17:一緒に…
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(―――声が…、聞こえる…)
森尾はぼんやりとした意識の中、目をゆっくりと開くと、必死に呼び続けるレンの険しい顔が視界に入った。
「森尾…!」
「………ぁ…、レン……」
「!! よかった…! 目を…」
森尾が声を発したことで、レンはパッと顔を明るくさせた。
しかし森尾は身体の感覚がないことで悟る。
(ああ…、オレは……もう……)
レンのおかげで、細い糸をつかむように意識を取り戻しただけだ。
次に意識が遠のく時は、二度と奇跡など起こらないだろう。
それは森尾自身が理解していた。
「オ…レ……」
「しゃべるなバカ! ……いやでも意識を保たないと…やっぱりしゃべれ!」
「どっち…だよ…」
おろおろするレンの姿に思わず苦笑する森尾。
レンは森尾の傷口を見ると、さらに押さえつけた。
「クソ…ッ、治りが遅い…!」
手や顔に血が付着しようが構わずなんとかしようとするレンの懸命な顔を見て、森尾は胸が苦しくなった。
「……レン…、もう……いいから…。どっちにしても…オレは………」
遮るように、レンは突然森尾の胸倉を片手で乱暴につかんだ。
「!」
「その先言ったら、ケガ人だろうが本気で殴るぞ! 諦めるなよ…!」
レンの瞳から流れた涙が、森尾の頬に落ちる。
「絶対死なせない…! 死なせないから…!」
声を震わせ、レンは森尾を強く抱き寄せた。
どんどん森尾の体温が冷たくなっていく。
止血に使っている上着も真っ赤に染まっていた。
「誰か…! 誰かいないのか!? ……頼む…! 友達が死にそうなんだよ…!」
できることなら、ここから一緒に森尾を運び出す協力者が欲しかった。
誰でもいいからと周囲に助けを求めるが、誰も来ない。
「……………」
(……この状況が、オレにしては贅沢すぎる…。レン…、オレのために…、泣いてくれているのか…。レンが好きなのは…、由良なのに……)
アトリエのような由良の部屋を訪れたあの時に、森尾は気付いていた。
由良が部屋の中をすべて破壊したあと、由良に向けるレンの顔は、確かに、恋を自覚した少女の顔だった。
しかし、ショックどころか、胸を撫でおろしていたのだ。
森尾は屋敷にいた日々を思い返す。
何かと理由をつけてちょっかいをかける由良と、対して無視せず反発するレン。そこへ面白げに交じる華音と、腕を引っ張られて巻き込まれる森尾。毎日が目まぐるしく、心地が良いほど騒がしい日々だった。
学生時代には経験できなかったはずの青春が、確かにそこに存在していた。
自然と、森尾の口元に弧が描かれる。
(きっとオレは、もう…満足していたんだ…)
「森尾…、みんなで帰ろう…」
弱々しい声で言うレンの頬に、森尾は手を触れた。
手の冷たさに怯むレンだったが、払うはずがない。
森尾は笑みを向け、言葉を絞り出した。
「約束…守れな…くて…、ごめん…」
「なに…言ってんだ…。こんな傷…すぐに……」
「また…みんなで……花火……したか…ったな……。子ども…みたいに…さ…」
「できるよ…! 森尾…、またみんなで……っ」
「レン……………」
最期に礼を言いたかったが、言葉が途切れる。
レンは涙を流しながら叫ぶが、もう森尾の耳には届かない。
代わりに、花火のような、パチパチという音が聞こえる。
森尾の意識は、水の中を漂うようだ。
“健ちゃん…”
不意に、頭上から華音のくぐもった声が聞こえた。
(華音…)
水面から手を伸ばされた気がして、その手をつかもうと森尾も伸ばす。
(そうだな、一緒に…)
つかんだ際、森尾は小さく微笑んだ。
レンの頬から、全身の力が抜けた森尾の手がずるりと落ちる。
心臓も完全に止まり、呼吸もしていない。
なのに、傷口から流れ出る血液はいまだに生温かった。
「わああああああああ!!」
穏やかに眠るような森尾の顔に、レンの涙が雨のように降り注いだ。
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