短編:番犬は咎人と語る
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・レン
勤務時間はほぼ1日中だ。
休憩時間は2時間に15分ずつ。
風呂と食事の時間もそれに含まれる。
寝る場所は死刑囚の入った檻の前だ。
いつも座った状態で眠るのだ。
少しでも音を聞いたり、気配があれば、すぐに起きられるように訓練を受けている。
そのため、脱獄されたり、寝首をかかれることを許したことは一度もない。
布団の上で大の字で眠れるのは、休暇の時だけだ。
今回は大量殺人犯が死刑になる日まで、休暇はなしの方針だ。
あたしはその方がいい。
休暇は1日だけだし、ほとんど、監獄内の寮にある自分の部屋で過ごすだけだ。
部屋で寝るか、警棒や銃の手入れをするか、死刑囚の資料を見るか。
結局、外に出ず、休暇も仕事のことばかり。
罰を与えるのがあたしの役目。
それ以外にできることなんてなにひとつない。
死刑囚とは関わってはならない。
情も移してはならない。
「なのに、甘いよな…」
休憩室でひとり資料を手に呟いた。
由良の資料だ。
経歴はじっくり見ていなかったため、もう一度読み直していた。
時間までまだ10分もある。
「……………」
3年に渡り、54人も殺害。
老若男女問わずで、全員、無関係の人物ばかり。
それから3年後に自宅で逮捕。
暴れたわけでもなく、本人はおとなしく手錠をかけられたらしい。
家族は父親しかおらず、その父親も数年前に他界したようだ。
由良の顔を思い出し、首を傾げる。
―――あいつが54人もなぁ…。
確かに危ないツラだが、中身はただのお調子者だ。
なにを思えば54人も殺せるのだろうか。
精神も異常はないと聞く。
「まず、いくつだ…?」
最初の殺人事件の発端から逮捕まで6年もかかっているではないか。
3年後に逮捕、と書かれているが、最後の殺人から逮捕までの空白の3年間も気になる。
*****
由良の死刑まで、あと2ヶ月と5日。
由良はここに入る前のことを話していた。
向こうの牢屋もこことは違うってこと、あちらの見張りも厳しかったってこと、ここの看守ほどではないが酷い扱いを受けていたことなど。
あたしは「そうか…」とだけ言った。
由良は鉄格子に近付き、あたしに尋ねる。
「レンはなんでこんなとこで看守やってんだ? まあ、強いし、天職だとは思うぜ」
「……………」
自分の過去を聞かれたのは初めてだ。
由良はあたしの表情を窺い、鉄格子から離れた。
「…言いたくなきゃ……」
「幼い頃…」
「!」
思わず口にしてしまった。
黙ろうかと思ったが、途中で止めるのはあたし自身も気持ち悪い。
「…幼い頃、署長に孤児院から引き取られた。署長は、見込みのある子供を引き取っては、ここの看守をさせるために訓練所で鍛えさせるんだ」
始めはとても辛かった。
1日が終わった頃には痣と傷だらけ。
夜はたびたび夜襲をかけられた。
神経を研ぎ澄ませた寝るなんてことは、並大抵のことではできるわけもなく、閉じかけていた傷口も開いてしまう毎日だった。
最初は数十人いた仲間も、逃げだすものや衰弱して死ぬ者が多かった。
慣れ合うことさえ許してくれない。
けれど、出て行っても、行くところはない。
だからあたしは耐えながら、時を過ごした。
そして、正式な看守としてこちらにやってきたときには、仲間はたったの数人しか残っていなかった。
「あたしはここじゃないと生きていけない…」
話したあと、由良に振り返る。
由良は壁に背をもたせかけ、鎖をいじりながら聞いていた様子だ。
「おまえも囚人みたいだな」
それはあたしもわかってる。
けど、誰かに言われると腹が立つ。
苛立ちを込めて言い返した。
「死刑囚よりはいいさ」
「死ぬまで看守よりはマシだ。オレみたいに、この監獄の鎖に繋がれてるじゃねえか」
由良が自分の首の鎖を短く引っ張る。
ジャギンッ、という金属音が鳴った。
あたしは思わず自分の首に触れる。
首輪がないとわかっているのに。
「一緒にするな。それしかないからやってるだけだ」
「外に出たことねえだろ? やりたいことなんざ、ごまんとある」
怖いからできないと感づいてほしい。
そこから先はなにを言われようが無視、と考えたが、
「オレがその鎖を外してやる」
「!」
続いて、とんでもないことを口にした。
「オレの鎖をはずせ。一緒にここから出ようぜ」
「バカ言うな!!」
こんな大バカ者は見たことがない。
誘う相手を根本的に間違えている。
「あたしは看守だ。忘れたか?」
「やめちまえばいい」
ドン!
銃を取り出し、由良の顔の横の壁を撃った。
当然、わざとだ。
「今のは聞かなかったことにしてやる。次にまたふざけたことを抜かしてみろ! その喉潰すぞ!」
牢屋中に轟くほど怒鳴ったあと、あたしは鉄格子に背をもたせかけ、座りこんだ。
「…どうした?」
「……こんなに喋ったり怒鳴ったりしたの初めてだから…、疲れた…」
由良のせいだ。
死刑の日が、早く来ないだろうか。
これ以上、こんな自分を見られたくない。
あれから特に変化はなかった。
あの時の会話がなかったかのように。
由良は相変わらずベラベラと喋ってくるし、「お菓子が食いたい」と生意気に不満も言うようになったし。
あたしは銃を出すより、口が出るようになった。
言えば言い返すだけだが、明らかに相槌ではない。
この部屋の担当があたしひとりでよかった、と心から思う。
こんなあたしを見れば、同じ看守はもちろん、署長になんて言われるやら。
良くても、謹慎処分だ。
由良の死刑まで、あと1ヶ月と15日。
あたしは食堂の出入口に立ち、警棒を持ったまま、手を後ろに組みながら、食事中の死刑囚達を見張っていた。
少し硬めのパンに苦戦している由良を見つめながら、あの時のことを考える。
『オレの鎖をはずせ。一緒にここから出ようぜ』
―――だまされるな。ただ自分が出たいからあんなことを言ったに決まってる…。
死刑囚を信用するな。
何度も頭の中でそう繰り返す。
ふと、由良がこちらに振り向き、突然声を上げた。
「おい!」
「!?」
そこであたしは、目の端に映ったものに気付く。
先に映ったのは、鈍く光るナイフだった。
反射的に、持っていた警棒でガードするが、力負けしてしまい、警棒が手から離れ、空中で回転した。
警棒は死刑囚達の目の前にあるテーブルに転がる。
それを見逃す死刑囚達ではない。
一斉に立ち上がり、こちらに向かってきた。
「殺せ!!」
誰かが叫び、周りを煽る。
襲いかかる死刑囚達の手には、ナイフとフォークが握りしめられていた。
「く…っ」
ホルスターから拳銃を取り出して撃ちまくるが、限度がある。
弾はすぐになくなった。
だからといって、装填する暇も与えてくれない。
襲いかかってくる奴の顔面をコブシで殴ったり、腹を蹴ったりなどで撃退するが、武器がないと厳しい。
襲いかかってくる奴らはほぼ興奮状態だ。
騒ぎを聞きつけて、誰か応援にきてくれないかと願ったが、扉越しに気配は感じられない。
「ぐっ!?」
突き飛ばされ、扉に背中をぶつけた。
座りこむのを我慢する。
あっという間に死刑囚達に囲まれてしまった。
「しぶとい女だ」
「今まで散々撲ってくれたよな」
憎々しげに睨まれる。
真正面にいる死刑囚が、あたしの顔目掛けてナイフを振り下ろした。
あたしは左腕を上げ、顔を守る。
「!」
赤い雫が床に落ちた。
しかし、それはあたしの血ではない。
目の前には見覚えのある背中があった。
「由良…?」
由良の左腕から血が滴る。
あたしを庇ったのだ。
左腕には一筋の赤い線が刻まれている。
死刑囚達が一歩下がった。
あたしは由良の表情を窺う。
「触んな、クズ共」
思わず背筋が凍った。
あのいつもヘラヘラしている由良が、今は冷酷な顔をしているからだ。
威嚇するように、死刑囚達を見回す。
由良は前を向いたまま、あたしに警棒を渡した。
テーブルに落ちたものを持ってきてくれたようだ。
あたしは素直に受け取り、構えた。
「おまえらの罰はあとだ。さっさと自分の檻に戻ってもらう」
途端に、全員が怯えた顔をする。
由良を除いて。
「なんの騒ぎかね」
「!」
入ってきたのは、署長だ。
「喧嘩かい?」
「…いえ、襲撃を受けました」
署長は周りを見回し、それはすでに解決したと理解した様子だ。
「ケガは?」
「あたし…、私は無事ですが、死刑囚のひとりがケガを負ってしまいました」
署長はあたしの隣にいる由良に視線を移す。
由良は左腕の傷口を右手で押さえつけていた。
「……………」
一瞬、署長の目つきが鋭くなった気がした。
「彼にも罰を」
「!?」
「なにを驚く? ケガを負ったということは、襲撃の中にいたということだろう」
「しかし、彼は巻き込まれただけです!」
あたしを庇ったと言えばいいところなのだが、謹慎処分を受けてしまう。
どうしても、それだけは避けたい。
「この中で最も恐ろしい殺人鬼が巻き込まれるものか…」
「いくら署長でも、それは理不尽では…」
こじつけで罰を与えているわけじゃない。
「罪人には理不尽になるものだ。それも罰を与える者の役目だろう」
あたしは危うく怒鳴るところだった。
「理不尽になれとは聞いてない」と。
理不尽なのは、殺人者の方じゃないのか。
「さぁ…」
署長は今この場で由良を撲れと言っている。
「ほらよ」
由良は自ら膝をついた。
あたしは由良を見下ろしたまま、動けない。
「何度撲られてると思ってんだ。今更なんだよ」
背後では署長が見ている。
他の死刑囚達もだ。
「助けてもらっておいて」という非難の目で。
あたしは息を大きく吸って吐き、警棒を振り上げる。
ゴッ!
由良の左側頭部を撲った。
由良は横に倒れる。
署長に振り返ると、署長は笑みを浮かべていた。
それから「それでいい」と言って出ていく。
「由良…」
「もうちょい、ひと思いにやってくれねえか…」
由良は上半身を起こし、左側頭部を擦った。
署長の目の前だったし、ひと思いにやったつもりだ。
警棒を持つ左手が痛い。
ズキズキと。
いや、痛いのは左手じゃない。
―――どこが痛む…?
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勤務時間はほぼ1日中だ。
休憩時間は2時間に15分ずつ。
風呂と食事の時間もそれに含まれる。
寝る場所は死刑囚の入った檻の前だ。
いつも座った状態で眠るのだ。
少しでも音を聞いたり、気配があれば、すぐに起きられるように訓練を受けている。
そのため、脱獄されたり、寝首をかかれることを許したことは一度もない。
布団の上で大の字で眠れるのは、休暇の時だけだ。
今回は大量殺人犯が死刑になる日まで、休暇はなしの方針だ。
あたしはその方がいい。
休暇は1日だけだし、ほとんど、監獄内の寮にある自分の部屋で過ごすだけだ。
部屋で寝るか、警棒や銃の手入れをするか、死刑囚の資料を見るか。
結局、外に出ず、休暇も仕事のことばかり。
罰を与えるのがあたしの役目。
それ以外にできることなんてなにひとつない。
死刑囚とは関わってはならない。
情も移してはならない。
「なのに、甘いよな…」
休憩室でひとり資料を手に呟いた。
由良の資料だ。
経歴はじっくり見ていなかったため、もう一度読み直していた。
時間までまだ10分もある。
「……………」
3年に渡り、54人も殺害。
老若男女問わずで、全員、無関係の人物ばかり。
それから3年後に自宅で逮捕。
暴れたわけでもなく、本人はおとなしく手錠をかけられたらしい。
家族は父親しかおらず、その父親も数年前に他界したようだ。
由良の顔を思い出し、首を傾げる。
―――あいつが54人もなぁ…。
確かに危ないツラだが、中身はただのお調子者だ。
なにを思えば54人も殺せるのだろうか。
精神も異常はないと聞く。
「まず、いくつだ…?」
最初の殺人事件の発端から逮捕まで6年もかかっているではないか。
3年後に逮捕、と書かれているが、最後の殺人から逮捕までの空白の3年間も気になる。
*****
由良の死刑まで、あと2ヶ月と5日。
由良はここに入る前のことを話していた。
向こうの牢屋もこことは違うってこと、あちらの見張りも厳しかったってこと、ここの看守ほどではないが酷い扱いを受けていたことなど。
あたしは「そうか…」とだけ言った。
由良は鉄格子に近付き、あたしに尋ねる。
「レンはなんでこんなとこで看守やってんだ? まあ、強いし、天職だとは思うぜ」
「……………」
自分の過去を聞かれたのは初めてだ。
由良はあたしの表情を窺い、鉄格子から離れた。
「…言いたくなきゃ……」
「幼い頃…」
「!」
思わず口にしてしまった。
黙ろうかと思ったが、途中で止めるのはあたし自身も気持ち悪い。
「…幼い頃、署長に孤児院から引き取られた。署長は、見込みのある子供を引き取っては、ここの看守をさせるために訓練所で鍛えさせるんだ」
始めはとても辛かった。
1日が終わった頃には痣と傷だらけ。
夜はたびたび夜襲をかけられた。
神経を研ぎ澄ませた寝るなんてことは、並大抵のことではできるわけもなく、閉じかけていた傷口も開いてしまう毎日だった。
最初は数十人いた仲間も、逃げだすものや衰弱して死ぬ者が多かった。
慣れ合うことさえ許してくれない。
けれど、出て行っても、行くところはない。
だからあたしは耐えながら、時を過ごした。
そして、正式な看守としてこちらにやってきたときには、仲間はたったの数人しか残っていなかった。
「あたしはここじゃないと生きていけない…」
話したあと、由良に振り返る。
由良は壁に背をもたせかけ、鎖をいじりながら聞いていた様子だ。
「おまえも囚人みたいだな」
それはあたしもわかってる。
けど、誰かに言われると腹が立つ。
苛立ちを込めて言い返した。
「死刑囚よりはいいさ」
「死ぬまで看守よりはマシだ。オレみたいに、この監獄の鎖に繋がれてるじゃねえか」
由良が自分の首の鎖を短く引っ張る。
ジャギンッ、という金属音が鳴った。
あたしは思わず自分の首に触れる。
首輪がないとわかっているのに。
「一緒にするな。それしかないからやってるだけだ」
「外に出たことねえだろ? やりたいことなんざ、ごまんとある」
怖いからできないと感づいてほしい。
そこから先はなにを言われようが無視、と考えたが、
「オレがその鎖を外してやる」
「!」
続いて、とんでもないことを口にした。
「オレの鎖をはずせ。一緒にここから出ようぜ」
「バカ言うな!!」
こんな大バカ者は見たことがない。
誘う相手を根本的に間違えている。
「あたしは看守だ。忘れたか?」
「やめちまえばいい」
ドン!
銃を取り出し、由良の顔の横の壁を撃った。
当然、わざとだ。
「今のは聞かなかったことにしてやる。次にまたふざけたことを抜かしてみろ! その喉潰すぞ!」
牢屋中に轟くほど怒鳴ったあと、あたしは鉄格子に背をもたせかけ、座りこんだ。
「…どうした?」
「……こんなに喋ったり怒鳴ったりしたの初めてだから…、疲れた…」
由良のせいだ。
死刑の日が、早く来ないだろうか。
これ以上、こんな自分を見られたくない。
あれから特に変化はなかった。
あの時の会話がなかったかのように。
由良は相変わらずベラベラと喋ってくるし、「お菓子が食いたい」と生意気に不満も言うようになったし。
あたしは銃を出すより、口が出るようになった。
言えば言い返すだけだが、明らかに相槌ではない。
この部屋の担当があたしひとりでよかった、と心から思う。
こんなあたしを見れば、同じ看守はもちろん、署長になんて言われるやら。
良くても、謹慎処分だ。
由良の死刑まで、あと1ヶ月と15日。
あたしは食堂の出入口に立ち、警棒を持ったまま、手を後ろに組みながら、食事中の死刑囚達を見張っていた。
少し硬めのパンに苦戦している由良を見つめながら、あの時のことを考える。
『オレの鎖をはずせ。一緒にここから出ようぜ』
―――だまされるな。ただ自分が出たいからあんなことを言ったに決まってる…。
死刑囚を信用するな。
何度も頭の中でそう繰り返す。
ふと、由良がこちらに振り向き、突然声を上げた。
「おい!」
「!?」
そこであたしは、目の端に映ったものに気付く。
先に映ったのは、鈍く光るナイフだった。
反射的に、持っていた警棒でガードするが、力負けしてしまい、警棒が手から離れ、空中で回転した。
警棒は死刑囚達の目の前にあるテーブルに転がる。
それを見逃す死刑囚達ではない。
一斉に立ち上がり、こちらに向かってきた。
「殺せ!!」
誰かが叫び、周りを煽る。
襲いかかる死刑囚達の手には、ナイフとフォークが握りしめられていた。
「く…っ」
ホルスターから拳銃を取り出して撃ちまくるが、限度がある。
弾はすぐになくなった。
だからといって、装填する暇も与えてくれない。
襲いかかってくる奴の顔面をコブシで殴ったり、腹を蹴ったりなどで撃退するが、武器がないと厳しい。
襲いかかってくる奴らはほぼ興奮状態だ。
騒ぎを聞きつけて、誰か応援にきてくれないかと願ったが、扉越しに気配は感じられない。
「ぐっ!?」
突き飛ばされ、扉に背中をぶつけた。
座りこむのを我慢する。
あっという間に死刑囚達に囲まれてしまった。
「しぶとい女だ」
「今まで散々撲ってくれたよな」
憎々しげに睨まれる。
真正面にいる死刑囚が、あたしの顔目掛けてナイフを振り下ろした。
あたしは左腕を上げ、顔を守る。
「!」
赤い雫が床に落ちた。
しかし、それはあたしの血ではない。
目の前には見覚えのある背中があった。
「由良…?」
由良の左腕から血が滴る。
あたしを庇ったのだ。
左腕には一筋の赤い線が刻まれている。
死刑囚達が一歩下がった。
あたしは由良の表情を窺う。
「触んな、クズ共」
思わず背筋が凍った。
あのいつもヘラヘラしている由良が、今は冷酷な顔をしているからだ。
威嚇するように、死刑囚達を見回す。
由良は前を向いたまま、あたしに警棒を渡した。
テーブルに落ちたものを持ってきてくれたようだ。
あたしは素直に受け取り、構えた。
「おまえらの罰はあとだ。さっさと自分の檻に戻ってもらう」
途端に、全員が怯えた顔をする。
由良を除いて。
「なんの騒ぎかね」
「!」
入ってきたのは、署長だ。
「喧嘩かい?」
「…いえ、襲撃を受けました」
署長は周りを見回し、それはすでに解決したと理解した様子だ。
「ケガは?」
「あたし…、私は無事ですが、死刑囚のひとりがケガを負ってしまいました」
署長はあたしの隣にいる由良に視線を移す。
由良は左腕の傷口を右手で押さえつけていた。
「……………」
一瞬、署長の目つきが鋭くなった気がした。
「彼にも罰を」
「!?」
「なにを驚く? ケガを負ったということは、襲撃の中にいたということだろう」
「しかし、彼は巻き込まれただけです!」
あたしを庇ったと言えばいいところなのだが、謹慎処分を受けてしまう。
どうしても、それだけは避けたい。
「この中で最も恐ろしい殺人鬼が巻き込まれるものか…」
「いくら署長でも、それは理不尽では…」
こじつけで罰を与えているわけじゃない。
「罪人には理不尽になるものだ。それも罰を与える者の役目だろう」
あたしは危うく怒鳴るところだった。
「理不尽になれとは聞いてない」と。
理不尽なのは、殺人者の方じゃないのか。
「さぁ…」
署長は今この場で由良を撲れと言っている。
「ほらよ」
由良は自ら膝をついた。
あたしは由良を見下ろしたまま、動けない。
「何度撲られてると思ってんだ。今更なんだよ」
背後では署長が見ている。
他の死刑囚達もだ。
「助けてもらっておいて」という非難の目で。
あたしは息を大きく吸って吐き、警棒を振り上げる。
ゴッ!
由良の左側頭部を撲った。
由良は横に倒れる。
署長に振り返ると、署長は笑みを浮かべていた。
それから「それでいい」と言って出ていく。
「由良…」
「もうちょい、ひと思いにやってくれねえか…」
由良は上半身を起こし、左側頭部を擦った。
署長の目の前だったし、ひと思いにやったつもりだ。
警棒を持つ左手が痛い。
ズキズキと。
いや、痛いのは左手じゃない。
―――どこが痛む…?
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