41:好きなのか?
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『イチャイチャしてないで自分の家に帰りなさい』と鍵を持たされ、1階の院長室から追い出された、レンと由良。
レンはマネキンの右腕を付けることを忘れない。
内線で呼び出された副院長がわざわざ出入口まで案内してくれた。
由良は『病院内では絶対履いて』と渡された黒のクロックスを履き、だるそうに猫背で歩いている。
「歩きづれぇ…。ツナギじゃないのも落ち着かねえし…」
「服の方は今だけだから我慢しろよ。足汚したら、またお風呂で全力洗浄されるぞ」
それだけは嫌だ、と由良はわずかに震える。少しトラウマになったようだ。
「まだレンの方が優しく洗ってくれるのに…」
「くっつくなくっつくな」
泣きまねをしながら肩を寄せる由良に、レンは左手でその顔をつかんで引きはがす。
不意に、「ははは」と前の方から笑い声が聞こえた。
そちらを見たレンは懐かしそうに「ああ」と声を漏らし、表情を緩める。
近づいてきたのは、白衣を身に纏い、白のフレームの眼鏡をかけた、額の広い三十代前半の男性だ。レンズの向こうに見える目は、線のように細い。
「ああ、笑ってごめん…。さっきも姉さんに拉致られたところを見かけたけど、だいぶ雰囲気が変わったね、レンちゃん。また姉さんに洗われた?」
「まあ…。騒がしくてすみませんね、柑二(かんじ)さん」
「…こっちも知り合い?」と指さす由良に、レンは「指さすな」と窘めた。
「南さんの弟さんだよ。ここの副院長」
「…………兄ちゃんじゃなく、てぶ」
姉弟のはずなのに見た目の年齢の差が著しく、口にしようとしたところでレンの左手に塞がれた。
「よく言われるよ。姉の方が…ほら、見た目が若すぎるから…。元気ハツラツだし」
「はは…」と笑う柑二。その際、はらり、と髪の毛が数本抜け落ちた。
疲れた表情をしていると、実年齢より20は老けて見える。
「髪の毛を巻き散らすなぁっ」としごく南の姿が、レンと由良の頭に容易に浮かんだ。
(苦労人っぽいな…)
察する由良。
病院の出入口まで送ってくれたところで、レンは礼を言った。
柑二は少し間を置いて額を掻き、言うべきか迷う仕草をしてから口にする。
「水樹君が亡くなった時も、こっちで葬儀を行ったんだけどね。自殺ウイルスのことで病院もバタバタしてたし、喪に服している暇もなかったんだ。落ち着いてからはしばらく抜け殻みたいになってたし、レンちゃんが生きてることがわかってやっと普段通りになったんだよ…」
別れ際、柑二は「寂しがってたから、また顔出してあげてよ。姉さんにとってもキミは大事な妹なんだから」と言って手を振り、院内へと戻った。
レンはしばらく呆然とその背中を見送り、由良に「行こ」と声をかけて歩き出す。
空は陽が傾いていた。
(せめて、書置きくらい残していくべきだったか…)
レンは自身が持つ死生観のこともあり、葬式に対して重要性を感じたことはない。両親の葬式も、水樹の葬式も、喪主で立つどころか葬列もせず、ほとんど親戚に任せてしまった。
強く責められることはなかったが、どれだけ周りに迷惑をかけたことだろう、と表情が沈む。
「ヤンキー娘がそんな顔してんじゃねーよ。盗んだバイクで家出したっていいだろ」
「兄貴のだけど盗んでないし! 15じゃなくて18だったし」
やめろその言い方、と軽く由良の脇を軽く小突いた。
「お。レン、ここなに?」
立ち止まった由良が見たのは、フェンス越しに見えた、古い建物だった。
場所は南野病院の裏手にあり、今、由良達から見れば、南野病院の正面が左を向いているのに対し、その隣の古い建物の正面はこちらを向いている。
歩道と敷地の間は“立入禁止”のロープがかけられ、数メートルほど生い茂った雑草の先にある建物のガラス扉も、内側から木製の板で遮られていた。
レンは「ああ…」と思い出す。
「南さんが20代の時に勤めてた診療所。産婦人科だったって。今はもう…見ての通り」
南野病院が改築したタイミングでそちらに移ったそうだ。
「けっこう古いし、取り壊されてるかと思ってたのに、まだ在ったんだな…」
レンが初めて南と会った時にはすでに廃墟になったあとだ。それでも何度かこの建物の前を通過している。一度入ろうとして水樹や南に怒られたこともあった。
懐かしむように見上げるレンの足下に、「ニャー」と黒猫が寄ってきた。
由良が先ほど出会った三毛猫とは違い、警戒心もなく「ニャー」と甘えた声を出しながらレンにすり寄ってくる。
レンは「なんも持ってないぞー」と言いながら黒猫の頭や背中を撫でた。
こちらをきょとんと見上げる丸い瞳が由良みたいで、レンは、似てる、と小さく笑う。
それを隣に立ってじっと見下ろす由良。レンの髪留めがキラキラと夕陽の光で反射していた。
「……………」
黒猫を撫で続けていたレンだったが、その視線に耐え切れず、やがて、頬を紅潮させながら由良を見上げる。
「……あのさ…、見すぎ……」
「見納めかもしれねーからな」
ニヤニヤと笑う由良。レンが恥ずかしがってもお構いなしだ。
「ミモザの花柄も映えてていいと思うぞ」
「あ、これ、ミモザか…」
「本当は春の花だけどな」
「そういえば南さんが春用って言ってた。黄色でかわいい花柄だから、借りるのが申し訳なかったけど…」
「黄色が好きなのか?」
「…………うん」
何気ないその質問に、じっと由良の瞳を見つめてから、レンは頷いた。
「ニャア」と別の猫の声がしてそちらに視線を移すと、旧診療所のドアの前で、少し目つきの悪い三毛猫がこちらを睨むように見据えている。近付いてこようとはしない。
呼ばれた黒猫は、そちらへ足を向け、ゴロゴロと喉を鳴らしながら三毛猫にすり寄り、しつこい、と叱られるように軽く猫パンチされるのだった。
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