ついてくれてるううううボクの嘘の裏付けしてくれてるうううう
しかも気を遣って初対面を装ってくれてる…!!!!なに!?!?神!?!?女神様なの!?!?
「ええ〜〜すごいすごい!Mrフラッグと直接一緒にお仕事されてるんですね♡エリートさんだぁ」
「かっこいい〜♡にゃー、尊敬しちゃうにゃん♡」
ボクのことをすっかり一軍と見做したグラドルちゃんとアイドルちゃんはめちゃくちゃ可愛い笑顔でメロメロとこっちにハートを飛ばしてくる。普段こんな可愛い女の子にチヤホヤされることなんてないから思わず調子に乗ってしまい「そんなことないよ、これくらい普通だって」なんて台詞を吐いてしまった。どこぞのライジングシコースキーのこと言えないわボク。
「マツノさんばっかズルいっすよ〜!俺らだってそこそこ良いとこでバリバリやってますよ〜w」
なー、あつし?と言いながら俺ら同僚で〜と社名と名前を名乗れば、飛び出た大企業の名前にグラドルアイドルペアは更にニコニコきゃっきゃし出した。一軍ビンゴの完全当たり回だと言わんばかりだ。一人偽物でごめん。でも浮かれたボクは女の子達があからさまに媚びを売ってくるのにデレデレしながら本当に一軍になったような大きな気で名前ちゃんを口説こうと少し前のめりになった。
「名前ちゃ「あ〜〜、にゃー新しい飲み物頼んでも良いですかぁ?メニュー見たいから名前ちゃんちょっと席変わってにゃん♡」
真ん中に座っていた橋本にゃーがボクら側の端にあるメニューを口実に名前ちゃんを立たせると席をチェンジしてしまった。メニューなんて取って渡せば席替えしなくても良いのに、どうやらボクをロックオンしたらしい橋本にゃーは目の前に座り直すとメニューを覗き込む振りをしてズイッと顔を寄せてきた。前のめりに乗り出してきたので胸がテーブルに乗る。前屈みになったせいで緩く開いたシャツの隙間から谷間がチラつく。決してガン見したわけじゃない。彼女が見せてくるから。ボク悪くない。
絶好のチャンスだから名前ちゃんを口説きたいのに目の前の可愛い女の子が甘ったるい声で「トド松さんは何飲みますぅ?」なんて上目遣いでフェードインしてきたらそっちに釘付けになってしまう。童貞舐めんな。一軍最高。チョロシコスキーザマァ。お前の女は貰ったよ。
なんて、ボクがアイドルとひたい突き合わせてデレデレとメニューを覗き込んでいる間に、対面同士になったあつしくんがその落ち着いてミステリアスな色気を放つ声で名前ちゃんを口説き始めたことにしばらく気付けなかった。
「てっきりFCの社員さんなのかと」
「いやぁ、下っ端バイトというか…全然そんな…」
「アイドルが本業なの?」
「あー…はい」
「そうだったんだ、じゃあ遠慮はいらないな」
ん?
「名前ちゃん、て呼んでも良いかな?」
「あ、はい」
「僕のことはあつしって呼んで」
「あつし…くん」
「はは、呼び捨てで良いのに(笑)」
んん?
「この間の服、大丈夫だった?」
「あ、はい、クリーニングで無事綺麗に落ちました!」
「良かった、やっぱり悪いからクリーニング代受け取ってよ」
「いやいや大丈夫です、送って頂けて大事な用に間に合ったのでそれで充分です」
「うーん…でも怪我もさせてしまったし」
「あんなのあの日の夜には治りました!全然平気です!」
「でもこんな可愛い子に本当に申し訳なかったと思って…お詫びに食事でも奢らせてくれない?」
「かわ!?…いや、本当悪いです、気になさらず…」
「……お詫びは口実、僕がまたキミとドライブしたいだけ…って言ったらどうする?」
んんん?
「名前ちゃんみたいな子、助手席に乗せて走るのすごい楽しかったから…今度はあんな短い距離じゃなくてもう少し一緒にいたいなって…でも助手席だけだと横顔しか見られないからドライブのあとゆっくり正面から顔見て…美味しい物でも食べたいなって。だめかな?」
「だめだろ!?!?!!!!?!?」
つい大声を出して真横の男に詰め寄ってしまった。何普通に口説いてんの!?!?しかも結構グイグイ!!!!えっ!?こわっ!?!?こないだの合コンなんて両手に花で言い寄られてたのにのらくらはぐらかしてたくせに!?ドライブ!?はぁ!?どういうこと!?もう一回やったことあんの!?なに!?いつ!?なんで!?!?
にゃんにゃん媚び売って集中砲撃してたボクが突然隣の会話に割って入ったせいで目の前のにゃーちゃんは一瞬顔を強張らせた。ごめん。ごめん!!普段だったら全然ノッてた!というか今も満更じゃない!!!けど!!!!本命は名前ちゃんだし真横でガチ口説きが始まったらそりゃあほっとけない。
「どうしたんだよマツノ」
「あつしくんこそどうしたの!?そんなに肉食系だっけ!?てかドライブ無理でしょ休み取れたらなんでしょ!?」
「基本カレンダー通りだし有給も余ってるから好きな時に休めるよ、社会人の当然の権利だからね。名前ちゃんお休みいつ?合わせるよ」
「合わせるな!!!!ドライブなんてダメダメ!!!!そんな、まだ出会ったばっかなのに!!!!二人きりでドライブ!?!?破廉恥な!!!!何考えてるの!?!?あつしくんのえっち!」
「マツノこそ何考えてるんだよ」
ただのドライブにえっちって…とガチで引いた顔をするあつしくんにイラッとする。そんなマジ引きするな!!!!ばか!!!!一軍ヤリチン!!!!どうせヤリチンなんだろ!!!!女の子とっかえひっかえ選り取りみどりなんだろ不潔な!童貞バカにすんな!!!!
半分被害妄想でパニックになりながらとにかくダメ、名前ちゃん、絶対デートになんて行かないで、と喚いていたらすっかり興醒めした様子の猫耳ちゃんが可愛いカクテルを一気飲みして「必死になってるとこ悪いけど名前ちゃん脈ナシだと思うよ〜」とぶっ込んできた。なんなの!?知ってるよそんなこと!!!!名前ちゃんがカラ松兄さんを見ていることくらい!!!!
「だって名前ちゃん、Mrフラッグのお気に入りだもんね?」
「!?!?ちょっとにゃーちゃん!!」
「え?どういうこと?バイトなんでしょ?」
「ハタ坊♡名前♡って呼び合う仲のバイトがいると思いますぅ?」
怪訝に食いついたあつしに悪い顔で笑いながら返す橋本。焦ったように橋本の腕を掴む名前。思わぬ方向からの暴露にパニックのボク。
「名前ちゃんやっぱりそうなの!?!?」
「やっぱりってなに!?!?ハタ坊とはそんなんじゃないってトド松くん知ってるよね!?!?」
「………え?二人もしかして知り合いだったの?」
あつしくんのツッコミにハッとするも時遅し。驚いた顔のあつしくんと橋本にゃー、奥で話し込んでた同僚さんとグラドルちゃんまでこっちに注目してる始末。
面倒臭いことになってしまった。
松野トド松は溶けてなくなるんじゃないかっていうくらい汗をだらだらかいていた。おなかがいたい。きもちわるい。
良い感じに薄暗い、間接照明がオシャレな個室居酒屋。
さっきから強めの酒を飲んでるはずだが全く味がしないし全く酔わない。とにかくびっしょり冷や汗をかきながら必死で笑顔を貼り付けていた。
幹事をやった合コンで迷いに迷ってあつしくんを誘ってしまったが故に大失敗し、女の子には何も無し男呼ばわりされあまりの悔しさに泣いていたボクを、流石に哀れに思ったらしい一軍様が合コンに誘ってくれた。一人来れなくなったから来ないか?女の子のレベル高いよ、なんて誘い文句を当日の昼に送ってくるあたり、いつでも暇だと思われている。まぁその通りなんですけど。二つ返事でオーケーし、兄さん達にバレないようめかし込んで意気揚々と乗り込んできたってわけ。愚かなボクは、またあつしくんに全部持ってかれる心配とか全然せずにルンルンで店に到着した。あつしくんの同僚だというこれまたキラッキラした一軍様に少し怯んだが、大丈夫、この間と同じ轍は踏まない。こんばんは初めまして〜ボク、あつしくんの同級生でぇ、フラッグコーポレーションで働いてますぅ、と自己紹介すれば、あつしくんは少し目を見開いただけで特に何も言わなかった。同僚さんは「へえ!一流企業じゃないっすか!すごいっすね〜!あつしの得意先でもあるよな!」とか言ってくるのでヒヤリとしたが、あつしくんは「ああ」と短く言っただけでそれ以上何も突っ込んで来なかった。ありがとう一軍様、そういうとこめっちゃスマートで流石です神様!
というわけで今日のボクは一軍様だ。大丈夫、あつしくん達にも負けないくらい一軍様だ。顔もそんなに負けてない。大丈夫大丈夫。そう自分を鼓舞しながら同僚さん、あつしくん、ボクの順に男三人横並びで先に席についてそわそわ待っていると、すみませんお待たせしてしまってぇ〜と可愛らしく甘ったるい声と共に個室の襖が開いた。ボクは人懐っこさ全開の笑顔を貼り付けてそちらを向いて、そのまま固まった。バッチリと目が合ってしまった。名前ちゃんと。なんで。なんでいるの。
入ってきた女の子3人は全員めっちゃくちゃ可愛い。ピンク髪の子はボクを見て一瞬顔を引きつらせ襖を閉めようとしていたが名前ちゃんが耳元で何かを囁くとパッと笑顔になってズンズン部屋に入ってくるとあつしくんの前に座った。あ、狙いはそこなんだ。早いね。先頭きって入ってきたのに真ん中に座ったので名前ちゃんともう一人の女の子はその子の両隣に収まった。名前ちゃんはボクの目の前だ。うう、顔があげれない。名前ちゃんと合コンだなんて口説き落とす大チャンスな訳だけど、なんてったって今日のボクは「フラッグコーポレーションの社員」を名乗ってるわけで。なんっでよりによってそんな嘘ついたボク!!!!まさにそこに住んでる名前ちゃんの前でそんなこと言えたもんじゃない。即バレ。おしまい。嘘つき何も無し男爆誕。というか名前ちゃんにはニートってバレてるのに更に嘘つきのレッテルまで貼られたくない!自業自得だけど!
そんなこんなで冒頭に戻る。とりあえず乾杯をして自己紹介タイムになってしまった。まぁなるよねそうだよね。帰りたい。冷や汗ダラダラで笑顔を貼り付けるのに必死で、ボクの対角線上に座ってる女の子の自己紹介全然入ってこなかった。モデルだっけ?グラドル?とにかく可愛いもんねそうだよね。はいはい!と真ん中のピンク髪の子がにこやかに挙手した。
「橋本にゃーって言いますにゃん♡アイドルやってまーす!最近雑誌とかにも結構出れるようになってきました〜見かけたら買ってください♡(笑)よろしくお願いしま〜す♡」
手をにゃんにゃんしながらライブの口上のように自己紹介した彼女を見て、部屋の押入れに詰め込まれてるクソダサスキー兄さんの荷物を思い出しサーッと青褪める。なんかどっかで見たことあると思った!!!!チョロ松兄さんが追っかけてるアイドルじゃん!!!!ウッソまじで…うわ…なんで現役アイドルが合コンなんて来ちゃってんのォオ!?!?この子と合コンしたってバレたらチョロ松兄さんに殺される…というかチョロ松兄さん余計なこと言ってないよな???ニートってバレてないよな??????入口でボク見て強張ったの、絶対チョロ松兄さんと勘違いしたんじゃん!認知じゃん!えええ、プライドチョモランマ兄さんだからニートって隠してるとは思うけどもし知られてたら兄弟のボクまで疑われかねない。
吐きそうになりながら笑顔で酒を煽る。飲まなきゃやってらんない。
「えーと、名前っていいます、あー…私も一応アイドルやってます…」
「えっ!?!?そうなの!?うさ耳アイドル!?」
「いやっ、バニーだったのはあの時だけだから…普段は甲殻類というか…まだ一回しかやってないけど…」
「は?コーカクルイ???」
名前ちゃんがおずおず自己紹介すると隣の猫耳ちゃんが初耳とばかりに身を乗り出した。えっ?うさ耳ってなに。バニーってなに。
「え〜〜名前ちゃんもアイドルって知らなかったぁ〜〜この子ね、あの!フラッグコーポレーションのクリスマスクルーズで一緒になってぇ〜。そこで仲良くなったんだにゃー!ねー?」
「うん」
「てっきりぃ〜〜フラッグコーポレーションで"雇われて"るのかと思ってたにゃー!まさかの同業者〜?言ってよもぉ〜!」
「……僕も『そう』思ってたよ」
「えっ?お知り合いにゃんですか?」
「知り合いって程でもないんだけど、ね?」
目の前で縮こまる名前ちゃんにグイグイ絡む猫耳の子は、あつしくんが突然意味深に割って入ったことにいち早く反応した。待って。それはボクも聞き捨てならない。なに!?あつしくん名前ちゃんと知り合いなの!?!?
「……覚えてます?僕のこと。車で」
「あ、はい、覚えてます、その節はありがとうございました」
えええええ!?!?車!?!?車でってなに!?!?ありがとうございましたってなに!?!?!?!?
思わず立ち上がりそうになったボクと猫耳の子は全く同じ反応をしていた。
「フラッグコーポレーションの社員さんじゃないんですね?」
「アー…………社員といえば社員かな…?正社員ではないんですけどお仕事はしているので…雑用ですけど」
あつしくんの質問に歯切れ悪く答える名前ちゃん。隣で猫耳ちゃんが「へえ…オシゴトねえ」と呟いて名前ちゃんが困ったような顔をした。
「でもアイドルもしてるんだ?」
「あー…はい、成り行きで…」
相変わらず歯切れ悪く誤魔化しながら答える名前ちゃん。トト子ちゃんとのユニット、成り行きだったんだ。まぁそうだろうね。と、納得してると一番端に座ってた同僚さんが無邪気に爆弾を落とした。
「あーでもフラッグコーポレーションでも働いてるんすよね!?彼もフラッグコーポレーションで働いてるんですよ!ね!」
「「「え?」」」
余計なことを言ってくれやがってええええええ
完全に自業自得だけど!!!!自分で掘った墓穴だけど!!!!!!!!
スーツでもなく精一杯小洒落た普段着のボクに興味なさげだったグラドルと猫耳アイドルは急に目を輝かせてボクを見た。すごい、大企業のネームバリュー強い。一気に彼女らから一軍として見られて居た堪れない。だって、嘘だって知ってる子が目の前にいる。
え?と間抜けな声を出した名前ちゃんはキョトンとしていたけれど、すぐに笑顔になって「あー、見たことある気がします、Mr.フラッグと一緒にいるところ」と言った。俯き気味だったボクは思わず顔を上げた。えっ。
「えー!?あのMr.フラッグと!?すげえ!一部の上流社員しか御目通り出来ないって聞くのに!」
「そうだったんだ、いつの間に。すごいね」
同僚さんとあつしくんが尊敬した目で見てくる。えっ。
「ん?てか名前ちゃんもそれ見たことあるってことは上流社員!?」
「いやいやいや、私は…あの…社長室の雑用をバイトでやってる感じで…御目通りなんてとてもとても…たまに遠くからお見かけするくらいで…その時にいつも一緒にいらっしゃいますよね!」
えええええ!!!!名前ちゃん、積極的に嘘ついてくれてるううううボクの嘘の裏付けしてくれてるうううう
しかも気を遣って初対面を装ってくれてる…!!!!なに!?!?神!?!?女神様なの!?!?
「ええ〜〜すごいすごい!Mrフラッグと直接一緒にお仕事されてるんですね♡エリートさんだぁ」
「かっこいい〜♡にゃー、尊敬しちゃうにゃん♡」
ボクのことをすっかり一軍と見做したグラドルちゃんとアイドルちゃんはめちゃくちゃ可愛い笑顔でメロメロとこっちにハートを飛ばしてくる。普段こんな可愛い女の子にチヤホヤされることなんてないから思わず調子に乗ってしまい「そんなことないよ、これくらい普通だって」なんて台詞を吐いてしまった。どこぞのライジングシコースキーのこと言えないわボク。
「マツノさんばっかズルいっすよ〜!俺らだってそこそこ良いとこでバリバリやってますよ〜w」
なー、あつし?と言いながら俺ら同僚で〜と社名と名前を名乗れば、飛び出た大企業の名前にグラドルアイドルペアは更にニコニコきゃっきゃし出した。一軍ビンゴの完全当たり回だと言わんばかりだ。一人偽物でごめん。でも浮かれたボクは女の子達があからさまに媚びを売ってくるのにデレデレしながら本当に一軍になったような大きな気で名前ちゃんを口説こうと少し前のめりになった。
「名前ちゃ「あ〜〜、にゃー新しい飲み物頼んでも良いですかぁ?メニュー見たいから名前ちゃんちょっと席変わってにゃん♡」
真ん中に座っていた橋本にゃーがボクら側の端にあるメニューを口実に名前ちゃんを立たせると席をチェンジしてしまった。メニューなんて取って渡せば席替えしなくても良いのに、どうやらボクをロックオンしたらしい橋本にゃーは目の前に座り直すとメニューを覗き込む振りをしてズイッと顔を寄せてきた。前のめりに乗り出してきたので胸がテーブルに乗る。前屈みになったせいで緩く開いたシャツの隙間から谷間がチラつく。決してガン見したわけじゃない。彼女が見せてくるから。ボク悪くない。
絶好のチャンスだから名前ちゃんを口説きたいのに目の前の可愛い女の子が甘ったるい声で「トド松さんは何飲みますぅ?」なんて上目遣いでフェードインしてきたらそっちに釘付けになってしまう。童貞舐めんな。一軍最高。チョロシコスキーザマァ。お前の女は貰ったよ。
なんて、ボクがアイドルとひたい突き合わせてデレデレとメニューを覗き込んでいる間に、対面同士になったあつしくんがその落ち着いてミステリアスな色気を放つ声で名前ちゃんを口説き始めたことにしばらく気付けなかった。
「てっきりFCの社員さんなのかと」
「いやぁ、下っ端バイトというか…全然そんな…」
「アイドルが本業なの?」
「あー…はい」
「そうだったんだ、じゃあ遠慮はいらないな」
ん?
「名前ちゃん、て呼んでも良いかな?」
「あ、はい」
「僕のことはあつしって呼んで」
「あつし…くん」
「はは、呼び捨てで良いのに(笑)」
んん?
「この間の服、大丈夫だった?」
「あ、はい、クリーニングで無事綺麗に落ちました!」
「良かった、やっぱり悪いからクリーニング代受け取ってよ」
「いやいや大丈夫です、送って頂けて大事な用に間に合ったのでそれで充分です」
「うーん…でも怪我もさせてしまったし」
「あんなのあの日の夜には治りました!全然平気です!」
「でもこんな可愛い子に本当に申し訳なかったと思って…お詫びに食事でも奢らせてくれない?」
「かわ!?…いや、本当悪いです、気になさらず…」
「……お詫びは口実、僕がまたキミとドライブしたいだけ…って言ったらどうする?」
んんん?
「名前ちゃんみたいな子、助手席に乗せて走るのすごい楽しかったから…今度はあんな短い距離じゃなくてもう少し一緒にいたいなって…でも助手席だけだと横顔しか見られないからドライブのあとゆっくり正面から顔見て…美味しい物でも食べたいなって。だめかな?」
「だめだろ!?!?!!!!?!?」
つい大声を出して真横の男に詰め寄ってしまった。何普通に口説いてんの!?!?しかも結構グイグイ!!!!えっ!?こわっ!?!?こないだの合コンなんて両手に花で言い寄られてたのにのらくらはぐらかしてたくせに!?ドライブ!?はぁ!?どういうこと!?もう一回やったことあんの!?なに!?いつ!?なんで!?!?
にゃんにゃん媚び売って集中砲撃してたボクが突然隣の会話に割って入ったせいで目の前のにゃーちゃんは一瞬顔を強張らせた。ごめん。ごめん!!普段だったら全然ノッてた!というか今も満更じゃない!!!けど!!!!本命は名前ちゃんだし真横でガチ口説きが始まったらそりゃあほっとけない。
「どうしたんだよマツノ」
「あつしくんこそどうしたの!?そんなに肉食系だっけ!?てかドライブ無理でしょ休み取れたらなんでしょ!?」
「基本カレンダー通りだし有給も余ってるから好きな時に休めるよ、社会人の当然の権利だからね。名前ちゃんお休みいつ?合わせるよ」
「合わせるな!!!!ドライブなんてダメダメ!!!!そんな、まだ出会ったばっかなのに!!!!二人きりでドライブ!?!?破廉恥な!!!!何考えてるの!?!?あつしくんのえっち!」
「マツノこそ何考えてるんだよ」
ただのドライブにえっちって…とガチで引いた顔をするあつしくんにイラッとする。そんなマジ引きするな!!!!ばか!!!!一軍ヤリチン!!!!どうせヤリチンなんだろ!!!!女の子とっかえひっかえ選り取りみどりなんだろ不潔な!童貞バカにすんな!!!!
半分被害妄想でパニックになりながらとにかくダメ、名前ちゃん、絶対デートになんて行かないで、と喚いていたらすっかり興醒めした様子の猫耳ちゃんが可愛いカクテルを一気飲みして「必死になってるとこ悪いけど名前ちゃん脈ナシだと思うよ〜」とぶっ込んできた。なんなの!?知ってるよそんなこと!!!!名前ちゃんがカラ松兄さんを見ていることくらい!!!!
「だって名前ちゃん、Mrフラッグのお気に入りだもんね?」
「!?!?ちょっとにゃーちゃん!!」
「え?どういうこと?バイトなんでしょ?」
「ハタ坊♡名前♡って呼び合う仲のバイトがいると思いますぅ?」
怪訝に食いついたあつしに悪い顔で笑いながら返す橋本。焦ったように橋本の腕を掴む名前。思わぬ方向からの暴露にパニックのボク。
「名前ちゃんやっぱりそうなの!?!?」
「やっぱりってなに!?!?ハタ坊とはそんなんじゃないってトド松くん知ってるよね!?!?」
「………え?二人もしかして知り合いだったの?」
あつしくんのツッコミにハッとするも時遅し。驚いた顔のあつしくんと橋本にゃー、奥で話し込んでた同僚さんとグラドルちゃんまでこっちに注目してる始末。
面倒臭いことになってしまった。