10:なにもなくなるのは
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由良達の脇に転がっていたニセレンの姿のままの草鹿は、知らない間に解放されてることに気づき、肘から下を失った両腕で地を這いつくばりながら泉達のいる方へ向かった。
転がったことで泥まみれになった泉達は、地面に打ち付けたところを擦りながら起き上がったところだ。
「泉、右京、左京! すまない…っ、“変化”がバレた…」
「ああ…、草鹿…」
痛む頭を擦っていた泉は、草鹿の前に膝をつき、涙を浮かべた憐れみの目を向けて抱きしめる。
「なんてかわいそうな姿に…」
「ううっ。血は止まったがまだ痛む…。あのシャボン玉の奴に両腕を…」
「ああ…。その姿じゃ“変化”でいつものハトになっても飛ぶことはできないし、自害することもできないから、脅されてここまで案内させられたわけだな?」
「泉…?」
「任せろ、草鹿。年は違えど、同期じゃねーか」
「!!」
影から静かに取り出したドスの鞘を抜き、泉は躊躇なく草鹿の心臓目掛け背中に突き刺した。
「い゛…っずみぃ…っ!」
喧嘩していたレンと由良、森尾も何事かと目を見開いて凝視した。
泉の腕の中で、込み上げる血を吐き出しながらもがき苦しむ草鹿の姿を、右京と左京は静かに見守っている。
「銀夜ちゃんへの裏切り行為を栄二ちゃんが許すわけないでしょ」
「さよなら、草鹿ちゃん」
草鹿の肌から魚の鱗のようなものがすべて剥がれ落ち、白髪まじりの短髪で五十代前半の茶色の着流しの男が息絶えた。本来の草鹿の姿である。
泉は涙を流しながらドスを引き抜き、草鹿を地面にそっと寝かせた。
「なにしてんだよ…。テメーの仲間だろ!?」
思わず声を荒げたのはレンだ。
泉は「そうだ」と肯定し、サングラスを持ち上げて涙を拭った。
「草鹿のこんな不憫な姿と失態を若に知られるわけにはいかねぇ。せめてオレが介錯してやるのがケジメってもんだ。嬢ちゃん達のようなお遊戯会の集まりじゃねーんだよ、オレ達…室組は…!」
「ほざくなよ、おっさん。なにがケジメだ、聞こえがいいように言いやがって、気色悪ぃ…!」
露骨に嫌悪の顔を向けるレン。
ドスの刃先をレン達に向ける泉に笑ったのは、由良だ。
「へー、お遊戯会だってよ。確かに楽しくはやってるよな?」
「特におまえらがな。オレは真面目にやってる」
「よく言うぜ、モリヲ」
「森尾だってこの前もトランプゲームでムキに…」
「なってないっ」
由良とレンに言われ、森尾は思い出してもムキになって言い返す。
そんな光景に、泉は苛立ちを募らせた。
「北条レン、森尾健一郎、由良匠…。予定はだいぶ狂ったが、テメーらはこの場で殺してやるよ…。おまえらが古参組で助かるぜ」
殺気立つ泉達に、レン達も警戒する。
「由良、レン…」
「ああ。敵さん、やる気みたいだな…」
「ちょっと待て、由良。おまえ…タクミって名前なのか?」
初耳なんですけど、と目を丸くするレンに、由良と森尾は力が抜けそうになった。
「今気にすることかそれ!?」
「すげー今更じゃねぇ? オレも名乗ってなかったけど」
「てっきり“由良”が名前だと思ってたわ。タクミってどういう字?」
「巨匠の“匠”な」
「きょしょう…」
「だからぁ」
呆れながら由良は適当に小枝を拾って「こう…」と“匠”と地面に書く。
覗き込むレンは「あー、こう書くのか。どっちにしても意外」とこぼし、由良も「どういう意味だよ」と睨みながら足で名前を消した。
同時に、はっとした森尾は由良とレンの襟首を後ろからつかんで後ろに大きく飛んだ。
「「!!」」
瞬間、先程まで立っていた場所から剣山のように木の根が数本飛び出した。
地に手をついて操っていた右京が舌打ちする。
「集中!!」
「「はーい」」
森尾に叱られ、レンと由良は口を尖らせた。
「ほんっと騒がしくてウッザい奴ら。死ねばいいのに」
左京は両腕をかざし、蛾の大群を飛ばしてくる。
「あの蛾、酸で出来てるから気をつけろ!」
声を張り上げるレンに、由良は「りょーかいっ」と自身の上唇を舐めて大量のシャボン玉を浮かばせ、蛾の大群にぶつけた。
バババババッ!
「「「「うわあああああっっ!?」」」」
結果、シャボン玉に触れたことで酸の塊である蛾は飛散し、両者にきめ細かい酸が降りかかる。
慌てる泉達とレン達。
「左京! あいつとの相性最悪そうだからやめとこって話してたでしょ! ダッサいわねー! こっちまで溶かす気!?」
「反撃してきたのはあっち! そんなのあのバカ共が理解できるわけないでしょ!」
「アホなケンカ始めるんじゃねーよ! あいつらの真上に飛ばせ左京!」
泉に言われるままに左京は蛾の大群を操り、レンの真上に飛ばした。
由良のシャボン玉を当てれば間違いなく酸の雨が降るだろう。
判断して動いたのは森尾だった。両手の間に風の塊を作り出し、降下する蛾の大群に放った。
ゴォウッ!
風に巻き上げられレン達から離れたところに飛ばされた蛾の大群は木や枝にぶつかって飛散する。
難を逃れたと思った矢先、
ドンッ!
「うっ!」
森尾の左肩を銃弾が貫いた。
「森尾!」
レンは森尾に飛びつき、森尾の頭目掛け飛んできた銃弾を間一髪でかわす。
地面に倒れた2人に木の根が槍のように伸びてきた。
すぐにレンと森尾の前に立った由良は、シャボン玉で木の根を木っ端みじんに破壊する。
拳銃で撃ってきたのは泉だ。
両者は睨み合いとなった。
「能力者なのに飛び道具かよ。つまんねーな」と由良。
「オレは草鹿みたいに破壊には向いてなくてな…。卑怯なモンはなんでも使うぜ」と泉。
「くっ…! 由良、どけ!」
レンと共に地面に倒れていた森尾は、撃たれた左肩を右手で押さえながら無理やり動かし、左腕を振り上げた。
縦に飛ばされたカマイタチが由良の横を通過し、泉に向かう。
だが、反射神経でひらりとかわされた。
「そっちの兄ちゃんは直線的で使い方がなってねーな、勿体ない…。っと!」
泉が拳銃を構えた瞬間、野球ボール状のプラズマが飛んできて思わず身を引いてそらす。
レンが投げつけたのだ。
レンは森尾を支え起こし、「由良、森尾…」と泉達を見据えたまま声をかける。
耳打ちし合うレン達の姿を見て、泉は、厄介だな、と舌打ちした。
「相談してる時間なんざ…」
言いかけた時、レンは弾かれたように反対側に向かって走り出し、続いて森尾も“風”の能力で宙へ飛び、泉達の視界から消える。
「「「!?」」」
突然のことに泉達は目を見開いて驚いた。
「逃げただと!?」
「どこ見てんだよ、オレがいるだろ」
その場に残った由良はベッと舌を出し、ポケットに手を突っ込んだまま大量のシャボン玉を出現させた。
「あのアマと眼帯のお兄さん…、まさか、あいつひとりに私達の相手させる気!?」
「ウッザ! ナメるんじゃないわよ…!」
右京と左京が臨戦態勢だが、由良の能力を警戒して迂闊に距離を縮められない。
額に汗を浮かべた泉は「おまえら待て!」と止めた。
「あの3人の中で一番面倒なのはあいつだ。3人がかりでも時間がかかって逃げた奴らが応援を呼ぶかもしれねぇ…! オレが金髪の兄ちゃんを追う。左京、おまえは嬢ちゃんの方だ!」
「じゃあ私は…」
「予定通り、あいつの担当だ」
「マジで…」
由良の能力を目の当たりにした右京は、露骨に嫌そうな顔をした。
「行かせるかよ」
由良は泉達に向けてシャボン玉を飛ばす。
「ほんと最悪…っ!」
悪態をつく右京は膝をついて地面に両手を当て、盾代わりに根を真っすぐに生やして壁を作り、泉と左京への攻撃から守った。
木の根が身代わりとなって粉砕された時にはすでに泉と左京は走り出し、レンと森尾を追う。
「あーあ、オレがまとめて遊んでやってもよかったんだけどな」
由良は肩を竦めて残念そうに言った。
同時に、足下が盛り上がったので瞬時に大きく飛び、真上にあった木の枝につかまって地面から飛び出した木の根の槍を回避する。
「あらぁ、私じゃ不満なの? おにーさん」
右京は頬を紅潮させ、不気味に笑っていた。
一方、泉は木の枝から枝へ飛び移り、空を見上げて森尾の姿を追っていた。
宙を移動する森尾は背を向けたまま、泉の気配に気付いていない様子だ。
ほくそ笑む泉は森尾の背中を狙い、銃口を向けた。
「!!」
ドカッ!
引き金を引こうとした直前、横から飛び出したレンが泉の横っ面目掛けて空中で回し蹴りを食らわせる。
咄嗟に気付いた泉は片腕で頭を守るが、体勢が崩れて地面に落下した。
「うぐっ」
受け身はとったが、すぐに体勢を変えて後ろに跳んだ。
落下した場所にはレンが少し遅れて着地する。
あわよくば、踏みつけようとした様子だ。
そううまくはいかないか、とレンは舌を打った。
「おまえ…っ」
泉は片腕にわずかな痺れを覚える。蹴りを食らわせたレンの足には電流を帯びていたからだ。
「おっさんなら森尾を狙うと思ってた。森尾にとって相性悪いのはアンタだからだ。銃で撃たれて落下したところを接近戦に持ち込まれたら、森尾は勝てない。殴り合い、不得意だからな」
「は…っ。逃げたのは芝居か。初めからオレ狙いってか?」
「その通り。影の中に隠れる前に見つかってよかったぜ」
「……オレの能力(ちから)、わかってるみたいじゃねーか」
「ああ。“影”だろ? あたしを背後から襲った時も、保険で右京って奴の影の中に潜んでたってわけだ。数々の凶器も、影の中に収納可能。ある種、便利な能力だな」
「そりゃどー…も!」
泉がレンの顔面目掛けて拳銃の引き金を引くが、レンは寸前で顔を傾けてかわし、右足を振り上げて拳銃を蹴り飛ばし、すかさず左コブシを握りしめて泉の右頬に叩き込んだ。
ゴッ!!
「っ!!」
泉がかけているサングラスの右目部分が破損する。
「森尾を撃ちやがってこのヤロウ…! 撲ってくれたカリも返してやる…!」
唸りまじりに言い放つレン。まだ殴り足りないようだ。
空を飛ぶ森尾も、銃声を聞いてレンが戦闘中だと察していた。
(レンの読み通り、あのグラサン、オレを狙ったってことか…。オレは……)
森尾は、確かあの辺りか、と目星をつけてカマイタチを飛ばした。
「キャ―――ッ!!」
木々が切り倒される音と共に、男の甲高い悲鳴が聞こえる。
逆に森尾が驚かされた。
『森尾、あたしが直線的に走ったと思う方向に、時間を置いてカマイタチをぶつけてくれ。たぶん左京が逃げるあたしを追ってくる。泥濘にわざとつけた足跡を追ってな…』
「どんな場数踏んでるんだよ…」
悪い顔のレンを思い出して呆れ気味に呟きながら、森尾はおそるおそる悲鳴が聞こえた方へ近づいた。
「!!」
ぶわっと蛾の大群が森尾目掛けて飛んでくる。
驚かれた森尾だったが、すぐに急ぎで作った風の塊をぶつけて散らした。
「なるほど、オレ向きだ…」
妙に納得しながら森尾は左京の行方を捜し始める。
その間も、蛾の大群は森尾を狙って襲い掛かってきた。
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