15:次会ったら
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レンと再会した由良は、ツナギや頭の木の葉を手で払い落としながら言った。
「危うく、問答無用で殴られるところだった」
あのままブレーキがかからずコブシを振り回しても、由良なら避けられただろう。
「見ての通り、さっきまで戦ってたんだよ。警戒するだろ」
両腕を広げて傷を見せるレン。
由良は「うわ」と先程まで釘が突き刺さって未だに血を流す右腕に眉をひそめた。
「ホントだ。ボロボロじゃねーか。負けたか?」
「はー!? 負けてねーわ!! 全っ然余裕だし!? 次は勝つし!!」
「負けた奴のセリフなんだよなー」
「うるさい!」
レンはムキになりながら歯を剥いて言い返し、「ほら背中も!」と由良の背中についた葉を雑に払い落とす。
「そう言う由良は道草食ってたのかよ!」
「オレもさっきまで面白そうな女と遊んでたぜ。カノンに恨みがあるのか、執拗に追ってやがった」
「恨み……」
華音の場合、町で無茶をすることもあるのだ。
本人に心当たりがなくても買ってはいるだろう。
レンは意外とは思わなかった。
「……やっぱり他の能力者も集まってるみたいだな。……で、その女は? 華音は大丈夫なのか?」
「さあ? 途中で、そのカノンに邪魔されたんだ。女が死んだのは確認してねぇ」
思い出した由良はムッとした顔をしたが、すぐに表情を緩める。
「オレがキレたらカノン、ビビって逃げちまうし…」
「…………キレた? 由良が、華音に?」
日常でも、意見の相違や悪乗りが過ぎて由良と華音が言い争っているのはたまに見かけたことはあるが、レンの時と同じく子どものじゃれ合いのようだった。
戦闘中に割り込まれたからと言って、華音相手に本気でキレた由良は見たことがない。
耳を疑ったのが表情に出ていた。由良はその顔を見て「言いたいことはわかるぜ」と肩を竦ませる。
「オレらしくねーのは自覚してる」
ため息交じりに言って頭を掻き、「きっとオカシ不足だ」と決めつけていた。
「興も冷めちまった。特に“仲間”と鉢合わせることもなければ、オレはこのまま勝っつんと合流する予定だ。レンも来るか?」
気軽に誘われたが、“勝又”のワードに、レンの胸がざわついた。
先程の戦闘の最中に聞いた銀夜の忠告が、どうしても釣り針のように引っかかる。
「ま、待て、由良…」
か細い声が聞こえず、「湖はこっちみたいだ」と背を向けて歩き出した由良。
遠く、手の届かない場所まで離れて行く感覚に陥る。
「―――待って!!」
「!」
焦燥感に促されるままにレンはいきなり声を上げ、由良が振り返ると同時にその左腕にぶつかるようにしがみついて引き留めた。
「由良、逃げよう! 今すぐ…ここから!!」
「な、なんだ、突然……?」
「あたし達が間違ってたんだよ! 勝又さんのとこに行くな!」
「?」
「由良、早く…!」
「お、おい…」
「お願いだから…!!」
レンは由良の左腕を強く引っ張る。
口調がいつものレンらしくない。由良の目には、幼い子どもが駄々をこねているように見えた。ただならぬ様子に、焦りが移りそうになる。
「森尾も、華音も、あとであたしが連れてくるから…! ここから離れよう…! ここにいたくない…!!」
「どうしたんだよ、おまえ……。敵について心配してんのか? そんなの……」
「うるせェ!! 早くしろって言ってんだろ!!」
バチッ
「痛てっ!」
「!!」
思わず由良に電気を流してしまい、静電気より強い衝撃に耐えられず腕を振り払われてしまう。
抑えられない感情と漏電にレンはたじろぎ、狼狽えた。
「そんな………つもりじゃ……」
「……おまえ…レン……だよな?」
由良は左腕を擦りながら、顔面蒼白でうつむくレンの姿を凝視する。
親に叱られそうになって震えている子どもにしか見えなかった。
レンがおそるおそる口を開こうとした時、由良の右手がレンの頭に伸びた。
つまんだのは、レンの髪にくっついていた葉っぱだ。
そこで由良はようやくレンに足りないものに気付いた。
「帽子は?」
「あ……」
レンは思わず自身の頭に触れる。
被っていた愛用の帽子は、銀夜の手によって修復できないほどズタズタに引き裂かれてしまったのだ。切れ端さえ拾うことはできなかった。
『そんなもので隠せるわけねーだろ』
銀夜の放たれた言葉が容赦なく胸に突き刺さる。
「……帽子……破られた……。兄貴が…「隠してろ」って言ってくれた…も…の……」
古傷が、疼く。
レンは頭を抱えた。
「うう…ッ!」
「レン…?」
『親殺し』
銀夜の言葉が脳内で反響する。
古傷の痛みと共に思い出した。
スコップ、血だまり、ビクビクと痙攣しながら足下に転がっているのは。
「違う…!! あたしは…殺すつもり…なかった…!! 残さなかったのは…!! 隠したのは…!!」
情景が蘇りかけて息が弾む。動悸も落ち着かない。吐きそうだった。
不意に、由良の手のひらが、レンの後頭部に触れた。
「…!!」
「このへん…だったか?」
「由良…」
涙目のレンはわずかに顔を上げて由良と目を合わせる。
由良は「ほら、ゆっくり息しろ」と不安定なレンに投げかけた。
レンは言われるままに、目を閉じ、意識して呼吸を整えようとする。
「そーそー」と由良は頷き、その右手はゆっくりとレンの後頭部から背中を擦るように下り、さらに下って尻を撫でた。
「ウラアアア!!!」
「おっと」
レンの怒りの回し蹴りを体を反らすことで紙一重でかわす。
「どさくさに紛れてなにしとんじゃあああ!!!」
「おお、いつものレンだ」
「バカか!!!」
「どんな確かめ方だよ!!」と唸るようにつっこんでキレるレン。
しかし、おかげでいつもの調子を取り戻す。
「遊んでんじゃ……」
「! 下げろ」
由良の視線がレンの向こう側を捉えた。
「え」とレンが振り返る前に、由良はレンの頭をつかんで下げさせる。
投げつけられたそれは頭上を通過し、近くの木に突き刺さった。
「!!」
3本の釘だ。
警戒を強めたレンは、遠くで葉が擦れる音を聞く。
「北条レンー!! いるんだろ? 逃げずにオレと続きしよーぜー!」
姿は目視できないが、確かに銀夜の声だ。
レンがいる場所を把握しているのか、付近の木に釘を投げつけている。
身を屈ませながら、レンと由良は視線を合わせた。
「おまえが戦(や)ってる奴?」
「兄貴を殺した奴だ。あたしを探してるみたいだな…」
「へぇ。…面白そうじゃねーか。オレが相手しても…」
「ダメ」
即答だった。
由良は「えー」と不満を表す。
「負けたのに?」
「だから、負けてねーって! ……自由自在に…主に釘を操って飛ばしてきやがる…。避けても追跡してくるみたいだから、由良がシャボン玉で防いだとしても全部は……。おい、やめろその顔。譲らねえから」
わくわくと目を輝かせ好戦的な表情に気付くレン。
「オレより強いんだったら、ヤベーんじゃねーの?」
「あたしがサシで兄貴とおまえ以外に負けるわけねーだろ」
あっさりと言ってのけるレンに、由良は水でもかけられたかのように大きな目をぱちくりとさせた。
「あいつは、あたしが戦(や)る。もしも負けたら……由良の好きにしていい」
「そこまで言うんだったら、オレもいい大人だから一度引き下がってやるけど…」
「いい……おと…な?」
「おこちゃまのテメーよりはな」
理解不能、と言いたげな半目になるレンの額を人差し指で軽く押す由良。
「オレは先に、このまま湖に向かうぜ」
「…………」
「カノンとモリヲも集まってるだろうしな」
「そう…だな……」
由良には湖に向かってほしくはないのだが、由良が先に華音と森尾と合流することを見越すと、銀夜を倒してから4人で集まった行動した方がいいのかもしれない、とレンは考える。
「あいつらがピンチだったら助けてやってほしい」
「おまえ…オレには助けてほしくないって言ったクセに」
「あたしはいーんだよ」
「な、なんて勝手な」とたじろぐ由良だったが、レンは「おまえに言われたくない」とぴしゃりと返した。
銀夜もすぐ近くまで来ているだろう。時間はなかった。
そろそろ場を離れようとする由良に、レンは「由良」と声をかける。
「コレ、預かっててくれ」
スキニージーンズのポケットから取り出したのは、帽子に付けていた星形の缶バッジだ。帽子は無残な姿になったが、これだけは無傷だった。
レンの手から受け取った由良は、「帽子についてたバッジか」とまじまじと見る。
「戦いにそれがあると困るんだ」
銀夜の能力は、戦ったことで大体把握した。
小声で説明すると、由良は「なるほどな」と納得する。
「次会ったら、返して」
「ふーん。別にいいけどよ」
ピンッ、とコイントスのように弄ぶ由良に、「絶対壊すなよ」と念を押す。
「じゃあ…」
銀夜がいるであろう方向に足先を向けた時だ。
「待て待て待て」
「!」
由良に肩をつかまれて止められる。
「ちゃんと預かってやるから、こっちの要求も聞けよ。オレだってモチベーション上げたい」
「え」
安請け合いはしない性格だったことを思い出す。
レンも、確かにタダで大切な物を預かってもらうことについては抵抗を覚えた。
「……要求って?」
腕を組みながら、頭の中で、由良が喜びそうなお菓子の種類を思い浮かべたが、由良が要求したのはそれではなかった。
ずい、とレンと至近距離で目を合わせる。
「脱げ」
「……は!!?」
素っ頓狂な声が出た。
カァッ、と体中の熱が一気に顔に集中し、レンは動揺のあまり思わずたじろぐ。
「描かせろって言ってんだ」
由良の視線がレンの顔の輪郭をなぞった。
その視線に居たたまれず、視線と自分の間に両手を入れて顔を逸らすレン。
「お、お…まえ…っ、こんな時にふざけんじゃ…」
「大マジ」
舌を出して言い返す由良。
レンは、絵を描いている由良の後ろ姿を思い出し、本気で言っているのだと確信する。
「ぅぐ…」と喉が詰まったように唸った。
「あたしの…その……、は、裸…、風呂覗いた時に見てんだろ! デッサン見つけてるんだからな!」
「湯気が邪魔で描きにくかったっつの! オレはちゃんと、モデルになってもらって全体を描きてーんだよ!」
恥ずかしげもなく言うものだから圧倒される。
「そ、そんなの…」と目をぐるぐると回して言葉を選ぼうとするレンだったが、往生際の悪さに由良は脱力して地面に寝転がり、缶バッジを弄ぶ。
「あ―――。やる気でねーな―――。こんなちっちゃなモン、す―――ぐなくしちまうかもな―――」
(ガキ…。どこがいい大人だ、すべての大人に謝れ!!)
自分より年上の人間のそんな姿は目の毒だ。
(そ…、そもそも、預かってもらうだけなのに割に合わねーだろ!! ………………)
頭をがしがしと掻いたあと、レンはため息をつき、深く息を吸い込んで由良を指さし言い放つ。
「あ゛―――も゛―――!! わかった!! やってやる!! それで由良とまた会えるんなら、すっぽんぽんでもなんでもなってやるよ!!」
ほとんどやけくそだ。
「わー。色気ネェーナァ―――」
由良は「ははっ」と笑い、跳ねるように起き上がって人差し指をレンの顔に向けた。
「言質とったからな?」
「あ…、ああ。二言はないっ」
気を良くした由良は、「楽しみだ」と笑んだ。
レンの鼓動が切なく弾む。
「由良…………」
「ん?」
口から漏れそうになった感情をぐっと堪え、一度目を伏せたレンは、ゆっくりと由良の目を見据えて微笑んだ。
「―――あとでな…」
「…おー、あとで」
由良とレンが互いに背を向けたのはほとんど同時だった。
レンは走り出す。加速する胸騒ぎから逃げるように。
縦横無尽に走り、投げつけられる釘を避けながら銀夜のもとへ向かう。
「なあ、北条レン…」
銀夜の場所は把握できない。
それでもまるで見えているかのように声をかけられた。
「上手に、大事な仲間と「さよなら」できたか?」
銀夜の挑発をレンは鼻で笑う。
「御託はいい。テメーとは早く決着をつけてやる」
*****
フクロウが、湖の中州に茫然と立ち尽くす広瀬の周りを旋回する。
「これで全てが噛み合った。あとは広瀬、おまえが“心臓”を手に入れればいい」
声をかけられても、広瀬は、沸騰しているかのようにゴボゴボと音を立てる水面を見つめたまま、抜け殻のように佇むだけだ。
「心、ここに在らずか。クク、これでは本当にただの器だな」
すべては、勝又の手のひらの上だった。
「勝又は、広瀬から落合恵を引き離すことで心の穴をより深く刻み、“死神の約束”で落合恵を叶太輔の足枷とし、逃げ回らせることによって戦いを長引かせる。そして、この場に最も厄介な瀧沢勇太の能力(ちから)を、落合恵を保護するために使わせることで封じた。華音は他の能力者を湖に導き…、勝又と同じく“心臓”復活の目的を持つ室銀夜は、勝手な行動をとろうとする北条の足止めをし…、麻生は戦いのバランスを取る。そして叶太輔、おそらく、奴が全ての引き鉄をひく。“カケラ”を持たぬ能力者(かれら)に、この強い波動は耐えられまい。溢れ出る闘争心は、もはや抑えきれず、自我を狂わせ、徐々に蝕んでゆく…。……確実な、死への道だ」
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