18:きっとこれは、悪い夢
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広瀬の前から忽然と消えたレンと太輔は、瀧沢勇太の“箱”の中にいた。
「……まったく、世話の焼ける奴だ」
「ナミ! ユータ!」
楠奈美にレンと太輔は服を引っ張られ、勇太の“隔離”の能力によって、広瀬から一時的に隠されたのだ。
隔離されている者は外からは断絶され、気配も探られることはない。
「おまえら無事だったのか!」
仲間の無事に喜ぶ太輔に、勇太は頷く。
「うん、なんとか…」
一緒に隠されたレンは、茫然とその光景を眺めていた。
(太輔の仲間…。こいつらも生きてたのか…)
勇太と奈美は同時にレンに視線を向ける。
奈美には見覚えがあった。
華音の死の間際に駆け付け、弾ける寸前まで華音を抱きしめた光景を目撃していたのだ。
「…叶。そいつは…、勝又の仲間じゃないのか?」
奈美はレンから視線を外さず、太輔に尋ねる。警戒して睨むと、レンも思い出して「ああ…、華音と戦ってた…」と睨み返した。
一触即発しそうな張り詰めた空気に、太輔は慌てて「ナミ、待った」とフォローを入れようとする。
「さっき偶然知り合ったばかりだけど、レンっていって…。悪い奴じゃなさそ…」
「いや、悪い奴ではある!」
「え」
腕を組んできっぱりと言い返したのがレンだった。
「それ自分で言っちゃうの?」
「……………」
勇太と奈美も思わず呆気にとられる。
「北条レン…。おまえらから見れば、確かに勝又側だったけど、その勝又(リーダー)に裏切られて死にかけたし…。そこの…、ナミ、だっけ? あたしの友達が最期にどうなったかは、見てたよな? 勝又は“心臓”を手にした能力者がどうなるかは想定内だったらしい…」
「……………」
これ以上の説明はいらない様子だ。
勝又のことは完全に見限ったとみなした奈美は、わずかに警戒を緩めた。
「!」
そこでレンは、勇太と奈美の後ろで倒れている恵の姿を見つけた。
「恵!」
「メグ!」
レンに続いて太輔も恵の姿を見つけ、すぐさま駆け寄り、レンはぐったりとしている恵の顔を覗き込んだ。
広瀬の能力が掠った左脚は流血している。
「恵…」
「大丈夫、気を失ってるだけみたい…」
勇太が言うと、レンと太輔は同時にほっとする。
「わ、悪ぃ、ふたりとも……」
太輔が顔を上げると、二人の怪我が目に入り、思わず黙った。
勇太は肩に、奈美は脇腹に深手を負っている。
「くっ…」
「!」
レンは素早くよろけた奈美の肩をつかんで支えた。
「……っ」
それだけでも、レンの全身の傷口が引っ張られるように痛みが走り、思わず一緒に転びそうになったが、歯を食いしばって踏み留まる。
(さすがに…、無茶しすぎたか……)
ここまで走ってこれたのが信じられないほどだ。
やっと己の傷の深さと疲労を自覚する。立て続けの仲間の死に、精神も限界だ。ほんのわずかでも気を抜いただけでも電池が切れたように地面に伏しそうだ。
「……………」
太輔はその場にいる全員を見て、もはや戦う余力など残ってないことを悟り、静かになる。
口火を切ったのは勇太だ。その表情には諦めが浮いていた。
「太輔…、オレの能力(ちから)はすぐ広瀬に破られる。今度見つかったら、防ぎようがない…。このままじゃ、みんな殺される…。逃げよう…? 広瀬には、勝てない…」
圧倒的な力の差は十分に見せつけられていた。その言葉に、太輔はしばらく目を伏せる。
レンの脳裏には、広瀬の能力によって抉られた山がよぎった。
あの能力に太刀打ちできることなど想像できない。ましてやこの場にいる全員が満身創痍だ。まとめてかかったところで広瀬に消されるだけだ。
(逃げて……その先は?)
手に握りしめる森尾の眼帯に尋ねた。
逃げたところで、広瀬を放置していいものか。
重苦しい空気の中、太輔が突然立ち上がる。
「広瀬は、オレが殺る! ユータ、こっから出して」
太輔の言葉に、レンと奈美と勇太が目を大きく見開いた。
「な…、なに言ってんだ、太輔」
「そうだ。おまえがどうこうできる問題じゃない」
勇太と奈美が止める。
「……………」
レンは黙って成り行きを見守っていた。
太輔は見えない壁に手をつき、その手を見つめたまま勇太に話しかけた。
「……ユータ、三咲の爺さんの“選択”の話、覚えてるか?」
勇太は、はっとする。
「それって、“辛うじて生”と“確実な死”…!」
「今が、その時だと思うんだ。戦うか、逃げるか…」
「バッ、バカ言うな! 絶対に殺される…!!」
勇太は太輔がどういう選択を取ったのか悟り、怒鳴った。
対して、太輔は酷く落ち着いている。
「“生”の可能性もあるだろ?」
「だからって…!」
「……勝算ならある。わかったんだ…、オレの能力(ちから)」
太輔は自分の右手のひらを見つめた。思い返すのは、広瀬に見せられた“命の記憶”だ。
「だから、なにをすべきかも、見えた…」
宙を見据えるその瞳は、能力者特有の妖しい光が纏う。
(なにをすべきか……)
太輔の言葉を反芻するレンも、つられて自身の左手のひらを見つめた。
「……叶、まさか…、妙なことを考えてるんじゃないだろうな…」
嫌な予感を察した奈美の不安を纏う言葉に、太輔は「まさか!」と苦笑すると、ふんと鼻を鳴らして顔を引き締め、その覚悟を伝える。
「……ただ、ナミもそうしたように、オレも決着をつけたいんだ、ひとりで。ナミなら、わかるよな?」
「……………」
奈美はうつむいて押し黙ったが、しばし考え、「……そうだな」と引き下がった。
「!!」
勇太ははっと奈美に振り返り、涙を流しながら訴える。
「そんなっ、奈美姉ちゃんまで! なにか言い返してよ。太輔このままじゃ、本当に…!」
食い下がる勇太に、太輔は前屈みになって目線を合わせた。その際、腹の傷が痛んで思わず左手で押さえる。
「お、おまえなぁ、勝手にオレを殺すなよ」
「勝ち目ねえから言ってんだ!」
「泣くな。ユータは男なんだから、女の子…ナミも守ってやんなきゃダメだろ?」
「………奈美姉ちゃん、強いもん…」
グスグスと泣きながら声を絞り出す勇太に、痛いところを突かれた太輔も同感する。
「た、確かに、ただの女の子とは言い難いが、でもなっ、えーと」
その言葉に、奈美はピクリと反応して呟いた。
「………私も、ただの中学生なのに……」
その言葉を拾った太輔は大きな衝撃を受け、奈美を凝視し、口から血を流し、真っ白になっていた。
その姿を見た奈美は、思わずぎょっとした。
レンも何事かとぎょっとする。
「ん…? チューガクって、中学生の中学?」
「他に、なにが?」
混乱しながら問いかける太輔に、奈美は呆れて返す。
「アレで!? 年上じゃねえの!!?」
旅の道中、太輔はキャンプ場のテントで起きた、多少異なった過去(ハプニング)を思い出し、衝撃のあまり、傷口から(鼻からも)血が噴き出た。
「「中3だよ」」
奈美と勇太が同時にツッコむ。
「おまえらさ…、どういう経緯で知り合ったわけ? アレってなに…」
傍観に堪え切れなくなったレンもツッコんだ。
太輔は初めて奈美の年齢を知ってパニックになる。
「中3って…、オレより1コ下か!? オレが中1ん時、ナミ小6か!? ガキんちょかああ!!」
「たいして差はないんじゃ……」
奈美が、それほど驚くことだろうかといった口調だが、太輔は狼狽え続けた。
「まてまて。そして今、受験生ってことか!? こんな大事な時期に、戦ってばっかり…! なにか!? オレが勉強教えてやろうか!? えと、11922960(いいくにつくろう)年、鎌倉幕…あれ!?」
露呈する太輔の頭脳に「断る!!」と奈美は強く即答する。
「プハッ、太輔(バカ)がなに教えるって?」
「受験とか…、なにも考えてなかったな…」
勇太はたまらず笑い、レンも思わず苦笑いを漏らした。
「太輔と書いてバカと呼ぶなぁ!! げほ」
太輔は怒鳴ると同時に吐血した。
「ちょっと待て、じゃあレンもまさか中学…」
「今年18の高3」
「よかったちゃんと年上だ! そしてこっちも受験生!!」
「だから受験とか考えてなかったし、そもそも仲間に誘われて学校辞めてるし」
太輔のリアクションの忙しさに見ているだけで疲れてくる。
実際太輔も疲れていた。自分ひとりで勝手に騒いで、すでにフラフラになっている。
「いらん体力使いすぎた…」
「オイ、今死ぬなよ」
「お、おまえらぁ~~~っ、こんなことしてるヒマあったら、さっさと行けよっ。広瀬に見つかんぞ!」
促しながら太輔はレンに振り返った。
「えと…、レンもユータ達と一緒に行ってくれ」
「……ああ」
「それから…、メグ頼むな!」
託され、奈美も頷く。
「……………」
勇太は太輔を見据えた。
「早く出せー」と太輔は待ちきれず勇太に向かって見えない壁に手を触れながら急かしている。
勇太は、そうか…、と腑に落ちていた。
(もう太輔の心は決まってんだ…)
これ以上食い下がったところで、簡単に決心は揺るがないだろう。勇太も腹をくくる。
「……しょうがねえな、わかったよ! 出してやるから、ちゃんと帰ってこいよ! 帰ってこなかったら本当…、負け犬呼ばわりしてやる!」
「……させるか、ガキ!」
軽く睨む勇太に対し、太輔も同じ眼差しを返した。
カシャ…、とガラスがヒビ割れるような音を立て、“箱”が解除されようとしたその時、
「待っ…て…!」
いつの間にか、恵が目を覚ましていた。
「恵…」とレンが片膝をつき、恵に手を貸しながら半身をゆっくりと起こす。
「メグ! 気がついたか…!」
太輔が恵に駆け寄ると、恵の瞳に涙が浮かんだ。
「どうして太輔は一緒に行かないの? 太輔も一緒に帰ろうよ…」
「で、でもさ、メグ―――」
「ここでまた離れたら…、もう二度と会えない気がする…」
不安に圧し潰されそうになり、ぽろぽろと涙を零しながら泣き出してしまう。
「………」
太輔は少し黙ったあと、足下に生えている小さな花の蕾に手を置いた。
すると、蕾は穏やかな光に包まれ、ゆっくりと開花していく。
「「「!?」」」
その光景に、レンと奈美と勇太は驚愕した。
太輔は、咲かせた一輪の花を摘むと、恵の前に差し出す。
「ほら! これやるから、もう泣くなっ」
勇太は太輔が咲かせた花を凝視している。
太輔の能力は“熱”だったはずだ。それは共に旅をしている時も何度も見ていた。
しかし、初めて見る能力の発現に動揺を隠せない。
(いっ…、今、花を…!? あれも太輔の能力(ちから)か!? 待てよ! あの光は前に…)
脳裏をよぎったのは、麻生によって石化させられた時に起きた奇跡だ。
「……………」
恵は渡された花をじっと見つめた。
泣き止んで落ちついた様子の恵に、太輔が言葉を選びながら声をかける。
「あ―――…、あのさ、姉ちゃんにはメグからうまく言っといて。オレじゃ、どう説得してもムダだろうし…、絶対ボコボコにされるし…」
「……いやだ、そんなの」
恵はそう言って、微笑んだ。
「自分で伝えなきゃ」
少し時間を置いて、隔離が解除された。
風で髪がなびく。
太輔がレン達と離れる前に、レンは太輔の手首をつかんだ。
「ちゃんと帰ってやれよ…?」
他人事ではない。
レンは無意識に、太輔達に、自分と由良達を重ねていた。
太輔は安心させるように笑みを浮かべる。
「……ああ、レンも気を付けて…。探してる仲間、見つかるといいな」
「……ありがとな」
笑みを返し、レンは太輔と分かれる。
ほんの少しだけ、希望をもらった気がした。
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