08:みんなが行くなら

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正午となり、階段を降りるレンと由良は、重いダンボールを運んでいた。すべて由良の荷物である。


「重いし臭ェし…。ったく、なに入ってんだ、コレ……」


レンはダンボールを両手に抱え、その重さと臭いに顔をしかめる。

その前を歩く由良は平然と、レンが抱えている同じ重さのダンボールを右肩に担いでいた。


「くははっ、修行不足か?」

「うっせーな。手伝ってやってんだから感謝しろ!」


何が入ってるのか、とレンは中を覗きたくなったが、他人の物を勝手に見るのはよろしくないと良心が動き、我慢して仕方なさそうに外に運んだ。


「なんでこんなに荷物が多いんだよ? 普段はほとんど手ぶらのくせに」

「秘密~」


背中を向けながら言われ、「はあ?」と眉間に皺を寄せた。

お抱えのダンボールを投げつけたくなったが、「レンの荷物は?」と肩越しに声をかけられて踏みとどまる。


「おまえのと違って少ねえからな。とっくにリュックに全部積めて部屋に置いてる」


嫌味を込めて答えるが、由良は「ふーん」と言って違う質問を投げてきた。


「北海道は初めてか?」

「………あー……なんか、洞爺湖とかススキノとかあるんだろ。牧場でとれた牛乳も飲みた…うまいっていうし……。どうせ、由良は“白い変人”が食べたいだけだろうが」

「調べたな。んで、楽しみになったんだな」


レンのそわそわとした様子に図星を突き、レンは「うっ…」と唸って押し黙る。

由良は「わかりやすっ」と笑った。


屋敷の玄関を抜けると、すぐ目の前に森尾の車が停車していた。

由良は車を持ってないから、森尾の車に載せるしか運ぶ手段がないのだ。

待機していた森尾は、トランクのスペースを空け、由良が持ってきた荷物を積んでいく。

途中で、屋敷の隅に置いていた明らかな粗大ゴミを載せられそうになったので、「これはのせるな」と険しい顔の森尾に拒否された。

由良は「ちぇー」と口を尖らせながら、潔くシャボン玉で粗大ゴミだけを破壊する。


「おつかれ~」


由良はレンと森尾に拍手を送る。

自分達の荷物より多かったので、手伝った2人は少し疲弊していた。


「これで全部か?」


森尾はトランクを閉める前に由良に尋ね、由良の「おう」と返事を聞いてからトランクの蓋を閉める。


「疲れた…。引越し業者の気持ちがよ~くわかった気がする」


レンはそう言って、その場に座り込み、被っていた帽子をうちわ代わりに使った。


「サンキュー」

「!」


不意に伸ばされた由良の右手が、帽子を取ったレンの頭を撫でる。

レンは思わず動揺して由良の手をどかし、目を逸らした。


「貸しだからなっ」


ぶっきらぼうにそう言いながら立ち上がり、屋敷へと足を向ける。

その際、後ろで「照れんなよー」と由良の茶化した声が聞こえたが、無視した。


(はぁ…。びっくりした……)


由良の視界から外れたところで自身の胸に手を当てると、思った以上に心臓が高鳴っていることに気付く。


「なんであいつは誰かれかまわず馴れ馴れしいんだよっ」


振り回される気持ちに苛立ち、ブツブツと小言を言いながら階段を上がって自身の荷物を取りに行くのに部屋へと向かった。

その時、ふと、あの部屋の前で立ち止まる。

閉じ込められている少女―――恵がいる部屋だ。

レンはじっと南京錠のかかったドアを見つめ、きょろきょろと周りを見回した。

広瀬の姿どころか気配もない。

監禁している少女のことは最後にしておくつもりだろう、と考えたレンはニヤリと笑みを浮かべ、ポケットから2つのヘアピンを取り出し、南京錠の鍵穴に突っ込んでいじった。

テレビドラマの見よう見まねのピッキングだ。


(こういう古そうな鍵って、わりと簡単に開きそうだな…)


しかし数分後、「無理ッ」とヘアピンを放り投げた。


「誰でもできそうなことをテレビでやったらダメだよな」


反省した。

それから考え方を切り替える。

すぐに近くの小さな空き部屋に移動し、奥の窓を全開にした。

鉄格子はないが、下を見てその高さを確認すると、普通の人間ならば落下すれば骨折は免れない高さだ。

計算してあの部屋を選んだのだろう。

本気の監禁度合にレンは「うわぁ…」と心底ドン引きする。

自身も少なからず加担していることは自覚しているが、素直に受け入れているわけではない。

それから窓から身を乗り出し、恵が閉じ込められている部屋の窓を確認した時だ。

恵と目が合った。


「「あ」」


あちらも予想外だったのだろう、声も重なった。

恵は今、カーテンとシーツなどの布類を結び合わせてベッドの脚部分にくくりつけ、窓から脱走しようとしている状況だ。

だが、明らかに、地面に届くまでの布の長さが足りない。


「「……………」」


気まずい状況にレンと恵は石のように硬直する。


「えーと…。布、足りなくね?」

「は…、はい…」


居た堪れなくなったレンが布を指して指摘すると、わずかに震えながらも恵は頷いた。

恵の姿は、薄いワンピースで、裸足だ。

逃げ出し方も度胸がある、と意外そうに思いながらレンは窓枠に足をかけ、「そのままでいてくれ」と言ってから窓枠を踏み台にして大きくジャンプした。


「!!」


恵は驚いて身を竦めたが、レンは恵の部屋の窓枠に飛び移ると、室内におりて窓から上半身を乗り出し、恵に手を伸ばす。


「疲れてすぐに戻れないと見たけど、合ってる?」

「は…い……」


震えた手が伸ばされ、握り返してくれた。


「悪い悪い、驚かせちまったな」


謝りながら、敵意はない、というように意図して笑みを向ける。

引き上げたあとも、恵の表情は強張っていた。

レンはゆっくりと恵の手を引いて、落ち着かせるためにベッドに座らせる。

まるで、ケガを負った野生の子猫を保護したいがために手懐けようとしている気持ちだ。


「……あ、ありがとう…ございます……」


恵は怯えた様子でレンに礼を言った。

レンは外側から仲間に見つからないように、窓から伝っている布を手早く引き上げる。


「……あり合わせでつなげたのか。それでも足りなかったんだな…」

「ご、ごめん、なさい……」


咎められると思い込んだ恵は謝るが、レンは「あー、ちがうちがう。怒ってねーよ」と首を振った。


「あたしは脱走応援派」

「え」

「…もしかしてこの脱走方法、何度か試した?」


恵は顔を上げてレンの表情を窺いながら、躊躇いがちに答える。


「昨夜に思いついて実行したんですけど…、カーテンだけじゃ届かなくて……。それでさっき、シーツを結び合わせたんですが……」

「この部屋からだと地面まで高すぎるよなぁ…」


レンはそう言いながら頭を掻き、「あ、そうだ」と思い出した。

まだ名乗ってなかったのである。


「あたし、北条レン。いきなりで悪いな」

「お、落合……恵です」


突然の自己紹介に恵は戸惑いつつ、わずかに警戒心を解いた。

レンは「まぁ、ビクビクするのもムリねえよな…」とため息まじりに言う。


「こんな所に閉じ込められてるし…。広瀬も広瀬だよなぁ、監禁が徹底的でヤベーよ。あいつも性格悪いな、黒だぞ黒」


「やれやれ」と肩を竦ませると、恵は頬を緩ませた。

それを見たレンは怯えさせないように、おそるおそる恵の左隣に腰掛ける。

恵は逃げなかった。

レンはもう少し踏み込んでみることにする。

恵の表情をのぞき込み、「あのさ…」と真剣な眼差しを向けて尋ねた。


「……なんで、広瀬に連れてこられたんだ? 同意じゃねーの?」

「……それは―――」


恵には、レンの雰囲気から白々しいものは感じられなかった。

目を伏せ、ここに連れこられるまでの経緯をぽつりぽつりと話し始めた。

広瀬のことも、幼馴染の太輔のことも。

話していくうちに、その表情はゆっくりと沈んでいくのがレンには見て取れた。


「………あたしのせいで……太輔が…屋上から……」

 
恵が涙を浮かべる。

レンは恵の隣りでバツの悪い表情を浮かべ、頭痛を覚えるほど葛藤していた。


(「生きてる」って、言ってやりたいけど……言えねえ! 喜ぶけど、脱出にまた無茶しそうだし…。数日前にあたし、そいつのこと「殺す」って言ったし……。えー…、どうしよ……太輔がいい奴にしか見えねぇ…。あたしは完全に悪役か? いや、広瀬(監禁犯)側にいる時点でそうなるか…。でもなぁ…、由良と森尾のケガは許したくねえ…っっ)


苦悶の表情で頭を抱え、罪悪感に苛まれる。


「あ、あの…、レンさん?」


どう見ても様子がおかしくなったレンに対し、心配になった恵が声をかけた。

レンははっと顔を上げて優しく恵の肩に触れ、笑って誤魔化す。


「ははは…。……生きてるといいな、そいつ……」

「……はい。レンさんはいい人ですね」


恵が天使のような笑顔を浮かべた。


「そ、そんなこと……ねえよ……」


レンの良心がズキズキと痛む。苦しくて血涙が流れそうだ。


レンさんは、どうしてここに?」

「…………あたしは…―――」


由良に誘われた時のことを思い出す。

今でも鮮明に覚えていた。


「………変な奴に誘われてな。最初、こいつ頭おかしーんじゃねえの? って思ったけど…。……こっちが油断したら…、核心ついてきたりするし……」

「…………」


恵は黙って話に耳を傾ける。


「……ったく、あたしが本当…なんであんな奴に……」


愚痴になりかけたところで、耳を傾けていた恵がはっとした顔をする。

それから苦笑いを浮かべながらレンに話しかけた。


「……それって、ツナギの人ですか?」

「え……」


レンは不意をつかれた顔になる。


「な…、なんで……」

「変な人って……その人しか思いつかなくて……」

「あはは! やっぱ、恵もそう思う!?」


レンは腹を抱えて笑い出し、恵もつられて笑う。


その頃、引っ越しの仕上げのために移動していた由良と森尾が肩を並べてエントランスホールを歩いていると、


「へぶしっ!!」


由良がくしゃみをして鼻水と唾を飛ばし、それを見た森尾が嫌そうな顔をした。


「汚いなぁ……」


由良は顔をしかめ、鼻をすする。


「誰だ、ウワサしてやがんの…」


同じ頃、レンはひとしきり笑って落ち着いたところだ。


「……けど、今じゃ感謝してる。いつか、ちゃんと礼が言いたい…。言えたらだけどな」

「…………」


恵は、レンが素直になれずやきもきしている様子を他人事とは思えず、その横顔を穏やかに見つめていると、鍵が開けられる音が聞こえた。


「「!!」」


レンと恵は同時に部屋のドアに振り向いた。

ノックが2回聞こえる。


「落合さん?」


レンは小声で「ヤベッ…」と小さく舌打ちすると、慌てて窓へと走った。

恵もあたふたとレンを促しながら「ちょっと待って!」とドアに呼びかける。


「着替えてるから待って!」

「あ…、ごめんね」


広瀬相手の時間稼ぎにはいい理由だ。

「由良だったら絶対開ける…」とレンはぼそりとこぼしながら窓枠に足をかけた。

同時に、ポケットの中のヘアピンを1本落としてしまったが、拾っている暇はない。


「恵、悪ィ。今は何もしてあげられないけど、愚痴とか話とか、何度でも聞くから…!」


声を潜めて言ったあと、窓から飛び降りた。


レンさ…っ」


恵は顔を青くするが、レンは落下中に壁を何度か軽く蹴り、平然とした様子で地面に着地してすぐにその場を離れた。


レンさんも…やっぱり……)


見守っていた恵はレンの無事に胸を撫で下ろしながらも、レンも普通の人間ではないと実感する。

窓を閉めた時、ふと、足下に落ちたレンのヘアピンを見つけた。

先端に花を象った飾りがついたヘアピンで、あまり使われた形跡がなく、ほとんど新品に近い状態だ。


「…………」


もし太輔が生きているならば、これで太輔にメッセージが残せないか、と考えた。


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