16:やっと……
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森に銃声が響き渡る。
銃弾は、空の彼方へと消えた。
「……あ?」
銀夜は目を見開いて驚愕する。
確かに自ら命を断とうとしたレンが、額を撃ち抜く寸前に、銃口を真上に向けて撃ったからだ。
項垂れていたはずの、目つきの鋭いレンと目が合った瞬間、表情を強張らせた銀夜は身構える。
「おまえ…!」
瞬時に、レンではないことに気付いた。
「北条水樹か!!?」
「ああ。テメーに殺された亡霊だよ…! うらめしや~ってか?」
顔つきも、声も、確かに自分がトドメを刺した男のものだった。
レンの体を借りた水樹は、口角を上げて挑発的に笑う。
拳銃を握りしめる手は震え、肌には脂汗が浮いていた。
「うわ…。替わった瞬間に身体の痛みがヤベーッ。こいつよくこんな状態で戦ってたな…。さすがオレの妹。根性あるぜ」
感心しながら一度拳銃を下ろし、身体に刺さっていた釘を引き抜く。
「引っ込めよ、練習台。おまえが出てきたところで北条レンが“死”への欲求に抗うことなんかできるわけねえだろ」
邪魔になるが脅威にはなり得ない、と嘲笑う銀夜に対し、水樹は「確かに…」と自嘲するように笑った。
「レンの心の穴を深くした原因は、このオレにもある…。なに言ったところで言葉なんて届かねえだろ。だから…、おトモダチに任せた。真面目に考えすぎるあいつにはちょうどいい…」
「……おトモダチ?」
銀夜が怪訝そうに片眉を上げた頃、レンは後ろから何者かに飛びつかれて抱きしめられていた。
「レンちゃん!」
「か…、華音…!?」
「ひゃはっ」
おそるおそる肩越しに振り返り、死んだはずの友人の顔を凝視する。
空間は暗闇だというのに、華音の姿だけがはっきりと見えた。
幽霊という感覚はなく、背中から伝わる感触も人肌そのものだ。
虚ろだったレンの瞳に色が灯る。
「あ…。あー…、一応…あの世って…あったのか」
呆けるレンの顔が面白く、華音は笑った。
「ひゃははっ。レンちゃんまだ死んでないよ」
「じゃあ、なんで…」
「どーだっていいじゃない♪」
華音はぴょんと立ち上がったあと、軽やかに歩いてレンの目前に立ち、前屈みになって目を合わせる。
「どーだって…って…、あたし…、華音を…止められなかったのに…。そのせいで……」
華音の死に様を思い出し、涙が溢れそうになっとところで、その場にしゃがんだ華音に両手で顔をつかまれた。
「もーっ。辛気臭い顔~。華音が好きにやったんだから、それで自分せいって、案外、レンちゃんって自意識過剰―――」
「そんな……。いや待て、それはおまえに言われるとハラタツ」
少し冷静になって言い返したが、華音は構わず続ける。
「他の奴らもそう! 残る価値ない? いない方がよかった? 華音もレンちゃんの過去見てたけど、全っ然悪くないじゃん! てゆーか、周りの勝手な都合に振り回されすぎてかわいそ~~~。華音ならムリすぎて家出しちゃう~~~」
「ムリムリ」と手を横に振る華音に、目を丸くするレン。
絶望的な自分の過去を知られたはずなのだが、客観的な感想は拍子抜けするほど軽い。
「家を出る……。あれ? ……か…、考えたことなかった……」
「ほらもうめちゃくちゃ縛られてんじゃん! ありえなーい! ほんっと捨てられない性格よねー。余計なものまで残そうとするからパンパンになるんでしょ!」
「だ、だって…」
「……で、家族が変わらないのも、家族が幸せになれないのも、ぜーんぶ自分のせいだって自意識過剰っぷり発揮した挙句に、死ぬの? なんで? 散々振り回しやがってふざけんじゃねえ殺すぞって、華音達が知ってるレンちゃんなら、キレるとこじゃないの?」
「……………」
今の家族に対して本気で怒って気持ちをぶつけたことはなかった。それ以外の人間に当たり散らしてばかりだった。
精々、水樹にコレクションを捨てられた時くらいだろうか。自分にとって“残したい”ものをほとんど捨てられそうになった時は、負けると分かっていても抑えられない怒りのままにコブシを振り回していた。
「レンちゃんは自分でも思ってる以上に、感情豊かなのにねー」
「そ、そうか?」
「思いっきり笑ったり、怒ったり、泣いたり…。家族よりも、華音達といる方がイキイキしてるの」
「……………」
「だから…、過去のことなんて、ど―――でもいいわけっ。イヤだった家族ごっこはもうおしまい! みんな好き勝手やって死んじゃった、以上!」
「な…っ!?」
デリカシーも欠片もなくあっさりと言ってのけて手を叩いた華音に驚きを隠せない。
何か言い返す前に、「それよりも!」と顔の前に指をさされて戸惑った。
「死ぬより大事なこと、残してない?」
「大事な…こと…?」
未だに鈍いレンに対し、華音は「えー、忘れちゃったの?」と頬を膨らませた。
「……由良には告白(コク)ったの?」
その名前に、ピクリと反応する。
「由……ッ」
どうして、“死”の直前まで思い出すことができなかったのだろうか。
名前を聞いただけで、出会った時からのすべての思い出に満たされ、心が激しく揺さぶられる。
『選んでみろ』
短い間に守るはずだった家族を失い、自暴自棄になりかけていた時に現れた存在。
気に食わない日常に居続けるくらいなら全部捨ててしまえ、と。
文字通り、何でも残そうとするレンと違い、何も残すことに興味を示さない由良に、憧れを抱いたのだ。
そして、真剣に己が創り出したものを跡形もなく消した由良の姿は、レンの心を色鮮やかに染め上げた。
「………言ってない…。あたし…、由良が…っ。……由良のこと好きだって…言ってない…!」
会いたい、と一途に想う。
脳裏に過ぎるのは、夕日に染まる黄色いアトリエ。トパーズ色のシャボン玉。創っては壊す、レンでは足掻いても手に入らない美学。
由良に出会うまでに見えていた世界は、どれだけくすんでいたのだろうと思い知られた。
もう一度、絵を描くあの背中が見たい、と切なく締め付ける胸に押し上げられて零れる涙が止まらなかった。
「おっそー。どーせ死ぬなら言っておけば?」
「い…、いやがられないかな…?」
「さぁ―――?」
「え―――」
自分の爪を見ながら言う華音に、これだけ煽っておいて、と涙を拭いながら肩を落とすレン。
「だって、言わないで後悔するより、言って後悔したいでしょ?」
「うう…っ。まともなことを……」
何も言い返せず唸ってしまう。
だてに結果はどうあれ好きな人に告白した経験者は違う。
「まあ、でも、応援してあげるっ。華音ってばやっさし~~」
「……ははっ。それなら…、ちょっと頑張れる……気がする……」
気が抜けて笑ったことで、心が少し軽くなる。
「まあ、どちらにしても、由良とは約束もあるんだ……。脱がねえと……」
「え、脱ぐの!? 告白すっ飛ばして大胆すぎない!?」
「ちっげーよ!! あいつが描きたいっつーから!!」
本当にどうしてあんな約束を取り付けてしまったのだろうと顔を赤くしたその時、華音越しに小さな人影を見た。
じっとこちらを眺めているのは、幼いレンだ。むくれている。
「…………華音…、ありがとう…。一旦…大丈夫かな」
「そっ?」
立ち上がったレンは、幼い日の自分に近付き、手を差し出した。
「一緒に行こう…。……あたしがここから出たいんだ…。会いたい奴がいるから……」
幼いレンは、微笑みを浮かべるレンの顔を見つめたあと、小さく頷いてその手を握りしめる。
「レンちゃん」
「!」
華音に振り返ると、こちらに小さく手を振っていた。
「まったね―――」
「ああ…。またな、華音」
「ひゃは♪」
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