短編
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「松野ってさ、いつからそんなだっけ?」
「ン〜〜???」
橋の柵に寄りかかり格好付けたポーズの男から腹の立つ声が上がる。サラサラの髪をワックスで固め、天気がどうあれ常にサングラス、ドクロの革ジャンにピチピチのジーパン(たまにスパンコールびっちりのギラギラスキニー)(どこで売ってるんだろう…)ドクロのベルトに先の尖ったピカピカの革靴。上背のある外国人男性ならキマるかもしれないその難しいファッションは日本人の中でも最も日本人らしい頭身体格の彼には合っていない。痛々しさの権化。それでも気に入って着ているのだろうしもう見慣れてしまったのでなんとも思わないけれど。
そんな男と反対側の柵にもたれかかり、よくいる無難な女の格好をした私は上から下まで彼を眺めてから先の発言をしたのだった。
「だから、いつからそんなだっけ?」
「そんな、とはどんなだ?ハニー」
「だからそういうのだよ」
ため息混じりに指摘する。
この松野カラ松という男とは腐れ縁で、なんと小中高と同級生なのだ。まぁむつご全員とそうなのだけど。
小学生の頃はクラスが一度も同じになることがなくかの有名な松野家のむつご、という印象でしかなかったから弱井さんみたいに幼馴染というわけではない。中高6年間で1回ずつ全員とクラスメイトになったから満遍なく顔見知りではある。特に仲が良かったわけではないが。
ただ、この松野カラ松とは高校の時同じ演劇部に所属していたため他の松野よりは親交があった。こうして卒業して何年も経った今でも立ち話をする程度には。
「ああ、この松野家次男松野カラ松がいつからこんなにクールでホットなギルドガイなのかということか?フッ…それはまだブルースカイからマイマザーを見下ろす天使だった頃から…」
「天使と書いてエンジェルと読むな。ねぇ、高校入ったばかりの時はまだそんなんじゃなかったよね?高1の時突然5番目がおかしくなった記憶はあるんだけど松野はまだ普通だったじゃん?」
「十四松の高校デビューの話はやめるんだ…」
頭を抑えて青ざめる松野。ああ、5番目の変化時期はタブーなのか?まぁそれはどうでもいいので置いておく。
「松野ってもっとヤイヤイ言ってたというか…馬鹿そうなのは変わらないけど今みたいな痛い感じじゃなくてもっと空っぽな感じで…泣き虫だったし…」
「ハニー?突然のdisは傷付くぜぇ…?」
「disじゃなくて真実だよ」
oh…と頭を振る松野にイラっとくる。いつからそんな深夜の海外テレビショッピングの吹替みたいになってしまったんだ。目を覚ませ松野。
「高2くらいからかな…?おかしくなったの」
「えっ…」
「突然女子のことハニーとかフラワーとかプリンセスとか呼び出してさ、あ!わかった!完全に声変わりが終わって予想以上に良い声だったからでしょ!?調子乗っちゃった?」
「…ハニーはこの声が良い声だと思うのか?」
質問を無視して無駄に良い声を響かせてくる。グ、と唇を噛んでイラつきを逃す。良い声、だと、思う。思うけど絶対調子乗るから絶対絶対言ってやんない。
「高校の頃なら遅くきた厨二病なんてよくいたし黒歴史にすれば済むけど、今も変わらずそうなのは流石にどうかと思うよ」
向こうが質問を無視したからこちらも質問を無視する。私はとてもイラついていた。
「ハニー、」
「ハニーじゃない」
呼びかけを遮って強めに否定する。サングラス越しに目を見開いたのがわかった。
「私は、ハニーじゃない」
「…照れてるのか?」
「ッなんでそうなるの!」
怒りで顔が赤くなっているのがわかる。これを見て照れてると思ったなら彼は演劇部で人の表情のなんたるかを全く学ばなかったことになる。そのくらい顰め面をしている自覚があった。
「私はハニーじゃないしフラワーじゃないしプリンセスでもフェアリーでもエンジェルでもない!」
怒鳴りつけるように喚く私を唖然と見ている松野に更に腹がたつ。
「私は、私は」
「…ハニーのことをプリンセスとかエンジェルと呼んだことはないぞ」
イラつきを逃しながら言葉を探して目線を彷徨わせていたらトンチンカンな答えが返ってきた。は?と睨み上げるといつの間にかサングラスを外してこちらを見ている松野がいた。いつもみたいに格好つけたムカつく顔はしておらずナチュラルな表情だった。え、なにその顔、どんな心理状態?
「…どういう、」
「だから、ハニーのことはハニーとしか呼んだことがない」
「そう、だっけ、」
「そうさ」
気付いてなかったのか?と寂しげに笑う松野に胸がドクッと嫌な音を立てる。だから、なにその顔。
「…なんで」
「ハニーはハニーだから、な」
「なにそれ、」
なにそれなにそれなにそれ。
またふつふつと沸いた怒りはいきなり爆発したように口をついた。
「そんな適当なこと言って、私の名前知らないだけなんじゃないの!?」
今度こそすごく驚いた顔をされた。ただでさえ大きい目が更に見開かれていた。だって、そうでしょう。私は彼に名前を呼ばれた記憶がなかった。気付いた時にはハニーと呼ばれていた。
「…ハニーこそ」
「は?」
「ハニーこそ、知らないんじゃないのか?」
なにを?
質問の意味がわからず眉間に皺を寄せると、彼も眉間に皺を寄せていた。2人して橋の上で手摺りにもたれながら怪訝な顔をしている。
「…おそ松のことはなんて呼ぶ?」
「…松野」
「チョロ松は?」
「松野」
「一松は?」
「松野…」
「十四松は?」
「松野…」
「トド松は?」
「松野……」
「俺は?」
「………松野」
ほらな、と言わんばかりの顔をされてムッとして言い返す。
「違う!別に松野は松野じゃん、合ってるじゃん!下の名前で呼ぶ仲でもないし呼ぶ必要もないし!」
「名前がわからないんじゃないのか?」
「違うよ!10年近く知り合いでそんなわけないじゃん!」
「じゃあ見分けがつかないんじゃないのか?」
「そんなわけな…いじゃん…」
言い切れば良かったものの、自信がなくなって歯切れの悪い返事になってしまった。だって、たった1年ただのクラスメイトだっただけで特に話したりもせず、ああ今年も松野のむつごと同じクラスだなぁと思って過ごしてきただけで在学中から縁遠かった上に卒業以来会ってない松野もいる。何人も。それを並べられたら当てられるか正直自信がない。でも。
「松野のことはわかるよ!」
ビシ!と指を突きつけて言ってやる。高校3年間びっちり練習して散々絡んだし部活のこともあってクラスメイトの時も他の松野とは違ってたくさん関わった。卒業後もなんだかんだずっと会い続けている。奴は今ニートらしくてその辺をうろついていれば大概会えるからだ。わざわざ会っているわけではない。
色んなことを考えながら鼻息荒く指を突きつけた私に松野は「そ、そうか」と戸惑ったように小さく答えた。松野の顔に赤みが差しているのを見て辺りが夕暮れに包まれつつあるのに気付く。もうそんな時間か。
「俺も、ハニーのことはわかるぞ」
「は?当たり前じゃん、私は1人しかいないもん」
「そうだ、ハニーは1人しかいない」
うん、そうだよ、と怪訝な顔のまま頷くともう一度ゆっくり「ハニーは1人しかいない」と繰り返された。なにを当たり前のことを言ってるんだ?ついに気でも狂ったのか?
「わからないか?」
「???」
「俺がハニーと呼ぶ人物はこの世に1人しかいないんだ名前」
「…!?」
さらり、と名前を呼ばれてビックリして息が詰まった。生まれて初めてこの男に名前を呼ばれたのではないか?
「ハニー、そう呼び始めた時からずっと今までお前は俺のハニーだったんだ、気付いてくれていると思ってた」
「なん、は、え???」
「高校の、あの時からずっと、好きなんだ、ハニー」
真っ直ぐ見つめてくる目が真剣で決して冗談ではないのが流石にわかるしさっき夕暮れのせいだと思った頰の赤みが光の加減のせいではないこともわかった。松野カラ松は引くほど汗をかいていて耳まで真っ赤にしたまま真面目な顔をしていた。
「え、え、じゃ、プリンセスとかは…?」
「…ああ、あの頃はまだ若くて…ハニーだけそう呼ぶのが恥ずかしかったから…他の女子にもあだ名をつけた」
いや、そっちの方が恥ずかしいし気持ち悪いわ。巻き添えで呼ばれてた女子が可哀想だわ。黒歴史に巻き込むな。
心では冷静に突っ込むものの、あまりに情熱的な目線に捕らわれて私は金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くしていた。
「なぁハニー、今でもそう呼び続けてるのはハニーだけなんだ」
「ほ、他の子には会ってないだけでしょう」
「会う必要がないからな」
「…ッ、私にだって用があって会っていたわけじゃ」
「…会いたいから会っていた、ではダメか?」
いつもならクサい!痛い!と斬り捨てるどこかで聞いたことのある口説き文句も真正面から受けてしまって避けられない。顔が熱い。手汗がすごい。私まで汗だくで真っ赤になっている。恥ずかしい。なんでこんなことに。
「ハニー」
「は、ハニーじゃないってば」
「…名前」
「ッ!そういう意味じゃ!」
目線を下げてオロオロしていたから松野がこちらに近づいてきていたことにピカピカの尖った靴が視界に入ってくるまで気づかなかった。ハッと顔を上げるともう目の前に松野がいて、腕を伸ばして私の後ろの橋の手摺りへ手をついた。橋ドンじゃん。至近距離で顔を見れなくて、顔ごと反らしたから奴の口元へ自ら耳を晒してしまった。
「名前」
「ヒッ…」
「名前を、呼んでくれないか」
「…ま、まつの」
「名前?」
良い声で耳元で囁かないでくれ!!!!!!
羞恥で熱くてしにそうだ。
解放されたくて必死で小さな小さな声で「…からまつ…」と絞り出すと突然目の前の男が膝をついた。手はそのまま手摺りに置かれているから逃げられないのだけど。
突如小さくなった男に驚いて見下ろすとまあるい形の良い頭が目に入る。綺麗なつむじ。ぼんやり見ているとゆるゆると顔を上げた男が「やっと、呼んでくれたな」とふにゃりと笑った。顔は真っ赤で目に薄っすら涙すら浮かべ眉を八の字に下げたふにゃふにゃの心底嬉しそうな顔で見上げられ、心臓がぎゅっと掴まれた感覚がした私は松野カラ松の両頬を両手でぎゅっと掴んでやった。
「そっちこそね」
名前を呼ぶまでに、10年。
2000hitsキリ番リクエスト
「カラ松で甘い感じ」
あんまり甘くならなくてすみません。
リクエストありがとうございました。
「ン〜〜???」
橋の柵に寄りかかり格好付けたポーズの男から腹の立つ声が上がる。サラサラの髪をワックスで固め、天気がどうあれ常にサングラス、ドクロの革ジャンにピチピチのジーパン(たまにスパンコールびっちりのギラギラスキニー)(どこで売ってるんだろう…)ドクロのベルトに先の尖ったピカピカの革靴。上背のある外国人男性ならキマるかもしれないその難しいファッションは日本人の中でも最も日本人らしい頭身体格の彼には合っていない。痛々しさの権化。それでも気に入って着ているのだろうしもう見慣れてしまったのでなんとも思わないけれど。
そんな男と反対側の柵にもたれかかり、よくいる無難な女の格好をした私は上から下まで彼を眺めてから先の発言をしたのだった。
「だから、いつからそんなだっけ?」
「そんな、とはどんなだ?ハニー」
「だからそういうのだよ」
ため息混じりに指摘する。
この松野カラ松という男とは腐れ縁で、なんと小中高と同級生なのだ。まぁむつご全員とそうなのだけど。
小学生の頃はクラスが一度も同じになることがなくかの有名な松野家のむつご、という印象でしかなかったから弱井さんみたいに幼馴染というわけではない。中高6年間で1回ずつ全員とクラスメイトになったから満遍なく顔見知りではある。特に仲が良かったわけではないが。
ただ、この松野カラ松とは高校の時同じ演劇部に所属していたため他の松野よりは親交があった。こうして卒業して何年も経った今でも立ち話をする程度には。
「ああ、この松野家次男松野カラ松がいつからこんなにクールでホットなギルドガイなのかということか?フッ…それはまだブルースカイからマイマザーを見下ろす天使だった頃から…」
「天使と書いてエンジェルと読むな。ねぇ、高校入ったばかりの時はまだそんなんじゃなかったよね?高1の時突然5番目がおかしくなった記憶はあるんだけど松野はまだ普通だったじゃん?」
「十四松の高校デビューの話はやめるんだ…」
頭を抑えて青ざめる松野。ああ、5番目の変化時期はタブーなのか?まぁそれはどうでもいいので置いておく。
「松野ってもっとヤイヤイ言ってたというか…馬鹿そうなのは変わらないけど今みたいな痛い感じじゃなくてもっと空っぽな感じで…泣き虫だったし…」
「ハニー?突然のdisは傷付くぜぇ…?」
「disじゃなくて真実だよ」
oh…と頭を振る松野にイラっとくる。いつからそんな深夜の海外テレビショッピングの吹替みたいになってしまったんだ。目を覚ませ松野。
「高2くらいからかな…?おかしくなったの」
「えっ…」
「突然女子のことハニーとかフラワーとかプリンセスとか呼び出してさ、あ!わかった!完全に声変わりが終わって予想以上に良い声だったからでしょ!?調子乗っちゃった?」
「…ハニーはこの声が良い声だと思うのか?」
質問を無視して無駄に良い声を響かせてくる。グ、と唇を噛んでイラつきを逃す。良い声、だと、思う。思うけど絶対調子乗るから絶対絶対言ってやんない。
「高校の頃なら遅くきた厨二病なんてよくいたし黒歴史にすれば済むけど、今も変わらずそうなのは流石にどうかと思うよ」
向こうが質問を無視したからこちらも質問を無視する。私はとてもイラついていた。
「ハニー、」
「ハニーじゃない」
呼びかけを遮って強めに否定する。サングラス越しに目を見開いたのがわかった。
「私は、ハニーじゃない」
「…照れてるのか?」
「ッなんでそうなるの!」
怒りで顔が赤くなっているのがわかる。これを見て照れてると思ったなら彼は演劇部で人の表情のなんたるかを全く学ばなかったことになる。そのくらい顰め面をしている自覚があった。
「私はハニーじゃないしフラワーじゃないしプリンセスでもフェアリーでもエンジェルでもない!」
怒鳴りつけるように喚く私を唖然と見ている松野に更に腹がたつ。
「私は、私は」
「…ハニーのことをプリンセスとかエンジェルと呼んだことはないぞ」
イラつきを逃しながら言葉を探して目線を彷徨わせていたらトンチンカンな答えが返ってきた。は?と睨み上げるといつの間にかサングラスを外してこちらを見ている松野がいた。いつもみたいに格好つけたムカつく顔はしておらずナチュラルな表情だった。え、なにその顔、どんな心理状態?
「…どういう、」
「だから、ハニーのことはハニーとしか呼んだことがない」
「そう、だっけ、」
「そうさ」
気付いてなかったのか?と寂しげに笑う松野に胸がドクッと嫌な音を立てる。だから、なにその顔。
「…なんで」
「ハニーはハニーだから、な」
「なにそれ、」
なにそれなにそれなにそれ。
またふつふつと沸いた怒りはいきなり爆発したように口をついた。
「そんな適当なこと言って、私の名前知らないだけなんじゃないの!?」
今度こそすごく驚いた顔をされた。ただでさえ大きい目が更に見開かれていた。だって、そうでしょう。私は彼に名前を呼ばれた記憶がなかった。気付いた時にはハニーと呼ばれていた。
「…ハニーこそ」
「は?」
「ハニーこそ、知らないんじゃないのか?」
なにを?
質問の意味がわからず眉間に皺を寄せると、彼も眉間に皺を寄せていた。2人して橋の上で手摺りにもたれながら怪訝な顔をしている。
「…おそ松のことはなんて呼ぶ?」
「…松野」
「チョロ松は?」
「松野」
「一松は?」
「松野…」
「十四松は?」
「松野…」
「トド松は?」
「松野……」
「俺は?」
「………松野」
ほらな、と言わんばかりの顔をされてムッとして言い返す。
「違う!別に松野は松野じゃん、合ってるじゃん!下の名前で呼ぶ仲でもないし呼ぶ必要もないし!」
「名前がわからないんじゃないのか?」
「違うよ!10年近く知り合いでそんなわけないじゃん!」
「じゃあ見分けがつかないんじゃないのか?」
「そんなわけな…いじゃん…」
言い切れば良かったものの、自信がなくなって歯切れの悪い返事になってしまった。だって、たった1年ただのクラスメイトだっただけで特に話したりもせず、ああ今年も松野のむつごと同じクラスだなぁと思って過ごしてきただけで在学中から縁遠かった上に卒業以来会ってない松野もいる。何人も。それを並べられたら当てられるか正直自信がない。でも。
「松野のことはわかるよ!」
ビシ!と指を突きつけて言ってやる。高校3年間びっちり練習して散々絡んだし部活のこともあってクラスメイトの時も他の松野とは違ってたくさん関わった。卒業後もなんだかんだずっと会い続けている。奴は今ニートらしくてその辺をうろついていれば大概会えるからだ。わざわざ会っているわけではない。
色んなことを考えながら鼻息荒く指を突きつけた私に松野は「そ、そうか」と戸惑ったように小さく答えた。松野の顔に赤みが差しているのを見て辺りが夕暮れに包まれつつあるのに気付く。もうそんな時間か。
「俺も、ハニーのことはわかるぞ」
「は?当たり前じゃん、私は1人しかいないもん」
「そうだ、ハニーは1人しかいない」
うん、そうだよ、と怪訝な顔のまま頷くともう一度ゆっくり「ハニーは1人しかいない」と繰り返された。なにを当たり前のことを言ってるんだ?ついに気でも狂ったのか?
「わからないか?」
「???」
「俺がハニーと呼ぶ人物はこの世に1人しかいないんだ名前」
「…!?」
さらり、と名前を呼ばれてビックリして息が詰まった。生まれて初めてこの男に名前を呼ばれたのではないか?
「ハニー、そう呼び始めた時からずっと今までお前は俺のハニーだったんだ、気付いてくれていると思ってた」
「なん、は、え???」
「高校の、あの時からずっと、好きなんだ、ハニー」
真っ直ぐ見つめてくる目が真剣で決して冗談ではないのが流石にわかるしさっき夕暮れのせいだと思った頰の赤みが光の加減のせいではないこともわかった。松野カラ松は引くほど汗をかいていて耳まで真っ赤にしたまま真面目な顔をしていた。
「え、え、じゃ、プリンセスとかは…?」
「…ああ、あの頃はまだ若くて…ハニーだけそう呼ぶのが恥ずかしかったから…他の女子にもあだ名をつけた」
いや、そっちの方が恥ずかしいし気持ち悪いわ。巻き添えで呼ばれてた女子が可哀想だわ。黒歴史に巻き込むな。
心では冷静に突っ込むものの、あまりに情熱的な目線に捕らわれて私は金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くしていた。
「なぁハニー、今でもそう呼び続けてるのはハニーだけなんだ」
「ほ、他の子には会ってないだけでしょう」
「会う必要がないからな」
「…ッ、私にだって用があって会っていたわけじゃ」
「…会いたいから会っていた、ではダメか?」
いつもならクサい!痛い!と斬り捨てるどこかで聞いたことのある口説き文句も真正面から受けてしまって避けられない。顔が熱い。手汗がすごい。私まで汗だくで真っ赤になっている。恥ずかしい。なんでこんなことに。
「ハニー」
「は、ハニーじゃないってば」
「…名前」
「ッ!そういう意味じゃ!」
目線を下げてオロオロしていたから松野がこちらに近づいてきていたことにピカピカの尖った靴が視界に入ってくるまで気づかなかった。ハッと顔を上げるともう目の前に松野がいて、腕を伸ばして私の後ろの橋の手摺りへ手をついた。橋ドンじゃん。至近距離で顔を見れなくて、顔ごと反らしたから奴の口元へ自ら耳を晒してしまった。
「名前」
「ヒッ…」
「名前を、呼んでくれないか」
「…ま、まつの」
「名前?」
良い声で耳元で囁かないでくれ!!!!!!
羞恥で熱くてしにそうだ。
解放されたくて必死で小さな小さな声で「…からまつ…」と絞り出すと突然目の前の男が膝をついた。手はそのまま手摺りに置かれているから逃げられないのだけど。
突如小さくなった男に驚いて見下ろすとまあるい形の良い頭が目に入る。綺麗なつむじ。ぼんやり見ているとゆるゆると顔を上げた男が「やっと、呼んでくれたな」とふにゃりと笑った。顔は真っ赤で目に薄っすら涙すら浮かべ眉を八の字に下げたふにゃふにゃの心底嬉しそうな顔で見上げられ、心臓がぎゅっと掴まれた感覚がした私は松野カラ松の両頬を両手でぎゅっと掴んでやった。
「そっちこそね」
名前を呼ぶまでに、10年。
2000hitsキリ番リクエスト
「カラ松で甘い感じ」
あんまり甘くならなくてすみません。
リクエストありがとうございました。
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