夢だけど夢じゃない
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同日開催の婚活パーティーがこんなにあるなんて。
会場を渡り歩き、トト子ちゃんと名前を探すが一向に見つからない。もう日が暮れかかっていた。
「あーもう!ふたりともどこ!」
「…連絡してみたらいいんじゃないの…」
「!? 一松さん兄さん、そういう大事なことは早く提案して!?そうじゃん、直接聞いちゃえばよかったんじゃん!!ていうかカラ松兄さん、今朝LINEした時に今日どこ行くとか聞かなかったわけ」
「聞いてないな…『”ワンチャンセレブビル”には近づくな』としか…」
「「絶対そこじゃん!!!!」」
かわいいブラザーたちの華麗なユニゾンを浴びながら、なるほど…近づくなと書いて早く迎えにきてと読む…とんだ天邪鬼だなベイベーなどと考える。
素早くスマホを操作したトド松が「まだやってる!間に合うかも!」と叫び、オレたちは力強く頷いて駆け出した。
◇◇◇
「よろしくおね…えっ」
「どうも〜〜〜〜〜〜」
いつも可愛いけど今日はいつにも増して可愛い目の前の女子を複雑な気持ちで見る。思わず厭味ったらしい満面の笑みになってしまったけれど反省はしていない。
だって今日どんだけ探し回ったと思ってんの。
そんな可愛い格好をして一体誰と知り合おうってんの。
「と、トド松くん、どうして」
「それはこっちのセリフなんだけどな?名前ちゃんこそこんなところで何してんの」
「えっと…」
「婚活したいなら言ってよ、いつでも立候補の準備はできてるのに」
「えっと…?」
「ていうかクソ松兄さんにはもう飽きたの?だったら尚更なんの遠慮もなくボクが」
「飽きてなんかない!!!!!」
「・・・」
「あっ…いきなり大声出してごめんなさい…」
いや~~~~堪えるな…なにこれ…
黙り込んでしまったボクに焦ったように下唇を噛んで上目遣いで見つめてくる名前ちゃんにため息をつく。
そんな顔反則でしょ、全人類が許しちゃうでしょ。
だから頬杖をついて半目で唇を尖らせるというボクの態度の悪さも許してほしいんだけど。
「…じゃあ、ほんとに何してんの?」
「トト子ちゃんに…無理やり連れてこられて…」
まあそんな気はしてた。
ちなみにトト子ちゃんはあそこ、と指さす先を振り返ったらちょうどトト子ちゃんが目の前の男を奈落の底に落としている瞬間だった。あの子も何してんの??
「名前ちゃんさ、もう少し『断る』ってこと覚えた方がいいよ」
「う…」
「まあ、進んで婚活始めたんじゃないなら良かったけど…」
「あの、このことカラ松くんには、」
「秘密にして、でしょ?お願い聞いてあげたいけど、残念、あちらをご覧ください」
視線だけ左にやれば、合わせてそちらを向いた名前ちゃんの顔が青ざめた。
ボクの隣には汗だくで顔面蒼白になり縮こまっている一松兄さん(頼むからケツ出してうんこしようとするなよ)、そしてその隣のテーブルには足を組んで肩肘をつき、目の前の女性にバラを差し出しているイタすぎ松兄さんがいた。は?なにやってんの???
ちゃっかり普通に婚活パーティーしている次男に一気に苛立ちが募る。目的見失ってない?なんで目の前の相手口説きにかかってんの?は?名前ちゃんいたよ??見えてないの?あーそう、もう馬鹿らしくなってきた。知らねえから。
口説き松を凝視したまま絶句している目の前のこの子の注意を惹くべく大きめの声を出した。
「ご趣味は何ですか?」
「…え、えっ?あ、ごめんなさ、ん?え?」
突然の質問に我に返った彼女はよそ見をしていたことを一瞬謝りかけたが、ボクの質問の意図がわからないことに気づいたのであろう、困惑の表情を浮かべて目をぱちくりさせた。
「ご趣味は?ボクは登山とか~滝を見るのも好き!あとは~」
「え、あ、んん?トド松くん?」
「ボク、普通に婚活パーティー参加することにしたから。今は名前ちゃんとそういう話していい時間でしょ?」
「ええっ」
「趣味の話はあんまり?じゃあ単刀直入に、好きなタイプ教えてください、あ、クソ松兄さんってのはナシね」
戸惑う彼女にぐいぐい迫る。
そんな困惑されるのも傷つくんだけど。
そりゃあ直接的なアプローチはしていないけど、何度もデートに誘ったし、実際遊んだこともあるし、他愛ない連絡だって取ってる。好意があるのはわかってるでしょ?友達だと思われてるならそういう好意じゃないってこと、自覚してもらわないと。
「じゃーボクのタイプから言うね。目が大きくて色が白くて可愛らしいファッションで髪にリボンをつけててボクより小柄で声も笑顔もかわいい子」
「あー…チビ美ちゃん」
「嫌なこと思い出させないでくれる?」
なるほど!みたいな顔しないでくれる!?!?
確かにタイプだったけどチビ太だと知った今は反吐が出そう。
「じゃ、じゃあ…素直じゃないとこもあるし、人が良すぎてなかなか言いたいこと言えないけどいざという時はちゃんと言える芯が通った子で、いつも一生懸命で周りのことばっかで、なぜかトラブルに巻き込まれがちで、男の趣味が超悪くて近くでいい物件がアピールしてるのに全然気づかない鈍感な、スタバァ好きな子」
「…? サッチン…??」
「~~~~~~ッ 全然気づかない鈍感な子!!!!!!」
「な、なんで2回言ったの…」
こんな伝わらないことある!?!?!?
がっくりするもすぐ気を取り直して再アピールしようと顔をあげる。
そこで座席移動を知らせる鐘が鳴った。
ちょ、ちょっと待って。
今ちゃんと伝えないと一生機会を逃す気がして、違うよ名前ちゃんのことだよ!と言おうと口を開いた瞬間、真横からケツアタックを食らって椅子から転げ落ちた。
強引な椅子取りゲームよろしくボクを椅子から突き落として平然とその座に収まった野郎を床から睨み上げれば、内臓が全部縮み上がるくらい恐ろしい形相をした一松兄さんがこちらを見下ろしていた。
「席移動の時間だろうが…早く移動しろよクソが…知らない女の子と何人もタイマン張らされてこっちは精神が限界なんだよ…早くこの座を明け渡せやカス…漏らすとこだったわ…」
「え、ちょっと、既に半ケツ出てんじゃん!!?そのケツでボクを押しのけたの!?え!?未遂だよね!?まだ漏らしてないよね!?うんこしたケツでボクを突き飛ばしたんじゃないよね!?!?」
「うんこうんこうるせえんだよ早く隣行けよ床に這いつくばってうんこうんこ叫んでるから隣のお嬢さんドン引いてんだろォがよ」
「誰のせいだと思ってんの!?!?!?」
こうしてボクのアタックタイムは強制終了し、隣の席に収まるもドン引きのお姉さんは口を引き結んだまま目を合わせてもくれない。
このまま5分耐久しんどすぎるんだけど…?ボクが一体なにしたっていうんだよ!!!!これならトト子ちゃんに速攻奈落に落とされる方がマシだ…。
涙を垂れ流しながら心を無にして椅子の上耐久5ミニッツがスタートした。
◆◆◆
「…一松くんも来てたんだね…」
「誰かさんがこんな馬鹿なパリピ空間に考えなしに突入するからおれも死にかけた」
「ご、ごめんなさい…?」
「大人しく砂漠に行けばよかった、こういう場はおそ松兄さんとかの方が向いてるだろうし…」
「あの、嫌なら途中で帰っても大丈夫だと思うよ…?」
「それは名前ちゃんもじゃないの」
「うっ…で、でもトト子ちゃんに悪いし…」
「なにが?どう悪いの?万が一にでもトト子ちゃんよりモテたら顰蹙を買うだろうし、もし良い人と出会えちゃって彼氏なんかできちゃったりしてもそれはそれでトト子ちゃんにタコ殴りにされるだろうし」
「そ、それは…」
「万万が一、石油王が現れてトト子ちゃんじゃなくて名前ちゃんが見初められたら?おれたち、トト子ちゃんが人殺すところ見たくないけど止められないと思うよ」
「そこは助けてほしいけど無理なのはとってもわかります」
「でしょ」
「石油王が現れる前にトト子ちゃんを丸め込んでこの場から連れ出す作戦を練りませんか」
「そんな命知らずなことできない、今死んでも明日には生き返ってるだろうけどそれでもやだ」
「う~~~そうだよねえ」
こうなったら早く石油王に来てもらって二人で消えてくれないかな~とか本気で言い出す名前ちゃんに呆れる。石油王がこんなとこ来るわけないじゃん。
まあ、名前ちゃんが婚活したかったわけじゃなくてトト子ちゃんに連れてこられただけってわかったからもうおれらの目的は達成したようなもんだし、トト子ちゃんは石油王以外に用がないみたいでさっきから相手の男を全員突き落としているし、ふたりが誰かと出会って結婚してしまう心配はなくなったから、せめて名前ちゃんだけでももうこの場から連れ出そう。トト子ちゃんは途中退場納得しないだろうからパーティー最後まで残って石油王が来なかったことに落胆しながら勝手に帰宅するのを待った方がいい、その間に兄弟の誰かが石油掘り当てて石油王になるかもしれないし。本物の石油王が来るよりそっちのが確立高いでしょ。
「おれもう限界だし名前ちゃんもこんなとこ用ないでしょ?もう夜だし一緒に帰ろ」
「え、でも、」
「『嫌なら途中で帰っても大丈夫』なんでしょ?」
両隣の兄弟に声をかけようと横を向けば、トド松は完全に墓石となっており、反対側のクソ松は何を考えているのか目の前の女性にバラを手向けてべらべらと訳の分からないポエムを垂れ流していた。
こいつ、この会場ついてから当たった女性全員に同じ態度を取ってるけど一体どういうつもりなんだ?元々カラ松ガールズとか恋のなんちゃらとか女なら誰でもいいみたいなとこあったけど、名前ちゃん一筋になったのかと思ってた。隣の席にいるの、気づいてないわけ??
目の前に視線を戻せば、名前ちゃんはクソ松の方を見て今にも泣きそうな傷ついた顔をしていた。
この子に何回こんな顔させたら気が済むんだ?クソ松が。
ダヨーン族と結婚してダヨーンの中に一生いればよかったのに。
隣の兄に耐え切れなくなり、名前ちゃんの手を取って立ち上がる。
「えっ…」
「帰ろ、もう二人で帰ればいいよ、こんなやつ置いて」
「ちょっと待って、」
「行こう」
今にも零れそうな雫が大きな目に溜まっているのを見ないふりして強引に手を引いて席を立つ。泣いているところなんて見たくないけど、彼女だって誰にも見られたくないんじゃないの、女の子の気持ちなんかわかんないけど…
途中で強く握り返された手がそれを物語っている気がして、絶対振り返らないまま人のいない会場入り口まで引っ張っていく。
だから彼女の手にクンッと引っ張られたのは早足すぎて彼女が転びかけたからかと思った。
慌てて支えようと手を伸ばして振り向いた先に見えたのは、転びかけた彼女ではなく、反対の手をクソ松に握られ困惑と恐怖に目を見開く名前ちゃんと、もはや見慣れた、鬼の形相でこちらを睨みつけるクソ松だった。
倒れこんでくるだろう彼女を支えるため、繋いだ手に力を入れていたせいで別に転びかけていたわけじゃない彼女はそのままおれに引っ張られてぶつかった。支えるために伸ばしていた反対側の手は反射的に彼女の腰に収まり、全然意図していたわけじゃないのにおれが彼女を引っ張って抱きとめたみたいになった。
名前ちゃんの反対の手首を掴んでいたクソ松も、おれが引っ張った分だけ数歩こちらへ近づいてきていて、もう普通に殴り掛かれば当たるくらいの距離で二番目の兄の奥歯がぎりりと嫌な音を立てるのが聞こえた。怒気がびりびりその場を包んで鳥肌が立つ。
思わず握った手を放そうとしたら歩いていた時より強い力でぎゅうっと握りしめられた。
腕の中に納まっている彼女を見下ろせば、なめらかな頬をぽろりと涙がすべりおち、聞こえないくらい小さな声で「いたい…」と零して、カラ松に掴まれた腕を少し引いた。
彼女の額がおれの胸板に押し当てられるのと同時にカッと何かが頭まで昇って、彼女の手首を遠慮なく鷲掴んでいる骨ばった手を乱暴に掴んだ。
「離せよ」
「一松、どういうつもりだ」
「おまえこそどういうつもりだよ!!!」
三人しかいないポーチのドーム状になった天井に、わんわんと俺の怒声が響き渡った。
会場を渡り歩き、トト子ちゃんと名前を探すが一向に見つからない。もう日が暮れかかっていた。
「あーもう!ふたりともどこ!」
「…連絡してみたらいいんじゃないの…」
「!? 一松さん兄さん、そういう大事なことは早く提案して!?そうじゃん、直接聞いちゃえばよかったんじゃん!!ていうかカラ松兄さん、今朝LINEした時に今日どこ行くとか聞かなかったわけ」
「聞いてないな…『”ワンチャンセレブビル”には近づくな』としか…」
「「絶対そこじゃん!!!!」」
かわいいブラザーたちの華麗なユニゾンを浴びながら、なるほど…近づくなと書いて早く迎えにきてと読む…とんだ天邪鬼だなベイベーなどと考える。
素早くスマホを操作したトド松が「まだやってる!間に合うかも!」と叫び、オレたちは力強く頷いて駆け出した。
◇◇◇
「よろしくおね…えっ」
「どうも〜〜〜〜〜〜」
いつも可愛いけど今日はいつにも増して可愛い目の前の女子を複雑な気持ちで見る。思わず厭味ったらしい満面の笑みになってしまったけれど反省はしていない。
だって今日どんだけ探し回ったと思ってんの。
そんな可愛い格好をして一体誰と知り合おうってんの。
「と、トド松くん、どうして」
「それはこっちのセリフなんだけどな?名前ちゃんこそこんなところで何してんの」
「えっと…」
「婚活したいなら言ってよ、いつでも立候補の準備はできてるのに」
「えっと…?」
「ていうかクソ松兄さんにはもう飽きたの?だったら尚更なんの遠慮もなくボクが」
「飽きてなんかない!!!!!」
「・・・」
「あっ…いきなり大声出してごめんなさい…」
いや~~~~堪えるな…なにこれ…
黙り込んでしまったボクに焦ったように下唇を噛んで上目遣いで見つめてくる名前ちゃんにため息をつく。
そんな顔反則でしょ、全人類が許しちゃうでしょ。
だから頬杖をついて半目で唇を尖らせるというボクの態度の悪さも許してほしいんだけど。
「…じゃあ、ほんとに何してんの?」
「トト子ちゃんに…無理やり連れてこられて…」
まあそんな気はしてた。
ちなみにトト子ちゃんはあそこ、と指さす先を振り返ったらちょうどトト子ちゃんが目の前の男を奈落の底に落としている瞬間だった。あの子も何してんの??
「名前ちゃんさ、もう少し『断る』ってこと覚えた方がいいよ」
「う…」
「まあ、進んで婚活始めたんじゃないなら良かったけど…」
「あの、このことカラ松くんには、」
「秘密にして、でしょ?お願い聞いてあげたいけど、残念、あちらをご覧ください」
視線だけ左にやれば、合わせてそちらを向いた名前ちゃんの顔が青ざめた。
ボクの隣には汗だくで顔面蒼白になり縮こまっている一松兄さん(頼むからケツ出してうんこしようとするなよ)、そしてその隣のテーブルには足を組んで肩肘をつき、目の前の女性にバラを差し出しているイタすぎ松兄さんがいた。は?なにやってんの???
ちゃっかり普通に婚活パーティーしている次男に一気に苛立ちが募る。目的見失ってない?なんで目の前の相手口説きにかかってんの?は?名前ちゃんいたよ??見えてないの?あーそう、もう馬鹿らしくなってきた。知らねえから。
口説き松を凝視したまま絶句している目の前のこの子の注意を惹くべく大きめの声を出した。
「ご趣味は何ですか?」
「…え、えっ?あ、ごめんなさ、ん?え?」
突然の質問に我に返った彼女はよそ見をしていたことを一瞬謝りかけたが、ボクの質問の意図がわからないことに気づいたのであろう、困惑の表情を浮かべて目をぱちくりさせた。
「ご趣味は?ボクは登山とか~滝を見るのも好き!あとは~」
「え、あ、んん?トド松くん?」
「ボク、普通に婚活パーティー参加することにしたから。今は名前ちゃんとそういう話していい時間でしょ?」
「ええっ」
「趣味の話はあんまり?じゃあ単刀直入に、好きなタイプ教えてください、あ、クソ松兄さんってのはナシね」
戸惑う彼女にぐいぐい迫る。
そんな困惑されるのも傷つくんだけど。
そりゃあ直接的なアプローチはしていないけど、何度もデートに誘ったし、実際遊んだこともあるし、他愛ない連絡だって取ってる。好意があるのはわかってるでしょ?友達だと思われてるならそういう好意じゃないってこと、自覚してもらわないと。
「じゃーボクのタイプから言うね。目が大きくて色が白くて可愛らしいファッションで髪にリボンをつけててボクより小柄で声も笑顔もかわいい子」
「あー…チビ美ちゃん」
「嫌なこと思い出させないでくれる?」
なるほど!みたいな顔しないでくれる!?!?
確かにタイプだったけどチビ太だと知った今は反吐が出そう。
「じゃ、じゃあ…素直じゃないとこもあるし、人が良すぎてなかなか言いたいこと言えないけどいざという時はちゃんと言える芯が通った子で、いつも一生懸命で周りのことばっかで、なぜかトラブルに巻き込まれがちで、男の趣味が超悪くて近くでいい物件がアピールしてるのに全然気づかない鈍感な、スタバァ好きな子」
「…? サッチン…??」
「~~~~~~ッ 全然気づかない鈍感な子!!!!!!」
「な、なんで2回言ったの…」
こんな伝わらないことある!?!?!?
がっくりするもすぐ気を取り直して再アピールしようと顔をあげる。
そこで座席移動を知らせる鐘が鳴った。
ちょ、ちょっと待って。
今ちゃんと伝えないと一生機会を逃す気がして、違うよ名前ちゃんのことだよ!と言おうと口を開いた瞬間、真横からケツアタックを食らって椅子から転げ落ちた。
強引な椅子取りゲームよろしくボクを椅子から突き落として平然とその座に収まった野郎を床から睨み上げれば、内臓が全部縮み上がるくらい恐ろしい形相をした一松兄さんがこちらを見下ろしていた。
「席移動の時間だろうが…早く移動しろよクソが…知らない女の子と何人もタイマン張らされてこっちは精神が限界なんだよ…早くこの座を明け渡せやカス…漏らすとこだったわ…」
「え、ちょっと、既に半ケツ出てんじゃん!!?そのケツでボクを押しのけたの!?え!?未遂だよね!?まだ漏らしてないよね!?うんこしたケツでボクを突き飛ばしたんじゃないよね!?!?」
「うんこうんこうるせえんだよ早く隣行けよ床に這いつくばってうんこうんこ叫んでるから隣のお嬢さんドン引いてんだろォがよ」
「誰のせいだと思ってんの!?!?!?」
こうしてボクのアタックタイムは強制終了し、隣の席に収まるもドン引きのお姉さんは口を引き結んだまま目を合わせてもくれない。
このまま5分耐久しんどすぎるんだけど…?ボクが一体なにしたっていうんだよ!!!!これならトト子ちゃんに速攻奈落に落とされる方がマシだ…。
涙を垂れ流しながら心を無にして椅子の上耐久5ミニッツがスタートした。
◆◆◆
「…一松くんも来てたんだね…」
「誰かさんがこんな馬鹿なパリピ空間に考えなしに突入するからおれも死にかけた」
「ご、ごめんなさい…?」
「大人しく砂漠に行けばよかった、こういう場はおそ松兄さんとかの方が向いてるだろうし…」
「あの、嫌なら途中で帰っても大丈夫だと思うよ…?」
「それは名前ちゃんもじゃないの」
「うっ…で、でもトト子ちゃんに悪いし…」
「なにが?どう悪いの?万が一にでもトト子ちゃんよりモテたら顰蹙を買うだろうし、もし良い人と出会えちゃって彼氏なんかできちゃったりしてもそれはそれでトト子ちゃんにタコ殴りにされるだろうし」
「そ、それは…」
「万万が一、石油王が現れてトト子ちゃんじゃなくて名前ちゃんが見初められたら?おれたち、トト子ちゃんが人殺すところ見たくないけど止められないと思うよ」
「そこは助けてほしいけど無理なのはとってもわかります」
「でしょ」
「石油王が現れる前にトト子ちゃんを丸め込んでこの場から連れ出す作戦を練りませんか」
「そんな命知らずなことできない、今死んでも明日には生き返ってるだろうけどそれでもやだ」
「う~~~そうだよねえ」
こうなったら早く石油王に来てもらって二人で消えてくれないかな~とか本気で言い出す名前ちゃんに呆れる。石油王がこんなとこ来るわけないじゃん。
まあ、名前ちゃんが婚活したかったわけじゃなくてトト子ちゃんに連れてこられただけってわかったからもうおれらの目的は達成したようなもんだし、トト子ちゃんは石油王以外に用がないみたいでさっきから相手の男を全員突き落としているし、ふたりが誰かと出会って結婚してしまう心配はなくなったから、せめて名前ちゃんだけでももうこの場から連れ出そう。トト子ちゃんは途中退場納得しないだろうからパーティー最後まで残って石油王が来なかったことに落胆しながら勝手に帰宅するのを待った方がいい、その間に兄弟の誰かが石油掘り当てて石油王になるかもしれないし。本物の石油王が来るよりそっちのが確立高いでしょ。
「おれもう限界だし名前ちゃんもこんなとこ用ないでしょ?もう夜だし一緒に帰ろ」
「え、でも、」
「『嫌なら途中で帰っても大丈夫』なんでしょ?」
両隣の兄弟に声をかけようと横を向けば、トド松は完全に墓石となっており、反対側のクソ松は何を考えているのか目の前の女性にバラを手向けてべらべらと訳の分からないポエムを垂れ流していた。
こいつ、この会場ついてから当たった女性全員に同じ態度を取ってるけど一体どういうつもりなんだ?元々カラ松ガールズとか恋のなんちゃらとか女なら誰でもいいみたいなとこあったけど、名前ちゃん一筋になったのかと思ってた。隣の席にいるの、気づいてないわけ??
目の前に視線を戻せば、名前ちゃんはクソ松の方を見て今にも泣きそうな傷ついた顔をしていた。
この子に何回こんな顔させたら気が済むんだ?クソ松が。
ダヨーン族と結婚してダヨーンの中に一生いればよかったのに。
隣の兄に耐え切れなくなり、名前ちゃんの手を取って立ち上がる。
「えっ…」
「帰ろ、もう二人で帰ればいいよ、こんなやつ置いて」
「ちょっと待って、」
「行こう」
今にも零れそうな雫が大きな目に溜まっているのを見ないふりして強引に手を引いて席を立つ。泣いているところなんて見たくないけど、彼女だって誰にも見られたくないんじゃないの、女の子の気持ちなんかわかんないけど…
途中で強く握り返された手がそれを物語っている気がして、絶対振り返らないまま人のいない会場入り口まで引っ張っていく。
だから彼女の手にクンッと引っ張られたのは早足すぎて彼女が転びかけたからかと思った。
慌てて支えようと手を伸ばして振り向いた先に見えたのは、転びかけた彼女ではなく、反対の手をクソ松に握られ困惑と恐怖に目を見開く名前ちゃんと、もはや見慣れた、鬼の形相でこちらを睨みつけるクソ松だった。
倒れこんでくるだろう彼女を支えるため、繋いだ手に力を入れていたせいで別に転びかけていたわけじゃない彼女はそのままおれに引っ張られてぶつかった。支えるために伸ばしていた反対側の手は反射的に彼女の腰に収まり、全然意図していたわけじゃないのにおれが彼女を引っ張って抱きとめたみたいになった。
名前ちゃんの反対の手首を掴んでいたクソ松も、おれが引っ張った分だけ数歩こちらへ近づいてきていて、もう普通に殴り掛かれば当たるくらいの距離で二番目の兄の奥歯がぎりりと嫌な音を立てるのが聞こえた。怒気がびりびりその場を包んで鳥肌が立つ。
思わず握った手を放そうとしたら歩いていた時より強い力でぎゅうっと握りしめられた。
腕の中に納まっている彼女を見下ろせば、なめらかな頬をぽろりと涙がすべりおち、聞こえないくらい小さな声で「いたい…」と零して、カラ松に掴まれた腕を少し引いた。
彼女の額がおれの胸板に押し当てられるのと同時にカッと何かが頭まで昇って、彼女の手首を遠慮なく鷲掴んでいる骨ばった手を乱暴に掴んだ。
「離せよ」
「一松、どういうつもりだ」
「おまえこそどういうつもりだよ!!!」
三人しかいないポーチのドーム状になった天井に、わんわんと俺の怒声が響き渡った。