リクエスト:退屈いらずの楽園
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・レン
新築とは言い難いけど、それなりに設備もいいマンション。
床はフローリングだし、洗濯機、クローゼット、キッチン付き。
なのに、家賃は月4万。
大学まで、大人の男性の足で、徒歩7分。
あたしの部屋は303号室。
今日の講義は9時50分から。
8時30分に起床し、カーテンを開け、洗濯機をまわし、食パンをトースターに入れ、その間に顔を洗ってから動きやすい服に着替え、髪をとかす。
焼き上がった食パンにバターを塗って食べ、それが終わったあと、まわり終わった洗濯機から洗濯物を取り出してベランダに干した。
そのあと、歯磨きをし、教科書の確認。
お気に入りの帽子を被り、全ての用意は整った。
現在、大学2回生だが、1回生の頃は、この生活に慣れるのにけっこう時間がかかった。
寝坊するわ、洗濯機壊しかけるわ、パンは焦がすわ。
部屋を出て、鍵をかける。
携帯の時計を見ると、9時20分。
「あ、レン!」
隣の304号室の前に、同級生の森尾と華音が立っていた。
華音の部屋はあたしの左隣の302号室、森尾は301号室。
近所迷惑を考え、集合場所は大体が一番端の森尾の部屋だ。
2人の呆れている顔を見て、察しがつく。
「……まだ起きてねえのか、あいつ」
304号室の由良があたし達より遅い時は、丸一日かかるほど深く熟睡している時だ。
森尾が頷いて答える。
「ああ。……どうしよう」
「ほっとけば? 気持ちよく寝てんなら、無理に起こす必要ねえだろ」
あたしは呆れ混じりに冷たく言った。
そのままエレベーターに向かおうと2人に背を向けたとき、華音が思い出したように「あ」と声を上げる。
「そういえば由良って、また単位危ないんでしょ? 今回出ないと、また留年しちゃうんじゃ……」
あたしは足を止めた。
踵を返し、由良の部屋の前に立ってドンドンと乱暴に扉を叩く。
「Zz…」
扉越しから呑気ないびきが聞こえる。
苛立ちを込めて扉をコブシでノックするが、
「Zz…♪」
起きる気配を見せなかった。
ブチッときたあたしは、勢いをつけて一回転し、
「レン! それはマズい!!」
バカアッ!!
止める森尾を無視し、回し蹴りで扉を蹴破って突入する。
油絵の具の匂いが鼻を刺激し、床に散乱したゴミ類をどかしながら奥に進むと、由良は絵の前でソファーに座りながら気持ちよく眠っていた。
「あ、やっぱ寝てる!」
華音が指さして声を上げる。
あたしはカーテンを全開したあと、由良の胸倉をつかんで全力で揺すった。
「起きろボケ―――!!」
しかし、ビクともしない。
「卒業したくねえのかテメー!!」
「この作品の出来具合からすると、3日は寝てないな」
森尾は由良の目の前にある絵を見て口にする。
ふと壁に掛けられた時計を見ると、9時30分をまわっていた。
最悪なことにこのバカは、今日行われる講義に使用する教科書を用意していなかった。近くにあるカバンは中身を詰められることなく悲しそうに萎んでいる。
あたしは唸りながら、由良のカバンに必要な教科書を詰め込んでいった。
アホ面を見るだけで背中に爆竹を突っ込んで点火したくなる。
授業はほぼあたしと一緒なので、予定表を見なくてもわかっていた。
その間に、森尾は由良を着替えさせていく。マネキンと違って重そうだ。
華音は「早く早く」と急かしたり、由良に呼びかけたりしている。
それでも由良は死んだように眠っていた。
起こせないとなると……。
*****
森尾と協力し、眠った由良を抱えて大学に到着。
指定の講義室に向かい、講義開始15秒前になんとか間に合って出席できた。
開始のベルと同時にあたし達は机に伏し、「間に合ったー」と同時に脱力して言う。
「こいつ…、意外と重い…」
森尾が疲れた顔で呟いた。
ほどよく筋肉がついている成人男性の脱力した体を運ぶのは、困難を強いられる。
「周りの奴ら、ラチしてんじゃないかって目で見てた」
そう言う華音は、由良のカバンを両手に抱え、あたしと森尾の後ろについてきた。
その時に通行人の目が気になったのだろう。
「いっそ地球外生物にラチられろ。そんで頭ん中に金属埋められて常識に目覚めて帰ってこい」
あたしは由良を睨みながら言った。
由良は相変わらず、家にいるように呑気に寝てる。
ムカついて頭を叩くが、それでも起きない。
留年を逃れたことに感謝してほしい。
あたし達より下にならずに済んだのだから。
由良達と出会ったのは、1年前の入学式後の時だ。
表向きは新入生歓迎会だが、ほとんど合コンのようなものだった。
広い第一食堂を使用し、テーブルに並べられた料理を食べる奴らもいれば、友達ができて騒ぐ奴らもいたし、一番多かったのが男女のメール交換と話の掛け合いだった。
気まぐれで参加していたあたしのところにも、そんな奴らがやってきた。
「北条さん…だっけ?」
「高校の時とか、モテたでしょー?」
「どこ? どこの学科?」
「サークルとかどうすんの? もう決めてる?」
「……………」
心底、「出るんじゃなかった」と後悔する。
テーブルに置かれてあるコップに入った水をかけてやろうかと考えたとき、突然、横から来た誰かに左腕にしがみつかれた。
「!」
見ると、小柄の赤毛の女がいた。
目を合わせ、赤毛の女は笑みを浮かべる。
「見つけたー♪ もうっ、勝手にはぐれるのやめてよね。彼の隣、狙ってんでしょ? 行こっ」
「え? は? ちょっとっ」
いきなり初対面の子にそんなことを言われても困る。
同じ1回生なのはわかっていた。
派手な髪の色をしていたからだ。
赤毛の女は急にあたしを引っ張り、耳元で囁いた。
「つまんなそうにしてんのまるわかり。レベル低いやつ多いし、しつこいナンパ受けたくなかったら、黙ってついてきて」
「……………」
声をかけてきた男達の間を通り、引っ張られるままについていく。
すると、第一食堂の出入口付近の壁にもたれかかり、手を上げて微笑む金髪の男がいた。
金髪で左目に眼帯をしてるから、赤毛の女と同じく、式場にいたことを思い出す。
華音は手を振り返し、あたしを連れて金髪の男の前に駆け寄った。
「逃げて来たんだ?」
そう言って金髪の男は苦笑する。
赤毛の女は頷いて明るい声で言った。
「そっ。それに、この子も困ってたみたいだから…。あたし、華音。ヨロシクゥ♪」
「オレは森尾」
「あ…、北条…レン」
つられて自分の名前を口にする。
どうやらこいつら、他の奴らとはどこか違うようだ。
「ああやって、さっそく言い寄ってくる奴らがいるのよねー。合コンかっつーの」
華音は口を尖らせ、その光景を眺めながら中指を立てた。
森尾は「コラコラ」と華音の中指をさっと手のひらで隠す。
あたしは「まあ、確かに」と同意した。
話を聞くと、2人はやはりあたしと同じ1回生らしいが、なぜか森尾はあたしと華音より年上なのだ。
理由を聞くと、森尾は苦笑しながら、「オレは大険入学なんだ」と答えた。
見た目に反し、頭はあたしより何倍も良いようだ。
「これからどうするぅ? 抜けちゃう?」
「……………」
そろそろ視線も気になってきた。
真っ赤な髪の女と金髪眼帯男が並ぶとやっぱり目立つ。
「抜けちまえよ。先輩がいいとこ知ってるぜ?」
「「「!」」」
いつの間にそこにいたのか、ツナギを着た男がニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
*****
連れてこられた場所は、屋上だった。
ライトアップされ、明るい。
屋上の中心には、テーブルと、その上には何種類ものケーキが用意されていた。
「ようこそ、新入生」
由良と名乗ったこの2回生が、なぜあたし達を誘ったかというと、他の奴らと違って面白そうだから、だそうだ。
ケーキを食べながらお互いのことを話していく。
徐々に盛り上がっていき、あたしもいつの間にかそれに楽しんでいた。
「ね、このケーキどうしたの?」
「食堂からくすねてきた」
華音の問いに、由良は平然と答える。
あたしと森尾の、フォークを持った手が止まった。
由良はニヤリと笑みを浮かべ、こちらに顔を向ける。
「食ったな? おまえらも共犯だ♪」
なんて奴だ。
あたしは「きたねー!」と騒ぎ、華音は大口開けて「なにそれー」と笑い、森尾は「入学初日から…」と嘆いた。
「あー、もう! 見つかる前に平らげよう!」
あたしは開き直り、残りのケーキに手をつける。
由良は「おう、そうだ食え食え♪」と後押しした。
その後、由良の話にのせられ、あたしと森尾と華音は実家から、由良と同じマンションに引っ越した。
聞けば由良の奴、管理人に「入居者を募集してくれ」と頼まれていたらしい。
変な奴に気に入られたもんだ。
―――で、今に至るわけ。
現在、由良は留年してあたし達と同じ学年だ。
ただいま外国語の講義を受けている。
英語は苦手だ。
教授に当てられた森尾が英語を読んでいく。
綺麗に読めてるから羨ましい。
金髪はダテじゃねえのか。
森尾が読み終わったあと、「よろしい」と言った教授の視線が、あたしの隣で熟睡している由良をとらえる。
「……次、由良、訳してみろ」
当然、由良がそんなので起きるわけがない。
あたしはシャーペンで、
ブス!!
「!!?」
由良の太ももを突き刺す。
これにはさすがに由良も飛び起き、太ももをさすりながら、しれっとしているあたしを睨みつけた。
「由良、読めんのか?」
教授が苛立った声で言う。
由良は講義室にいることに気付き、誰にも聞かず教科書を開き、森尾が読んだ段落を日本語ですらすらと訳していった。
「…すばらしい」
教授はボソリと言ったあと、授業を続ける。
由良は呑気に欠伸をした。
こんな奴でも成績は優秀の優秀。
留年したのが不思議なくらいだ。
単位さえあればとっとと卒業できたのに、もったいない話である。
*****
あたし達は第2食堂に集まった。
第一食堂より広くはないが、食堂前はテラスとなっていて、シャレている。
たまにバンド部がライブをやったりすることがあった。
テラスのテーブルに円になって席に着き、それぞれの昼食を食べながら雑談する。
あたしはミートパスタ、森尾はコーヒーとサンドイッチ、華音はオムライス、由良はチョコレートアイスパフェ。
由良はパフェを頬張りながら、講義のことで文句を言ってきた。
「レンさぁ、叩くならまだしも、フツー、シャーペンでブッ刺すか? イレズミ作りやがって…」
「2度と留年しねえように起こしてやったんだろーが。むしろ、感謝してほしいくらいだっての」
フォークの先を向かい側の由良に向けて言ってやる。
そこで華音は「ひゃはは」と笑った。
「とか言ってレンちゃん。ホントは由良と一緒に進級したいだけ……」
左手を伸ばし、華音の口を覆って黙らせる。
「ムグッ…」
「次言ったら、口裂け女にするぞ。一生マスクでいたいか」
華音は涙目になりながら、首を横に激しく振った。
「でも由良って、一部の教授から一目置かれてるみたいだぞ」
そう言ったあと、森尾はコーヒーをすする。
あたしは驚いて由良に指をさして声を上げた。
「はあ!? こいつが!? 留年野郎なのに!?」
「指さすな」
スプーンであたしの人差し指を払い、由良は呆れながら言葉を継ぐ。
「ウワサだ、ウワサ。本気にしてんじゃねーよ。教授(男)に好かれても嬉しくねえっつーの」
でも、確かに由良はかなり成績いいし、当然のような気がした。
やっぱり秘訣はあれか? 糖分摂取すればいいのだろうか。
「おまえら夜どうするー?」
由良が話題を変えてきた。
スプーンを向けながら尋ねる。
「「アルバイト」」
あたしと森尾は同時に答えた。
同じレストランのアルバイトをしているのだ。
華音もこの間まで一緒に働いていたが、飽きて別のバイトに移った。
「テメーらはホストでもやっとけよ」
つまらなそうに由良はボソリと言う。
同時に、華音と一緒に噴き出した。
あたしはともかく、森尾は似合いすぎだ。
「な、なんでレンまで笑ってる…?」
森尾がびっくりしてあたしに尋ねるが、正直に言ったら怒られそうだ。
「由良もバイトすればいいだろ」
「ヤダ。面倒」
あたしの勧めに即答しやがった。
金がないと、人間生きていけないことはわかってるんだろうか。
文句を言ってやろうと口を開けたとき、同じゼミの女子が声をかけてきた。
「あ、いたいた!」
「お願い、助けて!」
バンド部のドラム担当の女子だ。
「どうしたの?」
同じサークルメンバーの華音が尋ねると、バンド部の女子が困った顔で言う。
「ボーカルの子が喉潰しちゃって…。おまけにベースとギターは2人ともインフルエンザにかかっちゃってさー。今日、ライブできそうにないのよね…」
「え―――!?」
華音が声を上げる。
華音の担当はキーボードだ。
それをやりながら歌ってるところなんて見たことない。
楽器に集中しながら歌うなんて、あたしでもムリだ。
それに、バンド部はもともと少人数で結成しているから、代わりはいない。
だが、華音はこちらを見て、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、「大丈夫、代わりはいるよー」と言った。
華音の考えていることがすぐにわかった。
「ちょっと待て! あたし達になにさせる気だ!?」
「2人とも、楽器できる? ギターとベースはやったことある?」
あたしの質問を無視して由良と森尾に尋ねる。
「ギターは少し…」
「ごまかしくらいなら」
話がどんどん進んでいく。
あたしはその勢いに逆らうことができなかった。
曲はロック。
あたしがボーカル、由良がベース、森尾がギター。
ライブは大反響だった。
最初は「いやだいやだ」言ってたあたしだが、歌い終わったあとはかなりすっきりしていた。
「またよろしくね! ありがとう!」と言ってドラム担当の女子は帰って行った。
楽器を片づけたあと、あたしと華音は、由良がいないことに気付いた。
「研究室。呼び出し食らったんだって。聞いてなかったか?」
そう森尾に教えられ、森尾には校門前で待ってもらうことにして、あたしと華音は指定の研究室へと向かう。
*****
由良を呼び出した、外国語担当の教授は、あまりいい噂を聞かない。
逆に言って、悪口を言ってる奴らの方が多い。
あたしも、あまり好きじゃなかった。
自分の知識をひけらかしているところが特に気に入らねえ。
教授の研究室の扉の窓から中を窺って見る。
見た目フサフサ黒髪の紳士なのに、研究室の中は散らかっていた。
席に座った教授とその前に立つ由良の姿が見える。
なにを話しているのだろうか。
教授は微笑んでいるのに、由良は睨むように教授を見下ろしている。
気になって耳を澄ませてみた。
「で、キミはどうしたい? 留学できるんだぞ」
自分の耳を疑い、華音と顔を見合わせる。
留学? 留年じゃなくて?
扉に耳をくっつけた。
「オレ、留学しねーし、第一、留年ヤローを向こうにやっていいのかよ」
「そこは私がなんとかしよう」
「物好きな教授だな。向こうもあんたも」
「よく考えてみろ、由良。向こうの大学に行けば、思う存分好きなだけ絵が描けるんだ」
「だからって、あんたの顔立て役になるつもりはねえよ。オレが気に入らねえなら、退学にすりゃあいい」
「……………」
「絵はどこでも描けるしな」
ふと教授は不敵な笑みを浮かべ、スーツのポケットから写真を取り出して由良に見せた。
途端に、由良の顔が強張る。
「テメー…!」
「残念だが、この写真は公開させてもらうよ。美術室で撮ったんだ。キミは作品を完成させても、すぐに壊してしまうからね」
由良はすぐにそれを奪い取り、ビリビリに破った。
だが、教授の笑みは消えない。
「写真のもとを燃やさないかぎりムリだよ。訴えるかい? そんなことをしても、キミにとっては手遅れだ。どうする? 怯えたキャンパスライフを過ごすか、それとも……」
「……………」
由良のあんな顔は初めて見た。
同時に、あたしの中に沸々と怒りが湧き上がる。
「…はっ。それで出来のいい学生送り込んだのかよ。悪知恵が働くことで」
「憎まれ口にはもう慣れたよ。よく考えて決めることだね。…まあ、答えはすでに決まっているだろうが…」
「…クソ教授が!」
由良はそう吐き捨てて扉に向かって歩いてくる。
あたしと華音は慌てて近くにあったロッカーに飛び込んだ。狭すぎて華音と抱き合う形になる。
由良の足音が通り過ぎ、大きく息を吐いた。
「狭い~」
「い…、行ったか?」
ゆっくりと扉を開けた瞬間、廊下に倒れこむ。
起き上がったあたしは、研究室を睨みつけた。
「最低だな。胸糞悪くなる…!」
「どうするの?」
いきなり突入するのはまずいことはわかってる。
あの教授のことだ、絶対シラを切るに違いない。
あいつを留学させてたまるかよ!
.
新築とは言い難いけど、それなりに設備もいいマンション。
床はフローリングだし、洗濯機、クローゼット、キッチン付き。
なのに、家賃は月4万。
大学まで、大人の男性の足で、徒歩7分。
あたしの部屋は303号室。
今日の講義は9時50分から。
8時30分に起床し、カーテンを開け、洗濯機をまわし、食パンをトースターに入れ、その間に顔を洗ってから動きやすい服に着替え、髪をとかす。
焼き上がった食パンにバターを塗って食べ、それが終わったあと、まわり終わった洗濯機から洗濯物を取り出してベランダに干した。
そのあと、歯磨きをし、教科書の確認。
お気に入りの帽子を被り、全ての用意は整った。
現在、大学2回生だが、1回生の頃は、この生活に慣れるのにけっこう時間がかかった。
寝坊するわ、洗濯機壊しかけるわ、パンは焦がすわ。
部屋を出て、鍵をかける。
携帯の時計を見ると、9時20分。
「あ、レン!」
隣の304号室の前に、同級生の森尾と華音が立っていた。
華音の部屋はあたしの左隣の302号室、森尾は301号室。
近所迷惑を考え、集合場所は大体が一番端の森尾の部屋だ。
2人の呆れている顔を見て、察しがつく。
「……まだ起きてねえのか、あいつ」
304号室の由良があたし達より遅い時は、丸一日かかるほど深く熟睡している時だ。
森尾が頷いて答える。
「ああ。……どうしよう」
「ほっとけば? 気持ちよく寝てんなら、無理に起こす必要ねえだろ」
あたしは呆れ混じりに冷たく言った。
そのままエレベーターに向かおうと2人に背を向けたとき、華音が思い出したように「あ」と声を上げる。
「そういえば由良って、また単位危ないんでしょ? 今回出ないと、また留年しちゃうんじゃ……」
あたしは足を止めた。
踵を返し、由良の部屋の前に立ってドンドンと乱暴に扉を叩く。
「Zz…」
扉越しから呑気ないびきが聞こえる。
苛立ちを込めて扉をコブシでノックするが、
「Zz…♪」
起きる気配を見せなかった。
ブチッときたあたしは、勢いをつけて一回転し、
「レン! それはマズい!!」
バカアッ!!
止める森尾を無視し、回し蹴りで扉を蹴破って突入する。
油絵の具の匂いが鼻を刺激し、床に散乱したゴミ類をどかしながら奥に進むと、由良は絵の前でソファーに座りながら気持ちよく眠っていた。
「あ、やっぱ寝てる!」
華音が指さして声を上げる。
あたしはカーテンを全開したあと、由良の胸倉をつかんで全力で揺すった。
「起きろボケ―――!!」
しかし、ビクともしない。
「卒業したくねえのかテメー!!」
「この作品の出来具合からすると、3日は寝てないな」
森尾は由良の目の前にある絵を見て口にする。
ふと壁に掛けられた時計を見ると、9時30分をまわっていた。
最悪なことにこのバカは、今日行われる講義に使用する教科書を用意していなかった。近くにあるカバンは中身を詰められることなく悲しそうに萎んでいる。
あたしは唸りながら、由良のカバンに必要な教科書を詰め込んでいった。
アホ面を見るだけで背中に爆竹を突っ込んで点火したくなる。
授業はほぼあたしと一緒なので、予定表を見なくてもわかっていた。
その間に、森尾は由良を着替えさせていく。マネキンと違って重そうだ。
華音は「早く早く」と急かしたり、由良に呼びかけたりしている。
それでも由良は死んだように眠っていた。
起こせないとなると……。
*****
森尾と協力し、眠った由良を抱えて大学に到着。
指定の講義室に向かい、講義開始15秒前になんとか間に合って出席できた。
開始のベルと同時にあたし達は机に伏し、「間に合ったー」と同時に脱力して言う。
「こいつ…、意外と重い…」
森尾が疲れた顔で呟いた。
ほどよく筋肉がついている成人男性の脱力した体を運ぶのは、困難を強いられる。
「周りの奴ら、ラチしてんじゃないかって目で見てた」
そう言う華音は、由良のカバンを両手に抱え、あたしと森尾の後ろについてきた。
その時に通行人の目が気になったのだろう。
「いっそ地球外生物にラチられろ。そんで頭ん中に金属埋められて常識に目覚めて帰ってこい」
あたしは由良を睨みながら言った。
由良は相変わらず、家にいるように呑気に寝てる。
ムカついて頭を叩くが、それでも起きない。
留年を逃れたことに感謝してほしい。
あたし達より下にならずに済んだのだから。
由良達と出会ったのは、1年前の入学式後の時だ。
表向きは新入生歓迎会だが、ほとんど合コンのようなものだった。
広い第一食堂を使用し、テーブルに並べられた料理を食べる奴らもいれば、友達ができて騒ぐ奴らもいたし、一番多かったのが男女のメール交換と話の掛け合いだった。
気まぐれで参加していたあたしのところにも、そんな奴らがやってきた。
「北条さん…だっけ?」
「高校の時とか、モテたでしょー?」
「どこ? どこの学科?」
「サークルとかどうすんの? もう決めてる?」
「……………」
心底、「出るんじゃなかった」と後悔する。
テーブルに置かれてあるコップに入った水をかけてやろうかと考えたとき、突然、横から来た誰かに左腕にしがみつかれた。
「!」
見ると、小柄の赤毛の女がいた。
目を合わせ、赤毛の女は笑みを浮かべる。
「見つけたー♪ もうっ、勝手にはぐれるのやめてよね。彼の隣、狙ってんでしょ? 行こっ」
「え? は? ちょっとっ」
いきなり初対面の子にそんなことを言われても困る。
同じ1回生なのはわかっていた。
派手な髪の色をしていたからだ。
赤毛の女は急にあたしを引っ張り、耳元で囁いた。
「つまんなそうにしてんのまるわかり。レベル低いやつ多いし、しつこいナンパ受けたくなかったら、黙ってついてきて」
「……………」
声をかけてきた男達の間を通り、引っ張られるままについていく。
すると、第一食堂の出入口付近の壁にもたれかかり、手を上げて微笑む金髪の男がいた。
金髪で左目に眼帯をしてるから、赤毛の女と同じく、式場にいたことを思い出す。
華音は手を振り返し、あたしを連れて金髪の男の前に駆け寄った。
「逃げて来たんだ?」
そう言って金髪の男は苦笑する。
赤毛の女は頷いて明るい声で言った。
「そっ。それに、この子も困ってたみたいだから…。あたし、華音。ヨロシクゥ♪」
「オレは森尾」
「あ…、北条…レン」
つられて自分の名前を口にする。
どうやらこいつら、他の奴らとはどこか違うようだ。
「ああやって、さっそく言い寄ってくる奴らがいるのよねー。合コンかっつーの」
華音は口を尖らせ、その光景を眺めながら中指を立てた。
森尾は「コラコラ」と華音の中指をさっと手のひらで隠す。
あたしは「まあ、確かに」と同意した。
話を聞くと、2人はやはりあたしと同じ1回生らしいが、なぜか森尾はあたしと華音より年上なのだ。
理由を聞くと、森尾は苦笑しながら、「オレは大険入学なんだ」と答えた。
見た目に反し、頭はあたしより何倍も良いようだ。
「これからどうするぅ? 抜けちゃう?」
「……………」
そろそろ視線も気になってきた。
真っ赤な髪の女と金髪眼帯男が並ぶとやっぱり目立つ。
「抜けちまえよ。先輩がいいとこ知ってるぜ?」
「「「!」」」
いつの間にそこにいたのか、ツナギを着た男がニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
*****
連れてこられた場所は、屋上だった。
ライトアップされ、明るい。
屋上の中心には、テーブルと、その上には何種類ものケーキが用意されていた。
「ようこそ、新入生」
由良と名乗ったこの2回生が、なぜあたし達を誘ったかというと、他の奴らと違って面白そうだから、だそうだ。
ケーキを食べながらお互いのことを話していく。
徐々に盛り上がっていき、あたしもいつの間にかそれに楽しんでいた。
「ね、このケーキどうしたの?」
「食堂からくすねてきた」
華音の問いに、由良は平然と答える。
あたしと森尾の、フォークを持った手が止まった。
由良はニヤリと笑みを浮かべ、こちらに顔を向ける。
「食ったな? おまえらも共犯だ♪」
なんて奴だ。
あたしは「きたねー!」と騒ぎ、華音は大口開けて「なにそれー」と笑い、森尾は「入学初日から…」と嘆いた。
「あー、もう! 見つかる前に平らげよう!」
あたしは開き直り、残りのケーキに手をつける。
由良は「おう、そうだ食え食え♪」と後押しした。
その後、由良の話にのせられ、あたしと森尾と華音は実家から、由良と同じマンションに引っ越した。
聞けば由良の奴、管理人に「入居者を募集してくれ」と頼まれていたらしい。
変な奴に気に入られたもんだ。
―――で、今に至るわけ。
現在、由良は留年してあたし達と同じ学年だ。
ただいま外国語の講義を受けている。
英語は苦手だ。
教授に当てられた森尾が英語を読んでいく。
綺麗に読めてるから羨ましい。
金髪はダテじゃねえのか。
森尾が読み終わったあと、「よろしい」と言った教授の視線が、あたしの隣で熟睡している由良をとらえる。
「……次、由良、訳してみろ」
当然、由良がそんなので起きるわけがない。
あたしはシャーペンで、
ブス!!
「!!?」
由良の太ももを突き刺す。
これにはさすがに由良も飛び起き、太ももをさすりながら、しれっとしているあたしを睨みつけた。
「由良、読めんのか?」
教授が苛立った声で言う。
由良は講義室にいることに気付き、誰にも聞かず教科書を開き、森尾が読んだ段落を日本語ですらすらと訳していった。
「…すばらしい」
教授はボソリと言ったあと、授業を続ける。
由良は呑気に欠伸をした。
こんな奴でも成績は優秀の優秀。
留年したのが不思議なくらいだ。
単位さえあればとっとと卒業できたのに、もったいない話である。
*****
あたし達は第2食堂に集まった。
第一食堂より広くはないが、食堂前はテラスとなっていて、シャレている。
たまにバンド部がライブをやったりすることがあった。
テラスのテーブルに円になって席に着き、それぞれの昼食を食べながら雑談する。
あたしはミートパスタ、森尾はコーヒーとサンドイッチ、華音はオムライス、由良はチョコレートアイスパフェ。
由良はパフェを頬張りながら、講義のことで文句を言ってきた。
「レンさぁ、叩くならまだしも、フツー、シャーペンでブッ刺すか? イレズミ作りやがって…」
「2度と留年しねえように起こしてやったんだろーが。むしろ、感謝してほしいくらいだっての」
フォークの先を向かい側の由良に向けて言ってやる。
そこで華音は「ひゃはは」と笑った。
「とか言ってレンちゃん。ホントは由良と一緒に進級したいだけ……」
左手を伸ばし、華音の口を覆って黙らせる。
「ムグッ…」
「次言ったら、口裂け女にするぞ。一生マスクでいたいか」
華音は涙目になりながら、首を横に激しく振った。
「でも由良って、一部の教授から一目置かれてるみたいだぞ」
そう言ったあと、森尾はコーヒーをすする。
あたしは驚いて由良に指をさして声を上げた。
「はあ!? こいつが!? 留年野郎なのに!?」
「指さすな」
スプーンであたしの人差し指を払い、由良は呆れながら言葉を継ぐ。
「ウワサだ、ウワサ。本気にしてんじゃねーよ。教授(男)に好かれても嬉しくねえっつーの」
でも、確かに由良はかなり成績いいし、当然のような気がした。
やっぱり秘訣はあれか? 糖分摂取すればいいのだろうか。
「おまえら夜どうするー?」
由良が話題を変えてきた。
スプーンを向けながら尋ねる。
「「アルバイト」」
あたしと森尾は同時に答えた。
同じレストランのアルバイトをしているのだ。
華音もこの間まで一緒に働いていたが、飽きて別のバイトに移った。
「テメーらはホストでもやっとけよ」
つまらなそうに由良はボソリと言う。
同時に、華音と一緒に噴き出した。
あたしはともかく、森尾は似合いすぎだ。
「な、なんでレンまで笑ってる…?」
森尾がびっくりしてあたしに尋ねるが、正直に言ったら怒られそうだ。
「由良もバイトすればいいだろ」
「ヤダ。面倒」
あたしの勧めに即答しやがった。
金がないと、人間生きていけないことはわかってるんだろうか。
文句を言ってやろうと口を開けたとき、同じゼミの女子が声をかけてきた。
「あ、いたいた!」
「お願い、助けて!」
バンド部のドラム担当の女子だ。
「どうしたの?」
同じサークルメンバーの華音が尋ねると、バンド部の女子が困った顔で言う。
「ボーカルの子が喉潰しちゃって…。おまけにベースとギターは2人ともインフルエンザにかかっちゃってさー。今日、ライブできそうにないのよね…」
「え―――!?」
華音が声を上げる。
華音の担当はキーボードだ。
それをやりながら歌ってるところなんて見たことない。
楽器に集中しながら歌うなんて、あたしでもムリだ。
それに、バンド部はもともと少人数で結成しているから、代わりはいない。
だが、華音はこちらを見て、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、「大丈夫、代わりはいるよー」と言った。
華音の考えていることがすぐにわかった。
「ちょっと待て! あたし達になにさせる気だ!?」
「2人とも、楽器できる? ギターとベースはやったことある?」
あたしの質問を無視して由良と森尾に尋ねる。
「ギターは少し…」
「ごまかしくらいなら」
話がどんどん進んでいく。
あたしはその勢いに逆らうことができなかった。
曲はロック。
あたしがボーカル、由良がベース、森尾がギター。
ライブは大反響だった。
最初は「いやだいやだ」言ってたあたしだが、歌い終わったあとはかなりすっきりしていた。
「またよろしくね! ありがとう!」と言ってドラム担当の女子は帰って行った。
楽器を片づけたあと、あたしと華音は、由良がいないことに気付いた。
「研究室。呼び出し食らったんだって。聞いてなかったか?」
そう森尾に教えられ、森尾には校門前で待ってもらうことにして、あたしと華音は指定の研究室へと向かう。
*****
由良を呼び出した、外国語担当の教授は、あまりいい噂を聞かない。
逆に言って、悪口を言ってる奴らの方が多い。
あたしも、あまり好きじゃなかった。
自分の知識をひけらかしているところが特に気に入らねえ。
教授の研究室の扉の窓から中を窺って見る。
見た目フサフサ黒髪の紳士なのに、研究室の中は散らかっていた。
席に座った教授とその前に立つ由良の姿が見える。
なにを話しているのだろうか。
教授は微笑んでいるのに、由良は睨むように教授を見下ろしている。
気になって耳を澄ませてみた。
「で、キミはどうしたい? 留学できるんだぞ」
自分の耳を疑い、華音と顔を見合わせる。
留学? 留年じゃなくて?
扉に耳をくっつけた。
「オレ、留学しねーし、第一、留年ヤローを向こうにやっていいのかよ」
「そこは私がなんとかしよう」
「物好きな教授だな。向こうもあんたも」
「よく考えてみろ、由良。向こうの大学に行けば、思う存分好きなだけ絵が描けるんだ」
「だからって、あんたの顔立て役になるつもりはねえよ。オレが気に入らねえなら、退学にすりゃあいい」
「……………」
「絵はどこでも描けるしな」
ふと教授は不敵な笑みを浮かべ、スーツのポケットから写真を取り出して由良に見せた。
途端に、由良の顔が強張る。
「テメー…!」
「残念だが、この写真は公開させてもらうよ。美術室で撮ったんだ。キミは作品を完成させても、すぐに壊してしまうからね」
由良はすぐにそれを奪い取り、ビリビリに破った。
だが、教授の笑みは消えない。
「写真のもとを燃やさないかぎりムリだよ。訴えるかい? そんなことをしても、キミにとっては手遅れだ。どうする? 怯えたキャンパスライフを過ごすか、それとも……」
「……………」
由良のあんな顔は初めて見た。
同時に、あたしの中に沸々と怒りが湧き上がる。
「…はっ。それで出来のいい学生送り込んだのかよ。悪知恵が働くことで」
「憎まれ口にはもう慣れたよ。よく考えて決めることだね。…まあ、答えはすでに決まっているだろうが…」
「…クソ教授が!」
由良はそう吐き捨てて扉に向かって歩いてくる。
あたしと華音は慌てて近くにあったロッカーに飛び込んだ。狭すぎて華音と抱き合う形になる。
由良の足音が通り過ぎ、大きく息を吐いた。
「狭い~」
「い…、行ったか?」
ゆっくりと扉を開けた瞬間、廊下に倒れこむ。
起き上がったあたしは、研究室を睨みつけた。
「最低だな。胸糞悪くなる…!」
「どうするの?」
いきなり突入するのはまずいことはわかってる。
あの教授のことだ、絶対シラを切るに違いない。
あいつを留学させてたまるかよ!
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