41:好きなのか?
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由良は住宅の屋根から屋根へ飛び移り、レンの“仲間”の反応を追っていた。
レンが乗せられたタクシーと進行方向が同じの宅配便トラックを見つけ、コンテナの上に飛び乗って胡坐をかき、一息つく。
(どこまで行くつもりだ?高速に乗る可能性だってあるよな…)
このままタクシーに追いついてレンを取り返しても良かったが、相手の行く先が気になっていた。今のところ、幹線道路のような目立った道に出たわけではない。
そろそろ2駅分移動したところだ。
あまり離れすぎると反応が途切れて行方がわからなくなってしまう。
しかめっ面でぼりぼりと頭を掻いた時だった。
「! ヤベッ、通り過ぎた…!」
レンの反応が急に離れてしまう。
由良はすぐにコンテナから飛び降り、地面に着地する。
周囲を見回すと、ちょうどレンを乗せたタクシーとすれ違った。中からはレンの反応は感じない。
反応を辿って行くと、到着した先にあったのは、3階建の大きな病院だった。
(病院…)
表門から入り、駐車場を通過して真っ白な建物を見上げる。
壁面看板には“南野病院”と書かれていた。
見たところ、漂う清潔感から、ここ最近建てられたものだとわかる。
(人間相手だし、堂々と正面から行ってもいいが…)
受付にレンの居場所を聞いたところで、部外者に対して教えるわけがない。
出入口を行き来する患者や看護師が、こちらをじろじろと訝しんでいる。
「やっぱり目立つよな…」
今更気にすることではないし、警備員が来たところで能力を使ってやろうかと考えるが、レンの言葉が脳裏をよぎった。
『殺すなよ』
連れ去った相手がレンの関係者だということを考慮すると、下手なことはできない。
(……後ろから回り込んでみるか)
少し考えてから病院の裏手に回ってみた。
(なんだあれ…?)
病院の後ろには、フェンスに隔たれ、2階建て三角屋根の古い緑色の建物があった。
壁のほとんどは蔦に浸食され、建物の周囲は伸びた雑草に覆われている。
屋根と外壁もところどころ崩れていた。
「ニャア」
足下から聞こえた鳴き声に視線を落とすと、少し目付きの悪い三毛猫が由良を見上げていた。
近くのフェンスには猫一匹が通れるくらいの穴がある。そこから通ってきたのだろう。
警戒しているのか、三毛猫はそれ以上由良に近付かず、フェンスの穴を通って古い建物側へ行ってしまう。
「!」
その時、由良は“仲間”の反応がわずかに移動していることに気付いた。
さほど離れていない。
(もしかして1階にいるのか?)
建物の壁に沿うように移動する。
ひとつひとつ、中の人間に気付かれないように窓を確認した。
診察室のほとんどがカーテンで閉め切られていたが、たまたま覗いた窓にはカーテンが開けられ、部屋の隅にシーツに包まったレンを見つける。どんな目に遭わされたのか、シーツから顔だけ出たその表情は沈んでいた。
窓をコツコツと叩いてこちらに気付かせる。
「レン」
「!」
レンがこちらに気付いた。
それから慌てたように首を横に振って「来るな」と表現している。
由良がシャボン玉を浮かばせたことで、窓を破壊しようとしていると察したレンは、仕方なく立ち上がって窓際まで近づいて鍵を開け、由良は窓を開けて遠慮なく土足で中へと侵入した。
窓を背にするように革張りの椅子と、新型のパソコンと電話の子機、簡素な鉛筆立て、きっちりとファイルが整頓されたひとり用デスクあり、部屋の中央にはローテーブルを挟んで同じく革張りのロングソファーが2つ、ローテーブルにはマグカップに入ったホットココアが置かれてある。
壁際には、ステンレス製スライドドア式の大きな書類棚があった。
部屋のドアは2つ。廊下へ続くドアと、隣の部屋へ続くドアがある。
「バカ! 来んなっつっただろ!」
「わざわざ追っかけて助けに来てやったんだろーが」
「由良の場合、半分以上が好奇心だろが!」
図星を突かれ、由良は素直に「まあそれはそれで」と舌を出した。
「おまえはそういう奴だよ!」とレンの額にくっきりと青筋が浮かぶ。
怒鳴られる前に、由良は「まずは説明しろよ」と求めた。
「おまえをいきなり拉致ったの、知り合いか?」
「そーだよ! 会わせたくなかったのに…!」
そこで、マンションに向かう前の、微妙な反応したレンのことを思い出す。
アテがあるような素振りだったが、余程由良に会わせたくないのか、適当にあしらわれてしまったのだった。
「それに、なんでおまえまたイモムシの状態になって…」
近付こうとする由良に、顔を強張らせたレンは、被ったシーツを片手でぎゅっと握りしめ、部屋の隅へと走って座り込む。
シーツの中を見せたくない状態なのだろう。
由良は怪訝そうに目を細めたが、鼻をすんと鳴らして気付いた。
「………レン、風呂入った?」
「!」
距離を置いてもレンからフローラルな良い匂いがする。
言い当てられ、不意にレンの顔が赤くなった。
「ちょっと待て、おまえ今真っ裸(まっぱ)じゃ……」
由良が手を伸ばして言いかけた時だ。
「どちらさま?」
「!」
後ろから声が聞こえて振り返る。
隣の部屋へ続くドアから、ぎょっとするほどの美女が出てきた。
整った顔立ちに赤い眼鏡をかけ、服装は赤のブラウス、黒のタイトスカート、その上に白衣を身に纏っていた。足下はスニーカーから黒のパンプスに履き替えてある。
ボディラインを見て、由良は目の前の女性がレンを連れ去った人物だと理解した。
レンは左手を伸ばして由良のズボンの裾をつかむ。
「み、南さん、こいつが…、その…、さっき話してた…あたしの…連れ……」
たどたどしい話し方のレンを肩越しに見下ろす由良。
「…ミナミ?」
「この病院の院長、南野(みなみの)です。レンちゃんからは“南”と呼んでもらってるの。あなたもそう呼んでくれるかしら」
腕組みして、ふ、と微笑む南。
「院長……」
どこかで聞いたことがある。
由良はしゃがんでレンに小声で話しかけた。
「……もしかして2年前に花火の時に話してた…」
「……兄貴のいとこで、兄貴の彼女」
「15歳差のか!?」
驚愕して振り返る。どう見ても20代後半に見えるほど若々しく、肌ツヤも良い。胸と尻のラインも美しくキープされていた。
「どこ見てんだコラ」
「いでで」
由良の視線を察したレンは、後ろから由良の耳をつかんで引っ張る。
南は由良に近付いて見下ろし、「ふぅん…」と鼻を鳴らしながらじろじろと頭のてっぺんから足先まで観察した。
遠慮のない距離の詰め方に由良は思わず身を反らす。
南は、すん、と鼻を鳴らし、白衣のポケットからゴム手袋を取り出して自身の両手にはめ始めた。
その動作にレンはぎくりとする。
「レンちゃん、この方お名前は?」
「由良…タクミ…さんです」
いきなり耳馴染みのないレンの「さん」付けにびびる由良。
レンはそれどころではなくわずかに震えていた。
「そう…。由良君、何日お風呂に入ってないのかしら?」
南の眼鏡の向こうの眼光がギラリと光り、由良はレンの後ろに回り込もうとしたが、素早く伸びた南の右手が由良の胸倉をつかんだ。
「!?」
抵抗する間もなく、華奢な女性とは思えない力で隣の部屋のドアの前まで引きずられ、そこへ放り込まれた。
「由良―――!」
レンの止めようとした手は虚しく宙を掻く。
隣のドアには脱衣所と浴室があった。
これから何をされるか読めた由良は逃げようとしたが、南からすれば診察台に寝転がされた患者同然だ。鎮静剤や拘束具の必要もない。
「やめろ―――!! チカ―――ン!!」
あっという間にツナギを脱がされ、浴室へポイと投げ込まれると、熱いシャワーをかけられ、そのあと石鹸やボディブラシで力強く体を洗われ始める。
「熱っ!! 痛ててててて!!」
身体が削られる痛みに叫びながら、デスクや書類棚の整頓具合を思い出し、病院が清潔すぎる理由がわかった。南が並以上の潔癖だからだ。
頭をガシガシとシャンプーで力強く洗われ、顔をしかめる。
目の前の鏡には、泡まみれになった自身の姿が映った。
「なによこの髪! 縺れまくってるじゃない! もう手遅れ?」
「痛てえっつーの!!」
浴室に由良の声が反響して外まで響く。
部屋の隅からソファーに移動して腰掛けるレンは、少し冷めたココアに手を伸ばしてちょっとずつ飲み始めた。未だに身を包むシーツを取る気にはなれない。
『お風呂は銭湯に行ってたって? なに考えてるの! あんな他人の垢の集まりみたいなところに行くなんて!!』※個人の偏見です。
(相変わらずの潔癖…)
発狂寸前の姿を思い出し、苦笑いを浮かべる。
(いい人なんだけどね…)
汚れた姿で目の前に現れようものなら、家の浴室に放り込まれ、昔は水樹と共に洗われたものだ。
今回は家の浴室にある石鹸類が不足したため、急遽こちらに連れて来られたのだった。ほとんど衝動的だ。部屋のドアの前にいた由良にも気付いてなかっただろう。
思い出に浸っていると、隣の部屋のドアが開かれた。
南は、パチン、とゴム手袋を鳴らす。
「成功よ」
「手術(オペ)が?」
白衣を着ているだけに雰囲気がある。
「由良は? 洗いすぎて消えてない?」
「子どもの時に見てた、バイキンのキャラクターみたいに」と不安になるレンに、南は「悪役だけど、あなたあのキャラクター大好きだったわね」と思い出し笑いをした。
「こっちが用意した服に着替え中」
「いつの間に…」
なぜか、南の右手には洗面器があった。
それを持ったままレンの隣に腰掛ける。
レンは「なんで洗面器…?」と不思議に思いながら、マグカップのココアを飲んだ。
そこでふと、南はレンの耳元に色気を込めて囁く。
「彼、けっこう大きいわね。入るの?」
「ぶふッ!!」
ココアを噴き出すレン。それを床に零さないよう洗面器で受け止める南。
「や―――ね。渡した服のサイズの話よぅ」
「いやぜってーわざとじゃん!! ゲホゲホッ、洗面器まで用意してさぁ!!」
噎せながら怒鳴るレン。
(潔癖なのにジョークが下品!!)
ケラケラと笑う南に翻弄されながら、渡されたポケットティッシュでココアで汚れた口周りを拭いた。
「2年も家出した娘(こ)が、男連れで帰って来るなんて…」
「それは…心配させてごめん…」
「本当に、無事で良かった…。叔父さん達に続いて水樹…そしてあなたまで失ったら……」
「……………」
水樹の死に際を思い出し、ズキッ、と不意に胸を痛めるレン。
自分以上に傷ついているのは南のはずなのに、と言いたかったが、声に出せなかった。
(もし、あたしがあの時出かけなかったら…)
時折そう思うことがある。その度に罪悪感が背中に圧し掛かってくるのだ。
能力者になることも、水樹が死ぬこともなかった。しかし、由良と出会うこともなかっただろう。
「……半年くらい前に、あなたの同級生が来て、生きてるって知らされたから安心したけどね」
「…同級生?」
「西園君。覚えてない?」
「あー……」
1年と少し前に、通学していた高校の前で再会した同級生を思い出す。
不良の恰好から七三分けのスーツ姿になっていたのは当時衝撃を受けた。
「奥さんの付き添いで来てたところ、待合室で見かけて話しかけたらそんな話になって…」
「……え!? あいつ結婚してたのか!?」
「今年、籍を入れたそうよ。奥さんはおめでたでここの産婦人科に通院中」
「しかもパパになろうとしてる!!」
おめでたいニュースと同時に重ねて驚かされる。
人間、改めれば変わるものだ。幸せそうに奥さんと生まれてくるだろう子どもにデレデレしている西園の姿が思い浮かんだ。
南の手が、優しくレンの左肩に触れる。
「西園君、心配してたわよ。レンちゃんが必死に誰か…大切な物を探してるって言ってた…。それってもしかして、由良君?」
レンはわずかに頷いた。
「右手も失(な)くしちゃってるのは?」
「…………右手は…、あいつに生きてほしくて……」
言葉を切る。どう説明したものか。
右手を由良に差し出したとは言いづらい。
南はしばらく言葉を待っていたが、やがて「そう…」と何かを察したように頷き、薄く笑った。
「それくらい大事な人ってことね、由良君は…」
「…うん。あいつのおかげであたしは……」
由良がいるだろうドアを見つめた時だ。
不意にドアが開かれ、由良が出てきた。
「なあ、もう少し着やすい服ねーの?」
レンの心臓が、ドッ、と大きく跳ねる。
ジーンズのズボンに、途中でボタンを留めるのを諦めたのだろう、中途半端に開襟された白のカッターシャツを着た由良がそこにいた。タオルで拭かれたものの髪はまだ少し濡れている。そのせいか、妙に色気が漂っていた。
早鐘を打つ鼓動とは裏腹に、レンの体は石の如くフリーズする。
「着てた服はこちらでしっかりと洗うからね」
南は「貸してあげるから、そのままでいなさい」とぴしゃりと言った。
「レンー、ボタンかけ間違えたっぽいから留めてくれる?」
「ちょちょちょ、待って待って待って!」
近付いてくる由良に手を振って制そうとするレン。
見慣れない恰好の由良に、視覚情報に対して脳処理が追い付いていなかった。真っ赤な顔からは煙が上がっている。
「つーか、おまえいつまでそのカッコ…」と未だにイモムシ状態のレンを見据える由良。
「由良君、まだ髪濡れてるじゃない。ドライヤーで乾かしてあげるからこっちにおいで」とドライヤーと乾いたタオルを持ってくる南。
「それはあたしがやる!」と勢いよくソファーから腰を上げるレン。その拍子に、身に纏っていたシーツが下に落ちた。
由良は目を丸くする。初めて、サナギがチョウへと羽化する瞬間を目撃したようだった。
レンは、長袖のフレアワンピースを着ていた。白の生地には散りばめられるように黄色の花の刺繍がある。レンの右の横髪はストーンの付いたゴールドのヘアピンで留められていた。
「あ」とレンも硬直する。
「隠すことないじゃない。あたしが20代の頃のおさがりだけど、似合ってるわよ」
南は褒めてくれるが、レンはそれどころではなかった。
一気に羞恥心に襲われ、再び全身を隠すためにシーツを拾おうとしたが、由良はシーツの端を素早く踏んで阻止する。
「やだやだ見んな―――!!」
「なんでだよ見せろよ!!」
シーツを引っ張り合いながら攻防を繰り広げるレンと由良。
南は必死なレンの顔を眺めながら、数年前までのレンの顔を思い出した。
『オレの妹だ』と水樹に紹介されて初めて会った時から、どこか危うい少女ではあった。気丈に振舞うのも裏返しに見え、家族の顔色をいつも窺っているように見えた。
水樹もそれを気にしていたが、もう自分ではどうしようもないと内心で諦めている様子だった。
南のことは嫌われているわけではなかったが、時折、レンは、南と水樹の様子を冷めた目で見ることがあったのだ。年頃の少女が、愛情というものを理解できない、そんな空っぽの視線。
幼い頃から、両親の歪んだ愛を見てしまったこともあるからだろう。
今のレンがころころと見せているのは、南からすれば今まで見たことがない、生き生きとした表情ばかりだ。
聞きたいことは山ほどあったが、レンを変えたのは由良だと確信する。
(水樹…、やっと、あの子にも…)
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