27:忘れられてもいい
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(誰だ…?)
褐色肌の女は、二十代後半のアメリカ人だ。
頭には黒のヘッドスカーフを髪、耳、首を隠すように巻き、薄紫のワンピースを着ている。
「くっ…」
相手の出方がわからず、警戒して女を見据えながら能力を発動しようとした時、右腕に痛みが走った。
「ああっ、動いたらあかんて!」
「!」
女は慌てた様子でレンに駆け寄り、膝をついて傷の具合を見る。
「あーあ、こんなにケガしてもーて…」
レンは訝しむ目で女の顔を窺った。
(外国人…。でも、日本語だ…。しかも関西弁…)
「おまえ…、敵じゃないのか?」
「ウチは、アンジェラ・イーストウッド。よろしゅう、北条レンちゃん」
「!」
女―――アンジェラが敵意のない笑みを向ける。
名前をフルネームで知られていることにレンは戸惑った。警戒するべきなのだが、威嚇する前に自然な流れで接近されてしまう。
「なんであたしの名前……」
「なんでって、ずっと尾けとったもん!♪」
「あんた、頭大丈夫?」
明るい表情で言ったアンジェラに茫然とするレン。
アンジェラは神妙な面持ちに切り替え、レンの右腕に触れた。
「右前腕の骨も折れとるし、能力(ちから)の紹介がてら、ちょちょいと治したるわ。ようこんなんで泣きもせずに平気そうな顔しとったなぁ~」
「…治す?」
感心した様子のアンジェラにレンが片眉を吊り上げた時、アンジェラはレンの折れた前腕に手をかざす。
アンジェラの瞳が能力者の独特な眼光を放つと、天使の輪の形をしたゴールドカラーのリングが出現し、レンの右前腕の傍で優しい光を帯びながらくるくると回転した。
その直後だ。尋常ではないほどの激痛が、レンの右腕を襲った。
「っっ!? い゙だだだだだだだだぁ―――っっ!!?」
真っ赤な焼き小手を当てられ、血肉と骨をじっくりと焼かれているようだ。
バキバキ、メリメリ、ミチミチ。骨がさらに細かく砕ける音と、筋肉が引き裂かれる音まで聞こえる。
このまま腕を捩じ切られそうな痛みに、レンは悲鳴を上げながらアンジェラの手を振り払おうとしたが、がっちりとつかまれているため逃げられない。能力を抑えつけられるかのように漏電もできなかった。
「悪いけど、ウチの治療なぁ、痛み伴うねん」
あっさりと言うアンジェラは、恐ろしいほど落ち着いている。
「これも、自分の身体を大事にせんかった、カミサマからの罰や」
時間は10分も経っていない。
「はい終了♪」
「……………」
激痛と叫び疲れたあまり、ぐったりと倒れるレン。なんとか意識はつかんでいた。
アンジェラは微笑み、自身の膝にレンの頭をのせる。
「大の大人でも泣き叫んで気絶するくらいやのに、泣かんかったのはエラいで~」
レンには、ぽんぽん、と優しく頭を撫でる手を振り払う気力もなかった。
注射を我慢できた子どもに対する扱いと同じだ。
「あたしを…尾けてた…つってたけど……。なんで…? どこかで会った…? 勝又の…仲間か…?」
「Wow。質問する余力まであるんか。タフやな~」
「あと…なんで関西弁…」
「質問多いでー。ひとつ、カツマタ?って人の仲間やないし。ふたつ、直接会うのはこれが初めてやな。ウチとしたらホンマは会う必要もなかったんやけど、死なないにしても、このまま放置は人でなしやと思てな…」
「痛すぎて死にかけたんデスケド…」
「骨折の治療くらいで死なへんがなー」
HAHAHAと笑うアンジェラ。ビシッと関西仕込みのツッコミまでする。
「!」
レンはふと右腕を動かすと、先程まであったはずの腫れが引いているどころか、左腕より軽やかに動かせることに気付いた。折れた腕は元通りに完治している。
「治ってる…」
「痛みを乗り越えた甲斐があったなあ。骨がぐしゃぐしゃやった分、受ける痛みは尋常やなかったけど、元に戻ろうと自分の身体が頑張ったんやで」
「……………」
「まあ、ウチの治療を受けるくらいなら、ちゃんと病院で麻酔もかけて手術して時間かけて治したいやろうけど…。能力者やったら尚更、自然に元通りになるまで待ってたとこやろ。人間より治りも早いし、命も軽んじとる…」
言葉に引っかかりを感じたレンは、アンジェラの顔を横目で見るが、慈愛に満ちた表情は崩していなかった。
目が合い、アンジェラは尋ねる。
「ねえ…【あなたは大事な人のために命を捧げられる?】」
「え……」
言葉遣いが変わった上に意味深な言葉にレンはドキッとした。
「ウチ…、2年前に能力(ちから)を使いこなせなくて…、しばらく鬱状態になってしまった時があってなぁ…。精神病棟に放り込まれてから出会ったのが、“先生”っていう能力者。“先生”の能力は、本人曰く“占星術”らしい」
「せんせーじゅつ?」
「要するに、占いやな。能力者になる前も占いの仕事してたみたいやし。星の動きを見て、相手の未来や運命を示してくれる…。相手が求める答えを1枚の紙に箇条書きして導き、相手に辿らせる…。“先生”は「私は救いを求める人の手伝いをしているだけです」って言ってた…」
アンジェラの脳裏に浮かんでいたのは、精神病棟を訪れた、高齢の老婆だ。くすんだローブを身に纏い、うねるグレーの髪を後ろに束ねていた。
周りの人間は胡散臭そうに眉を顰めていたが、無気力状態だったアンジェラでも、“仲間”だとすぐにわかった。
娘家族が最初の自殺騒動の最中に死亡し、能力者になった“先生”は自らの能力を使って病める人間を導いていた。
『【あなたは、あなた自身のことは、占わないのですか?】』
『【ええ…。すでに大切なものを失った私には必要ないわ…。私は、求める者にしか与えないの。この先訪れる運命も受け入れるつもり…。ミス・イーストウッド…、あなたは…大切なものを失っても…、求めてしまうのね…】』
“先生”の瞳は、切なげにアンジェラを見据えていた。
「“先生”は第二の自殺騒動で死んだらしい。幸せそうに…」
「…その“先生”の占い通りに動いて、あたしに行き着いたってこと?」
「おー、鋭い。その通り。ほとんどメインや」
「どうしてあたしが…」
「それはまだ先に話。ウチの力が必要になるその時まで…。……あかんな。あまり言うと、占いから遠ざかるかもしれんから、迂闊に言われへんわ」
「もしかして、死人を蘇生してくれる…とか?」
「さあ―――? その時は…どんな痛みやと思う?」
「……………」
半分冗談のつもりだったが、一瞬、期待に輝いたレンの瞳を見逃さなかった。
『【姉さん、おねがい…―――】』
思い出したのは、涙を浮かべて懇願する妹の顔だ。
「……おい」
じっと見つめるアンジェラに、痺れを切らしたレンが声をかけると、アンジェラははっと我に返った。
「2年前にその占いっての聞いたなら、けっこう前からあたしのことを追ってたんじゃ…」
「そーそー。姿だけ確認したあと、暇になったから1年近く西の方で過ごして、す~っかり関西弁マスターしてなぁ。母国語の方、忘れてまいそうや」
笑いながら呑気に言うアンジェラに、レンは「マスター…?」と半目になる。
その時、プツ、と左前腕の血管に針を刺された。
「え」
針は透明の細い管が付いてあり、目で辿るともう一方の先端には別の針が付いていた。
アンジェラは躊躇いもなく自身の右前腕の血管にその針を刺す。
目を見開いて凝視するレン。
アンジェラの針から吸い上げた血液が、ゆっくりとレンの血管へと流れ込んだ。
「ケガのせいで貧血気味みたいやから、ウチの血分けたるわ。輸血輸血」
「いやいやいやちょっと待て!! アンタ血液型は!?」
溶血を恐れるレンに、アンジェラはHAHAHAと笑う。
「ウチの“療治”は、他者同士の血液や体の一部を合う合わない関係なく、輸血・移植として与えることができるから大丈夫や」
ポケットから薄桃色のハンカチを取り出して「はいこれ噛んでー」とレンの口に咥えさせたあと、レンの針を刺した部分に手をかざし、天使の輪の形をしたリングが再び出現し、回転を始めた。
「―――ただし、治療相手の体に無理矢理上書きするわけやから…、正直、骨折治すよりめっちゃ痛い」
それはまるで、血管の中にノコギリ状の異物が走り抜けるようだった。
レンは声にならない悲鳴を上げた。ハンカチを口に突っ込まれたのは舌を噛まないためである。
自身の血液を与える側のアンジェラは、腕に刺さった針のわずかな痛みしか感じない。あとは暴れるレンの腕から針が抜けないように気を付けるだけだ。
せめて気が紛れれば、とレンの頭を優しく撫でる。
口元は微笑んでいるが、その瞳は虚ろだ。
「【大丈夫よ、イザベラ…。罰を乗り越えるの…】」
.To be continued