28:殺さなくてよかった
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稽古を終え、奈美の家の風呂を借りて入浴を終えたレンは、バスタオルで髪を拭きながら、自身が借りた部屋へと向かう。
渡り廊下を歩いていると、ちょうど、通り過ぎようとした部屋から出てきた、寝間着姿の奈美と出くわした。
「北条…」
「お風呂…気持ち良かった。いい汗もかいたし…」
「そう…。よかった」
後ろ手に障子が閉じられる前に、レンは、その部屋にある男の子の写真が飾られた仏壇を見てしまう。
「……奈美、ちょっと話せる?」
「おやすみ」と言われる前に、すぐ傍の縁側を指さして誘った。
*****
静かな夜だ。
毛先が揺れるほどの風が吹き、庭からは小さな虫の声と、鹿威しの音が聞こえる。
肩を並べて縁側に腰掛けるレンと奈美。
最初にレンは奈美に頭を下げた。
「一宿一飯ももちろんだけど、奈美には感謝することが多すぎて…。あたしが“心臓”を狙って暴走した時は止めてくれたし、嫌な顔せずに稽古もつけてくれて…。本当にありがとう…」
「そんな…」
改めて感謝され、わずかに照れる奈美は首を横に振る。
「北条…、聞いてもいいか? どうして…盛岡に…」
「……そういえば、言ってなかったな。“心臓”を取りに行く前に、仲間の行方を捜してたんだ。ここを拠点にしてたこともあったし」
「仲間…」
「察しはついてるだろうけど、勝又と組んでた時の仲間だよ」
奈美の脳裏に、華音の死に様が蘇った。
死の間際に現れ、華音を抱きしめたのはレンの姿だ。華音が弾けた時、悲痛な叫びを上げた光景は目に焼き付いていた。
「前の仲間は“心臓”に呑まれて死んだけど…、ひとり…生き残ってるかもしれない奴がいる…。そいつを探し出したい」
「勝又は…」
「あいつは…―――見つけたら、確実に殺す」
憎しみを孕んだ瞳に、奈美はかつての自分を重ねた。
「こっちに来る前に屋敷についたあと、勝又の新しい仲間と戦闘になって……―――」
レンはこちらを訪れる前に起きた出来事を奈美に話す。
「せっかく傷も治ったところなのに、散々だったんだな…」
「そーだよ。その傷も治してくれたけど、思い出すだけでもトラウマ…」
ぶるりと震えるレンに対し、同情の目を向ける奈美。
「勝又も…、まだ動いているのか…」
目を伏せて呟く奈美に、意を決してレンは奈美に尋ねた。
「華音に恨みがあったんだろ」
「!」
「あいつ…、おまえになにしたんだ?」
今の今まで、踏み込めなかった話題だった。
少しの沈黙のあと、奈美は小さく答える。
「……私の弟を……殺した」
「……………そうか……」
予想はしていた。動揺もしていない。
聞かされたところで、華音に対して、許せない、最低だ、すまない、といった負の感情は湧かなかった。
恨まれるには十分な動機だということに、ただただ納得するだけだ。
由良、森尾、華音…。とりたてて殺してきた人間について自慢げに話すこともなかったから、自分があずかり知らないだけで、たくさんの人間を殺してきたのだろう。その分、恨みも買っていたはずだ。
どこかでわかっていながら、レンはずっと一緒にいたのだ。
そして、華音の代わりにレンが謝るのは筋違いな気もした。
「……あの女とは一緒だったんだろう?」
「ああ、一緒だった。……他人から見たら性格は悪かったかもしれないけど、音楽の趣味も合って、一緒にごはん食べたり、ドライブしたり、買い物も行ったり、こっちは嫌がってんのにメイクもされたり、酒飲みながら花火もしたし…、好きな奴の話とか……」
「……………」
過去を見てしまったせいもあり、聞けば聞くほど、かつての仇敵は、人間らしさがあった。
奈美から見た華音と、レンから見た華音では、印象がまったく違う。
「奈美…、おまえにとっては許せない人間だろうが…、あたしにとって華音は友達だよ。―――本当に…おまえが華音を殺さなくてよかった」
黒い瞳と、含まれる言葉の意味に、奈美は寒気を覚える。
もし、奈美の手で自ら華音を殺していたら、どんな理由があってもレンは奈美を許さないだろう。
どろついた殺意を向けられていたに違いない、そう思わせる瞳だ。
「……友達が…人殺しでも…?」
「あたしも殺してる」
「!」
さらりと言ってのけるレンに奈美は目を見開く。
自慢しているふうでもなく、だからといって後悔しているふうでもない。
レンは自身の両手を見つめ、当時の生々しい感触を思い出していた。
「確実に自分の手で殺したのはひとり…。あたしの兄貴を殺した奴の仲間だ。あとは…敵も、家族も、仲間も、見殺しばかり…。兄貴の仇をみすみす横取りされちまうし…。今度はそうはさせねえよ…」
「……………」
真っすぐな瞳には、この先もあとには退かない、という強い意志を感じる。
(私もひとり…殺してる…。……私は……)
太輔も知らない事実だ。奈美は口にすることを躊躇った。
できることなら、どんな人間であれもうこれ以上誰も殺したくはないのだ。
陰る奈美の表情を見たレンは、同じ質問は投げず、ふと思ったことを口にする。
「そういや、華音を追ってる時に邪魔した奴いなかった?」
「え?」
「ツナギ着た、裸足の男」
「……あ、ああ」
特徴だけですぐに思い出すことができた。
頷く奈美に対し、ほんの少し、レンの表情が緩む。
「やっぱり奈美のこと言ってたのか、あいつ」
由良と分かれる間際、名前は出さなかったが華音を追っている女と戦ったようなことを言っていたのを思い出したのだ。
「強かった?」
「……まあ…そうだな…。……私の攻撃が全然当たらなくて…」
当時の戦闘を思い出しながら奈美がぽつぽつと言うと、レンがわずかにニヤついていることに気付く。頬も紅潮していた。
もっと聞きたそうだ。
「そうなんだよー。あいつ能力(ちから)も広範囲で十分強いくせにズルいよなー」
(…ん?)
ほとんど初めて見る、レンの表情にさすがに違和感を覚える奈美。
まるで遠回しに自慢されているようだ。
(……北条が探してる人って……)
勘ぐろうとしたところで、レンは「それでその…」と奈美の顔を窺いながら言葉を続ける。
「ケガさせられなかった?」
「いや…、直接当ててくることはなかったが…、シャボン玉であっという間に囲まれてしまって…、こちらが動けないのをいいことにジロジロニヤニヤと…」
パァンッ
「!?」
突然、青白く光り、レンのすぐ傍にあった縁側の柱が焦げた。レンの身体から漏れた電流が原因だ。
先程の表情から一変し、顔を引きつらせている。
「ふぅ―――ん? ナニされたか言ってみな? 怒らねえから」
「な、なにもされてないっ!」
「返答次第であのセクハラブッコロス!」と唸り、滲み出る殺意にたじたじになる奈美。
今にもこちらにつかみかかってきそうだ。ピリピリと奈美の肌が微弱な電気を感じている。
「触られたのか!?」
「さ!? 触られてない!!」
話が変な方向に向けられてしまった。
「なになに、なんのハナシ?」
そこへたまたま通りかかった太輔が声をかける。
「触られた?」と会話の内容が気になってひょっこり出てきてしまった。
「なんでもないから!」と奈美。
「ちょっと今大事な話してるから!」とレン。
「お、おお…?」
(な…、仲良くなったんかな…?)
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