18:きっとこれは、悪い夢
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「【一体…、なにが起こってるの…】」
湖がある森から離れ、できるだけ全体が見える場所から、双眼鏡で傍観する女がいた。褐色の肌は血の気が引いている。
先程、“心臓”のせいで死にかけたところだ。未だに体の震えが止まらない。
目覚めて目に飛び込んできたのは、少し離れた山が大きく抉られていた。
今にも逃げ出したいところだったが、恐怖に耐えながら双眼鏡で必死に目的の人物を探す。
「【日本は治安も良くて平穏だって聞いてたのに、怖すぎ…っ。“先生”が言ってた通りなら、崇高な存在である主が起きて、死を超えた者がさらに減るって…、今のことよね? ……“片腕の少女”なんて、どこに…】」
女が懐から取り出したのは、白い封筒だった。
中身を取り出し、英語で書かれた文章に目を読み返す。
ほとんど箇条書きのようだ。
“再び、死への誘い、成し遂げたい想い、生への執着”
「【“先生”の助言がなければ、今頃私も…】」
目的を果たせないまま自害していただろう。
文章のラストには、何度も目を通した。
“求めた答え、片腕の少女”
「【どこにいるの…?】」
双眼鏡が捉えたのは、パトカーと、その近くにある燃える車だ。パトカーから降りた警官達は、炎上する車をそっちのけに抉れた山を見て驚愕している。
これからどんどん人が集まり、辺りは騒然となるだろう。
*****
夕闇が迫る中、レン達は森の中をひたすら走っていた。
「恵、足大丈夫か?」
勇太に手を引かれてできるだけ急ぐ恵に、レンは後ろから声をかける。
「痛むけど…、大丈夫です」
そう言って、笑みを向けた。
「ムリするなよ? おぶってやるくらいの力なら…」
「レンさんこそ、ムリしないでください。……あの…、他のみんなは…?」
レンは一瞬顔を強張らせたが、由良が生きてることを信じて、笑顔を作って答えた。
「……あいつなら…、あいつらなら、どこかで避難してるさ、きっと」
自分に言い聞かせるような言い方になる。
少し影があるその顔を、恵は黙って見つめた。
ドドドドドド…ッ!!
「「「「!?」」」」
突然の大きな地鳴りと揺れに、レン達は後ろに振り返る。
広瀬が穴を空けた山が、地鳴りとともに崩れていくのが見えた。円形に切り取られていたため、その周りのバランスが保てなくなったのだ。
「……………」
広瀬の力を見せつけられているようで、レンの額から冷や汗が流れ落ちる。勇太達も同じだ。
「た、ただ、山が崩れただけだ…」
奈美は声を震わせて言う。
太輔と広瀬の決着がいつかは誰にもわからない。広瀬がその気になれば一瞬で片が付いてしまう。そうなれば、こちらを追いかけてきてもおかしくはない。
恵を不安にさせないように、勇太が励ました。
「大丈夫! 太輔は、広瀬に勝つよ!」
昔からの二人を知っている恵には、複雑な心境だ。どちらが勝利しても素直には喜べない。
「太輔と広瀬君…、ケンカはしても、殴り合いなんかしたことなかった。広瀬君がそういうの嫌ってたから、太輔が手を上げることなんてなかったのに…。……もう、戻れないのかな…」
もう三人で笑い合う未来はこないのかと憂い、涙を浮かべた。
「恵……」
レンは恵の背中を優しく擦る。
「……叶に、泣くなと言われたろ。今はあいつのために逃げてくれ」
そう言って、奈美は恵の手首をつかんで走り出した。
レンと勇太もあとについていく。
「…勇太、だっけ。太輔の能力って…、“火”とか“熱”じゃなかったのか?」
「……そのはずなんだけど…」
声をかけられてわずかに驚いた勇太だったが、胸に引っかかっていた疑問を考えた。
「きゃあ!!」
「「!!」」
突如、悲鳴が聞こえ、レンと勇太がそちらに振り向くと、先を走っていたはずの奈美がうつ伏せに倒れていた。傍には恵が膝をついて心配そうにしている。
「奈美姉ちゃん!? ど、どうしたの?」
勇太が走って奈美に駆け寄ろうとしたとき、恵が叫んだ。
「来ちゃダメ!!」
「え………」
勇太の横の茂みから人影が見えた。
それに気付いたレンも勇太に向けて怒鳴る。
「右に誰かいる!!」
「!!」
勇太も目の端に映った人影に気付き、能力を発動させようと両手をかざしたが、茂みから伸びてきた相手の手は素早く勇太の頭をつかんだ。
「………!」
勇太はそのまま気を失い、力なく仰向けに倒れる。
「……やれやれ、困ったことになった」
「!!」
茂みから出てきたのは、勝又だった。
予定外の事態が続き、わずかに参っている様子だ。
「広瀬君がひとり歩きをしてしまった。私の力だけでは、もはや支配できまい。今の彼の力なら、彼の描く世界を築き上げられるだろう。だが、それでは困る。そのためにも、落合さんの力が必要なんだよ」
自身の名前が出たことで恵の体がビクッと震えた。
勝又が恵に近付こうとしたとき、
「勝又ああああああ!!」
激高したレンは、叫びながら勝又に向かって躍りかかる。
振り上げたコブシには電圧を上げた電流を纏わせた。
ドッ!
「ぐ!?」
しかし、背後から何者かに押さえつけられ、うつ伏せに倒れる。
「せっかく生かしてやったというのに…。愚かだな」
背中に圧し掛かってきたのは、天草だった。
「テ……メ…ッ」
バチッ!
天草を睨みつけてすかさず放電するが、天草は平然としていた。
「!?」
「ムダだ」
(電撃が効かない…!? このグローブとブーツ、絶縁体か…!?)
「レンさん!」
恵が声を上げる。
勝又はレンに背を向けたまま静かに言った。
「北条君、キミまで生き残っていたとは驚いたよ」
死ぬことを想定していた、その言葉だけで十分だった。
奥歯を噛みしめ、湧き上がる黒い殺意に伴い、「あたし達は…、使い捨てかよ…」と唸る。
「許さねえ…!! 死んだんだぞ!! 華音も! 森尾も! みんな慕ってたのに…!! 由良だって…!!」
地面に爪を立てて天草から抜け出そうと足掻いたが、天草の身体は岩のように重かった。
勝又は肩越しにレンと視線を合わせ、口元に薄笑みを浮かべる。
「キミ達の功労はたたえているつもりだよ」
「ほざくなジジイ!!」
「!」
ブチ切れたことで一気に爆発した感情は、そのまま電圧に反映されるように放電された。まるで雷そのものだ。
辺りが青白い光に照らされる。
勝又ごと巻き込まれる前に、天草は一度レンから離れてその体を蹴り上げた。
「うっ!」
吹っ飛んだレンの体が近くの木に背中からぶつかる。
天草は、レンを蹴とばした足を見ると、ブーツが電熱で溶けていた。
「危険だな…、貴様…。やはり、ここで始末しておくか…。…勝又様は、お急ぎください」
「レンさん!」と恵が駆け寄ろうとするが、目の前に勝又が立ちはだかり、足を止めてしまう。
「めぐ…、逃げ……」
レンは咄嗟に起き上がることはできなかった。
恵を促すが、恵は恐怖でガタガタと震えて身動きができない。
(なっ、泣くもんか…!)
泣きそうになったところで太輔からもらった花を握りしめ、勝又を睨みつけた。
「恵ぃ―――!!」
レンの叫びも空しく、勝又が恵の頭をつかむと、奈美と勇太と同じく恵は気を失ってしまった。
勝又は恵を抱え、レンに背を向けて歩き出す。
「キミはまた、深い眠りにつく…。きっと夜は明けると信じて…。こう言っていられるのも、今日までなのかもしれないがね…」
気を失っている恵に話しかけるようだった。
「め……ぐ……」
蚊の鳴くような声を漏らし、レンは遠くなる恵に手を伸ばした。
それを踏みつけたのは、天草だ。
「諦めろ。貴様も早く死ぬことだ…。あの男が生きていると信じて、生き残ったのか? おめでたい頭だ…。自らの能力(ちから)で死んだぞ、あの男は」
嘲笑うその言葉に、レンの鼓動が大きく跳ねる。
「デ…タラメを言うな!!」
半身を起こし、固めたプラズマを投げつけた。
天草は当たる直前にわずかに身体を反らして避け、右手を握りしめてコブシを作り、振り被りながらレンに接近する。
「っ!?」
無感情な天草の瞳にゾッとしたレンは、振り下ろされたコブシを、横へ転がって避けた。
外したコブシは、先程までレンが倒れていた地面にめり込む。もし当たっていれば頭部を潰されていただろう。
天草は思わず口端を吊り上げ、レンを睨んだ。
「即死させてやろうという気遣いを自ら放棄するとは…」
レンは天草から目を離さず、地に片手をつき、立ち上がる。
猛獣を相手にしているようだ。思わず喉を鳴らした。
(こいつ…)
コブシを構え、天草との距離を一気に詰める。
顔目掛けてコブシを振れば無駄のない動きで避けられ、天草からのカウンターや蹴りはわずかにレンの身体を掠めた。
翻弄されそうになりながらも、レンは反撃を繰り出す。
ふと、由良と戦った時のことを思い出した。戦い方がまるで違う。
由良は柔軟な動きでレンからの攻撃をぬるりぬるりとかわし、ほとんど防御に徹していたが、天草の場合、攻撃が当たりそうなところを予測して俊敏な動きで移動し、隙あらば容赦のないカウンターを仕掛けてきた。
(クソッ…。強い…!!)
「そんなに当てたいのか?」
不意に天草の動きが止まる。
「え…」
振るったコブシが、天草の右頬に当たった。
ゴキッ!
「っ…ぐ…ッああ!!」
悲鳴を上げたのはレンだった。
岩肌を殴りつけた感覚だ。左手の骨が砕ける音がした。
「がっ…!」
前屈みになったところを髪をつかまれ、地面に引き倒される。
「じゃれ合いはここまでだ。勝又様と引き離すことはできた…」
「っ!!」
腰から抜いた小太刀の切っ先を、仰向けのレンの左肩に突き刺し貫いた。
「貴様らは、実にブザマだった」
虫の標本のように留めたレンに、天草は嘲笑の笑みを浮かべてトドメを刺そうとコブシを握りしめ、振り上げた。
レンは左手を伸ばしたが、骨が折れたことで血塗れの左手は握りしめることも叶わない。
パチッ、と弱弱しい電流が漏れた。身体に残った電力もとっくに限界を迎えている。
(あ……)
もう由良に会えない、と思い、涙を浮かべた目をぎゅっと閉じた。
「お別れだ、北条レン」
天草がコブシを振り下ろそうとした瞬間、ヒュル…、と風の音が天草の耳を掠める。
「!?」
天草は驚いてフリーズした。
両手をかざすレン。両手の間に、風の塊が集まっていた。
「離れろ…!!」
カッと目を見開いたレンの口から飛び出た声は、男のものだ。
「貴様…」
ドォッ!
天草が言葉を発すると同時に、レンと天草の間に作られた風の塊が、天草の身体にぶつけられる。とてつもない衝撃だ。
「きゃあああ!!」
竜巻に巻き込まれたかのようだった。
襲い掛かる風圧に耐えきれず、天草が遠くへ吹き飛ばされる。その拍子にレンの肩から小太刀も抜けた。
「は……っ!?」
気が付いたレンは慌てて周囲を見回すが、天草の姿がない。すぐ近くには小太刀が落ちていた。
「あたし…、今……。なに…が……」
混乱しながらも立ち上がり、近くに倒れる奈美と勇太を起こそうとしたが、すぐに起きる様子はない。
(天草(あいつ)…、あたしを追ってくるかな…。勝又は……クソ……完全に見失った……)
『自らの能力(ちから)で死んだぞ、あの男は』
蘇るのは、天草の不穏な言葉だ。
周囲の闇が濃くなろうとしている。
「由良……」
ふらふらと走り出していた。
辺りが闇に包まれる前に、由良と再会したい、そのひとつの思いがレンを前へと進ませる。
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