42:幸せ者だな
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雨宮と連絡を取り合うことで、レンは太輔達の現状を知ることができた。
今日も、南の手伝いを終わらせ、院内の公衆電話から雨宮の家の電話に掛けた。
太輔達も最近日本に帰国したらしい。
勇太と奈美も、自分の家に帰り、“アクロの心臓”の動きを待っている状態だ。
手塚家も都内のマンションに戻り、軍の動きを監視している。
軍に目を付けられているだろう太輔は、雨宮の所にいた。実家にいると姉の陽子が危険だからだ。
隠れ蓑に住んでいるのは、太輔と雨宮だけではない。
勝又の元にいたはずの恵と、もうひとり。
「ミタマ…?」
“ええ。2歳って言ってるけど、どう見ても、可愛い小学校低学年くらいの女の子よ”
「ずっと恵と一緒だってことは…、勝又も……」
“勝又のことは未だにわかってないわ。叶君が恵ちゃんと再会した時にはミタマちゃんとふたりきりだったらしいし…”
「……………」
(2歳…。ふざけて言ってるわけじゃなかったら…)
レンが思い出したのは、2年前に室銀夜が言っていた、「あの方」という言葉だ。
(……雨宮の話からして、恵はたぶん勝又に“洗脳”されてる…。今度は、やり方を変えて…)
2年前は、誰が見ても恵を監禁している状態だった。
初対面で怯えていた恵の様子を思い出す。
意思があるからこそ、広瀬を拒絶し、家に帰りたいと願えたのだ。
拒絶されるたびに壊れていく広瀬。
勝又がその気になれば、恵を操作して広瀬の言いなりにさせることもできたはずだ。
偽りでも、恵との関係が留まっていれば広瀬が壊れることはなかった。
ふと、レンは初めて由良のアトリエを訪れた時のことを思い出した。森尾と一緒にデッサンを見つけ、顔のない広瀬の絵に戸惑った時、由良はこう言った。
『広瀬か? あいつは描きにくい! あいつには、なにもない。なにを考えてるのか、なにがしたいのか、さっぱりわからん!』
『落合恵(姫サマ)が逃げた夜から、あいついっそう酷くなってんぞ。勝又は広瀬になにかやらせる気のようだな』
今思えばそれが狙いだったのだろう。
広瀬を“アクロの心臓”を受け入れる器にするために、勝又はわざと恵を完全に洗脳しなかった。
(あのジジイ…! どこまで…)
沸々と腹の底から怒りが沸き上がり、ギリ…、と奥歯が鳴る。
“レンちゃん?”
反応がないレンに対し、雨宮は心配そうに声をかけた。
はっとしたレンは一度咳払いする。
「……ああ、引き続き、こっちもなにかわかったら連絡する…。例のサ・イ・ト、もチェックさせてもらうからな。さてさて今度の北条様は一体どんな姿になってらっしゃるのか…」
皮肉を込めて低い声で強調したように言うと、雨宮がギクリとするのが電話越しから伝わった。
「なー、雨宮…。なあなあにしてるけど、そろそろあたしのアイコラ問題について詳しく話し合わねえと…」
“あ、あ―――。よく聞こえない―――。ここ電波悪くって。またね、レンちゃん! なにかわかったらそっちのパソコンにメールで送るから!”
「おいコラ!」
向こうから切られてしまう。
舌打ちしたレンは雑に受話器を戻した。
「マジで訴訟起こしてやろうか…」
怒気を込めて呟きながら、院長室に戻ろうと廊下を渡る。
待合室を通りかかった時だ。
パジャマを着た小さな男の子が「ほんとだも―――ん」と泣いている。傍には片膝をついて頭を撫でて宥めようとする、困惑した表情の柑二がいた。
「どうしたの…?」
声をかけると、柑二は「ああ、レンちゃん…」と顔を上げる。
「昨日の夜、2階の窓からお外見たら、死神がいた…! ぼく、もうすぐ死ぬんだぁ~~」
「りっくんは明日ちゃんと退院できるから死なないよ。あとキミ、死ぬ病気にもかかってないからね」
はらりと柑二の髪の毛が抜けた。
「なんで死神って思ったの?」
しゃがんで目線を合わせて尋ねるレン。
「全身まっくろな服着てたし…、カマを引きずる音立ててた…」
「う―――ん。サウンド付きときたか…」
大鎌を引きずる、全身真っ黒な不気味な死神の姿を思い浮かべる。
自然とその顔がドクロを想像してしまう。
柑二は、やれやれ、と笑っていた。
「また噂が立ってしまうね…」
「また?」
「この病院の裏に、姉さんが働いてた医院があるでしょ? 廃墟になってるとこ…。けっこう前にもそういう噂があってね。死神がうろついてるって…。その時も患者さんが怖がっちゃって…」
「廃墟があると、怖い話好きな奴がそういう噂流すよな…」
そもそも病院自体、ホラーな話は付きものだ。
さらにそこへ、夜になると一層不気味さを増す裏手にある廃墟はまさに打ってつけだろう。
柑二は「ほら、もうすぐお母さんが来るよ」と子どもに声をかけて抱き上げ、レンに会釈して病室へと足を向けるのだった。
その背中を見送りながら、レンは「死神ね…」と懐かしそうに呟く。
(確かに昔あったな…、そんな噂…)
院長室に戻ると、いつの間に来たのか、由良がソファーでくつろぎながら小分けのパウンドケーキを食べていた。横になって脚を伸ばしている。
南は資料棚からファイルを取り出すところだった。
「…由良、いつ来たの?」とレン。
「ちょうどこの部屋の窓から姿が見えたから捕獲したところよ」と南。
「足めっちゃ拭かれた」と由良。
伸ばした右足を見せつける。裸足なのにぴかぴかだ。足指の爪の手入れまでされていた。
すっかり犬か猫扱いである。
「お菓子までもらって贅沢者め…」
「どうせ掃除するし、そこのソファーで食べるならいいって言ってあるわ」
「せめてお行儀よく食べろよ」
由良の隣に座り、自分の家にいる時には普段言わない注意までする。
由良は「このケーキ美味ぇ」と言って半身を起こし、「レンも食べてみ」と半分の食べかけをレンの口に入れた。
「おまえ食べかけ……あ、おいし」
患者の家族から貰った品物らしい。
高級菓子なのだろう、レンの表情が綻ぶ。
「美味しそうに食べてるわね…。賞味期限も近かったから助かるわ。この年になると、甘い物が立て続けに食べれなくて…。ドーナツも1個が限界……」
外見のせいで、年齢のことを言われても違和感があるだけだ。
「あと由良君見てると、昔飼ってた、ハムスターやウサギを思い出すの…。庇護欲を掻き立てられるこのカンジ…。……クッキーもあるけど食べる?」
デスクの引き出しからクッキー缶を取り出す南。
由良は「食べる―――♪」と右腕だけでバンザイした。
「南さん、うちのでっかい小動物に餌付けしないでもらえますかねぇ!」
「おまえも遠慮しろ」と由良の首根っこを左手でつかむレン。
そんな騒々しい院長室の窓の近くを、三毛猫と黒猫が並んで通りかかった。
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