50:笑っててほしいんだ
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落ち着いてから新居を探そうと考えていたところ、南が、廃院を取り壊して平屋を建てて住んでみてはどうだろうかと提案してくれた。
南にとっても思い出深い場所なのだが、ただ廃れていくより、その土地に身内が住んでくれた方がありがたいようだ。
手を差し伸べる少女の絵も、取り壊されたことで跡形もなくなっていた。
それでも、レンの胸の奥には今も、あの黄色に彩られた光景が焼き付けられたように鮮明に残っている。むしろ、独り占めにできたようで悪い気はしない。
今は、オレンジ屋根の1階建てがレン達の住居だ。
鮮やかなオレンジ色に染まる歩道を歩きながら、レンは健一郎と華音に声をかけた。
「今晩、なににする?」
レンと由良の前を歩く小さなふたりは、同時にこちらに振り返る。
「花火!」
「華音も、花火!」
健一郎に続き、華音も声を上げた。
「夕食の献立を聞いたんだけど…」
困ったように呟くレンに、由良は笑う。
「ははっ。花火好きだからな、こいつら」
帰ったら、花火セットが用意されていることは秘密だ。
「夕食のことは気にすんな。ミナミが、「屋上でバーベキューしよう」ってさ」
由良のその言葉を聞いて、レンは呆れてしまう。
「病院で好き放題だな、元・院長…。自分の病院だからって、バーベキューはしちゃダメだろ。柑二さんもちょっとノリノリだし…。大体、手術やってから肉焼くのってどんなメンタルしてんの…」
「そんなこと言って、おまえも肉食いたいだろ?」
「食べたい。忙しくて北海道でジンギスカン食べれなかったから」
「バーベキュー!?」
「わーい。バーベキュー♪」
健一郎と華音は、バーベキューと聞いて喜んでいる。
「ジャスパー達も一緒だけど」
「ああ、構わねえよ」
由良はほぼ毎日顔を合わせているが、レンがジャスパー達に会うのは久しぶりだ。
花火を大量に買っておいてよかった、と安堵する。
今夜は、家族と友人揃ってバーベキューと花火だ。
数時間後の予定を楽しみにした時だ。
ふわりとシャボン玉がレンの鼻先を横切った。
レンはドキッとして思わず立ち止まる。
「え?」
フワフワと周囲に浮かぶシャボン玉の数々。
出所は、華音が口に咥えた黄緑色の吹き具からだ。
ぷう、と風船ガムを膨らませるように、空気を吹き込まれた大きなシャボン玉が膨れ上がり、風にのってどこかへと飛んでいく。
華音の右手には、シャボン液が入った小さなピンクの容器を持っていた。公園で遊んでいたものを、余らせていたのだ。
「シャボン液、まだ残ってたみたいだな」
「びっくりした…。タクミの能力(ちから)が復活したのかと…」
レンは、たまたま近付いてきた小さなシャボン玉を指先で割る。
由良の能力だったら指が吹き飛んでいるところだ。
「復活してほしいけどなー。気に入ってたし」
「能力者の身体って、本当になにかと都合が良かったよな…」
怪我をしてもすぐに治り、体力も人並み以上だ。高い場所から落ちてもほとんど無事だった。
そんなことを並べながら喋り、レンは人差し指を立てて「あと、辛いのはあれだ…」と渋い顔をする。
「そう…」
「「体が重い」」
言いたいことが重なり、「やっぱりー」「わかる~」と盛り上がるふたりに対し、華音と健一郎は肩越しに呆れていた。
「パパとママ、またイチャイチャしてる~~」
「華音、こういうときは、そっとしておこう…。たまにケンカするし、怒ったらこわいところもあるけど、やっぱり、ふたりには、笑っててほしいんだ」
「ひゃはっ。健ちゃん、おとなってやつだ~」
「そ、そんなおとなみたいなこといったかな…?」
気分を良くした華音が吹き具を吹くと、大小様々なシャボン玉が飛び出す。
風の流れは穏やかだ。ふわふわと周囲を踊るように飛んだ。
ふと、レンの目の前に、ひと際大きなシャボン玉がふわりと浮かぶ。
反射する黄色の光と、シャボン玉を透して見た由良の背中に、レンは目を細め、左手を伸ばした。
(今日も、あたし達は生きている…。失くしたものもあったけど、取り返したものもある。自分の左手と、大切な人の右手がある限り、明日も、大事なものを守りながら、生きていける)
人差し指の先に触れたシャボン玉が、パ、と儚く割れて、光の粒が舞い散る。
瞬間、振り返った由良の右手が、レンの左手をつかまえた。
レンの瞳は由良の、夕陽が反射してキラキラと光る黄色の瞳を映し、由良の瞳はレンの、夕陽色に染められたオレンジブラウンの髪を映す。
口を開いたのは同時だ。
「綺麗…」「キレーだな」
互いの声が重なり、ふたりは照れ臭そうに笑った。
そんなふたりを映した大きなシャボン玉が、風に乗って夕焼けの空へと昇る。
いつか儚く割れる、その瞬間まで、美しく舞い上がるのだった。
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