10:なにもなくなるのは
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「はぁ…っ、はぁ…っ」
レンは呼吸を弾ませながら薄暗い森の中を走っていた。地面の泥濘に足をとられそうになる。
奇襲をかけられた場所から離れて間もない。
満身創痍というほどではないが、体中に切り傷やわずかな熱傷を負っている。少し戦っただけで劣勢を思い知らされた。
「逃げてもムダよー」
「こんな場所で私達から逃げられるわけないじゃなーい」
レンは咄嗟に木の陰に隠れ、双子の位置を把握する。
肩を並べてこちらの様子を見ながら距離を置いていた。
「聞いて聞いてー、うちのボスにー、少しでも仲間になりたい奴がいたら連れてこいって言われてんのー」
「私達の本音はー、女は全然いらないんだけどねー」
右京に続いて左京が呼びかけてくる。
「どっちにしてもヤだっつの。大体ボスって…」
「銀夜ちゃんは、別にアンタでもいいらしいけどねー」
右京の口からその名が出た瞬間、レンの表情が強張った。
「ぎんや…だと?」
「ああ、やっぱり室ちゃんの名前覚えてるみたいね。室ちゃんとしては、過去のことは水に流してみんなで楽しくやってこうってことらしいけど…。―――無理そうね」
左京はレンの表情を見て判断する。
舞い落ちる木の葉が、レンに触れる瞬間に漏電で焦げて散り散りになった。
レンは「フ…」と失笑する。
「なんとなく…予感はしてたんだよ…。能力者でいる限り、あいつとはどこかでまた関わってくる気はしてたんだ…。―――なあ、室銀夜は今どこにいる?」
「そんな、会った瞬間に喉笛嚙み千切りそうな顔した女には教えないわよ」
返答したのは右京だった。
優勢だというのに、レンの永久凍土のような殺気立った瞳と雰囲気にわずかな汗を浮かべた。
それは隣に立つ左京も同じで、「右京、早くカタをつけましょ。アイツらがうるさい…」と前を見据えたまま右京を促す。
「そうね、左京。とりあえずあの女を、溶かすなり縛るなりで動けなくして、仲間の情報を吐かせましょ」
「右京、私達の得意分野ね」
右京と左京は眉を八の字にしたあと、瞬時に不敵な笑みを浮かべ、右京が前に出て右手をかざした。
すると、レンの足元から這い出た木の根が、レンの右足首をとらえる。
「!」
茂みに引きずり込まれそうになったが、足首に集中放電し、木の根を燃やして抜け出した。
「そんなダッセー攻撃きくかよ!」
「なにあのアマむかつく」
「アハハッ。言われてやんのー、右京。私に任せなさいってば、足を封じるってこうやるのよ!」
挑発するレンに険しい顔をした右京をよそに、狂気的に笑う左京は右腕を振り上げ、刺青から出現させた蛾をレンに向けて放つ。
弾ければ酸が飛び散る蛾が特攻隊のように突っ込んできたのを見て、レンはタイミングを見計らい、背後の太い木の後ろに素早く隠れて身を屈めた。
すべての蛾がレンが隠れた木にぶつかり、樹皮を容赦なく溶解する。集中的に当たったため、木の幹の半分が抉れているようだった。
「隠れてんじゃ…」と左京が言い出した途端、
「これを待ってた…!」
次の攻撃を仕掛けられる前に、ほくそ笑んだレンは両手にバレーボール状のプラズマを携え、木の上の方へ投げつけた。
ドオンッ!
幹を傷つけられて倒れやすい状態だった木が、プラズマをぶつけられた衝撃で右京と左京の方向へ倒れていく。
左京は「なに!?」と顔色を変え、「倒れてくる!」と右京が叫んだ。
「「くっ!」」
右京と左京は同時に左右別々に飛び退いた。
「ラッキー」と呟いたレンは、倒れゆく木に飛び乗って走り、右京に向かって躍りかかる。
左コブシを振り上げたレンを見た右京は、反射的に自身の足元から木の根を出現させて盾の役割にしようとした。
レンは左手に握りしめていたものを右京に向かって投げつける。
プラズマでもないそれは盾代わりの木の根にぶつかっても、その隙間から飛び出した一部が右京の顔に当たった。
ベチャ!
「うっ!? べっ!?」
(これは…―――泥!?)
視界を奪われた右京は口の中に入った土の感触で理解したが、その隙に右京の頭上を飛び越えて着地したレンは、右京の背後をとってその首に左腕をかけて動きを封じる。
左京も一気に形勢を逆転され、目を見開いた。
「おまえ…!」
「ウザ…。ちょろちょろ逃げ回ってたのは、ネコ被ってたわけ?」
唸り声まじりの右京と左京にレンは淡々と言う。
「だてに山でトレーニングしてねえよ。状況に応じて不利を有利に変えるシミュレーションをするのも、クセになってんだ。能力無限に使えるわけじゃねーからこそ、試行錯誤は繰り返すもんだろ。環境と能力が合ってるからって油断してんじゃねえよ」
無意識にベッと舌を出した。
能力者になる前から喧嘩に明け暮れていたレンは人より喧嘩の場数は踏んでいる。
「えーと…、おまえらどっちが兄ちゃん?」
右京と左京を見比べてレンは尋ねるが、「そんなもん決まってないわよ」と右京は言い捨てた。
「は?」と片眉を上げるレンに、今度は左京が「赤ん坊の時に施設の前に一緒に捨てられてたから、どっちが兄とか弟とか決まってないし…」と答える。
「…あー、そうかよ。じゃあ…、あんた右京?」
「そーよ。名前くらい覚えなさ…ぐえええ」
レンはわざと強く締め、カエルが潰れるような声を聞かせながら左京に言った。
「こいつが大事な兄弟なら、室銀夜についていろいろ話してもらおうか。あたしはあいつみたいに、遊びで殺しはしねえからよ…」
口には薄笑みを貼り付けていたが、その目は冷え切っている。
左京は小さく喉を鳴らした。
「冗談…。あの人は、支配から外れた仲間には容赦しないの…」
「はっ…。小指でも詰められるのか? おまら含めてあいつ絶対カタギってやつじゃねーだろ?」
左手の小指を立てて嘲笑するレンだったが、顔を青ざめる右京と左京の反応に、実際は小指だけでは済まされないのだろう、と悟る。
「仲間を支配する奴なんて…、仲間じゃねえよ…」
そう呟き、状況を考えた。
(簡単に吐きそうにないなら、時間がかかるな。焦った左京が血迷って仲間ごと攻撃する前に、先に右京を気絶させておくか…)
念のために、と判断したその時だ。
「嬢ちゃん、テメーが若を決めつけるな」
ゴッ!
突如聞こえた別の声に反応したが、振り返る前に側頭部を警棒で撲りつけられた。
「ッ…、う…ッ」
衝撃と共に視界が歪み、足の踏ん張りがきかず、あっという間に地面に倒れる。
解放された右京はその場に座り込んで「ゲホゲホ」と咳き込んだ。
「2人がかりで追い詰められてんじゃねえよ、阿志賀兄弟」
気配もなく突然現れたのは、サングラスをかけた三十代後半の男だった。
黒髪のオールバック、鈍い赤色のポロシャツにデニムはいている。
「早く登場してよ、泉(いずみ)ちゃん!」
「栄二(えいじ)ちゃん! こっちはあのまま絞め殺されるかと思ったわよ!」
左京と右京の文句を煩わしそうに聞きながら、泉栄二と呼ばれた男は「しょうがねえだろ」とぼやいた。
「まさにさっきの状況のための切り札ってやつだろうが、オレは」
そう言って、持っていた警棒を足下に落とすと、警棒は先端から地面に吸い込まれるように消えた。
霞む視界でそれを捉えたレンはすぐにその男も能力者だと理解する。
「草鹿(くさか)ちゃんは? 飛び回ってるだけじゃないでしょーね?」
泉にそう尋ねたのは左京だった。
「あいつは今頃、他の奴らを消しに行ってるさ…」
不気味に笑って答える泉。
“他の奴ら”という言葉に、レンは歯を食いしばり、頭から流血したまま身を起こそうとした。
「あいつらに…っ、由良達に手ぇ出したら殺すぞ…!」
「おお、勇ましいね。強気な女は大好きだ」
半身を起こしたレンの左肩を泉は容赦なく蹴り上げた。
「っ!」
バランスを崩して仰向けに倒れたところを、右京の片足で腹を踏みつけられる。
「よくも私の顔に泥をかけてくれたわね…!」
「爪、何枚剝がされたい?」
怒髪天の右京と違い、左京は興奮気味だ。
泉は「おいおい」と声をかける。
「趣味に走らず、勝又のジジイんとこにいる奴らのこと、ちゃんと吐かせろよ? 最近新しい仲間も入ったらしいし、一時的に離れてる仲間の状況のことも…。ああ、若は広瀬雄一のことは欲しがってたから、そいつの弱みも知りてえな」
泉はその場で片膝をつき、水面に触れるかのように地面に手を突っ込み、そこから錆びたペンチを取り出した。
その際、泉の影が揺れたように、レンには見えた。
蛇のように這って体に纏わりつく木の根に、意識が朦朧とする頭では成す術はない。
(由良…)
追い込まれた恐怖よりも思い浮かんだのは、日常で見せる由良の顔だった。
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