13:また明日
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夜も更け、レンはひとり、バルコニーにいた。
開け放たれた窓の内側から漏れる部屋の明かりを背に受けながら、欄干に手を添え、夜空を見上げる。
雨上がりで空も晴れ渡り、星がよく見えた。
視線を下げた眼前には漆黒の森が広がっている。
誰かがこちらを見つめているような気味の悪さを感じ、深く息を吐き出した。
「……おい、早く来いよ…」
ふと、視線を部屋の窓に移すと、由良はスケッチブックと鉛筆を手に窓の前に立っていた。
「もうちょい」と言ってスケッチブックに鉛筆を走らせる由良。
「そのままな」
「そのままって…」
レンはどうポーズをとったものかと焦り、結局、欄干によりかかって肩の力を抜いた。
由良はもう少し距離を縮める。
レンはそんな由良の顔を見つめるが、描いていると相手のことがわかる、と言った由良のセリフを思い出し、今の自分の内面を知られるのは困る気がして誤魔化すように目を伏せ、声をかけた。
「……由良、ちょっと前にあたしになにか言いかけてなかったか?」
「んー?」
「その…、兄貴の話してる時…」
「……あー。兄ちゃんのこと、男として好きだったのかって聞こうとしたな」
「……………」
沈黙したレンに、由良は目線を上げてスケッチブックからレンに視線を移す。
レンはぽかんとしていたが、由良と目が合った瞬間、「ぷはっ」と噴き出して笑った。
「ないない! なんだそれ、ドラマかよっ。あはは!」
「そこまで笑うことかよ…」
由良は呆れ気味に口を尖らせるが、
(このタイミングでいい顔したなー)
そう思いながらレンの今の表情をスケッチブックに描き写そうとする。
「兄貴とは本当にそんなんじゃなかったし…。なんだったら、年上のいとことの恋愛を応援してたくらいだ」
「彼女いたのか、兄ちゃん」
「付き合ってたっていうか…。身内はほとんど大反対してたから、なかなか絶妙な関係だったけどな」
「へー。年上ってどれくらい? オレとレンくらい?」
(そういえば、あたしと由良って、そこまで年離れてるわけじゃねーんだよな…)
「……………いや…、え―――と…」
途端にレンは、あまりこれは言わない方がよかったかもしれない、とバツの悪い表情を浮かべた。
「?」
「その…、15歳…差?」
さすがに由良も鉛筆を止める。
「…………いつから付き合い始めたって?」
「兄貴が11歳の時で…」
「いったんやめるか、この話」
「あ! でも! 健全な関係だったみたいだったし。相手の親は医者だし、大事な跡取り娘ってのもあったし」
フォローを入れようとするが、困惑する由良は「いやいやいや」と首を横に振った。
「11ってことは相手26…」
「兄貴の方から熱烈にアタックしてたんだってば! 最初はその人も本気にしてなかっただろうし」
「身内に猛反対されてる時点でどっちも本気だったってことだろ」
「だから兄貴が途中でグレたんだと思う…。父さんは賛成してたから親子関係がこじれることはなかったみたいだけど…」
「おまえんちって意外と複雑だな」
「……なにも言い返せねぇ」
(確かに…、新しい場所も……。あ……)
それは唐突な回顧だった。
『親父、あの人は母さんじゃない。顔も雰囲気も似てるけど、違うんだ。もしあの人が母さんなら、オレ達はあの時……』
『水樹…。それはわかってるんだ…。わかってる…!』
学校から帰宅したレンは、写真が伏せられた小さな仏壇の前で諍いする義父と義兄を目にした。
どちらも、レンには見えないなにかに囚われているように苦しげだった。
『レン…。お父さん…、今、なにしてるのかしらね…。かわいそうな人だから…』
時々、2人きりの時だけ見せる母の顔は、とても切なそうだった。
まるで、新しい日常に対して仮面を被っているかのように。
(母さん…。おとーさんは……)
そこでなにかを思い出しかけた時だ。
「出来た」
由良のその一言に現実に引き戻される。
スケッチブックの最後のページが描けた様子だ。
レンは「見せて」と由良の隣に駆け寄る。
そこには、無邪気に笑うレンの姿が描かれていた。
(……あたし、こんな顔してたのか…)
思わず自身の頬に手を添える。
鏡の前でも笑った表情を作ったことがないレンは、初めて見る誰かの顔のように思えた。
「これでこのスケッチもいっぱいだ」
「あ…」
待って、と言う前に、由良はスケッチブックを上空に放り投げ、シャボン玉であっという間に消し飛ばしてしまう。
レンは散り散りになる紙の一部に手を伸ばし、原形を失ったそれをつかみ取ろうとしたが、もうなにも残っていない。
「……………」
「レン、今日は描きやすかった」
由良は満足そうだ。
それを見たレンは「そっか…」と苦笑する。
由良は「んん…」と腕を伸ばし、バルコニーにあるテーブルに腰かけた。
「これで明日、心置きなく“心臓”回収に行けそうだな」
「……そうだな」
あえて由良に合わせたつもりだが、レンの表情は曇る。
由良は「お?」とその顔を覗き込んだ。
「なんだよ、うれしくねえの?」
レンは目を伏せ、ぽつりぽつりと口にする。
「……だって、回収し終わったら…、みんな…」
「……………」
レンの言いたいことを察し、由良は黙ったまま真上を見上げた。
そこで、レンは意を決した面持ちで「由良」と声をかけて視線を向けさせ、目を合わせる。
「家族はみんな死んだから、家に帰ってもひとりだし…。―――だから、その…、由良…、も、もしおまえがよかったら、うちに…来る?」
挙動が落ち着かず次第に声が小さくなって尋ねるレンに対し、由良の答えは早かった。
「行く」
「!!?」
迷いのない即答に目を見開いて露骨に驚くレン。
「ははっ。なんだよその顔。聞いてきたのそっちなのに、おもしろ」
由良はけらけら笑いながら、「だってここ出たら、オレはどっちにしろ宿無しだし」と続ける。
レン身体が小さく震えた。
高揚する気持ちに顔が熱くなる。
「レンの家って画材ある?」
「使ってない学校用のスケッチブックはあるから、他は由良が揃えて」
「お菓子は?」
「おまえが最初に来た時全部食べたろ」
今後の話に、レンの声がわずかに弾む。
「お邪魔しま~す!」
そこへ突然、後ろから華音が現れた。
「わあ!?」
「華音、タイミング…」
続いて、あとを追ってきたかのように森尾も現れ、「よ、モリヲ」と由良が短く手を上げる。
途中から見ていたな、と呆れてレンはため息をつき、華音はレンの傍に近寄り、目を輝かせながら肘でつついてきた。
「なになに~~? 同棲~~? やるぅ~~」
「華音!」と森尾が茶化す華音を叱る。
「由良だけじゃなくてさ、森尾も華音も、あたしの家に来いよ」
由良と違って今度は緊張せずに言えた。
「「え?」」
森尾と華音はきょとんとした顔をする。
「それぐらいのスペースは十分あるから」とレンは付け加えた。
由良もまさか森尾と華音まで誘うとは思っていなかったのか、目を丸くしていた。
「でも……」
「あたしは、おまえらと一緒にいたいんだよ」
さすがにお邪魔だろう、と遠慮する森尾の言葉を遮り、レンはきっぱりと言った。
レンの表情は真剣だ。
由良、森尾、華音はしばらく沈黙していたが、華音が先に口を開いた。
「……華音、行く!」
そう言って、レンの腕にしがみつく。
続いて森尾も、「……オレも…」と小さな声で言った。
由良は笑いながら「このメンバーがしっくりくるよなぁ」と口にする。
気分を良くしたレンは、テーブルの下に隠していたビニール袋を漁りだした。
「よーし、回収前夜……」
中のものを両手で取り出す。
「花火しよう! 飲みながら!!♪」
レンの左手には花火の入った袋、右手には酒ビンが握られていた。
ビニール袋には、他にもたくさんの酒ビンが入っている。
「そんなの入ってたのか」
目に留めていた由良も中身が気になっていた。
華音は酒ビンを手にして喜んでいる。
酒ビンの中身はワインやビール、チューハイだ。一応ジュースもある。
地下にあったカーヴや、華音とのショッピングの時に購入したものだ。
「待て! レンは未成年…」
真面目な森尾は止めたが、すでに遅く、レン、由良、華音は栓を抜いて飲み始めていた。
「「「細かいこーと気にしなーい♪」」」
「コラ――――ッ!!」
各ひとり、1本を一気飲みするのを見て森尾が怒鳴る。
「レンちゃん、火ちょーだい」
花火の袋を開けた華音が手持ち花火を1本差し出した。
レンは「はいはい、ライターは…っと」と呟きながら、ガサガサとビニール袋を漁る。
「あれ? そもそもライターって買ったっけ?」
一度リビングに戻って探すか、と振り返ると、花火を1本レンに向ける由良がいた。
「ライターはいらねーだろ。おまえがいるし」
「え…。あ、そっか」
察したレンは口角を上げ、人差し指を由良の差し出す花火の先端に近づけてバチッと軽く放電する。
そうしたことで、花火の先端に火が灯り、すぐにシュワシュワと音を立てて青や赤の鮮やかな火花を散らした。
「オレ、花火もキレーだから好き」
由良から花火の火を分けてもらうレンは、「あたしも…」と言いながら、花火を見つめる由良の表情に視線を向けていた。
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