10:なにもなくなるのは
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由良と右京はお互いの距離を測りながら移動し、能力をぶつけ合っていた。
シャボン玉で攻撃しようとすると、おびただしい数の木の根が地面から飛び出し、厚い壁となって右京を守る。
対して由良は時折木の枝に飛び移り、足下から飛び出す木の根の槍をかわし続けた。
右京と違い、由良のシャボン玉が至近距離で割れれば余波で自身にもダメージを負ってしまうのだ。地面の下からの直接攻撃は避ける他ない。
だからとはいえ、木の上も、
「うおっ!」
木の幹の内側から樹皮を突き抜け、太い木の根の槍が4本由良目掛け飛び出した。
由良は反射的に身を翻すが、右肩、左わき腹、左頬を、根の先にわずかに抉られる。
一息入れる暇もなく、すぐ別の枝から枝へ飛び移った。
(ヘビみたいにしつけーな…! あいつら、オレ達のことをよく調べてやがる…。オレのシャボン玉の範囲もわかってるのか、調子に乗って距離を縮めてくることもない。オレがへばるまで持久戦に持ち込みたいようだが…)
由良が近づこうとするれば、右京は慌てることなくそれに応じて距離をとっている様子だ。
「やらしい奴だな…。―――なら…」
右京の攻撃を避けながらも由良は冷静に思案し、行動に出る。
「こっちから遊びに行ってやるか!」
不敵に笑い、目測で右京との距離を測った直後、木の枝を思い切り両足で蹴ってその反動で一気に右京との距離を縮めた。
シャボン玉も四方八方十分に届く範囲内である。
しかし、右京は表情を崩さない。
むしろ、口端をさらに吊り上げた。
「そのアプローチを待ってたわ」
左手を突き出し、握っていた何かを放つ。
一匹の蛾だ。左京の酸の蛾である。
「!?」
すぐ眼前に飛んでくる蛾を、由良は1個のシャボン玉を挟みいれて破壊した。
「うぐっ!」
蛾を防いだが、シャボン玉の余波と共に飛散した酸をわずかに顔面に受けてしまう。
一時的に失われる右目の視界。
右京は右腕をかざし、袖口から飛び出た木の根は由良の右胸の下を貫いた。
「がはっ」
逆流した血を吐き出し、木の根に貫かれたままの由良の身体は、勢いをつけて地面に放り投げられる。
「ぐ…っ。テメー…」
放り投げられた際に木の根は外れ、地面を転がった由良は痛みに呻きながら半身を起こす。
顔面の熱傷は大したことはないが、右目が開けにくい。
貫かれた傷口を左手で押さえ、周りにシャボン玉を浮かばせた。
「もしもの時にって、左京が1匹譲ってくれたの。役に立ってよかったわ…。根っこも服の下に隠してるの、びっくりしたでしょ?」
右京は嘲笑まじりにそう言って、由良を見下ろす。
「上等だよ…。ブッ殺してやる…!!」
怒りの形相を浮かべる由良は、一斉にシャボン玉を放った。
大小様々なシャボン玉は、襲い来る木の根を破壊し、辺りの木の幹を削り、枝を落とし、地面を大きく抉る。
しかし、再び距離が離れた右京には鼻先ほどしか届かなかった。
右京は「なんて美しいの…」と見惚れている。
「荒々しいはずなのに…、そこに在ったはずのものが消えていく…。私の…、私達の…」
右京の脳裏に浮かんだのは、子どもの頃から大人に負わされていた“片付け”の日々だった。
右京と左京が育った施設は、反社会的勢力の息がかかっていた。
裏では人身売買のやり取りが行われ、ろくな食べ物も与えられず衰弱して死んだ子どもは、世間にはわからないように始末された。
右京と左京も人身売買の商品となる予定だったが、死んだ子どもの始末を自らすすんで手伝う内に、手際がいいからと施設の職員や組員から称賛され、施設が摘発されたあとは、施設を見限った室組に声をかけられ身を寄せていた。
右京は、闇金の債務者を拷問した挙句、身ぐるみを剥がして死体を山中に埋めることが得意だった。
左京は、組織にとって不都合な相手や、身内から出た裏切り者の始末を任され、薬品で死体を処理することが得意だった。
双子は最初から嫌な顔ひとつしたことがない。
むしろ、役割が与えられていると誇りをもって仕事をしていた。
『左京、またその映画見てるの? 古臭いうえにグロいシーン多いの好きよね。ダサいし悪趣味』
ある日、事務所に帰ってきた右京は、真っ暗な部屋の中で事務所のテレビでひとり映画鑑賞をしている左京を見つけた。
左京はソファーに座って集中していたが、右京の言葉で煩わしそうに顔をしかめる。
『ウザいわねー。本当に死体使ってんじゃないかっていうリアルさがあって面白いのよ。ちゃちなCGじゃ、ここまで損壊した肉体と血は表現できないからね。そんな死体役にキレイな俳優さん使ってくれてるとなおポイント高いわ。…そーゆー右京だって、埋めた死体をまた掘り返して確認するのマジで悪趣味』
『私は左京と違って仕事の後始末のチェックだからいーの。アハッ。この前の死体、あえて長めに放置して見に行ったら、木の根が絡みついてたの。まるでアートよ。漂白剤で骨を白くして飾っておきたいわぁ。おまけに、頭の部分にヘビが入ってて…』
『ほらやっぱり悪趣味! 墓荒らし! もう、今、いいシーンなのっ。気分悪くなるからやめて!』
『内臓爆散してるシーン見ながらなに言ってんのよ!』
『さっきの話を聞いて確信したわ。右京ってやっぱり将来のお嫁さんは骨格標本ね。しかも本物』
『左京こそ、内臓丸見えの人体模型と結婚してなさいよ! あ、でも、本物だと内臓腐っちゃうからホルマリン漬け入りかー』
『『なによー!!』』
『おまえら、暗い部屋でえぐいモン見ながらなにケンカしてんだ』
部屋に入って声をかけたのは、式條だった。
きいきいと金切り声を上げて互いの胸倉をつかみ合っている。
『泉の兄貴、草鹿の兄貴、殴って止めますか?』
肩越しに振り返り、廊下にいる泉と草鹿に声をかけた。
『いつものことだ。若が帰ってくるまで好きにさせとけー』
『そのうち疲れて大人しくなるだろう…。まったく、ネジが外れたモン同士…、ましてや双子ならもうちっと仲良くできんのか…』
思い出に浸りながら、冷ややかな目を由良に向けた。
「私達の“死後”の美学とは程遠いわね。骨も内臓も残らないなんて…」
右手を上げて「馬鹿げてる」と呟き、すぐには立ち上がれない由良の様子を見て、口角を上げる。
「さようなら。骨になってまた会いましょう」
ゴッ!
瞬間、右京の脳天に衝撃が走った。
「え…」
頭から流れた血が顔面を伝い、ふらふらと揺れたあと、片膝をつく。
足下に転がったのは、折れた太い枝だった。落下したそれが右京の頭を直撃したのだ。
「なにが……」
何が起こったのかはわからないが、唯一、目の間にいる追い込んだはずの男の顔には、歪んだ笑みが貼りついていた。
ああ、と右京は理解する。
わざと追い詰められたように見せかけたうえに荒ぶるふりをしていたのか、と。
由良はがむしゃらに暴れる自身を右京に注視させ、シャボン玉にギリギリで届く範囲にあった、右京の真上にあった太い枝を破壊して落としたのだ。
「こっちに見惚れちまった時点で、テメーの負けだ」
「は…っ。勝ち誇ってんじゃないわよ…。アンタなんて…」
シャボン玉は届かない距離はキープしたままだ。
気絶させられなければ、すぐにでも木の根で串刺しにできる。
しかし、由良は次を用意していた。
「あとは任せるぜ、文字通り…自然にな」
メキメキと周りの木が軋む異音を立てる。
まさか、と思った時には四方八方から木々が倒れてきた。
すべて右京と由良の方へ倒れ込むようにシャボン玉で削られていたのだ。
「あなたも死ぬ気!?」
「運試しといこうじゃねえか!」
由良は寝ころびながら笑い、両腕を広げて声を上げた。
轟音と共に次々と木々が倒れる。
森中の鳥たちが一斉に空へと羽ばたいた。
遠くで戦っていた森尾と左京も、それに気づいて動きを止める。
地上に降りた森尾が、風で襲い来る蛾を薙ぎ払うが、どちらも互いの位置も姿も把握できない状態だ。
「今のは…」
探しに行こうとしても、蛾の群れがそれを許さない。
「う…」
森尾は銃で撃たれた左肩と、わずかに浴びた酸の熱傷の痛みに呻き、近くの木に背中を預けた。
背中のシャツの一部と右足ふくらはぎ部分のズボンは溶け、むき出しの皮膚は熱傷を負っている。
いくら風の能力を使っても、しつこく攻めてくる蛾の群れを全て防ぎきることはできなかった。
まだ左京の状態もわからないままで、迂闊に動き回るわけにはいかない。
(でも…、蛾の数が減ってる…。消耗してるのか、オレの攻撃が当たってるのか…)
蛾が飛んでくる方向をつかんではカマイタチを飛ばすものの、不意打ちで飛ばした初手の攻撃と違い、今は悲鳴も聞こえなかった。
痛みのせいで動きは鈍くなったが、数が少ないのは好都合だ。
(由良とレンはどうなってる…。って…、心配してる場合じゃないか、オレも……)
別の場所では、左京がカマイタチを警戒して身を隠しながら移動していた。
(相性最悪だからできるだけ接触しないようにしたのに…。なにやってんのよ、泉ちゃん…!)
内心で悪態をつく左京の息は苦しげに乱れている。
運悪く、最初の攻撃でカマイタチをその身に受けたからだ。
先ほどから、切り裂かれた右肩から流れる血が止まらない。
それが原因で、出現させる蛾の操作もままならなかった。
(右京…。約束…覚えてるわよね…―――)
兄弟でかわした約束を思い出し、移動しようとした時だ。
傍の茂みから大きな鳥が飛び出した。
「な…っ!?」
大きな鳥の正体は、フクロウだった。
羽毛をわずかに撒き散らし、大きな翼を広げて夕焼けの空へと滑る。
「鳥…」
呟いた瞬間、
「あ……」
三日月形の凶刃が目の端まで迫っていた。
鳥が飛び出す音に反応してカマイタチを飛ばした森尾。
ほとんど反射的だったが、蛾が一匹もいなくなった。
「仕留めた…のか?」
左京の断末魔は聞こえなかった。
森尾は怪訝な表情を浮かべ、ゆっくりと足音を立てないように歩き、辺りを警戒しながら先程カマイタチを飛ばした方へと向かう。
「!」
左京の姿は確認できなかったが、おびただしい量の血溜まりがそこにあった。
血は引きずった跡を残し、奥へと続いている。
「あの血の量なら…長くはないだろうに…。はぁ…」
緊張から解放され、大きく息をついて傍の木に身を預けながら座り込んだ。
「つ…、疲れた…。なんだこの消耗戦…」
他も同じような状況なのだろうか、もし他の能力者と戦っていたらどうなっていただろう、と思うだけで疲れが上乗せされた気になった。
その頃、土煙もおさまり、右京は霞む視界の中に由良がいた場所を捉える。
「アハ…、アハハ…」
目の前の倒木の下からは由良のツナギのベルトがはみ出ていた。
仕掛けた本人が下敷きになったのだろう、とおかしくて笑いがこみ上げる。
「あなたの運も大概じゃない…。アハハ…。左京…、私、勝ったわよ…。アハハハ…ッ…………」
少し間を置いて、ベルトを下敷きにしていた一本の倒木が粉々に粉砕された。
「ふぅ…っ」
倒木の下には少し深めの穴があった。
そこから這い出てきた由良は、頭に被った木屑を払い落として一息つく。
「何気ないように空けた、地面の穴に気付いてくれなくてよかったぜ。これが塞がれてたら終わってた」
木々が倒れてくる寸前に、シャボン玉で削り掘った地面の穴に転がり込んで下敷きを免れたのだ。
その際にツナギのベルトを挟んでしまった。
「オレの勝ち…だけど、もうわからねえよな…」
由良は、折り重なる倒木の下敷きになった右京の亡骸を見下ろす。
うつ伏せで、胸から上はほとんど無傷だが、その下は絶望的に潰れていた。
普通の人間ならば即死しているだろう。
未だに血が逆流する口には小さな笑みを浮かべ、瞳孔が開いた瞳は虚ろを見つめていた。
由良はシャボン玉を浮かばせるが、小さく笑って「やめた」と両手をあげてパパッとシャボン玉を消す。
「骨や内臓が残るのがおまえの美学なんだろ? なら、お望み通り、そのままにしてやるよ。オレは“お仲間”には優しいんだ。けっこー楽しめたぜ」
そう言って小さく舌を出し、「さてと…」と右京の亡骸に背を向けた。
傷口はまだ痛み、顔をしかめて「痛てて…」と思わずこぼす。
「モリヲとレン、もう終わってるかなー…」
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