16:やっと……
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力なく座り込んだレンの目の前に、“心臓”が近づいてきた。
すでに虚ろな表情のレンはそれに気付かない。
銀夜は、壊れた人形を見下ろすように目を細めた。
「もういっそ、自分で確かめてこい…。“心臓”はきっと、トドメを刺してくれるさ…。がっかり…、ああ、がっかりだ…。ここまでとはな」
落胆の息を吐き、成り行きを見守ることにする。
“心臓”は音もなく、レンの胸を通り抜けた。
レンは涙で濡れた目をゆっくりと閉じる。
「んが…」
「!?」
レンが再び瞼を開けると、ソファーに座る由良の口に指を引っかけて口内を確認しているところだった。
突然の展開にレンは目をぐるぐるとさせる。
そこはリビングだった。
室組との戦闘後、由良、森尾、レンの3人が手当てし合っていた時の記憶の光景だ。
森尾は後ろで「虫歯チェック?」と怪訝な眼差しを向ける。
レンは確認していたことを思い出した。
「由良ー、能力者になってから、歯が抜けたり生えたりした?」
「ひーや(いーや)?」
レンは「なるほど」と頷く。
「なんでそんなこと…?」
森尾が尋ねると、レンは「いや…」と思ったことを口にした。
「ケガの治りはめちゃくちゃ早いのに、能力者になる前からあった古傷が消えたり、なくなった歯が生えてくることってないのかな…って」
レンが森尾に振り返った際、いつまで経っても解放しないレンに対し、由良は口に引っ掛けられた指をガブッと噛む。
「痛いっ!!」
たまらず引っ込めたレンの親指には由良の歯型がついた。
口の端を手の甲で拭う由良は、「アゴつかれた」と漏らす。
「つまりアレだろ? 形状記憶ってやつじゃねーの?」
「けいじょうきおく?」
噛まれた指を擦りながらレンは首を傾げた。
「能力者になった時点で、その時のその身体が正常状態って記憶するんだ。だから、腹の肉が抉れるほどのケガでも、まるでケガなんてなかったかのように修復されて元通りってわけ。モリヲの火傷が特殊なんだよ」
「言うな」
思い出すのも忌々しそうに森尾は眼帯を抑えて不機嫌を表す。
「逆を言うと、元々、盲目だったり、足が悪くて杖をついたりしてる奴は、能力者になったからといって回復することはない。あくまでも身体能力が跳ね上がるだけだ」
レンは「そうか…」と呟き、自身の左手を見つめた。
「腕や足が切断されてもくっつくいてくれるかな…。生えてきたり…」
「「生えてはこないだろ」」
由良と森尾にツッコまれる。
宇宙人のようににゅるにゅると再生する腕を想像した森尾は「怖い」と顔を青くした。
「さすがに欠損はキビしいんじゃねーか? 腕吹っ飛ばしたことないから知らねえけど」
それを聞いて、自分の体は大事にしよう、と心に決めるレン。
不意に、伸ばされた由良の手が、レンの頭部に触れた。
「だから、頭の古傷も、能力者になる前にあったから残ってるんだろ」
その言葉に、レンの心臓が大きく跳ねる。
頭に包帯を巻くのに帽子を外していたこともあだとなった。
髪を掻き分ければやっとわかる、わずか数センチの小さな古傷だ。
由良はいつから気付いていたのか、きっと、レンが風呂に入って髪を洗っているのを覗いた時だろう。
その時はどうして古傷があるのか聞かれたかもしれないが、適当に誤魔化したのだ。
それほど、話したくはない、そもそも思い出せない傷痕だった。
「!!」
はっとすると、由良と森尾の姿はなかった。
記憶の光景はここで途切れている。
しん、と静まり返った薄暗い部屋の中、包帯や絆創膏が散らばる床に立つレンは、押し寄せる恐怖に居ても立っても居られなかった。
「ゆ…、由良…! 森尾…! ……華音!!」
華音は目の前で消滅した。
現実を思い出したレンは逃げるようにドアに向かって走り出す。
頭が痛い。古傷が開いて、再び血が流れ出ているようだった。
リビングのドアを勢いよく開けた先は、実の父親と母親の3人で暮らしていた部屋があった。床には酒の空き瓶と、タバコの吸い殻や灰で床が汚れている。
振り返ると、屋敷のリビングのドアが消えていた。初めからなかったかのように。
「おとーさん、おかーさん…」
どこかから、子どものしくしくと泣いている声が聞こえた。
出所は自分自身がよくわかっている。
視線の先は押入れだ。
おそるおそる押入れを開けるレン。
そこには、かつての自分が膝を抱えて泣いていた。
大切に両手で握っているのは、優しかった父親がくれた星形の缶バッジだった。
「出ておいで…」
片膝をついて優しく声をかけ、手を差し伸べる。
だが、幼いレンは首を横に振る。
「ここにずっといる…!」
「ずっとは無理だ…。だって……」
「ここにずっといれば、おかーさんもずぅっとダイスキなおとーさんといっしょだったのに……」
「―――っ!!!」
自分自身のその言葉は、錆びた刃物のようにレンの胸にねじ込まれた。
「あの日…、にげたから…」
「やめろ…っ」
聞きたくなかった。レンは両耳を抑えて拒絶する。
息は荒くなり、背中はびっしょりと濡れた汗で冷たかった。
押入れから黒い泥が排出された。粘り気があり、レンは足下からゆっくりと沈んでいく。
「おとーさんとおかーさんは離れ離れ…。おかーさんは…やり直そうとしてたのに……」
「言うな!!」
「あーあ。おとーさん…××しちゃったんだ」
泥の中に溺れるレンの目は、水たまりを覗き込むように見下ろす幼いレンの、虚ろな顔を捉えた。
ゆっくりと己の過去に絡めとられながら、“死”へと導かれていく。
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