10:なにもなくなるのは
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『死んだらどうなるか? そりゃあ、消えるだろ』
リビングで2人きりでテレビを見ながらドーナツを食べていた時の会話だ。
動物番組の後半にある、サバンナの弱肉強食のシーンでふと思ったレンが質問を投げかけ、返ってきたのがその答えだ。
当時、10歳のレンは、兄の水樹のあっさりとした言葉に唖然としてしまった。
『き…、消えるの?』
『オレはそう思ってるって話だ』
数年前に母親に同じ質問を投げかけた時、母は「天国や地獄に行く」と教えてくれた。
水樹は好物のイチゴドーナツを食みながら話し出す。
『―――前も話したけど、オレの本当の母親は、居眠り運転の車に轢かれて死んだ。即死じゃなかったから、長く苦しんだらしい。…死んだあと、親父はガキのオレに、「お母さんは天国で幸せに暮らしてるよ」って言ったんだ。慰めのつもりだったかもしれないが、オレは腑に落ちなかった…。「オレがいなくても、母さんは幸せなのか…」って。居眠り運転した奴だって、家族には優しい男だったのに、会社に無理な仕事押し付けられて睡眠不足で事故を起こしたらしい。一言で地獄行きもかわいそうだろ。追い詰めた会社も悪いわけだし。……でも親父は、それを望んでるけどな』
『消えるのもかわいそうじゃないの?』
『親父は母さんの死に際に、「オレも死んだらそっちに行くから」って言ったんだ。なのに、今はこうしてレンの母親と結婚して、新しい人生を歩いてる気になってる。墓の前では「すまない。だけど、おまえなら許してくれるよな?」だ。…そっちの方が、母さんがかわいそうだろ。天国、地獄、生まれ変わりって死生観に救われる奴もいるが、結局は自分を納得させたいだけで、誰だって死んだらその次が欲しくなる。どこにもいなくなるのが怖いからだ』
『まあ、これも、オレが自分を納得させたいだけの持論か…』と苦笑する水樹だったが、レンの中で、何かが型にはまった気がした。
『レン、おまえも…なにもなくなるのは怖いだろ?』
テーブルを挟んだ兄とのある日の出来事を思い出しながら、レンは目の前の男達を睨み、手負いの野良犬のように歯を剥いて唸っていた。
右京の能力で操った太い木の根で身体を縛られ、立ったまま太い木の幹にきつく固定されている。
頭から流れる血は、乾いて左半分の顔の皮膚に張り付いていて不快だった。
(こんな中途半端なところで死んでたまるかぁ―――っっ)
レンの目の前にいる右京、左京、泉の3人は、身動きがとれずとも漏電で威嚇するレンから距離を置いて見据えていた。
「あの電気ウナギ、触ろうとしたらバチバチと威嚇してくるわよ。煩わしい…。鉄製のペンチやナイフだとこっちが感電や電熱で火傷するから拷問できないじゃない」と憎々し気に睨む右京。
「電気ウナギっていうより、野犬よ、野犬」と嫌悪の表情を浮かべる左京。
「いっそ仲間に引き入れたくなるくらいイキがいいよな、あのじゃじゃ馬」と笑う泉。
「まー、時間の問題だ。あの女の能力(ちから)は無限に使えるわけじゃねぇ。電池切れになるまで消耗させとけば問題ねーはずだ」
あらかじめ銀夜に聞かされていた泉は腕を組んで余裕を見せている。
「だからよぉ、嬢ちゃん。そのままでもいいから、仲間の情報を言っといた方が、優しくしてやるぜ? こっちだって騒ぎになるもんは取り出したくねーんだ」
そう言って泉は身を屈め、自身の影に手を突っ込んで拳銃を取り出し、レンに銃口を向けた。
「…っ」
さすがにレンも日常では見慣れない武器に息を吞む。
「それは音が出るから使わないんじゃなかったの?」
「そーそー。勝又の仲間が一気に来たり、隠れられたら面倒じゃない?」
右京と左京に窘められるが、泉は「わかってるって」とうんざりした顔を仰いだ。
「嬢ちゃんの仲間を殺った草鹿と合流してからだな。今頃、“変化”の能力で嬢ちゃんに化けた草鹿が奴らに近づいて後ろから殺ってるはずだ。情報は古参の奴らしか入ってねえから、先にそいつらを片付けておくのがいい。だから、オレ達が欲しい情報を手に入れたあとは、また草鹿に嬢ちゃんか殺した誰かに化けてもらって……」
「……はは…」
泉達の視線がレンに集中する。
レンは状況にそぐわず口角を上げていた。
「…今、笑ったか?」
声色が鋭くなる泉に対し、レンは「ああ…」と笑みを含めて答える。
「おまえらさー、あいつらナメすぎ…。淡々と言ってる割に計画がズサンすぎねぇ? あたしに化けたからって由良は優しい顔しねーよ? さっきもケンカしたとこだし。なに? 代わりに仲直りしてくれんの? 銀髪ヤロウが一から全部計画立ててるんだったら随分とお優しいんだなー」
泉達の目には、レンが「あはは」と笑いながら木の幹に体重を預け、くつろいでいるようにも見えた。
泉はポケットからバタフライナイフを取り出し、レン目掛け投げつける。
刃先はレンの首を掠め、幹に刺さった。
笑うのをやめたレンは首筋に流れる温かい血を感じる。
「笑うなよ…。若がほとんどオレを筆頭に一任してくれたんだ。臨機応変ってやつだ。どうやって分断させようか考えてた矢先におまえらが勝手にケンカしてくれて助かったぜ。おまえ、あのチームには合ってねーんじゃねえか? 人殺しがそんなに怖いか? オレ達の仲間を殺したくせに」
「……………」
「ああ…、式條…」と嘆く泉のサングラスの隙間から涙がこぼれ落ちた。
「かわいい舎弟だったのによぉ…。あいつ…、親のネグレクトのせいで、腐った食い物しか食べさせてもらえなかったんだ…。オレが拾って若と一緒に面倒見てきたのに…」
「……………」
殺した相手の過去に触れ、レンは奥歯を噛みしめながら、「おまえらが…」と声を絞り出す。
「おまえらがあたしの兄貴殺してなかったら、そうならずに済んだんじゃねーのか!! 父親の暴力からあたしと母さんを助けてくれた兄貴を殺したのは、テメーらだろ!!」
漏電と共に爆発的な憤怒と一緒に思い出したのは、幼い日の記憶だ。
『レン、ここに隠れてて。何度も…ごめんなさい…』
『やだ…、おかーさん! おかーさ…』
狭い押入れの下に隠され、閉められる戸。
真っ暗闇の中、外から聞こえるのは、父の罵声、殴る音、母の悲鳴。
なんでオレがこんな目に、オレは悪くない、おまえらのせいだ、と酒息まじりの身勝手な怒号。
『おとーさん、やめて…、おとーさん…ッ』
泣きながら怯える幼いレンが小さな両手に握りしめるのは、星形の缶バッジだった。
「うぐ…っ、―――っっ!」
突然、レンの身体を縛る木の根が蛇のように蠢き、骨が軋むほどきつく身体に食い込んできた。
締め付けられるレンは息が吸えず、苦痛の表情を浮かべる。
冷ややかな目の右京は右手をかざし、何かをつかむ形にしていた。
「もういいわ、栄二ちゃん。今までの拷問相手見てきてわかるの。こいつ絶対喋らない」
「待て待て。情報の収穫がゼロは困るぜ。せめて広瀬雄一の弱点を…」
そんな会話を聞きながら、レンは朦朧とした意識の中で、部屋に閉じ込められた恵の姿を思い浮かべていた。
(恵…。会いたい奴がいるのに…、あたしはなにもしてあげられなかった…)
続いて、華音を思い出す。
(華音…、もうすぐ帰ってくるって聞いてたのに…。森尾も、どこにいるかわからないって言ってたし……。あ…、森尾…、買い物の荷物任せっぱなしだ……。悪いことしたな……)
ここまでくると走馬灯かもしれない、と思った時に最後に浮かんだのは由良だ。
(由…良……)
隣で、子供のような笑顔で幸せそうにジュースを飲んでいた由良の姿を思い出す。
「……ッ、死…ねるか……ッ」
声を絞り出し、唇の端を噛んで徐々に離れる意識をつかもうとする。
(あたしはまだ…、なにも残してない…っ!)
目の輝きが蘇るレンに対して冷や汗を浮かべた右京は「やっぱりここで殺すわ!」と自己判断し、とどめを刺そうとした。
ゴオッ!
その時、強烈な突風が吹いた。
「「!?」」
「うお!?」
襲いかかってきた突風に泉達が後方へ吹っ飛ばされる。
バシュッ
泉達が地面に転がると同時に、レンの身体を締め付けていた木の根が破裂音と共にあっという間に粉砕され、解放されたレンはその場に膝をついて「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ」と咳き込んだ。
そんなレンの目の前に、木から飛び降りた由良と、案内役として連れてきた草鹿の首根っこをつかんだまま舞い降りた森尾が、同時に地に足をつく。
「はっ、はあ、あ……」
肩で息をしてながら、レンは2人の背中を見上げる。
振り返る由良は、持っていた帽子をレンの頭の上に押し付けた。
「あーあ、ヒドイありさまだな」
前屈みになって、レンの血で汚れた顔をまじまじと見つめた。
レンは思わず左手で顔の半分を覆って隠す。
「大丈夫か!?」
そう言って森尾がレンの手をとって引っ張り起こした。
「由良…、森尾……」
声が震える。安堵して何かが溢れ出しそうだった。
「レン」
「由良…」
目と目が合う2人は、駐車場での諍いを思い出す。
傍にいる森尾は、頼むから仲直りしてくれ、と見守っている。
レンと由良は同時に、仕方なさそうに小さく笑った。
「「おまえとのケンカはなかったことにしてやるよ……は?」」
「あ゛?」「あぁ?」
直後、先程まで笑っていた2人の額に青筋が浮かび、表情筋がひくついた。
「なんでテメーが上から目線なんだよ!」
「うるせー! それはこっちのセリフだっつの! そもそもアレは由良が…」
「オレのせいじゃねーだろ! ったく、痛い目に遭ってしおらしくなるかと思えば…。そもそも、捕まってやられそうになってんじゃねーよ。お姫サマかよっ」
「誰が姫だこのヤロー!」
「なんだこいつやんのか!?」
「いいぜ! 今度こそ負かしてやる!」
レンは由良の鼻や髪をつかみ、由良もレンの両頬を引っ張り、まるで子ども同士の喧嘩だ。
ぎゃいのぎゃいのと喚く日常通りの2人の喧嘩の様子に、森尾は呆れながらもホッする。
由良は「モリヲ、間違いなくこいつホンモノだぜ、ムカつく!」と叫んだ。
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