09:なにが悪いんだよ
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デパートで買い物を済ませたレン達は、その付近の別のショッピングセンターに移動したあと、必要な食材を買い足し、各々の買い物などを一通りまわって済ませ、誰もいないバス停のベンチに腰を下ろして一息ついていた。
「オレ、荷物積むついでに車とってくる。由良とレンはここで待っててくれ」
森尾はそう言って立ち上がり、買ってきた荷物を両手に抱えて近くのパーキングエリアへと走った。
3人一緒に行けばいいものを、買い物のしすぎでヘトヘトになっているレンに気を遣ってくれたからだ。
レンはベンチに座りながら疲れで項垂れる。
「疲れた~。ある意味、トレーニングよりキツイ…、なぁ、由良、さっき文具ショップでなに買っ…、あれ? 由良?」
隣に座る由良を横目で見たが、由良の姿は忽然と消えていた。
瞬間、いきなり後ろからレンの頬に冷たいものが当てられた。
「ひっ!?」
びっくりして、らしくない声を上げてしまう。
「ぎゃははっ、「ひっ!?」だって!」
振り返ると、由良が腹を抱えて笑っていた。
その手には、茶色の缶ジュースが2本ある。
「おまえ…っ」
「ホイ」
睨むレンは文句を言ってやろうとしたが、目の前に缶ジュースを突きつけられ、動きが止まった。
そして、怪訝な表情を浮かべ、黙ったままそれを受け取って缶ジュースの文字を口に出して読む。
「……“チョコレートジュース”?」
端には小さく“ミルクチョコ100%”とあった。スーパーでは見かけなさそうなレトロなロゴでマイナーなデザインである。
由良はレンの隣に座り、「オレのオススメ♪」と無邪気な笑みを向ける。
「……サンキュー」
すっかり気が抜けたレンは照れ臭そうに礼を言ったあと、缶ジュースの蓋を左手で開けようとした。
「左だと開けにくくねぇ?」
「左利きなんだからしょうがねーだろ」
同時にふと気になった。
(……そういえば、こいつ、金は?)
由良に金銭の匂いはしない。勝又から預かった財布は、今、森尾が持っている。
ちょうどそこへ、興奮気味の通行人達が目の前を通過した。
「おい! スゲーぞ! さっき、そこの自販機がいきなり破裂したんだってさ!」
そう言われた他の通行人が見に行こうと走り出す。
現場の自販機は見るも無残な姿になり、剥き出しの場所から中のジュースが漏れて小さな滝を作っていた。
レンは由良に顔を向け、絶対こいつだ、と確信を得た。
「飲まねえの?」と由良は気にする様子もなく先に缶ジュースを飲んでいる。
もうつっこむのも野暮だと呆れたレンは、おそるおそる一口飲んでみた。
どろりとした食感とのどごし、口の中にチョコの甘さがいっぱいに広がる。
「くど…っ!! 溶かしたチョコそのまま飲んでる…!」
「美味えだろ?」
「美味しいけどこれ固めて食べた方が絶対いいやつ!」
眉をひそめながらつっこみ、一気に飲もうとする由良とは反対に、ゆっくりと時間をかけて飲もうとした。
そうしていると、いきなり由良はレンの被っているキャスケット帽をひょいと取る。
「!」
レンは缶を置き、由良にとられた帽子に手を伸ばした。
「なにすんだ!」
「この帽子、いつも被ってるけど…、大切なもんか?」
由良は帽子を持った手を上げ、レンの手を回避する。
まるで子どものようなやり取りになりそうだったのでレンは溜め息をつき、伸ばした手を下ろした。
「……誕生日に兄貴にもらった帽子だよ」
「兄貴って、前に言ってた義理のニーチャンか……」
由良はそう言いながら帽子をクルクルと人差し指で回す。
青のキャスケット帽で、側面に大きめの星の缶バッジが1つ付いている。
「ガキみたいなこの缶バッジも付属品か?」
「それは、おとーさんが………」
言いかけた瞬間、レンは、冷たい手で心臓をぎゅっと握られた気がして口を噤んだ。
「オトウサン?」
「……いいから帽子返せ」
顔を覗き込む由良をよそに、その手から帽子を奪い返した。
由良は「キビシー」と言いながら、名残惜しそうに缶を縦に振って一滴一滴を飲もうとしている。
帽子を被り直しながらレンは「いじきたねえな」と苦笑した。
「…………」
ふと恵との会話を思い出す。
『いつか、ちゃんと礼が言いたい……』
(……今が言ってもいい時じゃねえかな…)
急に黙り込んで見つめてくるレンに、由良は空き缶をシャボン玉で消しながら「なんだ?」と、見つめ返した。
「ゆ、由良っ…、あたし、おまえに言いたいことが……」
いざ礼を言うとなると、不意に顔が赤くなる。
由良が怪訝そうに見つめる中、レンが口を開こうとしたとき、騒がしいバイクのエンジン音が近づいてきた。
「「!」」
レンと由良は音に驚いて同時に正面に振り向く。
そこには、ノーヘルでバイクにまたがったまま、ニヤニヤと笑みを浮かべて並んでいる5人組の男達がいた。
不快な視線に、レンは表情にあからさまな嫌悪感を浮かべながらも、右から耳ピアスの男、口ピアスの男、ドレッドの男、狐目の男、鼻ピアスの男、と特徴をとらえる。
「かーのじょー」と耳ピアスの男。
「この辺じゃ見かけないけど、どっから来たのー?」と口ピアスの男。
「そんな奴ほっといて、オレらとデートしなぁい?」とドレッドの男。
睨んだが、効果はないようだ。
周りの通行人も、面倒に巻き込まれないように足早に通過していく。
由良が肘でレンの腕をつつき、「おい、ベタなナンパされてんぞ」と耳打ちした。
「やっぱりあれってナンパなのか」とレンも小声で返すと、もう一度深いため息をついてベンチから立ち上がり、由良の右手首を軽く引っ張る。
「行こうぜ、由良」
「行くってどこに?」
目を丸くしながら由良も立ち上がった。
「森尾が向かった先だよ。途中で拾ってくれるだろ」
由良の手首を引っ張り、「早く」と促す。
それを見ていた5人組はムッとして挑発的に煽ってきた。
「シカトかよー」と狐目の男。
「オレらといたほうが楽しいに決まってんじゃん。バカなの?」と鼻ピアスの男。
(うるせえうるせえ。せっかくのお出かけ邪魔すんな殺すぞ)
レンはそこから早く離れたかった。
面倒事を起こすわけにはいかず、罵倒を吞み込んで青筋を立てながら5人組に背を向けて立ち去ろうとする。
「なんでそんなキタネーのがいいのかわかんねえ」
嘲笑しながらそう言ったのは、耳ピアスの男だった。
(……汚い?)
レンの動きが完全に停止し、「おい…、レン?」と由良に背中を軽く叩かれた瞬間、由良から手を離したレンは踵を返し、肩をいからせながら真っすぐに耳ピアスの男に近寄った。
「え、なに…」
ゴッ!
「ぶぁっ!?」
いきなり戻ってきたレンに狼狽える耳ピアスの男の右頬を、問答無用にコブシで殴りつけた。
由良と、通行人も含めその場にいた全員が何事かとレンを凝視する。
殴られた耳ピアスの男はバイクから落ちて大袈裟なほど地面を転がった。
「ひ…っ」
傍にいる男たちは思わずバイクから降りた。
構わずレンは倒れる耳ピアスの男の胸倉を左手でつかみ、無理矢理起こして顔を近づける。
「キタネーのはどっちだよ…。臭ぇ息、ここで止めるか? ああ!?」
殺意に当てられ「ひぃぃ」と怖気づく耳ピアスの男を、そのまま地面に叩きつけると、耳ピアスの男は情けなく気を失った。
傍観している由良は口笛を鳴らす。
「な、なんだテメー!」「オレらが誰かわかってんのか!」「クソアマが!!」「調子乗ってんじゃねえぞ!!」
はっとした4人の連れが、レンに詰め寄ってがなり立てた。数で負けると思っていないのだろう。
レンは「はいはい誰なんでしょうねー」と片耳を人差し指で押さえて面倒くさそうな顔をした。いい加減悪目立ちしている。
その間に、由良がするりと割り込んだ。
「まー、そう怒鳴るなよ。ここじゃなんだ…」
そう言って指をさした先は、立体駐車場だ。
「あの辺で話そうぜ」と由良は舌を出す。
レンは「このまま帰った方がいいと思うけど」と警告したつもりだが、男達は「いいぜ!」「話し合おうじゃねえか」と白々しいことを言って食い下がった。
「一掃してやろうぜ、レン」と楽し気に小声で言った由良がウインクする。
レンは「あーあ、森尾が怒るぞ…」と肩を落とした。
立体駐車場には数台の車が駐車されていたが、人の気配はなく閑散としていた。
どちらにとっても好都合な状況だ。
「!」
先に動き出したのは、鼻ピアスの男だった。
レンの背後に一気に接近し、ポケットから取り出したスタンガンをレンの首筋に当ててスイッチを押し、バチバチとスタンガンの電流が流す。
「ぎゃははっ! 油断したなクソアマ!! あとでメチャクチャに…ッ」
下品に笑う鼻ピアスの男だったが、レンは涼しい顔で振り返り、左手の人差し指を鼻ピアスの喉元に当てた。
「先に黙っとけよ」
バチッ!
強めの電流を首に流され、鼻ピアスの男は「ぎっ!!」と叫び、白目を剥いて崩れるように倒れた。体が痙攣してビクビクと震えている。
「へー、一応生きてんの、そいつ?」
「もらった電流をちょっと返しただけだからな」
「「「…っっ!!?」」」
由良とレンの平然とした態度とレンの能力を目の当たりにした他の3人は、あまりの異常さに浮き足立った。
この場所に来る前にレンなりに警告はしたつもりだったが、今はもう由良が逃走を許さないだろう。
「レン、全部おまえが殺っちまうか?」
「……あたしは…、由良と違ってキレーに殺せない」
「お。褒めてる?」
「ほとんど跡形もなく消すのは得意だろ…」
レンが自身の左手を見つめて思い出したのは、手にかけた黒焦げになった死体だ。
「バ…、バケモノ…!」と狐目の男が震える声で言った。
由良は嘲笑を浮かべ、シャボン玉を飛ばす。
「バケモノねえ…。クズよりはいいだろ?」
パシュッ…
そこから先、由良は、気絶した鼻ピアスの男も含め、4人を文字通り跡形もなくシャボン玉で消し飛ばした。
飛散した血液と、鉄の匂いが辺りを漂う。
「……………」
『今でもオレはあいつのことが…―――!!』
レンの中で、引き寄せられるように、記憶の一部が目を覚ます。
必死に何かを訴える、情けない男の姿だ。
「きゃあああ!!」
「「!!」」
背後で聞こえた女性の声に、レンと由良は同時に振り返った。
近くに駐車された車の陰から、制服を着たおさげの女子中学生が腰を抜かして座り込んでいる。
バス停の辺りから明らかに不穏な雰囲気だったレン達を気にして追いかけ、一部始終を目撃してしまったのだ。
女子中学生は首を横に振って「あ、あ…、言いません…っ。言わないから……」と怯えながら命乞いを始めた。
「……あー…。見たんだな?」
由良の冷たい声に、レンははっとする。
続いて足下に視線をおとすと、シャボン玉が浮かび始めた。
「い、いやあああっ!! パパ、ママァッ、助けてええええっっ!!」
シャボン玉の恐ろしさも見ていた女子中学生は泣き叫びながら腰の抜けた体を引きずって逃げようとする。
シャボン玉が近くにある車を破壊しながら女子中学生を追いかけた。
「やだぁぁぁッ!! お兄ちゃ―――ん!!」
「!!」
瞬間、由良は目を見開き、シャボン玉をぴたりと止める。
レンが女子中学生を守るように間に入ったからだ。
両腕を広げて立ちはだかり、由良を睨んでいる。
由良は不快に眉をひそめ、舌打ちした。
「……クズを選り好みすんのか?」
「こっちに敵意を向けるクズや能力者に容赦はしねえけどよ…。コレは違うだろ…!!」
嗚咽を上げる女子中学生は、何が起こっているのかわからず、緊迫した空気に足も動かなくなっている。
その時、振り返った際にレンは小さなプラズマを女子中学生に飛ばして当てると、「あ」と漏らした女子中学生はその場で気を失った。
レンは通常のスタンガンの電流を当てたつもりだ。
気絶した女子中学生の体を抱え、車に轢かれないようにすぐ脇にある駐車場の柱の傍に移動させた。
「わざわざ殺す必要ないだろ…。誰も信じねえよ、こんな…」
「………レン」
レンは背後の低い声に顔を強張らせる。
ゆっくりと振り返ると、今まで見たこともない怒気を浮かべた表情で由良がこちらを睨んでいた。
冷や汗が頬を伝う。
(こんな目をした由良…、初めて見た…)
恐怖よりも、悲しみの感情が込み上げてくる。
「おまえ、死んだ兄貴のこと思い出しただけだろ」
「…っ!」
図星であるとリアクションで見破った由良は目を細め、刺々しく吐き捨てた。
「だからって甘ぇんだよ。そんな思い出も全部捨てちまえ。おまえはもう、コッチ側なんだ。残したって意味ねーだろ。穢れるだけ…」
パンッ!
右頬の衝撃に、由良は目を見開いて固まった。
レンが平手で打ったからだ。
由良は驚いて目を見開いたまま、打たれた頬に触れ、なにか言い返してやろうとレンを睨みつけて口を開いたが、
「残して……」
そう言うレンの顔を見て、口を開けたまま止まる。
「―――残したくて…なにが悪いんだよ…!」
レンの目から一筋の涙が流れた。
その顔は、誰にも見せたことがないような、弱々しくて、悲しい顔だ。
由良が何か言う前に、その横を走って通過したレンは立体駐車場を飛び出し、男達のバイクから適当に選んだ1台バイクに乗り、エンジンをかけた。
「レン!!」
由良は怒鳴るように呼んだが、レンが止まることはなかった。
改造バイク独特の騒音を立てながら走り出してしまう。
レンの姿が見えなくなり、由良は打たれた頬を擦った。
平手を含めて不意打ちを食らった気分になる。
『―――残したくて…なにが悪いんだよ…!』
「残したいって気持ち…、オレがわかるわけねーだろ…」
ぽつりと呟き、柱の傍に寝かされた女子中学生に目を止めるが、鼻を「フン」と不機嫌に鳴らしただけで放置した。
のろのろと立体駐車場を出るとすぐに、見覚えのある車が目の前に停車した。
運転席の窓が開き、森尾が顔を出す。
「由良!」
「モリヲ!」
「レンとすれ違ったが、なにかあったのか? 泣いてたぞ!」
レンはヘルメットを被っていなかったので、森尾に顔を見られていた。
「……戻るぞ」
由良は小さく言うと、助手席に乗り込んだ。
「何があったんだ」と森尾は車を発進させる。
レンは屋敷に戻ってるはずだ、と由良は考え、「んー」と腕を組んで先程のレンの泣いた顔を思い出す。
(なんて顔すんだ、あいつ……。オレは謝らねえからな!)
舌打ちしてだるそうに足を投げ出した由良は、むしゃくしゃした気持ちを落ち着かせるために、助手席の前にあるグローブボックスから大量のチョコやクッキーを取り出し、ムシャムシャと食べ始めた。
収納した覚えのない森尾は「勝手に入れたな!?」と怒る。
無視して由良はフロントガラスの向こうの空を眺めた。
その時、一羽の白いハトが森尾の車を抜かしたのを見つける。
(あのハト…、来る時も見た気が…)
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